万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ジャック・アタリ氏の‘日本軍事大国化の薦め’への素朴な疑問

2023年02月22日 10時52分16秒 | 国際政治
 ジャック・アタリ氏は、常々、マスコミが賞賛の言葉を付して紹介されてきたフランスの著名な知識人です。先日、ネットで公開されたAERAdot.の記事でも、‘世界屈指の知識人’あるいは‘人類無無比の頭脳’とされており、否が応でも読者の目を引きます。どのような卓見が述べられているのかと早速読んでみたのですが、同氏の見解には、どうしても納得がいかないのです。

 アタリ氏の記事のテーマは、「“人類無比の頭脳”ジャック・アタリが指摘する日本の成功と失敗 もう一度世界の将来を担うのに必要な3つの条件とは」というものです。インタヴュー記事なのですが、同記事において、アタリ氏は、日本国が世界のリーダーになるための3つの条件について語っております。タイトルでは、3つの条件とされているのですが、記事全体を読みますと、それ以上の条件が指摘されていますので、諸条件と述べた方が適切であったかもしれません。何れにしましも、記事を意訳しますと、アタリ氏は以下のような論理展開を試みています。

 ・現代という時代は、絶対的なリーダーの存在しないローマ帝国末期に似ている。
 ・20世紀も21世紀も、民主主義が勝利した時代である。
 ・次の時代も、ロシアや中国といった権威主義国家ではなく、民主主義国家が勝利すべき。
 ・伝統と文明(近代文明?)を両立させてきた日本国にも、‘条件を満たせば’、二極対立の狭間にあって世界のリーダー国になるチャンスがある。

ここまでが、条件を提示する前に先立って示されたアタリ氏の時代認識です。そして、いよいよ、条件について語り始めます。

 ・軍事大国になる。
 ・アフリカとのネットワークを構築する。
 ・人口政策を実施する。
 ・女性の権利を拡大し、外国人に対して開放的になる(この条件は、上記の人口政策の具体的な内容かも知れない・・・)。
 ・同調の文化ではなく、異論を称える文化を発展させる。

同氏の論調からしますと、最初の軍事大国が絶対条件であり、以下の4つの条件は、軍事大国化に必要とされる付随的な政策と言うことになりましょう。となりますと、同記事は、人類史において観察される極めて古典的で単純な因果関係を述べているに過ぎないこととなりましょう。つまり、軍事力をもって世界大に影響力を広げ、多民族・多文化国家となった国が世界をリードするというものです。言い換えますと、驚くべきことに、アタリ氏は、日本国に対してローマ帝国の現代版となるように薦めているのです。現状認識が古代ローマ帝国末期なくらいですから、メディアが宣伝しているような未来志向の知的でリベラルな思想家というイメージからはほど遠く、むしろ、軍事力にパワーの源泉を求めるリアリストに近く、かつ、前近代的な世界観の持ち主と言った方が相応しいかもしれません。

 しかも、細かなところに注目しますと、所々で論理が破綻しているようにも思えます。例えば、日本国を‘伝統と文明が共存する稀な国’として賞賛する一方で、条件の一つとして外国人に開放的になることを挙げています。外国人が増加すれば、強みであったはずの伝統は薄れ、やがて消えてゆくことでしょう。むしろ、ローマ帝国の末期には、絶え間ない多民族化により古来のローマ人はいなくなった、とされますので、帝国主義政策の薦めは、たとえ日本国という国名のみが残ったとしても、日本人が消えてしまう未来を描いていることにもなります。また、軍事大国化には、莫大な軍事費を捻出しなければなりませんので、日本国が世界のリーダー国となることが、日本国民の豊かさを保障するわけでもありません(それとも、アフリカ大陸の資源や利権の獲得や独占を薦めているのでしょうか・・・)。

 かくしてアタリ氏の説は支離滅裂なのですが、同氏が、世界権力のスポークスマンであると仮定しますと、同記事の意味も自ずと理解されるように思えます。端的に申しますと、世界権力のために貢献する国になるならば、日本国に世界のリーダー国の地位を与えてもよい(第3極?)、ということなのでしょう。しかしながら、リーダー国となる条件を飲みますと、一部の政治家等には地位も富も約束されるのでしょうが(おそらく、移民系の人々が選ばれるのでは・・・)、その他の大多数の日本国民は、奴隷とまでは言わないかもしれませんが、世界権力の‘サーバント’として働かされる立場となります。アタリ氏の示した条件とは、日本国のためではなく、世界権力のための交換条件であったとも推測されるのです。

 アタリ氏の勧誘に惑わされることなく、ここで考えるべきは、そもそも、人類は、軍事力を背景としたリーダー国家を必要としているのか、というより本源的な問題です。アタリ氏の予測する未来は、過去と何らの変わりはなく、軍事大国の数によって一極、二極、あるいは三極と言ったように、極の数が違うに過ぎません。

仮に日本国がリーダー国となるならば、こうした軍事力を決定要因とする世界観から脱する方向において、リーダーシップを発揮すべきように思えます。主権平等を基礎とした法の支配が国際社会に定着し、紛争を平和的に解決し得る国際制度を構築できれば、アタリ氏が想定する‘世界のリーダー国’はもはや要らなくなります。ウクライナ紛争に続き台湾有事も懸念され、第三次世界大戦のみならず核戦争のリスクに直面する今日、人類の歩みを法の支配の方向に転換することこそ、人類が求める真のリーダー像ではないかと思うのです。

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