[時刻不明 場所不明 威吹邪甲]
あの時から、どれくらい経ったのだろう。1人震えてた闇の中、ボクは誰かに問うた。何も見えず、何も聞こえず。ただ只管に、時だけが流れていく。
ボクが犯した数々の罪。両の手には赤色と鎖。両の足首には青色の鎖。自分が死んだのかも分からず、ここが地獄なのかも分からない。
しかし、無間地獄にもいずれは終わりがあるように、こんな地獄なのかどうかも分からない閉鎖された闇の空間。ここに閉じ込められてた期間も、もう終わりのようだ。
壁の隙間から現れた、有数の小さな光。この時、ボクはやっと闇の中から解放されたんだ。
「…………」
気が付くと、見慣れぬ場所にボクはいた。目の前には、人間が1人。だが、あまりきれいな恰好はしていない。ボクと同じ……いや、ボクよりも年下か。
ほんの一瞬見ただけで、強い霊力を持ち合わせているのが分かった。聖職者のようには見えないが、まあいい。
「ボクを解放してくれたのは、お前か?」
人間の男は、ボクの姿を見て茫然自失としているようだった。
「ボクの言葉が分かるか?ここはどこだ?見たところ、田無宿や小川宿ではないようだが……」
「き、キミこそ誰!?」
ほお。日本語(ひのもと言葉)を喋っている。どうやら、言葉の通じぬ大陸などに飛ばされたわけではないようだ。
「ボクの名前は威吹。字は邪甲。威吹と呼んでくれればいい。生の発するところ、魔境の……あれ?」
しかし、人間の男は一目散に逃げ去ってしまった。封印前なら追いかけて捕まえるところだが……今でも追わなくてはならないな。妖狐族は受けた恩と仇は必ず返すのが掟だ。狐の呪いはしつこいと人間どもは噂するが、理由はそこにある。
「うむ?」
男はすぐに見つかった。だが、道の真ん中で、男と似た黒い装束(学生服)を着た男3人と何か話しているようだ。むむっ、仲間と結託してボクと対峙するのか?
しかし、聞き耳を立ててみると、どうも違うみたいだ。何か、
「金貸してくれ」
とか、聞こえてくる。あの男は、高利貸しか何かか?
「ん!?」
だが、どうも穏やかならぬ話のようだ。見ると、長身の男がボクの封印を解いてくれた男から、何かを奪い取っている。
(仲間じゃなくて、野盗か?)
いずれにせよ、ボクも大事な話がある。
「御免」
「あ?何だ、テメー?」
「話はまだ終わらぬか?某(それがし)、この男と話があるのだが……」
「稲生君は歌舞伎の役者さんとも仲良しですか?さすがお金持ちは違いますなぁ……」
ボクより小柄で、しかし肥満体の男がニヤニヤ笑いながら、ボクの封印を解いてくれた男、稲生と言うようだが、彼を見た。
「もっと持ってるんでしょ?催促無しのある時払いで頼むよー」
「某、歌舞伎者ではござらんが……」
てか、初めて言われた。この国の歌舞伎者は、ボクみたいな恰好をしているのか?
「某、少々急いでいるので、早くこの男と話をさせて頂きたい」
ボクはそう言ったが、どうやらこの3人の男は稲生氏とは友好関係の者達ではないなと分かった。友好的な態度で、胸倉は掴まぬだろう。いかにここが他国とはいえ、そういう習慣は恐らく日の本言葉を喋る国では無いだろう。何より、稲生氏の持ち物を勝手に漁っている。
「っせぇ!だったら、てめーも金出せ、オラ!」
最後の中肉中背の男がボクの胸倉を掴んできた。決定的だな。
「ん?」
ボクは自分の右手で、そいつの手を掴むと、
「いでででででで!!」
ひねり倒した。
「な、何だ、テメェ!?」
相手は刃物を出してきた。が、どうやら小刀のようだ。笑止!
