報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「松島や ああ松島や 松島や」

2018-05-27 10:15:55 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日08:53.天候:晴 JRあおば通駅→JR仙石線最後尾車内]

〔まもなく2番線から、電車が発車致します。黄色い線まで、お下がりください〕

 あおば通駅の発車メロディは“青葉城恋唄”をモチーフにしたものが流れる。
 この路線に使用されている205系電車にはドアチャイムが後付けされているのだが、そのチャイム音が、どう聞いても首都圏JR車内で流れる運行情報のそれ。
 電車は定刻通りに発車した。
 しばらくの間は地下区間を進むことになるが、この地下トンネルの名前を『仙台トンネル』という。
 まあ、その……何だ。
 非常にシンプルなネーミングである。

〔「この電車は仙石線下り、普通電車の高城町行きです。まもなく仙台、仙台です。お出口は、右側です」〕

 放送が物凄い簡易的なのは、次駅までの距離が短いから。
 500メートルしかない。
 首都圏でこれだけ駅間距離が短い所と言えば、日暮里駅と西日暮里駅だろう。
 こちらも500メートルしか無い。
 向こうには英語放送も入っているのだが、その放送が言い終わらないうちに、もう次の駅のホームに差し掛かっている。

 稲生:「下りでも、結構乗ってくるなぁ……」

 仙台駅に到着した電車に、多くの乗客がドカドカ乗って来る。
 あおば通駅ではまだ空席があった電車もこれで満席になり、立ち客も出るようになる。
 仙石線は、そろそろ6両編成化した方が良いような気がするのだが……。
 ま、ホーム延長とか車内トイレ増設とか色々と面倒か。
 尚、発車メロディをあおば通駅に譲った仙石線において、仙台駅ではただの発車ベルである。
 最近では、これとて珍しいものとなったが。
 こちらでは駆け込み乗車があったせいでドアチャイムが何回か鳴ることになったが、首都圏のJR電車に乗り慣れていると、どこかの路線が止まったのかという感覚に捕われる。

〔「今日もJR東日本をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車は仙石線下り、普通電車の高城町行きです。次は榴ヶ岡、榴ヶ岡です。お出口は、右側です。電車のドアは自動では開きません。お降りの際はドア横にございます『あける』のボタンを押して、お降りください」〕

 東北では地下鉄以外、基本的に年中乗降ドアを半自動扱いにしている。
 首都圏では時季や時間帯によるが、例えば上野駅低いホームに停車している中距離電車で体験できる。

 稲生:「ていうか……。埼京線とか武蔵野線に乗ってる気分……」
 マリア:「トンネルを出たら、その線路の上だったりしてね」
 稲生:「それじゃやっぱり冥鉄電車じゃないですか」
 マリア:「HAHAHA...いくら何でも、こんな真っ昼間からは走らないさ

 時折、自動通訳魔法具の効果が無くなるのは地下だからか?
 稲生はこれをポケットWi-Fiに例えたが、得てして妙なものである。

[同日09:36.天候:晴 JR松島海岸駅]

 電車が海沿いに近づく度、威吹の鼻がヒクついた。
 そこは妖狐、鼻がよく利くらしい。
 松島付近は内陸を走る東北本線との並走区間があり、ダイヤが合うと首都圏でよく見られる同方向の電車の並走シーンが見られる。
 かつてはキハ58系快速“南三陸”と103系快速電車が競走するダイヤがあった。
 現在は仙石東北ラインの開通により、そういったシーンは無くなっている。

〔「まもなく松島海岸、松島海岸です。お出口は、右側です」〕

 短いトンネルを出ると、車内放送が響いた。
 東塩釜駅を出ると単線になる仙石線だが、松島海岸駅は行き違い設備を備えた1面2線のホームがある。
 行き違い設備どころか、折り返し設備もある。
 その為、昔は臨時列車などで当駅終点・始発の電車も運行されていた。
 現在は稲生達が乗っているように、次の高城町駅折り返しがセオリーとなっている。

 稲生:「さあ、着きました」

 電車が駅に到着すると、稲生はドアボタンを押した。
 起伏の富んだ狭い土地に駅を造ったものだから、ホームはお世辞にも広いとは言えない。
 観光シーズンになると、ホームが観光客で溢れ返るのだという。
 目の前が海か湖か、ホームが長いか短いかの違いだけで、似たような構造の駅に中央本線の藤野駅がある。

