甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

不安と強迫観念のくに

2022年05月18日 21時01分05秒 | 私たちの社会・世界

 考えてみれば、ウクライナでは独裁主義の嵐が吹き荒れているんですね。嵐が吹いてくるのを聞き耳を立てていると、聞こえてくるじゃないですか!

 お前たち、貧乏くさいことばかり言いやがって、そんなことだから、大国に攻められたりするのだ。自由主義社会なんて、みんなバラバラで、自分のところの利益しか考えていないさ。よその国が困っていたとしても、基本は知らんぷりだ。そういう薄情な社会なのだ。自分の国の利益に関わる場合だけ、目くじら立ててガミガミ言うのさ。バカらしい。あいつらは負け犬だ! または、利益にたかるハエみたいなもんだ。

 独裁国家のたくましさを見ろよ。好きな時によその国に戦争をふっかけることはできるし、国民なんて適当にウソの情報でだまされてしまうし、デモするヤツらなんて、みんなブタ箱にたたき込んでやるのさ。それでも文句を言うようであれば、二度と口がきけないように拷問するのもこちらの思うがままだ。何と秩序が保たれていることか。

 自由主義とは、混乱と不安定とワガママと、他人のことを思いやらない、自分さえよければよい社会さ。コースからはずれているヤツらは、ずっと日の目を見ることはないし、ずっと日かげで貧乏暮らし、そして、貧困は次の世代にも営々と続けられていくのさ。それでもヤツらは、そういうのが自由だと思っている。ヤツらには、小さな情報機器と時間つぶしのゲームがあればいいのさ。とんでもない哀れな社会じゃないか。ずっとその貧富の差を広げていくのがいいさ。

 どこかのPみたいなヤツが高笑いしているのが聞こえてくるようです。

 

 今世紀になって、自由主義というのは何かが変わったんですね。世界の人口は膨れ上がっている。先進国は人口が少しずつ減りつつある。若い男女に子どもを育てて、社会を盛り立てていこうという力がないし、高齢者は自分の未来が漠然とした不安に見えている。環境はひどくなり、地球そのものの存続も怪しい。特に世界の工場となった中国において、ものすごい環境破壊がありました。中国は独裁国家だけれど、経済だけは自由主義社会の一員になろうとしていた。利益を得るものの、政治は独裁であり続けようとした。

 他の国は、政治に関しては不安だけれど、とにかく優秀で、活力があり、広大な市場を持つ中国を経済の仲間に加えた。でも、それはほんの50年くらい前のことなのです。これから先のことは、まだまだわからないのです。中国という不安定要素も抱えながら、自由主義経済は進まなくてはならない。


 世界の基準に合わせると称して、この国も、人件費を抑制し、非正規雇用を推進し、自由な働き方で、自由に生きられる、という風にごまかして、若い人たちを犠牲にしてきました。

 年寄りたちは、不安だから、リタイヤするまでの貯金を抱えたまま、身動き一つできないでじっとしている。確かにお年寄りは自己責任を突き付けられ、結局頼れるのは自分のお金だけというのを実感させられている。

 若い人の一部は、こうしたお年寄りたちからだませるものなら何だって取ってやれと、手を変え品を変え、電話一本で虎の子の貯蓄を奪おうとする。

 これが、私たちのくにの現状でした。年金はあるのかないのか、少しは用意されるだろうけれど、基本は100歳まで、働けるだけ働け! という号令に変わりつつあるし、若い人もそういう意見に賛成していくのでしょう。彼ら・彼女らの高い確率の人たちが非正規でもあるし、そういう不安定な立場からすれば、何もしないでカネをもらう年よりなんて、不公平ではないか。そんな制度なんて必要ない、ということになるのでしょうか。

 みんなが年を取るし、みんなが働きたいし、働きたいのであれば、満足したいし、ある程度の収入が欲しいし、もし気が向いたら、そこでいつまででも働きたい、いや、むしろ、自分のアイデアを生かしていきたい、そう思うはずなんだけど、それらは無視、あるいは軽視されています。

 すべては、経済を運営する人たちが中心であって、その部品となる人間は、付け替え可能な、簡便な存在でなくてはならない。そういう自由主義社会に変質したのだと思われます。

 いつか、方向転換する時もあると思われますが、独裁国家に笑われないように、豊かでのんびりとした、戦争のない社会を築きたいと思います。

 そして、独裁国家が30年前に一度滅びた時のように、ふたたび自由を掲げる世界が、みんなに志向されるように、そこにいる私たちが考えなきゃいけないと思うんです。

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