「ぶっ!?」
「げっ!?」
こんな奴ら、剣も妖術も必要ない。素手で十分。あっと言う間に、倒してやった。
「さて、話の続きだけど……あれ?」
また逃げられてしまった。逃げ足は速いんだな。まあいい。匂いは覚えた。後でまた訪問しよう。どうせ、住まいはこの近くだろう。
[18:00.宮城県仙台市若林区東部の自宅 稲生ユウタ]
い、一体、何なんだ……!?
不良グループから逃げて、稲荷神社に逃げ込んだものの、追いつかれそうになった。その神社は何故か狐の石像が3体もあって、そのうちの1つに触れたら、石像が壊れて、中から……不思議な人が出てきた。銀髪が腰まであって、白い着物に紺色の袴をはいていた。神社のサプライズ?いや、まさか……。
夕食を食べていると、テレビからニュースが流れてきた。
〔「次のニュースです。今日午後4時頃、仙台市若林区○○で、男子中学生2人が何者かに襲われ、重傷を負うという事件がありました」〕
「……え?」
〔「中学生達は病院で手当てを受けていますが、全員がうわ言で、『狐に襲われた』と……。警察では……」〕
「狐……。ん、2人!?」
その時、玄関のドアを叩く音がした。両親は多忙で、家にはユタしかいない。
「は、はい」
「たのもー!」
「……え?」
玄関の外から、聞き覚えのある声がした。
「たのもー!たのもー!」
「やっぱり来た……」
ガチャとドアを開ける。
「やっぱりここだったか」
「どうして分かったの?」
「匂いを覚えたし、それに……」
「カンベンしてくださいぃぃ……。許してくださぃぃ……」
「わあっ!?」
威吹は右手で、先ほどユタを襲った不良グループのリーダーの首根っこを掴んでいた。
「この者に案内を頼んだでござる」
哀れ、リーダーは顔面がボコボコになり、両方の鼻の穴から鼻血をダラダラ流し、口からも血を流していた。
「差し当たり、2度とお前とは金輪際関わらぬと確約させたでござるが、よろしいか?」
「…………」
ユタは開いた口が塞がらなかった。
[18:30.ユタの家の中 ユタ、威吹]
「あの野盗は取りあえず、件の神社にて簀巻きにしておいたでござる。運が良ければ、発見されるであろう」
「……もういいっス」
「これが奴らよりの手切れ金。この国の……藩札でござるか?……円?これがこの国の通貨でござるかな?」
「そんなものまで……!」
「負けた者は全てを失う。これが命を掛けた男の戦いの掟でござるが……」
更に威吹は白い紙に包まれた封書を出した。
「詫び状が3通。金輪際、お前と関わらぬことを確約させたでござる」
「……僕に話って何?」
「えー、まず、改めて名前を。某、名を威吹。字を邪甲と申す。威吹と呼んで頂いて結構。見ての通り、人間ではござらん。人間界と魔界の間に、位置し魔境という場所がござる。そこの外れに、“妖狐の里”という郷がござってな、某はそこの出身。つまり、妖狐でござる。妖狐というのは、書いて時の如く、狐の妖怪であるが、動物の狐とはまた違う存在でござる。稲荷大明神の御使いの末裔……のなれの果ての妖(あやかし)で……」
30分経過。
「……従って、某には新たに“獲物”となって頂く人間が必要でござる。それは詳細を申せば……」
「もういい!で、あなたは僕に何をして欲しいの?」
「それを今から話すつもりであったが……まあ良い。その前に、そなたの名前は?」
「稲生……ユウタ……です」
「ふむ。ではユタと呼ばせてもらおう」
「ええっ、何で!?」
「特に理由は無い。その方が呼びやすいからだ。不満でござるか?」
「いや、別にいいけど……」
「ユタには某の“獲物”になって頂きたい。そしてその素晴らしき霊力を備う血肉を食らいたい」
「……え?」
