チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

皇后陛下と時代の推移

2022年08月10日 08時45分11秒 | 日記
富岡蚕糸工場に取材に行ったとき、明治天皇陛下の皇后陛下(昭憲皇后)がこの工場に視察にいらして、工女さんと親しく会話をし、糸を取る現場を見て繭の大きさに驚かれ
いままで自分が認識している繭と大きさがあまりにも違うので、どういうわけかと質問をなされたという話を聞いた
国の政策として「生糸」は外資稼ぎの筆頭なので、たくさん糸が取れるよう中国蚕と国産の在来種を掛け合わせ、長くて丈夫な糸が取れるように改繭したのだとの説明
「其れでは在来種の蚕は日本から絶滅していくではないか」
「いえそれはきちんと蚕糸研究所を設けて在来種の種は途切れないように研究員たちが飼育しています」
「それではその在来種を皇室でも飼育しよう」

その後の大正天皇陛下の皇后陛下(貞明皇后)がその遺志を継ぎ大日本蚕糸会の総裁(現在は正仁親王が在位)につき全国の養蚕農家の力になっていた
明治大正と世の中が大きく変わったとき、皇后陛下たちは女子教育に力を注ぎ、学校の設立女性の意識を高める手をさまざまなところで打って、女性の地位向上に貢献してらっしゃる

昭和天皇陛下の皇后陛下(香淳皇后)は大東亜戦争の敗戦、天皇陛下は現人神であったのに「人間」となるなど、時代の大変化の中でお子7人を育て表には、皇后さまの社会に対する思いが伝わってこなかった。夫唱婦随の人生だったのだろうか

美智子皇太后は初めての平民皇后として、開かれた皇室、象徴天皇という立場の内助役に徹しておられた、また昭憲皇后から続く在来種の蚕の飼育や在来種の草木を育てられ、国民の心に寄り添うという姿勢が美しかった
新皇后陛下の雅子さまはもち前の語学力を駆使し、外交の皇后陛下としてご活躍。日本の文化を海外に伝達してくださるだろう

その時代の皇后陛下の生き方からも時代が見えてくる

さて本日は「チャコちゅうぶ」20時からです


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