万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

小泉候補の返答から読む日本国の危機

2024年09月11日 11時56分21秒 | 日本政治
 先日、自民党総裁選挙の立候補会見における小泉進次郎氏と記者との間の質疑応答が、メディア並びにSNSにおいて物議を醸すこととなりました。質問者はフリーランスの記者ということですので、比較的自由な立場からの質問であったようですが、その内容が、小泉候補の知的レベルの低さを懸念するものであったことから、先ずもって‘同候補に対して失礼ではないか’とする批判と、‘核心的な問題をよくぞ言った’とする、記者に対する賛否両論が湧き上がることとなりました。次いで現れたのが、小泉候補の返答の妙を評価する声です。しかしながら、同候補の返答内容を読みますと、思わず頭を抱えざるを得なくなるのです。

 知的レベルの低さをストレート、かつ、突然に指摘された場合、大抵の人は侮辱されたとして怒りに気色ばむか、あるいは、狼狽して返答に窮するものです。しかしながら、立候補会見での小泉候補の反応は、これらの何れでもありませんでした。顔色一つ変えることも、うろたえることもなく、自らの至らなさ、並びに、今後の成長の必要性を素直に認めた上で、「しかし、その足りないところを補ってくれるチーム、最高のチームをつくります。そのうえで今まで培ってきたものを一人、一人、各国のリーダーと向き合う覚悟、そういったものは私はあると思っています」と述べたからです。自らの‘さわやか’なイメージを壊すことなく、冷静沈着に対応する姿を見せたことで、相手の発言を逆手に取る形で評価を逆転させたこととなりましょう(小泉候補は、本当は、賢いのではないかとする評価へ・・・)。

 記者との質疑応答を見る限りでは、確かに、小泉候補の対応には、自らに降りかかってきた難題をそつなくかわす、政治家としての巧みな技が身についているように見えます。この点が、賢さの評価に繋がったのでしょうが、その内容は、と申しますと、必ずしも国民が安心できるものとは言えないように思えます。何故ならば、知的レベルを補う方法が、‘最高チームの結成’というのですから。

 第一に、政治家の能力の低さが‘最高チームの結成’によって補えるのであれば、誰でも日本国の首相になれることを意味します。総裁選挙への出馬会見であるならば、自らが首相に最も相応しい候補者であることを積極的にアピ-ルすべきところを、小泉候補は、‘他者の助力があれば自分でも大丈夫’という、消極的、かつ、最初から他力本願の姿勢を示してしまっているのです(‘開き直り’とも言える・・・)。これでは、国民の不安は募るばかりですし、首相とは、他人任せのかくも‘楽な仕事’なのか、ということにもなりかねません。

 第二に、記者の質問は、各国の首脳が集うG7等の国際会議を念頭に置いているため、小泉候補の返答も、‘チームを結成した上で、一人一人のリーダーと向き合う覚悟’があるというものです。しかしながら、このチーム方式ですと、‘小泉首相’は、国際会議の場では常にチームと一緒に行動し、会話や歓談の場面も、外国の首脳一人対小泉チームという滑稽なシーンともなりかねません。あるいは、事前に台詞付きのシナリオを準備する必要が生じます。外国の首脳からアドリブで話かけられたり、質問を受けるような場合には、その場で凍り付いてしまうかも知れません。

 第三に指摘すべきは、「最高チーム」のメンバーとは、誰が、どのような基準で、如何なる方法で選ばれるのか、という重要な諸問題については何も語っていない点です。‘小泉首相’が、個人的な人脈から恣意的に自らに近い政治家仲間や‘有識者’を選び、「ブレーン集団」とするということなのでしょうか。同候補は、自らの能力不足を認めていますので、首相の権限、あるいは、主導権は、事実上、同「ブレーン集団」に握られてしまう事態も想定されましょう(将軍が‘お飾り’であった江戸時代の幕府のよう・・・)。二重権力ともなりかねない同事態は憲法に抵触する可能性もありますし、日本国の民主主義の危機ともなりましょう。

 そして第三点と関連して第四に懸念されるのは、「最高チーム」は、政治家であれ、民間人であれ、日本国民であるとは限らない点です。父小泉純一郎元首相が進めた郵政民営化は、グローバリストへの利益誘導であったとする強い疑いがあります。実際に、小泉候補が1年以内に実現するとした3つの改革も、解雇規制の見直しや選択的夫婦別姓の導入、ライドシェアの全面的な解禁などを見ますと、国民世論の声ではなく、グローバリスト、即ち、世界権力の要請を受けたものと推測されましょう。

 今年の10月に‘小泉政権’が誕生するとすれば、それは、グローバルにマネー・パワーと組織を展開する世界権力からのミッションを実行するだけの、傀儡政権に過ぎないのかもしれません。そしてこの懸念は、自民党の総裁選挙に出馬している全ての立候補者にも言えます。‘小泉政権’においては、ダボス会議の常連でもある河野太郎氏の入閣も予測されておりますので、「最高チームを」とは、自民党が一丸となってグローバル路線に邁進することなのかもしれないのです(小泉候補の後ろ盾とされるのもグローバル色の強い菅義偉善首相・・・)。このように考えますと、小泉候補は、出馬会見にあって、図らずも日本政治の実像を語ってしまったのではないかと思うのです。

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