「無論、今すぐではござらん。もし仮に某の“獲物”になってくれると申すならば、ありとあらゆる災厄からユタ殿を守ろう。例えば、先ほどの野盗共から守ることなど、容易いことだ。盟約の期間は、ユタ殿が寿命で死ぬまで。血肉を食らうのは、ユタ殿が寿命で死亡した時でござる。つまり、ユタ殿の死体を貰い受けたいのだ。無論、遺骨は必要無い。あくまで、血と肉だけ頂ければよろしい。墓に入れなくなるというわけではないので、その点は心配御無用。……いかがでござるか?」
「うん。絶対ヤダ」
「では、また日を改め直すでござる」
威吹は席を立った。
「……えっ?また来るの!?」
「三顧の礼、というものがござる。無論、三顧どころでは無いつもりだ……」
威吹はそう言って、家から出て行った。
[翌日16:00.ユタの家の前 威吹邪甲]
「たのもー!」
[翌々日16:00.同場所 同人]
「たのもー!」
[翌々々々々々(中略)々々々日16:00. 同場所 同人]
「たのもー!」
「わーっ!分かったから!」
ユタは玄関のドアを開けた。
「盟約の締結を……」
「待って!もう少し話を聞かせて」
「質疑応答は随時でござる」
ユタは威吹を家に上げた。
「して、何の質問でござるか?」
「“獲物”になったら、キミはどういう生活をするの?」
「どうって……。普通に同居させて頂くことになるが……」
「やっぱり!」
「同居することで、常に“獲物”に襲い来る災厄から守ることができるが……」
「僕が勝手に決めらんないよ。父さんや母さんもいるし……」
「さようか。しかしここ数日、その姿を見かけぬが……」
「2人とも忙しくて、家にいない日も多いんだ」
「では、某からご挨拶申し上げよう」
「ええーっ!?」
「ユタ殿も口添え宜しく頼む」
「ぼ、僕は……」
「無論、それに当たってタダでとは言わん」
[その日の20:00.ユタの家の中 威吹邪甲 ユタと両親]
威吹は畳の上に置かれたテーブルの上に、金色に輝く小判の束を置いた。
「家賃は、お支払い致します。差し当たり、20両で如何?」
「こ、これ、本物かい!?」
父親は驚愕していた。
「さよう。何より、御前で某の懐から出したことが何よりの証拠」
「威吹?」
ユタは目を丸くして、
「こんな大金、どこから!?」
「偽金なら、木の葉から変化させる。これでまだ足りないのであれば、更に20両ござる。封印前に稼いだものと、里から持ち出した小遣いも含まれている」
(威吹が封印されたというのは、江戸時代の始め頃。その頃、1両は今の10万円相当だって聞いたけど……)
ユタは日本史の教科書を見た。
「お父さん……」
母親は父親を見た。
「本物かどうかは明日、調べてみよう。とにかく、ユウタのお友達なら今夜は泊まって行っていいから」
「かたじけない」
威吹は両手をついて、深々と頭を下げた。(公開終わり)
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この時、威吹はまだ自分が異国の地に飛ばされた程度にしか思っていない。この後、ユタの部屋で一夜を過ごすうちに(変な意味ではない)、自分が400年以上も封印されていたことを知って愕然とする。里から全く捜索も出されなければ、救助も無かったこと、つまり見捨てられたことに絶望するシーンがこの後ある。
見ていて可哀想になったユタは、ついつい盟約書に判を押してしまうというもの。現代と違い、未成年者は保護者の承諾が必要という制限は無い。
尚、年齢を聞いてユタより年上だとは分かったものの、威吹は別にそういった上下関係は気にしない。
また、侍言葉は固いので、通常の言葉で喋るようにユタに言われてそうする。
ユタの視点で物語が進む“顕正会版人間革命”では、ユタが威吹の封印を解いた経緯の詳細と、ユタの学校生活についてもう少し詳しく書かれている。
つまりこの物語、ユタと威吹、主人公が2人いるということ。
※誤字があったので、11月30日に手直ししました。
あの時から、どれくらい経ったのだろう。1人震えてた闇の中、ボクは誰かに問うた。何も見えず、何も聞こえず。ただ只管に、時だけが流れていく。
ボクが犯した数々の罪。両の手には赤色と鎖。両の足首には青色の鎖。自分が死んだのかも分からず、ここが地獄なのかも分からない。
しかし、無間地獄にもいずれは終わりがあるように、こんな地獄なのかどうかも分からない閉鎖された闇の空間。ここに閉じ込められてた期間も、もう終わりのようだ。
壁の隙間から現れた、有数の小さな光。この時、ボクはやっと闇の中から解放されたんだ。
「…………」
気が付くと、見慣れぬ場所にボクはいた。目の前には、人間が1人。だが、あまりきれいな恰好はしていない。ボクと同じ……いや、ボクよりも年下か。
ほんの一瞬見ただけで、強い霊力を持ち合わせているのが分かった。聖職者のようには見えないが、まあいい。
「ボクを解放してくれたのは、お前か?」
人間の男は、ボクの姿を見て茫然自失としているようだった。
「ボクの言葉が分かるか?ここはどこだ?見たところ、田無宿や小川宿ではないようだが……」
「き、キミこそ誰!?」
ほお。日本語(ひのもと言葉)を喋っている。どうやら、言葉の通じぬ大陸などに飛ばされたわけではないようだ。
「ボクの名前は威吹。字は邪甲。威吹と呼んでくれればいい。生の発するところ、魔境の……あれ?」
しかし、人間の男は一目散に逃げ去ってしまった。封印前なら追いかけて捕まえるところだが……今でも追わなくてはならないな。妖狐族は受けた恩と仇は必ず返すのが掟だ。狐の呪いはしつこいと人間どもは噂するが、理由はそこにある。
「うむ?」
男はすぐに見つかった。だが、道の真ん中で、男と似た黒い装束(学生服)を着た男3人と何か話しているようだ。むむっ、仲間と結託してボクと対峙するのか?
しかし、聞き耳を立ててみると、どうも違うみたいだ。何か、
「金貸してくれ」
とか、聞こえてくる。あの男は、高利貸しか何かか?
「ん!?」
だが、どうも穏やかならぬ話のようだ。見ると、長身の男がボクの封印を解いてくれた男から、何かを奪い取っている。
(仲間じゃなくて、野盗か?)
いずれにせよ、ボクも大事な話がある。
「御免」
「あ?何だ、テメー?」
「話はまだ終わらぬか?某(それがし)、この男と話があるのだが……」
「稲生君は歌舞伎の役者さんとも仲良しですか?さすがお金持ちは違いますなぁ……」
ボクより小柄で、しかし肥満体の男がニヤニヤ笑いながら、ボクの封印を解いてくれた男、稲生と言うようだが、彼を見た。
「もっと持ってるんでしょ?催促無しのある時払いで頼むよー」
「某、歌舞伎者ではござらんが……」
てか、初めて言われた。この国の歌舞伎者は、ボクみたいな恰好をしているのか?
「某、少々急いでいるので、早くこの男と話をさせて頂きたい」
ボクはそう言ったが、どうやらこの3人の男は稲生氏とは友好関係の者達ではないなと分かった。友好的な態度で、胸倉は掴まぬだろう。いかにここが他国とはいえ、そういう習慣は恐らく日の本言葉を喋る国では無いだろう。何より、稲生氏の持ち物を勝手に漁っている。
「っせぇ!だったら、てめーも金出せ、オラ!」
最後の中肉中背の男がボクの胸倉を掴んできた。決定的だな。
「ん?」
ボクは自分の右手で、そいつの手を掴むと、
「いでででででで!!」
ひねり倒した。
「な、何だ、テメェ!?」
相手は刃物を出してきた。が、どうやら小刀のようだ。笑止!
