①生きるため必要な感覚 苦味で危険な食べ物知る
農薬が混入した中国製ギョ-ザで、重篤な被害 を受ける人が出た事件は記憶に新しいだろう。食 べた人の談話では、「苦味がしたけどハ-フ入り と書いてあったのでそのまま食べたら嘔吐や下痢の症状がでた」と ある。この事例は、まさに、味を感じることの生物学的な意義を示し ている。日常生活では、味の役割りは生活の幅を広げるものと考え られている。しかし、本来は動物が“生きる”ために欠かせない感覚 である。そのことは細菌が周囲の物質を認識して、近寄ったり離れ たりする「走行性」の実験でも確かめられる。苦味は、農薬の混入の ように食べ物の中に毒素が含まれていることを知らせる。農薬に限ら ず多くの毒物が苦味を有するからである。また、酸味は食べ物が腐 敗していることを知らせる。食べ物が腐って発酵すると酸が発生する からである。従って、普段とは違う苦味や酸味を感じたら、とりあえず、 口の中から吐き出す方が無難だと、今回の事件は教えてくれる。一 方、おいしい食べ物は、適度の甘味、旨味、塩味を持っている。甘味 は生活するエネルギ-が含まれていること、旨味はわれわれの体を 作るアミノ酸や核酸が含まれていること、塩味は体を構成する細胞が 正常に働くことに必要なミネラル類が含まれていることを、それぞれ 知らせている。食べ物のおいしさを判別する味覚は、われわれが生 きていくために不可欠な機能なのである。(柏柳 誠)
かしわやなぎ・まこと 1956年、神奈川県厚木市生まれ。旭川医大 医学部教授(生理学講座神経機能分野)。北大大学院薬学研究科 修了。同助教授を経て2003年から現職。86年に井上科学振興財 団(東京)の井上研究奨励賞。日本味と匂(におい)学会学会誌編集 委員長。