 威吹:「……ックシュ!……ックシュ!」

 潮の香りにやられてか、ついに威吹がくしゃみを何度かした。

 稲生:「大丈夫か、威吹?」
 威吹:「すまん。嗅ぎ慣れぬ潮の匂いだったものでな……」
 マリア:(犬かな……)

 と言いつつマリアもまた内陸の国に生まれ、移住したイギリスも内陸の地域であった為、海は見慣れたものではなかった。
 更なる移住先、日本でも内陸の長野であった為、尚更だ。

 稲生:「でも、2人には非日常だと思うんだ。こういう海の風景を見るのも」
 威吹:「まあ、確かに」
 マリア:「悪霊騒動の時点で、既に非日常なんだけどね。でもまあ、だからこそ、日常的な非日常もいい」
 威吹:「それで、ユタはこの後どうしようってんだい?」
 稲生:「もちろん、海を満喫するつもりだよ」

 稲生が向かう先について行く魔女と妖狐。

 マリア:「海を満喫する、という時点で鉄道趣味からは離れそうだな」
 威吹:「海と言えば、だいぶ前、ユタにお台場まで連れて行ってもらったことがあったが、それ以来だなー」
 マリア:「なにっ?……勇太、私はまだ連れて行ってくれてないよ?」
 稲生:「えっ?あっ、いや、その……マリアさんは……」
 マリア:「私とじゃダメなのか!?」
 威吹:「まあまあ。女には見せられない本を買いに、夏の時期に行っただけでござるよ」
 稲生:「わわわっ、威吹!それ以上はダメ!」
 威吹:「その割には女も随分といたようだが、あの者達は別に目的があったのか?」
 マリア:「勇太、話は後で聞くから」
 稲生:「はい……」

 稲生もまたコミケ戦士の1人であった。

 マリア:「ダニエラから聞いたんだけど、魔道書という割に、随分と薄い本が本棚にぎっしり入っているというぞ?」
 威吹:「うむ。ユタにとっては、立派で貴重な魔道書でござるな」
 稲生:「あ、はい。威吹の言う通りでございます……」

 稲生はうな垂れた様子で、更に海の方へと向かって行った。
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“大魔道師の弟子” 「朝の青葉通り」

2018-05-26 21:29:39 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日07:40.天候:晴 宮城県仙台市青葉区 あおば通駅バス停→プロント]

 稲生達を乗せた市営バスは、朝ラッシュたけなわの市街地までやってきた。
 そこで稲生、終点の1つ手前のバス停で降りることにした。

 稲生:「いえ、先に朝食を食べようかと思いまして」
 威吹:「それもそうだな。ところで、2人は疲れておらぬか?実質的に徹夜だったゆえ、な」
 稲生:「そういえばあんまり眠くない。どうしてだろう?」
 マリア:「ポーションを使ったからだろうね」

 マリアはローブのポケットの中から小瓶を取り出した。

 マリア:「これで体力を回復させたからだと思う」

 DQシリーズでは専ら薬草だが、FFは水溶液としての薬剤だ。
 ダンテ一門では、専ら回復薬と言ったら後者を指す。

 威吹:「よく効くものですねぇ……」
 マリア:「エリクサーは高いから、取っておきだよ」
 稲生:「エレーナがボッた分も含まれてません?」
 マリア:「まあ、一応……」

 朝食を取る通勤客で賑わう店内。
 モーニングメニューも、もちろんある。

 威吹:「この後、どうするんだ?まさか、このまま帰るわけじゃないだろう?」
 稲生:「もちろん、威吹の希望通り、最後には牛タンを食べてからだよ。だけど残念なことに、朝から開いてる店は無いんだ。お昼頃まで、どこかで時間を潰さないと」
 威吹:「じゃあ、どうする?」
 稲生:「威吹は牛タンを食べられるのなら、どこでもいい?」
 威吹:「まあね」
 稲生:「せっかくですから、ちょっと新鮮な光景でも見てからにしようかと思いまして」
 マリア:「Huh?」
 威吹:「何か、物見でもしよってのかい?ユタらしいな」
 マリア:「もう1度、墓の様子を見に行くとかはしなくていいの?」
 稲生:「今は行っても無駄のような気がするんです。いくら有紗のお姉さんは黙秘するとはいえ、警察はライフルの被弾した所を調べるでしょう。で、その時、有紗の骨壺を見つけるはずです。当然それが、埼玉の青葉園から盗掘されたものだと気づくはず。今、その段階でしょう。捜査が終われば、遺骨はまた元の青葉園に戻されるはずですから、僕達が介入する余地は無いんです」
 威吹:「ユタの言う通りだな。有紗殿には気の毒だが、しばらくの間、亜空間隧道で彷徨ってもらうしかない」
 稲生:「もう1度、塔婆供養してあげようかな」
 威吹:「ユタは優しいな。だが、その言葉をマリアの前で言うのは止めた方がいい」
 稲生:「えっ?」
 威吹:「今カノのいる前で、前カノに気を使う発言は命取りでござるよ?」
 稲生:「おっと、そうだった……。ごめんなさい、マリアさん」
 マリア:「いや……。勇太と威吹のは……男の友情ってヤツか?」
 稲生:「あー……そうですねぇ……」
 威吹:「さよう。ユタとは長い付き合いなものでな」
 稲生:「威吹には色々と助けられたし、今みたいに色々教えてもらった」
 威吹:「良いでござるか?まず、魔女に通用するかは置いといて、女に対しては……」
 稲生:「ふむふむ。それで……」

 威吹、妻子持ちである。
 独身の稲生に対し、アドバイスする様は……。

 マリア:(もしかして、勇太が魔界に行って威吹に会った後、私への態度が変わってる理由ってこれか!?)

 マリアは複雑な気持ちになった。
 もちろん稲生がこうして同性からアドバイスをもらうことは何ら不思議ではなく、それは女同士でもよくあることだ。
 だが、稲生が威吹に入れ知恵されて動いていることは、あまり良く思えなかった。

[同日08:45.天候:晴 JRあおば通駅]

 朝食を終えた稲生達は、地下駅のあおば通駅に向かった。
 地下鉄ような構造だが、JRである。

 稲生:「8時53分発、普通、高城町行き。これでいいな」

 稲生と威吹は、改札内コンコースのトイレでマリアを待っていた。
 やはり、女性の方がゆっくりである。

 マリア:「お待たせ」
 稲生:「いえいえ、じゃあ行きましょう」

 朝ラッシュもそろそろ終わり掛ける時間。
 コンコースよりも更に下にあるホームへの階段を下りると……。

 稲生:「埼京線、最終電車……」
 マリア:「まだそんなこと言ってるのか。いいから、早く乗ろう」

 4両編成の電車が発車を待っていた。
 停車していたのは205系3100番台である。
 これは山手線や埼京線で運転されていたものを転用し、仙石線用に改造した電車である。
 元・山手線か埼京線かは、乗降ドアの窓の大きさで判断できる。
 稲生が冥鉄暴走電車に誤乗したのは、埼京線205系に扮したものだった。
 鉄ヲタとして、埼京線には既に205系がいなくなっていたことに気がつかないといけなかったのだが、予備車として1編成くらいは残っていたのかと誤った判断をしたのが運の尽きであった。

〔「ご案内致します。この電車は8時53分発、仙石線下り、多賀城、本塩釜、松島海岸方面、普通電車の高城町行きです。発車までご乗車になり、お待ちください」〕

 威吹:「ほら。ちゃんと放送があったから、大丈夫だよ」
 稲生:「う、うん……」

 稲生達は最後尾の車両に乗り込んだ。
 そして、あの緑色の座席に座る。

 マリア:「そういえばイブキは、勇太に召喚されたんだったな?」
 威吹:「召喚?……ああ、ユタが死闘を繰り広げたという『最終電車』のことでござるか?確か、異世界の住人達とも共闘したとか……」
 稲生:「今思えば不思議な話だよなぁ……。僕、急いでキミを召喚しちゃったけど、迷惑じゃなかった?」
 威吹:「ちょっと驚いたけど、特に迷惑には思ってないよ。強いて言うなら、ちょうど風呂が沸いたところだったので、入ろうかと思っていたところだ」
 稲生:「いや、本当悪かったねぇ……」
 威吹:「いやいや。むしろ、風呂に入っている最中に召喚されるよりはずっとマシ……」
 マリア:「プッ……」( ´,_ゝ`)

