万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日米の自己矛盾が交差する為替条項問題

2018年10月16日 14時09分08秒 | 国際経済
 先日、ムニューシン米財務長官の発言が、アメリカとの間で新たな通商協定の締結に向けて交渉を開始した日本国において強い関心が寄せられることとなりました。その発言とは、「われわれの目的は為替問題だ。今後の通商協定にはそれらを盛り込みたい。どの国ともだ。日本だけを対象にしているわけではない」というものです。

 同発言に日本国側が浮足立ったのは、自国通貨安への誘導を目的とした政府による為替相場における市場介入の禁止、即ち、自国の対外通貨政策の権限の放棄を意味するに留まらず、実質的に為替相場誘導効果のある金融政策にまで制約を課せられることを怖れたからと説明されています。アメリカからの為替操作国認定を回避するために、既に日本国政府は市場介入を手控えていますので、後者に対する懸念の方がより強いのでしょう。とはいうものの、この日米の構図、深く考えて見ますと、両国による自己矛盾合戦の様相を呈しているように思えます。

 まず、為替条項を通商相手国に要求しているアメリカ側の自己矛盾を見てみましょう。トランプ政権の基本的なスタンスは、自由放任的な自由貿易主義やグローバリズムに対する懐疑と否定にあり、国境における政府の政策的介入を認めています。現行の通商体制では、巨額の貿易赤字のみならず、アメリカ国民の雇用機会の喪失といったマイナス影響を受けるため、関税率の引き上げを中心とした防御的政策に訴えるようになりました。防御面とはいえ、国家の戦略的政策手段の行使を認めるスタンスからすれば、他国に対しても、国境における国家の対外的権限の‘自由’は認められるべきこととなります。乃ち、日本国を含む通商相手国に対して為替政策を禁じ手とすることは、同分野における政府による戦略的権限行使を是とするアメリカにとりましては自己矛盾となるのです。

 それでは、為替条項に反対している日本国側には、どのような自己矛盾があるのでしょうか。日本側の自己矛盾とは、アメリカのそれとは表裏の関係となります。日本国側の基本的なスタンスとは自由貿易主義の堅持であり、この立場に立脚する限り、外国為替市場への介入を含むあらゆる政府介入は否定されるべきこととなります。自由貿易主義とは、国境を越えた民間の自由な交易や取引に任せれば、国際競争力において劣位にある産業は相互に淘汰されるものの、予定調和的に相互利益が生じるとする説です。この立場を貫けば、政府が輸出拡大を目的に戦略的に自国通貨の相場を誘導する外国為替市場における市場介入も禁じ手となります。手段にこそ違いはあれ、輸出国の対外通貨戦略は、防御面として理解されるアメリカの関税戦略とは逆の攻撃的戦略なのです。副次的効果としての為替相場への影響を与える金融政策については、その主たる政策目的によって判断されるのでしょう(日銀の量的緩和政策の主たる目的は国内のデフレ対策にあるため、その判断は微妙…)。かくして、自由貿易主義を唱える日本国もまた、戦略的な政府介入を擁護している点において自己矛盾を来しているのです。

 以上に述べてきたように、為替条項をめぐる日米の応酬は、双方の自己矛盾が交差する奇妙な構図として描くことができます。本音と建前との巧妙な使い分けと見なすこともできましょうが、通商交渉を徒に混乱させる要因となることも否めません。そして、こうした問題は、日米の二国間に限定されているわけでもないのです。将来に向けてより内外経済の整合性が高く、安定した通商体制を構築してゆく上でも、まずは、国内経済を護るための保護主義、並びに、全人類の生活レベルの向上に資する可能性を有する自由貿易主義の両者に対し、共に正当なる立場を認めてゆくべきなのではないかと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする