甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

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『山椒魚』(井伏鱒二)のことば

2022年04月27日 21時38分16秒 | 本と文学と人と

 井伏鱒二さんの小説『山椒魚』は1929年に世に出たそうです。あれ、何か関連あるなあと思ってたら、最近は寝る前に『昭和史』(岩波新書)を読んでたから、ちょうど満州事変とか、世界恐慌とか、そのあたりで日本がおかしくなっていく様子を読んでいますので、重なるところがあったんです。

 『山椒魚』と題名を変えたのが1929年だそうで、一度1923年に『幽閉』というタイトルで同じような内容の作品を出したそうです。それを少し変更して1929年版ができたそうです。

 それから、有名なことですが、最後の和解の場面を井伏さんがカットしたのは1986年だそうで、教科書や新潮文庫では1929年版になっているのかもしれません。全集版は和解のところがない。

 井伏さんは、1898~1993年まで作家として活動されてきました。その晩年近くに、57年前に出した作品を改めるなんて、作者としてのケジメだったんでしょうか。でも、ファンのみなさんは、昔の形を愛して、今も昔の形も出回ってたりする。

 そもそも、うちのあるはずだと思ってたのに、さっき探してみたら、書棚にはありませんでした。どこに売り飛ばしたのか? それとも、もともと家にはなかったのか、記憶があいまいで、わかりませんけど、私は70年代に読ませてもらいました。50年くらい昔です。

 2年間岩の洞くつで寝てしまったサンショウウオは、寝ていても成長したのか、頭がつかえて穴の外に出られなくなります。



 その最初の言葉が、「なんたる失策であることか!」
ということでした。
 そのあと、
 「いよいよ出られないというならば、俺にも相当な考えがあるんだ。」
と語ります。読者は、自分もそんな風に捨てゼリフ調の強いコトバを言うだろうなと納得しながら、それでも、彼の不運を嘆かずにはいられません。

 しばらくしたら、何も食べないから少しやせてきて、穴の外に出られるんじゃないの? と期待さえします。

 穴から外の川をのぞいてみると、メダカたちがフラフラと集団になって泳いでいて、いつも集団じゃないと落ち着かない様子を見たら、メダカに対して、

「なんという不自由千万なやつらであろう!」
 これまた捨てゼリフですけど、メダカに対して投げつけたコトバは、ブーメランのように彼のところへ帰ってきて、実は自分は別の意味で「不自由千万である」というのを浮き立てます。そんなの彼も自覚してたかもしれない。



 穴の中に卵を抱えたエビがやって来ると、
「だが、この身持ちの虫けら同然のやつは、いったいここで何をしているのだろう?」
 なんていうイジワルなしゃべりをします。彼ももっと穏やかでのんびりしたことをしゃべれる生き物だったと思うんですが、何もかも世の中がイヤになってるし、すねてるし、身の不幸がたまらないし、他人に対してやさしい気持ちを持てなくなっていきます。

 そして、ヤケクソになって、
「くったくしたり物思いにふけったりするやつは、ばかだよ。」
 と、悩み込みがちな自分を励まします。でも、いくら強く言い放っても、ヤケクソになっても、何にも事態は変わらない。



「ああ神様! あなたは情けないことをなさいます。たった二年間ほど私がうっかりしていたのに、その罰として、一生涯この穴蔵に私を閉じ込めてしまうとは横暴であります。私は今にも気が狂いそうです。」
「ああ神様、どうして私だけがこんなにやくざな身の上でなければならないのです?」
「ああ、寒いほど独りぼっちだ!」
 限りなく孤独で、どうにもできなくて、無力で、何をしても報われず、自由もなく、身動きも取れない。ただ自分の運命を嘆くことだけが彼にできることでした。これはなかなか辛い。



 そして、たまたま迷い込んだカエルを、穴の外に出て行かないようにイジワルして、お互いをけなし合うこと二年、二人ともクタクタになって、こう言います。

「おまえは今、どういうことを考えているようなのだろうか?」
「今でもべつにおまえのことを怒ってはいないんだ。」

 お互いは、もうダメかもしれないけど、もう怒りも消えて、お互いに穴の中で一緒に過ごして来た仲間として認め合った、この最後のところはカットされたということでした。

 私は、やはり、カットしないでほしい派なんですけど、これは当時の日本そのもので、自分のカラにこもり、孤独で、誰か仲間がほしいのに、誰も相手にしてくれなくて、自分の方向性が見つけられなくて、そのまま暗い坂を滑っていった姿が見えてくるようで、今さらながら、当時の気分がそのまま作品世界になったのだなと思ったところです。 



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