 マリアは威吹が全裸で召喚される様子を想像して、笑いを堪えた。

 威吹:「おいおい、笑い事ではないでござるよ?」
 マリア:「Sorry...」

 仙石線を走る205系電車には、下り方向の先頭車がクロスシートに改造されたものもあるのだが、それは共通運用なので、どの電車に充てられるかは不明だ。
 あいにくと稲生達が乗った電車は、そのクロスシート装備改造車ではなかった。
 尚、そうでなくても205系には珍しく、全編成にトイレが付けられている。
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“大魔道師の弟子” 「朝を迎えて」

2018-05-24 20:29:21 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日06:00.天候:晴 宮城県仙台市青葉区 作並深沢山バス停]

 トンネルを出たバスは、そのまましばらく国道48号線の上り線を進んだ。
 そして、国道脇のパーキングのような所に入る。
 そこにはバス停がポツンと立っていて、そこでバスの前扉が開いた。

 威吹:「む?ここで降りろと申すか?」
 稲生:「元が仙台市営のバスじゃ、トンネルの向こうへは行けなかったか……」

 稲生達はバスを降りた。

 威吹:「210円が無駄になったでござるなー」
 マリア:「本当に霊界に行くつもりだったのか?」
 威吹:「いや、そういうわけでは無いが……」

 バスは稲生達を降ろすと、朝日から逃げるように再び国道の下り線に出て走り去って行ってしまった。

 マリア:「ていうか、ここ……どこ?」
 稲生:「作並深沢山……という名前のバス停ですね。なるほど。ここは折り返し場なんだ」
 威吹:「沢の音が聞こえる。どうやら、川が近いようだ」

 威吹は尖った耳を澄ました。
 今の形態は俗に言うエルフ耳というもので、妖狐の正体である大きな白い狐から人間の姿になるべく近いものに変身した姿である。
 もっと人間に近づく姿に変化もできるが、それに伴って妖力も落ちてしまい、奇襲を受けた際に危険ということで、ギリギリなのが今の姿なのである。
 もう少し妖力を解放するとエルフ耳ではなく、頭に狐耳が生える(これを稲生は『第2形態』と呼んでいる。今の姿が第1形態)。

 威吹:「釣りができるらしいな」
 稲生:「そうだね」
 マリア:「釣りしてる場合か。早く帰らないと」
 稲生:「まあ、そうですね。えーと……始発のバスは……仙台駅前行きが6時23分」
 威吹:「そんなものか。じゃあ、待っているとしよう」

 威吹は暢気に欠伸をした。

 稲生:「凄いな。ここから仙台駅まで乗り換え無しで行けるなんて……。結構遠いのに」
 マリア:「どのくらい掛かる?」
 稲生:「明らかに1時間以上は掛かりますよ?着く頃には朝ラッシュ真っただ中です」
 マリア:「そんなに!?」
 稲生:「途中で電車に乗り換え方がいいかどうか……?」
 威吹:「一眠りするには、ちょうど良いのでは?ボクならそうする」
 稲生:「う、うん。そうだね」
 威吹:「あまり早く着いても、牛タンを出す店が開いてないだろう?」
 稲生:「た、確かに」
 マリア:「食う事ばっかだなー」

 マリアは呆れた様子で、バスの折り返し場内にあるトイレに入った。
 よく工事現場にあるような仮設トイレで中は和式であったが、マリアは使用可能らしい。
 まあ、まだバスが来るまで時間があるから、ゆっくりしていて良いのだが……。

 威吹:「む!?」

 その時、威吹のエルフ耳がピクッと動いた。

 稲生:「なに?」
 威吹:「ユタはここでおとなしくしていて」
 稲生:「な、何かあるの?」

 早朝にも関わらず、国道は長距離トラックなどが往来しているが……。
 その向こうの山から道路を渡ってやって来たのは……。

 ツキノワグマ:「ウウウ……!」
 稲生:「く、く、熊だーっ!」

 一匹のツキノワグマがやってきた。
 人間よりも獲物になり得る狐の匂いに似ている為か、威吹の方を睨みつけている。
 どうやら、狐を狙ってやってきたところ、威吹がいたようだ。

 威吹:「はーっ!」

 ところが、威吹が先手を取った。
 ツキノワグマに飛び膝蹴りを食らわせたのである。

 ツキノワグマ:「ブオッ……!」

 ツキノワグマは威吹に急所を攻撃されたことでその巨体を倒し、そのまま動かなくなった。

 稲生:「殺したの?」
 威吹:「いや、まだだ。もっとも、後でシメることにはなるだろうがな」
 稲生:「? どういうこと?」

 威吹はニッと笑って稲生の質問には答えず、着物の懐から篠笛を取り出した。
 そしてそれで何の旋律も奏でず、ただピーッと単音を鳴らした。
 篠笛の音が山にこだまする。

