万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国人ICPO総裁失踪事件-重なる矛盾

2018年10月07日 14時58分32秒 | 国際政治
目下、ICPO(国際刑事警察機構)では、同機構設立以来、前代未聞の大事件に遭遇しています。それは、あろうことか、ICPOの孟宏偉総裁その人が失踪してしまった、という事件です。この事件の発端は、どうやらICPO総裁に中国出身者が就任するという矛盾に満ちた人事にあるようです。

 第1の矛盾は、国際社会における中国に対する認識不足、あるいは、先走った過剰期待に起因しています。共産主義イデオロギーに基づいて建国された中国には、未だに政治犯が存在しています。共産党が敷く一党独裁体制に反対を表明する、‘自治区’が独立を主張する、政府が決め、実行している政策を批判する…といった政治的発言を国民が口にすれば、即、犯罪者として処罰の対象となります。一般国民のみならず、特権階級とされる共産党員もまた安心してはおられず、権力闘争に敗れた要人、あるいは、最高権力者のライバルとなる党員達もまた‘犯罪者’のレッテルを張られて失脚する可能性があります。現在、習近平国家主席は、腐敗撲滅運動の名目で‘抵抗勢力’となり得る要人たちを次々と粛清しており、孟宏偉総裁の失踪も、一連の粛清に絡んでいると指摘されています。言い換えますと、中国では、政治と経済どころか政治と刑事も分離されておらず、警察活動に関する国際組織のトップを輩出する国としては不適切であると言わざるを得ないのです。

 第2の矛盾は、国際刑事警察機構のトップが、自らの出身国から犯罪(汚職)の廉で身柄を拘束されている疑いが強いことです。ここに、犯罪を取り締まるべき国際レベルの警察トップが‘犯罪者’であるという重大な矛盾が生じています。もっとも、仮に、孟宏偉総裁が実際に汚職に手を染めていたならば、人物評価が不十分であったという点で、同氏を総裁のポストに就けた国際レベルの人事に責任があるのですが、実際には、上述したように権力闘争の犠牲者であった可能性の方が高いものとも推測されます。とは言え、中国政府は、同氏の失脚の原因を政治的粛清であるとは決して認めず、汚職によるものとして押し通そうとするでしょうから、真相はどうであれ、表向きは、世界の警察のトップが犯罪者という構図のみが残されてしまいます。

 第3の矛盾点は、仮に中国政府による孟宏偉総裁の拘留が、その不当性において国家レベルの犯罪を構成するものであっても、誰も救い出すことができないことです。ICPOと雖も、中国の国家主権を前にしては捜査権を及ぼすことはできず、中国政府の為すに任せるしかないのです。警察組織であっても警察活動ができないという矛盾は、政治犯が存在する国の不条理を物語っており、中国が、人々の基本権を等しく保障することを旨とする現代国家ではない証左ともなりましょう。

 そして、第4の矛盾点は、同総裁の失踪の真の原因が、中国共産党内部の権力闘争でも、刑法上の汚職でもなく、ICPOの方針に対する中国政府による反対の意思表示であった場合に生じます。これまでも、中国は、国家ぐるみで他国に対してサイバー攻撃やテロ支援を行ってきたとする指摘があります。また、麻薬密売、臓器売買、人身売買、海賊版の製造・販売などの犯罪に関しても、共産党幹部の利権とする見方もあります。孟宏偉総裁が、組織トップとしてこうした犯罪に対する国際的取り締まりの強化に動いていたとしますと、中国政府は、同氏を脅迫してでもこの政策方針を阻止しようとしたかもしれません。憶測の域はでないものの、同総裁は、ICPOと出身国中国との間の板挟みとなり、この解き難い矛盾に苦しんでいたのかもしれないのです。

 以上に矛盾点を述べてきましたが、この耳目を驚かす失踪事件、同総裁が中国出身であるが故に迷宮入りとなるのでしょうか。真相が闇に葬られるとしますと、それは、中国自身が魑魅魍魎が蠢く暗黒大陸である現実を浮き上がらせることになるのではないかと思うのです。

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コメント (4)
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