万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ベラルーシ核配備がウクライナ核武装を実現する?

2023年06月20日 12時32分18秒 | 国際政治
 今月の6月15日、ロシアとウクライナとの間で戦術核配備に関する協定書が調印されました。ベラルーシは、地理的にはロシアともウクライナとも国境を接してはいるものの、紛争当事国ではありません。ロシア側の言い分とは、NATO側が反転攻勢を狙ってウクライナへの軍事支援を強化している以上、自らの陣営も攻守両面において軍備増強を図らねばならず、NATOの最前線となるポーランドとも国境を接しているベラルーシへの核配備もその一環である、ということなのでしょう。言い換えますと、ロシアによる同盟国への核兵器配備の原因を造ったのはNATO側であり、最悪の場合、今後、紛争がエスカレーションして第三次世界大戦並びに核戦争にまで発展したとしても、その責任を負うべきはNATOであると主張しているのです。

 かくして、ウクライナ紛争は、遂に当事国の隣国への核兵器の配備という事態を迎え、紛争の地理的拡大のリスクが顕在化することとなったのですが、その一方で、今般のベラルーシへの核配備は、今後の紛争、否、人類の行方を左右する幾つかの重要な考察すべき諸点があるように思えます。

 第1に、ベラルーシへのロシアによる核配備は、「ブダベスト覚書」を完全に空文化してしまいます。同覚書は、ソ連邦の崩壊後にアメリカ、イギリス、ロシアが、ウクライナに対して核放棄=NPTへの加盟の見返りに同国の安全を保障した多国間の合意文書として知られていますが、同覚書の当事国はウクライナのみではなく、ベラルーシ並びにカザフスタンも含まれています。このことは、ロシアがベラルーシに対して核を配備するのであれば、アメリカやイギリスがウクライナに核配備を行なっても、ロシアは同行為を認めざるを得なくなくなることを意味します。

 第2に考えるべきは、ベラルーシの核配備の目的です。ロシアは、上述したようにロシアの西側国境の安全の強化をベラルーシへの核配備の口実としています。一先ずは、防衛面における必要性を強調しているのですが、ロシアの言い分が通用するならば、ウクライナも自国の防衛強化を根拠として、アメリカから核兵器の提供を受けることができるはずです。つまり、今般のベラルーシへの核配備は、ウクライナの核武装が実現するチャンスともなるのです。

 もっとも、ウクライナに対する核兵器の提供については、ベラルーシがロシアを中心として結成されている軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)の構成国であることから、NATO加盟国ではないウクライナとは条件が違うとする反論もあるかもしれません。しかしながら、国際法において軍事同盟国以外の国に対して‘核の傘’を提供してはならないとする明文の禁止規定はありませんし(逆に、NPTにあっても核兵器国が軍事同盟の相手国である非核兵器国に対して核を提供してもよいとする明文の規定はない・・・)、公然とNATOがウクライナに対して軍事支援を実施している以上、ウクライナに対する核の傘の提供を躊躇する理由はないはずです。否、さらに踏み込んで、真に同国の安全を護ろうとするならば、ウクライナのNPTからの脱退を認めるべき立場にあると言えましょう。

 その一方で、第3に注目すべきは、ベラルーシに配備されたのが、戦略兵器ではなく戦術核兵器であった点です。ロシアとしては、戦略核兵器を配備すればNATO陣営のみならず、全世界から批判を受ける事態を予測し、ロシアの対ウ軍事作戦に必要となる範囲においてウクライナ並びに周辺諸国に攻撃先を限定した形で核配備を進めたのかもしれません。このことは、ロシアによるベラルーシへの配備は、実のところ、実践での使用、すなわち、防衛目的ではなく攻撃兵器としての使用を意図していたとも推測されます。ロシアが真にベラルーシの安全を核の傘の提供によって護ろうとするならば、戦術核ではなく報復を目的とした戦略核を配備したことでしょう。

 そして、第4に指摘し得るのは、ベラルーシに配備された核兵器に関する権限は、すべてロシアに握られている点です。ロシアのジョイク国防相によると、「戦術核兵器はロシアが管理し、使用に関する決定はロシアが下す」とされており、この発言が事実であれば、ベラルーシに対する核の抑止力は著しく低下します。最悪の場合には、ロシアの身代わりとなって核の報復を受けるリスクもあるのですから、ベラルーシへの核配備は、同国にとりましては核抑止のメリットに乏しく、必ずしも国益に叶うわけではないのです。自国に不利なロシアとの協定締結には、独裁者とされるアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が、プーチン大統領との密室での会談後に体調不良に見舞われた一件も関わっているのかもしれません。

 以上に幾つかの論点について述べてきましたが、これらの諸点は、ロシア側にせよ、NATO側にせよ、当事国並びに関係諸国の一貫性のなさというものを露呈しています。しかしながら、ウクライナ紛争に見られる‘ちぐはぐさ’は、同紛争が上部からコントロールされたものであるとしますと、理解の範疇に入ってくるように思えます。推測される世界権力によるコントロールの基本方針とは、NPT体制を崩さずして戦争を激化させ、かつ、実験的に戦術核兵器も使用するというものです。ロシアは、ベラルーシを犠牲に供しつつNPT終了の決定的な口実を与えようとしない一方で、NATO側も、同問題がウクライナの核保有問題に発展しないよう細心の注意を払っているのです。

仮に同推測が事実に迫っているならば、中小の非核兵器国は、今般のベラルーシへの核配備を機に、ウクライナの核武装を提起しつつ、独自保有に向けたNPT体制の見直しを求めるべきです。ウクライナの核武装は、核による相互抑止力の作用により、紛争のエスカレーションが抑制され、収束へと向かう可能性を高めるかもしれません。そして、ゼレンスキー大統領が真に自国と自国民を護ろうとする愛国者であるならば、自国の核武装を全力で試みるのではないかと思うのです。

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