 威吹:「これでいい。あとは妖狐の里の者が引き取りに来るだろう」

 そう言って、意識不明のクマを茂みの中に隠す。

 稲生:「里の妖狐さん達が食べる用!?」
 威吹:「そういうことだ。まあ、ボクは牛タン食べるけどね」

 威吹は得意げに笑った。

 

 その際、口元から人間よりも明らかに鋭い犬歯が覗く。
 今はすっかり慣れた稲生だったが、最初はあの牙が怖かったものだ。
 吸血鬼の牙は人間の喉笛に食らい付く為のものだが、妖狐のは肉そのものに食らい付く為のものだ。

 威吹:「ユタにはいい店を探しといてもらおうかな」
 稲生:「そ、それはもちろん。今は便利なツールがあるからね」

 稲生はスマホを取り出した。

[同日06:23.天候:晴 作並深沢山バス停→仙台市営バスS840系統車内]

 バスはだいぶギリギリになってやってきた。
 どうやら、車庫からの折り返し便らしい。
 もっとも、ここで降りた乗客はゼロだった。
 そりゃそうだろう。
 渓流釣りの最寄りというだけで、他には何も無い所なのだから。
 何しろ先ほど、熊が出て来たくらいだ。
 実際、渓流釣りの看板のすぐ近くに、『熊出没注意』という看板も出ているほどだ。
 この時間、ここから乗って来る乗客はよほど珍しいのだろう。
 やってきたバスは先ほどの冥鉄バスと違い、今風のノンステップバスである。
 運転手が不思議そうな顔で、乗り込んでくる稲生達を見ていたほどだ。
 但し、冥鉄と違って、こちらは中扉から乗るタイプであり、ICカードが使える。
 乗り込んで、1番後ろの席に座った。

 威吹:「着くまで一眠りできそうだな」
 稲生:「そうだねぇ……。僕は今のうちに、店探ししておかないと」
 威吹:「いや、申し訳ないね」
 稲生:「いや、いいよ。威吹には今回、お世話になったし」

 すぐに発車時間になり、バスが発車した。
 当然ながら、現時点で他に稲生達以外に乗客はいない。

〔♪♪♪。毎度、市営バスをご利用くださいまして、ありがとうございます。このバスは作並駅、市営バス白沢車庫前経由、仙台駅前行きです。次は作並温泉元湯、作並温泉元湯でございます〕

 冬季になると、バスも先ほどのバス停まで来ず、次のバス停である温泉街の外れが起終点となる。
 別に、国道自体は年中通行できるのだが、やはり渓流釣りとしての需要なのだろう。

 稲生:「そういえば威吹、笛も吹くんだったな。もう1度聴いてみたいよ」
 威吹:「そうか。じゃあ、後で聴かせてあげよう」

 威吹が稲生の家に逗留していた頃、毎夕よく笛を吹いていた。
 江戸時代の頃からの習慣らしい。
 笛を吹いている間は人喰いをしないので、旅人は笛の音が鳴り響いている間のみ、安心して通行できたという。
 そして笛の音が止まると同時に、威吹は人喰いを開始した。
 もちろん、現代に蘇ってからはそんなことはしていない。
 ただ、昔を思い出して吹いていたところ、稲生にすっかり気に入られただけの話だ。
 町内会の夏祭りに呼ばれ、御囃子の笛を吹く役を任されたこともある。

 威吹:「その前に飯だ。朝は……別に牛タンでなくてもいい」
 稲生:「そうだね。着いたら、何か食べよう」

 バスは朝日が差し込む国道48号線を東に向かって走行した。
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“大魔道師の弟子” 「トンネルの中は異界」

2018-05-24 10:24:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日時刻不明 天候:不明 国道48号線 旧・関山トンネル内]

 かつては酷道でもあった国道48号線。
 現在は、特に山形県側において車線の拡幅と急カーブの是正が行われていて、酷道の面影は閉鎖された旧道区間に残すのみとなっている。
 その酷道のハイライトでもあった旧・関山トンネルは、今や異界への出入口と化しているのか。
 本来なら300メートル弱しかないトンネルが、今は異界と繋がっているためか、その10倍以上の長さに延長されている感じであった。

 その異界行きのバスに乗り込んで来た河合有紗は、稲生をこのままこのバスで連れて行こうとしている。

 

 河合有紗:「勇太君……私と一緒に行こう……?この世界では幸せになれなかったけど、浅井先生の御指導で、来世でもう1度やり直すの……」
 稲生勇太:「それならキミは顕正会を辞めるべきだ!僕はまずはそこから始めたんだから!」
 威吹邪甲:「ユタ、典型的な顕正会員であった状態で死んだ亡霊に、何を言っても無駄さ。ここは1つ、ボクが一思いに楽にさせてあげようと思う」
 稲生:「威吹!?」

 威吹はスラッと妖刀を抜いた。
 江戸時代の侍の如く、長刀と脇差の二振りを帯刀した威吹。
 前者は妖刀であるが故、妖怪は斬れても人は斬れない。
 後者はその逆。

 稲生:「大丈夫なのかい!?その刀、幽霊が斬れるかどうかは分からないって!」
 威吹:「やってみなきゃ分からんさ」
 有紗:「ジャマするの……?やっぱり威吹君は悪い妖怪だったんだね……」
 威吹:「元々オレはそうさ。ただ、ユタとの盟約に従って人喰いを止めていただけの話さ」

 威吹は刀を構えた。

 有紗:「オマエも道連れだぁぁぁぁぁッ!」
 威吹:「哀れな女よ……」

 威吹は向かって来る有紗に対し、刀を振り上げた。
 が、有紗が一瞬姿を消すのとそんな威吹がくるっと後ろを振り向くのは同時だ。

 稲生:「威吹!?」
 マリア:「なにっ!?」

 威吹は稲生に妖刀を振り下ろした。
 と、同時に有紗が再び稲生の前に現れて、その手を首筋に伸ばす。
 が!

 有紗:「ぎゃっ!」

 その行動を威吹は読んでいたのだ。
 有紗は後ろから威吹の妖刀に斬られた。

 威吹:「幽霊の考えていることはお見通しだ!」

 威吹は有紗の髪を掴むと、乱暴に稲生から引き離した。

 マリア:「っえーい!」
 威吹:「おろ!?」

 そこへマリアが有紗にタックルをかました。
 有紗はバスの前の方に押し出される。
 中扉の前辺りに来ると突然、ブーッ!というドアブザーが鳴って中扉が開いた。
 現在のバスでは走行中はドアロックされていて、仮に運転手が誤ってドアスイッチを操作しても作動しないようになっているのだが、これくらい古いバスになると、そういう便利な機能は無いのだろう。
 しかも、殆ど減速しないで急な右カーブを曲がった。
 関山トンネルには新旧共にそんな急カーブは存在しないはずだが、やはり空間が捻じ曲がっているのだろう。

 マリア:「消え去れ!有紗!」
 有紗:「きゃああああああああ!!」

 マリアは開いた中扉から、有紗をバスの外に突き落とした。
 と、同時にまたドアブザーが鳴ってドアが閉まった。
 更にはそれまで螺旋状になっていたトンネルが、急にまた真っ直ぐになった。
 タイヤの軋む音も無くなり、遠心力も無くなった。

 稲生:「これは一体、どういうことなんだ?」
 マリア:「亜空間トンネルの中に突き落とした。もう2度とヤツが勇太に付きまとうことはない。だからもう安心だよ」

 マリアは最後笑みを浮かべたが、それはまるで復讐劇を繰り広げた時の魔女の笑顔であった。
 もっとも、稲生にはそこがマリアの萌えポイントなのだが。

 威吹:「うむ……。良くて何とか出口を見つけるにしても、その先は魔界か地獄界か……」
 稲生:「それにしても、どうしてタイミング良く中扉が開いたんだろう?」

 稲生が運転席の方を見ると、運転手の全貌は仕切り板によって見えなかった。
 シフトレバーを操作する左手と、ルームミラーに映るガイコツの顔の下半分が見えるだけだ。
 上半分は深く被った帽子で見えない。

 威吹:「む!?これは……」
 稲生:「なに?」
 威吹:「あれを見てくれ」

 威吹の指さす方を見ると、中扉の上に運送約款が掲示されていた。
 実はこの約款、日本の路線バス車内には必ず掲示されている。
 もちろん全文を掲示するスペースは無いので、『車内のご注意』とか『お客様へのお願い』という形で一部が掲載されているだけだ。
 冥界鉄道公社乗合自動車部(通称、冥鉄バス)にもそれは掲示されているのだが、人間界の路線バスには載っていない一文が掲示されていた。
 それは……。

『運賃は前払いです。運賃を支払われない場合、途中下車して頂く場合がございます』

 と。

 稲生:「これは!?」
 威吹:「ボク達は運賃を払ったよ。取りあえず額は書いていないので、都営バスと同額にしてみたけどね。それでも一応、運賃を払ったことにはなる。何しろ、三途の川を渡る六文銭みたいなものだ。六文銭とはいうが、実際は奪衣婆に渡す賄賂のようなものだから、額が決まっているわけではない」
 マリア:「ギリシャ神話に出てくる、地獄の川の渡し守カロンみたいなものだな」

 但し、カロンの場合は運賃が決まっていたという。
 現在の日本においては冥界鉄道公社が列車、バス、タクシー、汽船で亡者達を運送している。

 マリア:「だけど普通、金を払わない者は最初から乗せないだろうに、ここの鉄道会社は乗せてから追い払うんだな」
 稲生:「さすがにタクシーはそうでしょうけどね。でも、他の交通機関はダイヤが決まってますから。そのせいかもしれません」
 マリア:「さすが日本」

 マリアは苦笑したが、イギリスはまだ他の欧州各国に比べてダイヤの定時性は良い方であるという。

 稲生:「あ、何だか少し明るくなってきた」
 威吹:「どうやら、隧道の出口が見えて来たようだな。果たして、どこへ出るのか……」
 マリア:「どこでもいいよ。どこへでも行き来できるのが、魔道師の良い所さ」
 稲生:「さすがマリアさん。頼もしいです」
 マリア:「……ま、いざとなったら、師匠に迎えに来てもらう」
 威吹:「地獄界にも迎えに来てもらったらしいな」
 マリア:「その通り」

 こうしてバスはトンネルの外に出た。
 トンネルの外は……。

 1:宮城県側の出口
 2:山形県側の出口
 3:地獄界の出口
 4:見当もつかない
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“大魔道師の弟子” 「旧・関山隧道は怪奇スポットであるが、新・関山トンネルも出るらしい」

2018-05-21 19:00:09 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日時刻不明 天候:雨 宮城県仙台市青葉区→山形県東根市 旧・関山トンネル]
(稲生の一人称です)

 今、バスはどこを走っているのだろう?
 車体や窓ガラスを叩く雨の音がするから、地上のどこかを走っているのは間違い無いと思うけど。
 車内はまるで回送のように、照明が灯っていない。
 だから、車内に入る光と言えば街灯や他の車のヘッドライトくらいだ。
 それでも僕は慌てる気持ちは起きなかったし、他の2人も全く落ち着いていた。
 その理由は分からない。
 ただ、僕の場合は……。
 僕の場合は、マリアさんに膝枕してもらっているからなのかも。
 マリアさんは黒いストッキングをはいているから、生足の感触は味わえないけど、だからこそマリアさんはしてくれたのかもしれない。
 僕は、このままこのバスがもっとしばらく走っていて欲しいとさえ思った。
 それにしても、マリアさんも変わった。
 今でも僕以外の男性には触れられたくないらしいけど、最初は当然ながら僕もその対象だった。
 それがやっと手を繫げるようになり、今ではこうして膝枕(ストッキング越しだけど)。
 欧米の人に、こういう習慣があるのかは分からない。
 だけど、もし無かったとしたら、もしかしたら威吹が教えてくれたのかも。
 今、僕達はバスの1番後ろの長い席にいる。
 僕は、座席の上に完全に横になっている状態だ。
 威吹は邪魔をしない為か、それとも何か警戒のつもりか、1番前の席に座っている。

 ……しばらく眠ってしまったようだ。
 目が覚めた時、車内は静かだった。
 いや、エンジン音はしていたんだけど。

 稲生:「ん……?」

 僕は目を開けた。
 マリアさんは僕の方を見ず、バスの進行方向を見ている。
 静かな理由はすぐに分かった。
 まずは、規則正しく車体に当たっていた雨の音が聞こえなくなっていたこと。
 そして、そもそも今は停車しているからだった。

 稲生:「マリアさん……?ここは……?」
 マリア:「ああ、起きたの」

 バスの車内は今は照明が灯っていた。
 もっとも、古いバスだ。
 今のノンステップバスとかはだいぶ車内も明るいけど、床が木張りの頃のバスは照明の数が少なかったのだろう。
 確かに点灯はしていたが、今のバスと比べると心許ない明かりだった。
 昔の東武8000系とかもそうだったな。
 蛍光灯の数が少ないタイプがあって、あれに夜乗ると結構薄暗かったのを覚えている。
 あのタイプは、まだ野田線辺りで走っているのだろうか?