「ぶっ!?」
「げっ!?」
こんな奴ら、剣も妖術も必要ない。素手で十分。あっと言う間に、倒してやった。
「さて、話の続きだけど……あれ?」
また逃げられてしまった。逃げ足は速いんだな。まあいい。匂いは覚えた。後でまた訪問しよう。どうせ、住まいはこの近くだろう。
[18:00.宮城県仙台市若林区東部の自宅 稲生ユウタ]
い、一体、何なんだ……!?
不良グループから逃げて、稲荷神社に逃げ込んだものの、追いつかれそうになった。その神社は何故か狐の石像が3体もあって、そのうちの1つに触れたら、石像が壊れて、中から……不思議な人が出てきた。銀髪が腰まであって、白い着物に紺色の袴をはいていた。神社のサプライズ?いや、まさか……。
夕食を食べていると、テレビからニュースが流れてきた。
〔「次のニュースです。今日午後4時頃、仙台市若林区○○で、男子中学生2人が何者かに襲われ、重傷を負うという事件がありました」〕
「……え?」
〔「中学生達は病院で手当てを受けていますが、全員がうわ言で、『狐に襲われた』と……。警察では……」〕
「狐……。ん、2人!?」
その時、玄関のドアを叩く音がした。両親は多忙で、家にはユタしかいない。
「は、はい」
「たのもー!」
「……え?」
玄関の外から、聞き覚えのある声がした。
「たのもー!たのもー!」
「やっぱり来た……」
ガチャとドアを開ける。
「やっぱりここだったか」
「どうして分かったの?」
「匂いを覚えたし、それに……」
「カンベンしてくださいぃぃ……。許してくださぃぃ……」
「わあっ!?」
威吹は右手で、先ほどユタを襲った不良グループのリーダーの首根っこを掴んでいた。
「この者に案内を頼んだでござる」
哀れ、リーダーは顔面がボコボコになり、両方の鼻の穴から鼻血をダラダラ流し、口からも血を流していた。
「差し当たり、2度とお前とは金輪際関わらぬと確約させたでござるが、よろしいか?」
「…………」
ユタは開いた口が塞がらなかった。
[18:30.ユタの家の中 ユタ、威吹]
「あの野盗は取りあえず、件の神社にて簀巻きにしておいたでござる。運が良ければ、発見されるであろう」
「……もういいっス」
「これが奴らよりの手切れ金。この国の……藩札でござるか?……円?これがこの国の通貨でござるかな?」
「そんなものまで……!」
「負けた者は全てを失う。これが命を掛けた男の戦いの掟でござるが……」
更に威吹は白い紙に包まれた封書を出した。
「詫び状が3通。金輪際、お前と関わらぬことを確約させたでござる」
「……僕に話って何?」
「えー、まず、改めて名前を。某、名を威吹。字を邪甲と申す。威吹と呼んで頂いて結構。見ての通り、人間ではござらん。人間界と魔界の間に、位置し魔境という場所がござる。そこの外れに、“妖狐の里”という郷がござってな、某はそこの出身。つまり、妖狐でござる。妖狐というのは、書いて時の如く、狐の妖怪であるが、動物の狐とはまた違う存在でござる。稲荷大明神の御使いの末裔……のなれの果ての妖(あやかし)で……」
30分経過。
「……従って、某には新たに“獲物”となって頂く人間が必要でござる。それは詳細を申せば……」
「もういい!で、あなたは僕に何をして欲しいの?」
「それを今から話すつもりであったが……まあ良い。その前に、そなたの名前は?」
「稲生……ユウタ……です」
「ふむ。ではユタと呼ばせてもらおう」
「ええっ、何で!?」
「特に理由は無い。その方が呼びやすいからだ。不満でござるか?」
「いや、別にいいけど……」
「ユタには某の“獲物”になって頂きたい。そしてその素晴らしき霊力を備う血肉を食らいたい」
「……え?」
「無論、今すぐではござらん。もし仮に某の“獲物”になってくれると申すならば、ありとあらゆる災厄からユタ殿を守ろう。例えば、先ほどの野盗共から守ることなど、容易いことだ。盟約の期間は、ユタ殿が寿命で死ぬまで。血肉を食らうのは、ユタ殿が寿命で死亡した時でござる。つまり、ユタ殿の死体を貰い受けたいのだ。無論、遺骨は必要無い。あくまで、血と肉だけ頂ければよろしい。墓に入れなくなるというわけではないので、その点は心配御無用。……いかがでござるか?」
「うん。絶対ヤダ」
「では、また日を改め直すでござる」
威吹は席を立った。
「……えっ?また来るの!?」
「三顧の礼、というものがござる。無論、三顧どころでは無いつもりだ……」
威吹はそう言って、家から出て行った。
[翌日16:00.ユタの家の前 威吹邪甲]
「たのもー!」
[翌々日16:00.同場所 同人]
「たのもー!」
[翌々々々々々(中略)々々々日16:00. 同場所 同人]
「たのもー!」
「わーっ!分かったから!」
ユタは玄関のドアを開けた。
「盟約の締結を……」
「待って!もう少し話を聞かせて」
「質疑応答は随時でござる」
ユタは威吹を家に上げた。
「して、何の質問でござるか?」
「“獲物”になったら、キミはどういう生活をするの?」
「どうって……。普通に同居させて頂くことになるが……」
「やっぱり!」
「同居することで、常に“獲物”に襲い来る災厄から守ることができるが……」
「僕が勝手に決めらんないよ。父さんや母さんもいるし……」
「さようか。しかしここ数日、その姿を見かけぬが……」
「2人とも忙しくて、家にいない日も多いんだ」
「では、某からご挨拶申し上げよう」
「ええーっ!?」
「ユタ殿も口添え宜しく頼む」
「ぼ、僕は……」
「無論、それに当たってタダでとは言わん」
[その日の20:00.ユタの家の中 威吹邪甲 ユタと両親]
威吹は畳の上に置かれたテーブルの上に、金色に輝く小判の束を置いた。
「家賃は、お支払い致します。差し当たり、20両で如何?」
「こ、これ、本物かい!?」
父親は驚愕していた。
「さよう。何より、御前で某の懐から出したことが何よりの証拠」
「威吹?」
ユタは目を丸くして、
「こんな大金、どこから!?」
「偽金なら、木の葉から変化させる。これでまだ足りないのであれば、更に20両ござる。封印前に稼いだものと、里から持ち出した小遣いも含まれている」
(威吹が封印されたというのは、江戸時代の始め頃。その頃、1両は今の10万円相当だって聞いたけど……)
ユタは日本史の教科書を見た。
「お父さん……」
母親は父親を見た。
「本物かどうかは明日、調べてみよう。とにかく、ユウタのお友達なら今夜は泊まって行っていいから」
「かたじけない」
威吹は両手をついて、深々と頭を下げた。(公開終わり)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この時、威吹はまだ自分が異国の地に飛ばされた程度にしか思っていない。この後、ユタの部屋で一夜を過ごすうちに(変な意味ではない)、自分が400年以上も封印されていたことを知って愕然とする。里から全く捜索も出されなければ、救助も無かったこと、つまり見捨てられたことに絶望するシーンがこの後ある。
見ていて可哀想になったユタは、ついつい盟約書に判を押してしまうというもの。現代と違い、未成年者は保護者の承諾が必要という制限は無い。
尚、年齢を聞いてユタより年上だとは分かったものの、威吹は別にそういった上下関係は気にしない。
また、侍言葉は固いので、通常の言葉で喋るようにユタに言われてそうする。
ユタの視点で物語が進む“顕正会版人間革命”では、ユタが威吹の封印を解いた経緯の詳細と、ユタの学校生活についてもう少し詳しく書かれている。
つまりこの物語、ユタと威吹、主人公が2人いるということ。
※誤字があったので、11月30日に手直ししました。