万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

不自然すぎる‘プリゴジンの反乱’

2023年06月26日 11時02分30秒 | 国際政治
 ロシアがウクライナ紛争に投入している主力部隊ワグネルは、言わずと知れたロシアのオルガルヒであるエフゲニー・プリゴジンが創設した傭兵部隊です。ところが、この傭兵部隊、事もあろうことか、ワグネルの雇用主にしてロシアの最高権力者プーチン大統領の座すモスクワに向けて進軍を開始したというのですから驚きです。結局、‘プリゴジンの乱’は、ワグネルが進路を引き返すことで急転直下収束へと向かい、思いもかけぬ反乱劇に全世界が唖然とさせられたのです。かつてマキャベリは、その著書『君主論』において傭兵よりも常備軍を備えるようにと進言したのですが、プーチン大統領は、迂闊にもマキャベリの教えに背いてしまったのでしょうか。

 直近の速報に依りますと、プリゴジン氏は、ロシア南部ロストフナドヌー を後にしたものの、その後の消息がつかめず、行方不明とされています。一連の反乱劇については様々な憶測や情報が飛び交っており、その真相は詳らかではありません。情報戦の様相も呈しており、事実に行き着くことは現状では難しいのですが、今般の反乱劇には、幾つかの不自然な点や疑問点が見受けられます。

 第一の点は、ワグネルのモスクワ進軍ならびにロシア南部の占領は、兵力2万5千規模ともされる同部隊のウクライナ紛争からの戦線離脱を意味するものとなったのではないか、とする疑問です。プリゴジン氏が首都モスクワの制圧を意図していたとしますと、ワグネル全軍を挙げての行動であったはずです。となりますと、ロシアの正規部隊が駐留しているとはいえ、ウクライナ側の反転攻勢の最中にあって、紛争地では力の空白あるいはパワー・バランスの崩れが生じたはずです。ところが、ウクライナ側がこのワグネル離脱をチャンスとみて大規模な攻撃を仕掛けたとの報道はありませんでした。

 ここから、何故、ウクライナ側はプリゴジンの反乱を利用しなかったのか、という疑問が沸いてきます。ワシントンポスト紙が報じるところに依れば、アメリカの情報当局がプリゴジン氏の計画を把握したのは今月中旬である一方で、お膝元のプーチン大統領が知ったのは僅か24時間前であったそうです。同情報が正しければ、ウクライナ側には戦局を一転させる千載一遇のチャンスが転がり込んできたことになりますし、作戦を練る十分な時間もあったはずです。それにも関わらず、ウクライナ側は静観を決め込んだのですから、どこか行動が不自然なのです。

 もっとも、ウクライナ側の冷静な対応にも、それ相応の理由があったのかもしれません。第1に推測されるのは、ロシア側が仕掛けた巧妙な‘罠’であることを警戒したというものです。ロシアの伝統的な戦術は、兵站が途切れるほどに敵軍隊を自国領域内におびき寄せ、包囲して殲滅してしまうというものです。ナポレオンのロシア遠征やナチスの対ソ戦も、同作戦によって失敗に終わっています。ロシア側が、敢えてプリゴジン反乱という‘偽情報’を流してアメリカ側に掴ませ、ウクライナ陣営を自らが優位に戦える地点に誘い込もうとしたのかもしれません。この推測に従えば、危険を事前に察知したウクライナ側は、プリゴジンの反乱に無反応で応じたことになります。

 ワグネルの撤退については、ベラルーシのルカシェンコ大統領が仲介に入り、プーチン大統領からも不問に付すとの言質を得たと報じられています。ロシア側も寛容な態度も、第1の推測を補強しているように思えます。もっとも、同報道については、ロシアの独立系メディア「バージニエ・イストーリー」は、プーチン大統領が不問に付すのは兵士のみでプリゴジン氏については殺害命令が下されていると報じています。

 第2に、傭兵派遣事業はサービス業の一種でもありますので、プリゴジン氏は、ウクライナ側と契約を結んだとも推測されます。ビジネスである以上、より高額の報酬を提示した側と雇用契約を結ぶことは大いにあり得ることです。資金力や財力においてはアメリカ側が優位にありますので、プリゴジン氏に対して‘ビジネス’として‘反乱’を持ちかけたとする憶測も成り立ちましょう。プリゴジン氏は、常々ロシアに対する熱烈な愛国心をアピールしていますが、「ワグネル」は、どの国、あるいは、どの勢力とも自由に契約し得る民間軍事会社なのです(マキャベリの呪い・・・)。

 第2のシナリオでは、上述したようにプリゴジンの反乱は、ウクライナ側の反転攻勢のチャンスとなるはずです。しかしながら、現実にはウクライナ側は動きませんでしたので、同シナリオの線は薄いかもしれません。もっとも、ウクライナ側が、同反乱を不利な戦局の打破の軍事的な転機とするのではなく、ロシア国内の内乱を狙ったとすれば、同シナリオの線も消せなくなります。第一次世界大戦にあっては、キール港の水兵達の反乱を機にウィルヘルム2世は退位に追い込まれ、ドイツ帝国が内部から瓦解すると共に敗戦に追い込まれています。今般のプリゴジンの反乱についても、米シンクタンク戦争研究所(ISW)は、ウクライナ側の関与の有無は別としても、プリゴジン氏はロシア軍からの造反を狙ったのではないか、とする見方を示しています。また、身内からのプーチン政権の弱体化の現れと見なす見解もあり、内部崩壊、すなわち、ロシアの戦争遂行能力の喪失が目的であったのかもしれません。

 以上に、ロシア側並びにアメリカ側の双方に見られる不審点について述べてきましたが、もう一つ、考慮すべき可能性があるように思えます(つづく)。(2023年6月27日修正)

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