 マリア:「何か知らんが、トンネルに入った所でバスが止まった」
 稲生:「トンネル!?」

 それで雨の音がしなかったのか。
 それにしても、真っ暗なトンネルだ。
 バスはヘッドライトを点灯させているが、それでも反対側が見えない。

 威吹:「ユタ、起きたか」

 威吹の声を合図にするかのように僕は起き上がった。

 稲生:「威吹?どうしてバスは止まってるの?」
 威吹:「いや、何かよく分からないんだ」

 威吹は首を傾げながら後ろの席にやってきた。
 相変わらず、車内に他の乗客の姿は見えない。
 と、その時、エアーの音がしてバスの前扉が開いた。

 威吹:「!?」

 威吹が驚いて後ろを振り返る。
 そこから乗って来た乗客は1人。

 有紗:「…………」
 稲生:「あ、有紗!?」

 と、バスが走り出し、そのままトンネルの中を突き進んだ。
 それにしても、何だか周りの様子がおかしい。
 マリアさんの話では、バスはずっと国道48号線を走って来たという。
 車窓に『ROUTE 48』と書かれた標識が何個も出て来たからそれは間違いないらしい。
 それが突然藪の中に入ったかと思うと、トンネルが現れたという。
 僕はその話を聞いて、思い出した。
 このトンネルは、閉鎖された旧・関山トンネルではないかと。
 確か、トンネル自体は確かに今も残ってはいるものの、両側からバリケードがされていて入れなくなっていると聞いたが……。

 有紗:「私の骨を見つけてくれたんだね……。ありがとう……」
 稲生:「う、うん。見つけたことは見つけたんだけど、思わぬ邪魔が入って、供養まではできていないんだ。今度、落ち着いたらやっておくから……」
 有紗:「いいの。勇太君が見つけてくれただけで……それでいいの……」
 稲生:「そ、そうか。それで、このバスに乗って成仏しに行くんだね。僕達は後で降りるから、有紗は……」

 すると有紗は悲しそうに俯いた。

 有紗:「そんなこと言わないで……」

 そして、悲しそうに言った。

 有紗:「そんなこと言わないで……」
 威吹:「有紗殿。気持ちは分かるが、そなたは亡者。そして、ユタは生者でござる。まあ、本来なら生者たる我々がこのような乗り物に乗ってはいけないのでござるが……。途中までは同乗し、後で見送りはさせて頂く故、どうか……」
 有紗:「そんなの嫌!勇太君も私と一緒に行くのよ!」
 マリア:「黙れ!」

 威吹は有紗を諭すように語り掛け、マリアさんはそれでも食い下がる有紗にだいぶ苛立っているようだ。
 そんな時、僕はふと気づいた。
 はて?このトンネル、こんなに長かったかな?と……。
 確かに、宮城県と山形県の県境に掘られたトンネルで、長いものはある。
 山形自動車道に掘られた笹谷トンネルがそれで、全長3キロ強ほどだ。
 でも、関山トンネルは数百メートルしか無かったはずだ。
 だから、こうして威吹やマリアさん達が押し問答をしている間に、トンネルを出てもおかしくはないはずなのだ。

 有紗:「勇太君のことは私が最初に好きになったの。あなたは横恋慕してきただけ!」
 マリア:「死んで勇太を悲しませたのはどこのどいつだ!?」
 威吹:「落ち着くでござるよ。こうなったら、某が一思いに楽にしてしんぜよう。それでいかがかな?有紗殿」
 有紗:「冗談じゃないわ!私を殺したヤツの仲間になんか、楽にしてもらいたくない!」

 このままでは埒が明かない。
 僕はどうしたらいいんだ?
 僕は……?

 1:威吹の対応に期待する。
 2:僕が有紗を説得する。
 3:マリアさんが有紗を倒すことを期待する。
 4:運転手にバスを止めるように言う。

 ※バッドエンドがあります。ご注意ください。
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