万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本人は‘狂った民族’だったのか?-天皇中心の政教一致体制は外来では?

2018年10月15日 13時52分50秒 | 日本政治
第二次世界大戦において、連合国諸国は敵国であった日本国の国民性についての調査・分析を行っております。その際の報告として知られるのが、日本人狂信者論です。日本人は、天皇のためならば命をも投げ出す狂った民族であるとする…。

 この説は、‘日本人は合理的精神に欠けている危険な民族’とする連合国側の共通認識へと繋がり、日本民族抹殺の容認をも含意しかねない危うさをも秘めたのですが(民間人をも対象とした全国的な空襲…)、そもそも、宗教的最高権威にして政治権力の頂点に立つ天皇の姿は江戸末から明治期において海外から導入されたのであって、伝統的な天皇と国民との関係とは異質なものであったように思うのです。

 戦国期や江戸期に日本国を訪れた宣教師、旅行家、貿易商等の日記や記録を読みますと、日本人に対する見方は上記のものとは著しく違っています。戦国期のキリスト教布教にあって、多くの宣教師はキリスト教の奇跡や秘蹟を安易に信じようとしない日本人の‘合理性’に悪戦苦闘しましたし、高僧との宗論に敗北して棄教や転向をしてしまう宣教師も少なくありませんでした。戦国期に一大勢力となったキリシタン大名の登場も、キリスト教の教義に感銘を受けて同教に帰依したというよりも、あるいはイエズス会士と同様に武器弾薬を得るための合意的判断であったのかもしれません。また、市井の人々の生活ものんびりとしており、正直で朗らかな民族であったそうです。天皇に対する信仰も、遠き都にて御簾の内におわします尊いお方とする漠然としたものに過ぎず、世俗の世界と切り離されていたからこそ、その神聖で高貴なイメージが保たれていたのでしょう。

日本国の歴史的な国家体制を見ましても、建国の祖である神武天皇は、即位以前にあっては自ら兵を率いて東征に向かい、即位に際して善き国造りを誓いますものの、即位後にあっては凡そ天神地祇を祀った記録しか記紀には残されておりません。鎌倉幕府の成立以前に遡っても、摂関政治や院政のみならず、聖徳太子が推古天皇の摂政であったように、古代からして祭政分離の傾向が強く見られるのです。津田左右吉も指摘しておりますように、今日に至るまでの日本国の国家体制は、祭政分離が基本原則であって、建武の親政など天皇親政の期間は数えるばかりしかないのです。

ところが、明治の時代の到来とともに、国家体制は、‘王政復古の大号令’を以って明治の代となり、明治憲法が天皇を統治権を総攬する間接的な立場に置きつつも、祭政一致へと大きく転換します。ここで云う‘王政復古’とは、述べてきた‘祭祀長’としての‘天皇’ではなく、7世紀末に唐に倣って導入されたとされる律令体制下の‘天皇’を意味するとされ、いわば、中央集権的な帝国スタイルへと‘回帰’したのです。

もっとも、帝国型の国家体制は中国大陸の専売特許ではなく、その多くは、宗教的権威と政治権力との皇帝を頂点とした一致が見られます。ローマ帝国の系譜をひくヨーロッパ近世の絶対王政も然りです。近代以降は、宗教に加えて共産主義といったイデオロギーが加わりますが、政教一致体制に対する強い志向性は、むしろ、西欧諸国の政治体制の特色と言えるのかもしれません。政教分離の原則を打ち立てたフランス革命でさえ、カトリックに替って別の思想を国家イデオロギーの座に据えたに過ぎないかもしれないのです。

明治期における日本国の近代国家化が、天皇を中心とした政教一致体制と共に誕生した点には注意を要するように思えます。この時にこそ、神の系譜に由来する天皇の権威が世俗の統治権と結びつけられる形で成立し、天皇は国家の唯一の頂点として、全国民からの忠誠と信仰を一身に集める存在となったからです。そして、日本人の元よりの気質が純朴で信仰心に厚かったからこそ、天皇の発言や行動が一夜にして日本国の慣習を一変させるほどの威力を発揮したのでしょう。そして、これらの変革は、日本国民の要望に応えたというよりも、明治維新を背後から支えた国際勢力の意向に沿ったものであったと推測されるのです。

このように考えますと、戦時における連合国の日本人狂信者論は、実のところ、自らが自らを批判するような側面を持ちます。宗教や思想に起因する狂信的な行動は、フランス革命時の大虐殺にも見られますし、そして今日でさえ、行き過ぎたグローバリズムを含め、権力志向の強い宗教やイデオロギーは、信者や信奉者を思考停止状態の‘狂信者’にしながら、自覚なきまま既存の国家や社会を容赦なく破壊し続けています。皇族の行動が伝統破壊的である理由も、その行動原理が、日本固有の神道ではなく、国際性を有する別の宗教やイデオロギーに基づいているからなのかもしれません。そして、目下、皇室の存在が社会的混乱を引き起こし、日本国を不安定化している現状に鑑みれば、日本国は、本来の自国の伝統的な祭政分離の国家体制に立ち返り、天皇を政治から完全に切り離し、国家祭祀を専らとする公の地位とすべきなのではないかと思うのです。

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コメント (16)
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