万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

教育無償化よりも国民の誰もが政治家を志せる国を目指すべきでは?

2017年12月18日 16時08分20秒 | 日本政治
 先の衆議院選挙では、与野党ともに教育分野への重点的な予算配分を訴え、自民党も、幼児教育の無償化を消費税率10%上げによる増税分の使途変更とセットとする形で、公約の柱に据えておりました。

 その際、誰もが等しく教育を受けられ、子供たちが夢を叶えられる社会の実現を目指す、と説明されておりましたが、現状を見ますと、夢が叶えられない、即ち、一部の限られた人にしか道が開かれていない職業があります。そして、この閉鎖的な職業の最たる事例は、政治家なのではないでしょうか。

 国民が政治に参加する権利を有する民主主義国家では、選挙権と同様に、被選挙権もその一つとして憲法において国民の権利として保障されています。全ての国民には、選挙に立候補して政治家となる権利があるのですが、この権利が実現しているとは言い難いのが現状です。小学生等のアンケート調査でも、“将来なりたい職業”の上位にランクインすることはまずありません。

 その理由としては、第1に、政治家を輩出した一族は、公職であるはずの政治家職を身内で継承し易い有利な立場にある点が指摘されます。選挙区が地盤として半ば親族の間で“相続”されるのです。知名度の側面においても一般国民とはスタートラインが同じではなく、“家伝”による選挙ノウハウの伝授もあるでしょうから、有形・無形の“相続”の恩恵を受けることができます。党レベルでは、世襲制限が試みられつつも、一般の国民にとりましては、政治家とは遠い存在であり、日本国の国会議員には世襲議員が多いことは、しばしば指摘されるところです。

 第2に、立候補に際して要求される高額の供託金は、事実上の財産を基準とした制限選挙でもあります。世界トップクラスとされる供託金の設定は、日本国憲法が法の下の平等を定める第14条に抵触する可能性がありながら、日本国の政界には、この制限の撤廃に動こうとする気配は感じられません。

 また、第3の要因としては、中小政党の政治家に多く見られる傾向として、特定のイデオロギー団体や宗教団体等との組織的関係を指摘することができます。共産党が最たる事例ですが、学生時代から左翼活動家であったり、特定の教団の信者であった経歴を有する政治家は少なくありません。世襲ではないものの、その政治信条や世界観において一般国民とはかけ離れているため、こうした思想や宗教に共鳴できない一般国民には、政治家の世界は、近寄り難い“別世界”となるのです。

 そして、第4に挙げられる要因には、韓国系の民団や北朝鮮系の朝鮮総連など、資金力を有する外国系団体が、自らの政治的要求の実現のために、特定の政党や候補者を支援する現状があります。蓮舫議員の二重国籍問題は、日本国の国会議員における二重国籍者の占める比率の高さを露呈しましたが、帰化系議員の数も、人口比からしますと過代表です。今後は、中国系の議員も登場するとなれば、帰化系議員の比率は更に上昇することでしょう。しかも、中国大陸や朝鮮半島ではネポティズムが強く、日本人の一般議員は、政界から徐々に排除されてゆく可能性さえ否定はできません。

 かくして、国民の側も、職業選択の自由がありながら政治家と言う職を、自らの職業選択の選択肢から外してしまっております。これでは悪循環です。社会の木鐸であるはずのマスメディアも、一票の格差問題に対しては執拗にその平等の実現を書きたてますが、国家の独立性や民主主義の根幹にも直結する被選挙権の“格差”に関しては、だんまりを決め込んでおります。政治家は、常々、規制緩和を訴え、国民に対して“痛みを伴う改革”を強要しますが、自らに対しては、身を切る改革を回避しております。真に日本の国と国民を思うならば、自己改革に躊躇せず、国民に対しても、子供たちが政治家を志すよう範を示し、民主主義国家に相応しく、日本国民に対して皆で善き国を造ってゆくべく、呼びかけるべきではないでしょうか。

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