万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

本庶佑教授の箴言-‘教科書をも疑え’

2018年10月02日 13時30分58秒 | 日本政治
免疫のブレーキ役発見、革新的がん治療に道筋 本庶佑氏にノーベル医学・生理学賞
昨日、本庶佑京都大高等研究院特別教授に本年度のノーベル医学生理学賞が贈られることが決まりました。免疫学の先端を切り開く日本国の研究レベルの高さを示す快挙であり、国内は祝福の声に包まれております。‘佑(たすく)’というそのお名前どおり、多くの人々を援ける道を歩まれた本庶教授に心からの敬意とお祝いを申し上げます。

 ノーベル賞受賞の報を受けて、昨晩、本庶教授は、記者会見の席に臨まれていましたが、この時、大変、興味深い発言をなされています。それは、研究に対する基本姿勢に関するご自身の見解であり、簡潔にまとめますと‘教科書をも疑え’というものです。教科書には嘘も書いてあると…。

 ノーベル賞の受賞対象となったのは、末期がんにも優れた効果を示してきたオブジーボ(免疫チェックポイント阻害薬)開発の基礎となる免疫細胞の研究です。従来のがんに対する免疫療法では、免疫細胞の活性化による攻撃能力の増強に傾斜する傾向にあり、標的分子も曖昧でした。また、がん細胞自身も突然変異等によってがんと闘う免疫細胞の活動を抑える免疫抑制性を備えてしまうため、行き詰まりの状況にあったそうです。この状況のブレークスルーとなったのが、分子レベルでの免疫メカニズムの解明に基づく制御面(免疫チェックポイント分子PD-1)に注目した同研究であり、‘攻撃から制御’への逆転の発想が、がん治療に新たな道を開いたのです。

こうした経緯があるからこそ、先の記者会見でのお言葉には重みがあるのですが、同研究が評価されたのは、一般的な免疫システムの働きを利用しているため、特定のがんのみならず、様々な種類のがんに対しても、その効果が期待される点です。そして、このような適用範囲の広汎性は、‘教科書をも疑え’というその徹底した懐疑主義的な姿勢にも言えるように思えます。事実に行き着くためには、定説とされる教科書、あるいは、権威ある論文や理論をも疑う必要があることは、どの分野であっても変わりがないからです。

虚偽の記載に関しては、理系よりも文系の分野の方が余程問題が大きく、今では歴史の教科書の記述を頭から信じる人は少なくはなりました。その一方で、人の自然なる懐疑心を押し潰そうとする勢力もまだまだ強く、中国といった全体主義国では国定のイデオロギーに疑問を挟むことは許されませんし、自由主義国でさえ、歴史修正主義という批判的レッテル張りやポリティカル・コレクトネスといったタブーや暗黙の圧力が蔓延しています。宗教の世界でも、信者が教義や教祖を疑うことは命がけの場合も少なくありません。比較的理系に近い経済学でさえ、定説的な理論が尊重されこそすれ、現実にはバブルとその崩壊を繰り返すなど、様々な経済問題を解決に導くには程遠い状態にあるのです。

生物の免疫システムを他分野にも援用するならば、本庶教授が勧めるように、あらゆる分野において基礎研究に基づく制御面の研究にこそ力を入れるべきなのかもしれません(基礎研究の重視は、過去のノーベル賞受賞者の方々からも指摘されている…)。経済分野を見ても、‘経済は生き物’と称されながら、そのメカニズムは十分に解明されてはおらず、今日の主流である自由貿易主義やグローバリズムでも、自由な活動が奨励される一方でメカニズムとにしての制御機能が備わっておらず、上記のような失敗を繰り返しています。政治分野にあっても、独裁体制とは制御機能が欠落した体制ですし、民主主義国家でも、権力濫用や腐敗等を防ぐ権力制御、並びに、私企業による検閲的な言論抑圧を制御する仕組み造りは道半ばにあります。犯罪防止システムも十分ではなく、また、国や組織によっては、攻撃対象とする相手方の’免疫力’を削ぐ戦略を用いることもありますので、オプジーボのような対策も必要です。こうした諸問題を解決するには、時には耳に心地よい偽善をも排し、その対象を公平で客観的な視点から具に見つめる必要があります。

日常一般にあっても、誰もが納得する根拠を示すことなく、‘マニュアルに書いてあるから’とか、‘権威のある人、あるいは、前任者が言っているから’の一言で片付けてしまおうとする人も少なくありません。しかしながら、‘教科書をも疑え’の箴言は、自らの懐疑心に誠実に従い、事実を純真に追い求める心こそ、遠回りのように見えて多くの人々を救う近道であることを示しています。本庶教授のノーベル賞受賞は、思考停止状態にある人々の目を覚まさせ、‘世を治す(直す)’という意味において、思わぬ効果をもたらすかもしれないと思うのです。

よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする