[5月31日19:00.仙台市青葉区某所 某ピアノ・バー 平賀太一、七海、エミリー]
イブニングドレスを着た七海が小さなステージに立つ。
その横にはグランドピアノが置いてあり、それでエミリーがピアノを弾いた。
七海がローテンポの歌を歌う。
シックな雰囲気のバーにはよくマッチした歌だ。
七海はメイドロボットだが、数少ない歌唱機能を持たせた個体である。
財団があった頃は協定で、実験以外の目的でボカロ以外に歌わせないようにというのがあったが、財団崩壊後は関係無くやっている。
平賀がここでエミリーにピアノを弾かせ、七海に歌わせているのには、偏にボーカロイドとは違った目的がある。
1つはかつてテロ用途だったマルチタイプにも、こういう特技があるという地道なPR。
そしてメイドロボットが歌うことで、ただ単に家政婦ロボット以外にも可能性を秘めていることを証明するというもの。
どういうことかというと、ヨーロッパでは子守りもメイドの仕事の1つであり、メイドロボットの普及の為にはその用途も確立させなければならない(子供の相手もできなければならない)という平賀の考えがあった。
自分が子供を持って、初めて気づいた所もある。
介護用途としての実験は、既に他の研究者がやっている。
ある意味、マルチタイプが生みの親である老博士達の介護をやっていたようなものだ。
歌い終わって、七海が観客達に深々と頭を下げる。
観客達からは拍手が起きた。
動画を撮っていた平賀は、
(敷島さんにも、シンディをこういうことに使うようアドバイスしないとな……)
敷島にも考えはあろうが、今現在のシンディの用途はテロ用途だったことを生かした、テロ対策だ。
それもいいのだが、もっとソフトな面をアピールしないと世間に受け入れられないだろうと平賀は思っている。
(今度、東京に行った時にでも打診してみよう)
[6月1日10:00.天候:晴 東京都墨田区・新大橋通りのガソリンスタンド 一海]
別に車で乗り付けたわけではない一海。
しかも何故か、店舗の待合室の中にいる。
事務所入り口の横には達磨が置いてあり、
「ダルマさん、こんにちはー」
その達磨に話し掛けるのだった。
その時、ガラス扉が開けられ、
「お待たせしましたー!ご注文のエンジンオイルっスね!」
と、スタンドの店員が取っ手付きのドラム缶に入ったエンジンオイルを2缶持って来た。
「ありがとうございます。じゃあ、支払いはカードで」
よく運送会社やバス会社が法人契約しているカードを一海は出した。
「重いっスよ?大丈夫スか?」
「ええ。大丈夫です。お世話様でした」
「ま、毎度、あざっしたー!」
支払いを終えた一海は、重さ何十キロもあるエンジンオイル入りのドラム缶を両手に持って、ガソリンスタンドを後にした。
「お、今日も来たのか。敷島エージェンシーの事務員さん」
と、事務所の中で新聞から目を放す店長。
「マジすか!?あれ!パネェっス!人間じゃないっスね!」
「だって、人間じゃないから」
「ええっ!?」
入って日の浅いバイトの兄ちゃんと、既に慣れている店長のギャップが凄いのだった。
[同日10:15.敷島エージェンシー 一海、シンディ、井辺翔太]
「ただいまぁ」
「お帰り。お疲れさんね」
ドラム缶の1個をシンディが持って、地下の倉庫に持って行く。
「力仕事なら、アタシが行ったのに」
と、シンディが言うと、
「いいえ。こういうのは、私の仕事だと思ってますから」
と、にこやかに答える一海だった。
「いずれにせよ、本来なら車で運ぶべきものなんですが……」
2体のガイノイドが出て行った後で突っ込みを入れる井辺。
そこへ、電話が掛かって来る。
「はい、お電話ありがとうございます。敷島エージェンシー、プロデューサーの井辺です。……はい。大変お世話になっております。……はい。……は?と、仰いますと?……恐らくそれは、シンディのことを申されているかと思いますが、あいにくとシンディは裏方要員でして、アイドルとしての仕事は承っておりません。……ええ、確かにエミリーとは姉妹機ですが、オーナーが違いますので、オーナーの意向にもよります。……はい。真に申し訳ありませんが、シンディはタレントとしての仕事は受けておりませんので……。はい、失礼致します」
電話を切ると、そこに、鏡音リンがやってきた。
「なになに?お仕事の電話?」
「はい。シンディさんをファッションモデルに起用したいとのオファーがあったのですが、芸能活動は用途外ですから」
「リンが代わりに受けてもいいよ!可愛い服着たい!」
「あいにくですが、身長175センチ以上の大人の女性が対象です。ちょうどシンディさんはその条件に適うのですね」
「えーっ!」
「……あ、そうだ。鏡音リンさんには、別の仕事の依頼が来ていました。それを受けてみますか?」
「なになに?何の仕事?」
「同じくファッションモデルの仕事です。雑誌社から急に欠員が出たので、是非というオファーがありました」
「おお〜!」
[同日14:00.都内某所の写真スタジオ 井辺翔太&鏡音リン]
「…………」
「はい、終了!お疲れさまでーす!」
「ありがとうございました。鏡音さん、こちらに……」
何故か無表情のリン。
「あの、プロデューサー?」
「お疲れ様でした、鏡音さん。すぐに着替えてください」
「このロリータ・ファッションは……?」
「よくお似合いでしたよ」
「もっと大人っぽい服が良かったーっ!」
「しかし、鏡音さんはそういう用途ですので……」
ぷくーっと頬を膨らませるリン。
設定年齢は14歳なのだが、もっと歳が下のように見えてしまう。
初音ミクが永遠の16歳であるのと同様、リンとレンも永遠の14歳なのである。
「では、次の仕事に参りましょう。今度もまたグラビア撮影の仕事です。後輩の方達と一緒に撮ります」
「後輩?おおっ!?」
[同日16:00.都内某所の別の撮影現場 井辺、鏡音リン、結月ゆかり、Lily]
「はい、撮りまーす!」
女子高生らしく制服ファッションに身を包んで撮影する、ゆかりとLily。
制服だけでなく、水着を着ての撮影もあったのだが……。
「リンだけスク水〜」
後輩といっても事務所の後輩で、しかも設定年齢はリンより年上だった。
ゆかりとLilyは18歳。
「はーい!」
「いいねー!その笑顔!」
ゆかりだけ楽しそうに撮影していたのだが、
(いつになったら、CD出せるんだろう?)
ということを考えるLily、
(もっと大人っぽい仕事したーい!)
と、考えるリンだった。
[同日18:00.敷島エージェンシー 井辺、リン、ゆかり、Lily]
「今日はお疲れさまでした。いつものように自己診断チェック後、バッテリーの交換を行ってください」
「ねえ、プロデューサー。私達、いつCDデビューできるの?」
Lilyが聞いた。
「企画検討中です」
「ねぇねぇ、プロデューサー。リンは、もっと大人の仕事したーい」
「鏡音リンさんは、逆にMEIKOさんや巡音ルカさんにはできないことをやっておられます。このまま、あなただけできる仕事をやってください」
「まあ、確かにリンさんにはMEIKOさんみたいに、酒造メーカーのCM契約はちょっとムリですよね」
「うー……」
ゆかりの言葉に肩を落とすリン。
「新しい仕事の依頼が来ていますね。……鏡音リンさん、この仕事をやってみますか?」
「何の仕事ー?」
「大手学習塾のポスターのモデルですね。既にボーカロイドのお2人が決まっているようですが、中学講座の案内用に、ちょうど設定年齢が中学生のリンさんがよろしいかと」
「先生役が氷山キヨテルで、小学講座のモデルが歌愛ユキ?そのまんまじゃん!」
ファックスの内容を見たLilyが突っ込んだ。
「あなたが適任です。このように、あなたしかできない仕事もあるんですよ?」
「はーい……」
「高校講座のモデルは無いんでしょうか?」
ゆかりが恐る恐る手を挙げた。
「あいにくと高校講座は、別の事務所の人間のアイドルさんが受けるようです」
新人ボーカロイドだけでなく、それまでのベテランボーカロイドのマネージメントも任されるようになった井辺。
これだけ見れば、とてもテロリズムなど無縁のように見えた。
だが、時折社長の敷島が霞ケ関へ直帰・直行という予定表を見ると、やはり無縁ではないのだと思い知らされるのだった。
イブニングドレスを着た七海が小さなステージに立つ。
その横にはグランドピアノが置いてあり、それでエミリーがピアノを弾いた。
七海がローテンポの歌を歌う。
シックな雰囲気のバーにはよくマッチした歌だ。
七海はメイドロボットだが、数少ない歌唱機能を持たせた個体である。
財団があった頃は協定で、実験以外の目的でボカロ以外に歌わせないようにというのがあったが、財団崩壊後は関係無くやっている。
平賀がここでエミリーにピアノを弾かせ、七海に歌わせているのには、偏にボーカロイドとは違った目的がある。
1つはかつてテロ用途だったマルチタイプにも、こういう特技があるという地道なPR。
そしてメイドロボットが歌うことで、ただ単に家政婦ロボット以外にも可能性を秘めていることを証明するというもの。
どういうことかというと、ヨーロッパでは子守りもメイドの仕事の1つであり、メイドロボットの普及の為にはその用途も確立させなければならない(子供の相手もできなければならない)という平賀の考えがあった。
自分が子供を持って、初めて気づいた所もある。
介護用途としての実験は、既に他の研究者がやっている。
ある意味、マルチタイプが生みの親である老博士達の介護をやっていたようなものだ。
歌い終わって、七海が観客達に深々と頭を下げる。
観客達からは拍手が起きた。
動画を撮っていた平賀は、
(敷島さんにも、シンディをこういうことに使うようアドバイスしないとな……)
敷島にも考えはあろうが、今現在のシンディの用途はテロ用途だったことを生かした、テロ対策だ。
それもいいのだが、もっとソフトな面をアピールしないと世間に受け入れられないだろうと平賀は思っている。
(今度、東京に行った時にでも打診してみよう)
[6月1日10:00.天候:晴 東京都墨田区・新大橋通りのガソリンスタンド 一海]
別に車で乗り付けたわけではない一海。
しかも何故か、店舗の待合室の中にいる。
事務所入り口の横には達磨が置いてあり、
「ダルマさん、こんにちはー」
その達磨に話し掛けるのだった。
その時、ガラス扉が開けられ、
「お待たせしましたー!ご注文のエンジンオイルっスね!」
と、スタンドの店員が取っ手付きのドラム缶に入ったエンジンオイルを2缶持って来た。
「ありがとうございます。じゃあ、支払いはカードで」
よく運送会社やバス会社が法人契約しているカードを一海は出した。
「重いっスよ?大丈夫スか?」
「ええ。大丈夫です。お世話様でした」
「ま、毎度、あざっしたー!」
支払いを終えた一海は、重さ何十キロもあるエンジンオイル入りのドラム缶を両手に持って、ガソリンスタンドを後にした。
「お、今日も来たのか。敷島エージェンシーの事務員さん」
と、事務所の中で新聞から目を放す店長。
「マジすか!?あれ!パネェっス!人間じゃないっスね!」
「だって、人間じゃないから」
「ええっ!?」
入って日の浅いバイトの兄ちゃんと、既に慣れている店長のギャップが凄いのだった。
[同日10:15.敷島エージェンシー 一海、シンディ、井辺翔太]
「ただいまぁ」
「お帰り。お疲れさんね」
ドラム缶の1個をシンディが持って、地下の倉庫に持って行く。
「力仕事なら、アタシが行ったのに」
と、シンディが言うと、
「いいえ。こういうのは、私の仕事だと思ってますから」
と、にこやかに答える一海だった。
「いずれにせよ、本来なら車で運ぶべきものなんですが……」
2体のガイノイドが出て行った後で突っ込みを入れる井辺。
そこへ、電話が掛かって来る。
「はい、お電話ありがとうございます。敷島エージェンシー、プロデューサーの井辺です。……はい。大変お世話になっております。……はい。……は?と、仰いますと?……恐らくそれは、シンディのことを申されているかと思いますが、あいにくとシンディは裏方要員でして、アイドルとしての仕事は承っておりません。……ええ、確かにエミリーとは姉妹機ですが、オーナーが違いますので、オーナーの意向にもよります。……はい。真に申し訳ありませんが、シンディはタレントとしての仕事は受けておりませんので……。はい、失礼致します」
電話を切ると、そこに、鏡音リンがやってきた。
「なになに?お仕事の電話?」
「はい。シンディさんをファッションモデルに起用したいとのオファーがあったのですが、芸能活動は用途外ですから」
「リンが代わりに受けてもいいよ!可愛い服着たい!」
「あいにくですが、身長175センチ以上の大人の女性が対象です。ちょうどシンディさんはその条件に適うのですね」
「えーっ!」
「……あ、そうだ。鏡音リンさんには、別の仕事の依頼が来ていました。それを受けてみますか?」
「なになに?何の仕事?」
「同じくファッションモデルの仕事です。雑誌社から急に欠員が出たので、是非というオファーがありました」
「おお〜!」
[同日14:00.都内某所の写真スタジオ 井辺翔太&鏡音リン]
「…………」
「はい、終了!お疲れさまでーす!」
「ありがとうございました。鏡音さん、こちらに……」
何故か無表情のリン。
「あの、プロデューサー?」
「お疲れ様でした、鏡音さん。すぐに着替えてください」
「このロリータ・ファッションは……?」
「よくお似合いでしたよ」
「もっと大人っぽい服が良かったーっ!」
「しかし、鏡音さんはそういう用途ですので……」
ぷくーっと頬を膨らませるリン。
設定年齢は14歳なのだが、もっと歳が下のように見えてしまう。
初音ミクが永遠の16歳であるのと同様、リンとレンも永遠の14歳なのである。
「では、次の仕事に参りましょう。今度もまたグラビア撮影の仕事です。後輩の方達と一緒に撮ります」
「後輩?おおっ!?」
[同日16:00.都内某所の別の撮影現場 井辺、鏡音リン、結月ゆかり、Lily]
「はい、撮りまーす!」
女子高生らしく制服ファッションに身を包んで撮影する、ゆかりとLily。
制服だけでなく、水着を着ての撮影もあったのだが……。
「リンだけスク水〜」
後輩といっても事務所の後輩で、しかも設定年齢はリンより年上だった。
ゆかりとLilyは18歳。
「はーい!」
「いいねー!その笑顔!」
ゆかりだけ楽しそうに撮影していたのだが、
(いつになったら、CD出せるんだろう?)
ということを考えるLily、
(もっと大人っぽい仕事したーい!)
と、考えるリンだった。
[同日18:00.敷島エージェンシー 井辺、リン、ゆかり、Lily]
「今日はお疲れさまでした。いつものように自己診断チェック後、バッテリーの交換を行ってください」
「ねえ、プロデューサー。私達、いつCDデビューできるの?」
Lilyが聞いた。
「企画検討中です」
「ねぇねぇ、プロデューサー。リンは、もっと大人の仕事したーい」
「鏡音リンさんは、逆にMEIKOさんや巡音ルカさんにはできないことをやっておられます。このまま、あなただけできる仕事をやってください」
「まあ、確かにリンさんにはMEIKOさんみたいに、酒造メーカーのCM契約はちょっとムリですよね」
「うー……」
ゆかりの言葉に肩を落とすリン。
「新しい仕事の依頼が来ていますね。……鏡音リンさん、この仕事をやってみますか?」
「何の仕事ー?」
「大手学習塾のポスターのモデルですね。既にボーカロイドのお2人が決まっているようですが、中学講座の案内用に、ちょうど設定年齢が中学生のリンさんがよろしいかと」
「先生役が氷山キヨテルで、小学講座のモデルが歌愛ユキ?そのまんまじゃん!」
ファックスの内容を見たLilyが突っ込んだ。
「あなたが適任です。このように、あなたしかできない仕事もあるんですよ?」
「はーい……」
「高校講座のモデルは無いんでしょうか?」
ゆかりが恐る恐る手を挙げた。
「あいにくと高校講座は、別の事務所の人間のアイドルさんが受けるようです」
新人ボーカロイドだけでなく、それまでのベテランボーカロイドのマネージメントも任されるようになった井辺。
これだけ見れば、とてもテロリズムなど無縁のように見えた。
だが、時折社長の敷島が霞ケ関へ直帰・直行という予定表を見ると、やはり無縁ではないのだと思い知らされるのだった。