万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ニュージーランドの銃規制強化―正当防衛権放棄の問題

2019年03月20日 13時50分27秒 | 国際政治
先日、クライストチャーチで無差別銃乱射事件が発生したニュージーランドのみならず、アメリカでも、銃乱射事件が起きる度に銃規制強化の運動が活発化するものの、事件の記憶が薄れるにつれ、その勢いは下火となって行きます。銃規制賛成派は遅々として進まない現状に苛立ちを覚えるのでしょうが、銃規制が実現しない理由は、反対派が強調するように、利益の喪失を恐れる銃器メーカーや全米ライフル協会の抵抗のみではないように思えます。

 銃規制を強化する必要性は、社会において銃を所持する人物が存在する限り無差別銃乱射事件はなくならない、とする安全面から主張されています。確かに、この世から素手では立ち向かえない強力な殺傷能力を有する武器なるものが消えてなくなれば、一方的な殺人事件も起きなくなります。銃の脅威とは、殺傷能力における絶対的な優位性にあり、それを持っているのか、いないのかによって、生死を左右してしまうのです。つまり、持つ側が圧倒的に有利な立場となり、他の人の命を自らの殺意のみで奪うことができるのです。この非対称性こそ、人々が、銃を怖れる最大の理由となります(この側面は、日本国憲法第9条や国際社会における核兵器にも言えるかもしれない…)。

 例えば、メディアは、クライストチャーチでの事件に際してモスクのイスラム教徒たちが‘スマホを投げつけた’、‘銃を投げつけた’、あるいは、‘丸腰で応戦した’と報じ、‘平和的に闘った’ことを強調しています。しかしながら、50人もの人々の命が奪われる一方で、犯人は自らの命を失うことなく逮捕されているのです。仮に、より高性能のライフル銃や爆薬等を使用すれば、犠牲者の数はさらに増えたことでしょう。銃さえ保持すれば、一人の人間が、自らの能力を超えて多数の人々を殺害することができます。同事件の犯人対犠牲者の0対50の数は、この恐ろしさを余すことなく語っているのです。

 こうした非対称性は、物理的な力の差によって銃を保持しない側は最早自らの正当防衛権を行使し得ないことを意味します。乃ち、銃を保持しない人は、銃を保持する側に対して‘お手上げ’の状態となり、自らの命を自らの力で護ることはできないのです。こうした厳しい現実を考慮しますと、上述した‘銃の保持を禁じれば殺人も起きなくなる’とする主張には疑問符が付きます。何故ならば、この主張が現実の世界で通用するには、‘全ての人が銃を所持しない’という絶対条件を満たさなければならないからです。一人でも銃を保有していれば、上述した非対称性な関係が出現してしまうのです。

 そして、この‘全ての’という条件こそ、実のところ、充足するのが極めて難しい問題なのです。今般、銃規制が強化されれば、善良で順法精神の高い国民は、法律に誠実に従って銃を保持することはないでしょう。その一方で、犯罪傾向の強い人、あるいは、銃の保持が圧倒的に自らを有利にすることを知っている人は、銃を隠し持つことでしょう。仮に、警察当局がこれらの人々から一人残らず銃を取り上げることができるならば、あるいは、銃規制の強化は功を奏するかもしれません。しかしながら、それが不可能であるならば、銃規制は、人々から正当防衛の権利を奪い、一般の人々の身を危険に晒すかもしれないのです。このように考えますと、一般の人々を対象に銃規制を行うよりも、人々の正当防衛権を認めた上で、まずは犯罪者やマフィア組織に対象を絞って銃等の暴力手段の所持を厳しく禁じる方が、余程、治安の改善には繋がるのではないかと思うのです。

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1 コメント

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RyuUさま (kuranishi masako)
2019-03-22 09:31:50
 この度は、コメント、並びに、貴重な情報をお寄せくださいまして、ありがとうございました。また、不承認をご希望なされていたにも拘わらず、私の手違いで公開されてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。

 Gooブログですと、ブログ主であっても、公開せずにいただいたコメントを事前に読む、ということができない仕組みとなっております。このため、数分間であれ承認せねばならず、一時的にコメント内容が公開状態となります。今般、RyuUさまのコメントが掲載されてしまいましたのも、姉が読みました後に、私が保留の手続きを行うのを忘れてしまったからでございます。大変、申し訳ありませんでした。

 なお、RyuUさまのコメントは、大変参考となる内容を含んでおります。もっとも、疑問点や矛盾点も見受けられ、半信半疑の状態におります。また、RyuUさまがどなたであるのか私どもには分からず、失礼ながら、工作員であられる疑いもないわけではございません(インテリジェンスの世界をよく御存じと思いますので、この疑問につきましては、ご理解いただけるのではないかと思います)。DM等やツイッターで直接に意見交換をいたしますと、スパイ容疑がかかってしまうリスクもございますので、ご提案いただきました方法につきましてはご遠慮させていただきますこと、何とぞ悪しからずご了承くださいませ。

 私といたしましては、何事もできる限り議論はオープンにすべきと考えておりますし、とりわけ民主主義を尊重すればこそ、多くの人々に基礎となる情報や論点を知っていただく必要もございます。有料記事の部分は伏せつつ、公開し得る形でコメントをご投稿くださいましたならば幸いでございます。

 何とぞ、よろしくお願い申し上げます。
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