[2010年6月某日21時00分 天候:晴 長野県北安曇郡白馬村某所 某洋館]
私の名前は愛原学。
都内で探偵事務所を始めたばかりの駆け出しの探偵だ。
今日は仕事で長野県、山奥の村までやってきた。
仕事の依頼さえあれば、どこにだって行くつもりである。
クライアントの元へ到着した時には、既に21時を回っていた。
何故そんな時間なのか。
答えは簡単。
クライアントがこの時間に来てほしいと依頼したからである。
現場は長野県の山奥の村の更に村はずれ。
確かに、洋風のペンションなどが途中で散見されてはいたが、クライアントの家はそれにもっと輪を掛けたものだ。
はっきり言って、西洋の洋館風。
幸い今の天気は晴れで、上空には東京では見られない美しい星空、そして月が煌々と輝いている。
これで雷雨なんかあった日には、間違い無くホラーチックな佇まいであろう。
そんな雰囲気を放っていた。
大きな屋敷である。
いかに地方の山奥とはいえど、こんなに大きな洋館を建てられるのだから、クライアントはよほどのセレブに違いない。
これは高額な依頼料が期待できそうだ。
天候が悪ければホラーチックと言ってしまったが、正門の門扉やそこからエントランスに通じる中庭には煌々と明かりが灯り、そして館内にも照明が灯っているのが分かる。
だから決して、廃屋ではないことが分かる。
明らかに、クライアントは私を待ってくれている。
そう確信した。
正門から敷地内に入り、玄関へ向かう。
クライアントが私の元に寄せて来た依頼内容は、とても不可解なものだった。
長野県内にも探偵事務所はあろうに、それが悉く断ったが故に、ついに回り回って私の所に依頼が来たという次第だ。
『何者かに命を狙われている。それが何者なのかは分からない。どうか、私の命を狙っている者が誰なのかを突き止めてくれ』
というもの。
もしこれが本当だというのなら、もう私立探偵を通り越して警察の出番となるであろう。
だがクライアントはその疑問を見越してか、
『警察は私が死体にならないと動いてくれない』
と、言っていた。
結構その通りかもしれないので、クライアントの気持ちは分かる。
私も命の危険にさらされる恐れはあるが、しかし実はハードボイルド系の探偵に憧れている所があり、また、高額な依頼料も約束してくれるとのことだ。
また、それにクライアントの被害妄想などで、実は犯人だと最初からいなかったという場合も考えられる。
とにかく、私は他の探偵達が断る中、あえてこの仕事を受けてみることにした次第である。
玄関前に到着し、私はベルを押した。
しばらく経ってから、ドアが開けられた。
出て来たのは歳の頃、60歳から70歳くらいと思しき老人。
だが、クライアントである屋敷の主人ではなさそうだった。
白髪頭のてっぺんは禿げ上がっており、まるで河童のようである。
タキシードにネクタイを着けていることから、恐らく執事か何かであろう。
老執事「……どちら様ですか?」
愛原「あ、私、東京から参りました探偵の愛原と申します。クライアント様からこの時間に来るように依頼されて、伺ったのですが……」
私が自己紹介していると、ふと何やら違和感を覚えた。
この老執事らしき男から、血の匂いがしたのだ。
よく見ると、黒いタキシードに、所々シミがついているうな気がする。
黒いタキシードに赤黒い血がついても、乾いてしまえば、薄暗い屋敷内だ。
パッと見、分かりはしないだろう。
だが、私の探偵としての鼻は誤魔化せない。
言葉に気をつけないと、私も酷い目に遭わされる恐れがある。
どうもこの執事、クライアントから聞いていないのか、それとも聞いていて忘れているのか、何だか私を警戒するような目つきで見ている。
何だか気まずい。
だが、クライアントはこの老執事の事を見越してか、もしもすぐに私を中に案内しないようなら、暗号を言うようにと言われていた。
愛原「ぱ、パンツはかせてください!!」
何という卑猥な暗号だろう!?
いくら仕事の為とはいえ、私にこんな事を言わせるとはっ!
だが、逆にインパクトのある暗号ではある。
これを聞いて、ようやく老執事はハッと気が付いたようだ。
老執事「……ああ!確かご主人様が今夜、来客があると仰せでした。あなたがそうでしたか。これは失礼しました。どうぞ。中で、ご主人様がお待ちですので」
老執事は私を屋敷内に招き入れた。
それにしても、今の暗号は正しかったようだが、もしも間違った文言を言ってしまうとどうなるのだろう?
追い返されるのだと思うが、果たしてそれだけで済むのだろうか?
愛原「ほお……」
屋敷の外観はとても古い造りだったが、中も相当年季が入っている。
それに拍車を掛けているのが、やはりアンティークな家具や調度品だ。
その高そうな調度品に目を奪われていると、老執事は足を止めた。
老執事「……何か、私に仰る事はございませんか?」
愛原「えっ?……あっ!」
そうだった!
中に入ったら、今度は別の暗号を言うのだった。
えーと……2番目の暗号は……。
愛原「『あなたと一緒にスキーがしたいな』」
老執事「結構でございます」
老執事はここでようやく微笑を浮かべると、踵を返して屋敷の奥へと進んだ。
私もその後ろを付いて行く。
私達はエントランスホールを抜け、薄暗い廊下を進んだ。
……と、執事の方に糸くずが付いているのが分かった。
タキシードが黒いものだから、白い糸くずは目立つ。
私はそれを取ってあげようと、手を伸ばした。
が!
愛原「うわっ!?」
廊下の途中には段差があり、廊下が薄暗いのと、糸くずに気を取られてそれに気づかなかった私はそれに蹴躓いた。
そして、後ろから執事に抱き着くような形で倒れ込んだ。
だが、その隙に糸くずを取ってあげることはできた。
老執事「も、申し訳ございません!そこに段差があるので御注意をと申し上げるはずが、失念してしまいまして……」
愛原「い、いや、大丈夫……です。こちらこそ、体を支えて下ってありがとうございます」
不思議なことに、執事は一見小柄そうな体つきではあるものの、足腰はしっかりしているし、何より筋肉質だった。
私がいきなり後ろから抱き着くように倒れ込んだというのに、しっかりと私を受け止めたくらいだ。
だが……。
やはり、血の臭いがした。
気をつけないと……。
老執事「こちらが、御主人様の御部屋でございます」
しばらく廊下を歩くと、突き当りに木製の重厚な扉があった。
老執事はその前で立ち止まる。
えーと……最後の暗号は……。
愛原「『ありがとう』」
最後は普通だ
私がノックをして入ろうとした時だった。
???「ぎゃああああああっ!!」
主人の部屋の中から叫び声がした。
私は急いで、部屋の中に飛び込んだ。
私の名前は愛原学。
都内で探偵事務所を始めたばかりの駆け出しの探偵だ。
今日は仕事で長野県、山奥の村までやってきた。
仕事の依頼さえあれば、どこにだって行くつもりである。
クライアントの元へ到着した時には、既に21時を回っていた。
何故そんな時間なのか。
答えは簡単。
クライアントがこの時間に来てほしいと依頼したからである。
現場は長野県の山奥の村の更に村はずれ。
確かに、洋風のペンションなどが途中で散見されてはいたが、クライアントの家はそれにもっと輪を掛けたものだ。
はっきり言って、西洋の洋館風。
幸い今の天気は晴れで、上空には東京では見られない美しい星空、そして月が煌々と輝いている。
これで雷雨なんかあった日には、間違い無くホラーチックな佇まいであろう。
そんな雰囲気を放っていた。
大きな屋敷である。
いかに地方の山奥とはいえど、こんなに大きな洋館を建てられるのだから、クライアントはよほどのセレブに違いない。
これは高額な依頼料が期待できそうだ。
天候が悪ければホラーチックと言ってしまったが、正門の門扉やそこからエントランスに通じる中庭には煌々と明かりが灯り、そして館内にも照明が灯っているのが分かる。
だから決して、廃屋ではないことが分かる。
明らかに、クライアントは私を待ってくれている。
そう確信した。
正門から敷地内に入り、玄関へ向かう。
クライアントが私の元に寄せて来た依頼内容は、とても不可解なものだった。
長野県内にも探偵事務所はあろうに、それが悉く断ったが故に、ついに回り回って私の所に依頼が来たという次第だ。
『何者かに命を狙われている。それが何者なのかは分からない。どうか、私の命を狙っている者が誰なのかを突き止めてくれ』
というもの。
もしこれが本当だというのなら、もう私立探偵を通り越して警察の出番となるであろう。
だがクライアントはその疑問を見越してか、
『警察は私が死体にならないと動いてくれない』
と、言っていた。
結構その通りかもしれないので、クライアントの気持ちは分かる。
私も命の危険にさらされる恐れはあるが、しかし実はハードボイルド系の探偵に憧れている所があり、また、高額な依頼料も約束してくれるとのことだ。
また、それにクライアントの被害妄想などで、実は犯人だと最初からいなかったという場合も考えられる。
とにかく、私は他の探偵達が断る中、あえてこの仕事を受けてみることにした次第である。
玄関前に到着し、私はベルを押した。
しばらく経ってから、ドアが開けられた。
出て来たのは歳の頃、60歳から70歳くらいと思しき老人。
だが、クライアントである屋敷の主人ではなさそうだった。
白髪頭のてっぺんは禿げ上がっており、まるで河童のようである。
タキシードにネクタイを着けていることから、恐らく執事か何かであろう。
老執事「……どちら様ですか?」
愛原「あ、私、東京から参りました探偵の愛原と申します。クライアント様からこの時間に来るように依頼されて、伺ったのですが……」
私が自己紹介していると、ふと何やら違和感を覚えた。
この老執事らしき男から、血の匂いがしたのだ。
よく見ると、黒いタキシードに、所々シミがついているうな気がする。
黒いタキシードに赤黒い血がついても、乾いてしまえば、薄暗い屋敷内だ。
パッと見、分かりはしないだろう。
だが、私の探偵としての鼻は誤魔化せない。
言葉に気をつけないと、私も酷い目に遭わされる恐れがある。
どうもこの執事、クライアントから聞いていないのか、それとも聞いていて忘れているのか、何だか私を警戒するような目つきで見ている。
何だか気まずい。
だが、クライアントはこの老執事の事を見越してか、もしもすぐに私を中に案内しないようなら、暗号を言うようにと言われていた。
愛原「ぱ、パンツはかせてください!!」
何という卑猥な暗号だろう!?
いくら仕事の為とはいえ、私にこんな事を言わせるとはっ!
だが、逆にインパクトのある暗号ではある。
これを聞いて、ようやく老執事はハッと気が付いたようだ。
老執事「……ああ!確かご主人様が今夜、来客があると仰せでした。あなたがそうでしたか。これは失礼しました。どうぞ。中で、ご主人様がお待ちですので」
老執事は私を屋敷内に招き入れた。
それにしても、今の暗号は正しかったようだが、もしも間違った文言を言ってしまうとどうなるのだろう?
追い返されるのだと思うが、果たしてそれだけで済むのだろうか?
愛原「ほお……」
屋敷の外観はとても古い造りだったが、中も相当年季が入っている。
それに拍車を掛けているのが、やはりアンティークな家具や調度品だ。
その高そうな調度品に目を奪われていると、老執事は足を止めた。
老執事「……何か、私に仰る事はございませんか?」
愛原「えっ?……あっ!」
そうだった!
中に入ったら、今度は別の暗号を言うのだった。
えーと……2番目の暗号は……。
愛原「『あなたと一緒にスキーがしたいな』」
老執事「結構でございます」
老執事はここでようやく微笑を浮かべると、踵を返して屋敷の奥へと進んだ。
私もその後ろを付いて行く。
私達はエントランスホールを抜け、薄暗い廊下を進んだ。
……と、執事の方に糸くずが付いているのが分かった。
タキシードが黒いものだから、白い糸くずは目立つ。
私はそれを取ってあげようと、手を伸ばした。
が!
愛原「うわっ!?」
廊下の途中には段差があり、廊下が薄暗いのと、糸くずに気を取られてそれに気づかなかった私はそれに蹴躓いた。
そして、後ろから執事に抱き着くような形で倒れ込んだ。
だが、その隙に糸くずを取ってあげることはできた。
老執事「も、申し訳ございません!そこに段差があるので御注意をと申し上げるはずが、失念してしまいまして……」
愛原「い、いや、大丈夫……です。こちらこそ、体を支えて下ってありがとうございます」
不思議なことに、執事は一見小柄そうな体つきではあるものの、足腰はしっかりしているし、何より筋肉質だった。
私がいきなり後ろから抱き着くように倒れ込んだというのに、しっかりと私を受け止めたくらいだ。
だが……。
やはり、血の臭いがした。
気をつけないと……。
老執事「こちらが、御主人様の御部屋でございます」
しばらく廊下を歩くと、突き当りに木製の重厚な扉があった。
老執事はその前で立ち止まる。
えーと……最後の暗号は……。
愛原「『ありがとう』」
最後は普通だ
私がノックをして入ろうとした時だった。
???「ぎゃああああああっ!!」
主人の部屋の中から叫び声がした。
私は急いで、部屋の中に飛び込んだ。