“妖狐 威吹”より。更に続き。
[13:15.日蓮正宗大石寺・奉安堂 とある女子高生]
「あのー、すいません。ちょっとこういうものの持ち込みは……」
「ダメですかー?一応、剣道部なんですけど……」
「だから、木刀をむき出しのまま持ち込んじゃダメって、前にも言ったでしょう」
「はーい」
任務のオバちゃんに注意された。とはいえ、心の中でアッカンベーをした私。何でこんなもの持ち歩いてるのかって?そりゃもう護身用に決まってんじゃん。
まあ、奉安堂の中まで持って行く必要は無いか。私は入ってすぐの所の、ベビーカーやお年寄りのカート置き場の所にでも置こうかと思った。が、
「誰か捕まえてくれーっ!」
「ん?……な、何あれ?」
背後で叫び声がし、振り向くと戦隊ヒーローのようなコスプレをした5人組がこっちに向かって走ってきた。
「さあ、皆さん!顕正会に残された時間は少ない!広宣流布が達成されるまで、あと20メートルであります!」
お笑い番組のロケ?なわけないよな。テレビクルーなんていないし……。って、違うか。
「ふーん……」
私は置こうとした木刀を手にした。
[同時刻 同場所 稲生ユウタ]
くそっ!何てすばしっこい奴らだ!誰も追い付けないし、取り押さえられない。これが“魔の通力”ってヤツなのか?このままだと、内部に入り込まれてしまう……。
「ごめん……ごめんよ……。肝心な時に役に立たなくて……」
妖力を完全に失い、人間同然となった威吹は、それでも並以上の体力を持ち合わせているはずだが、ついにバテてしまい、石畳の上に倒れこんだ。
「いいよ!取りあえず先に行く!」
僕はそのままケンショーレンジャーを追った。
と!
「あ、あれは……!」
階段を登った先にある正面入口。ワッペンの半券はそこでちぎって、任務の人に渡して入るシステムになっている。そこにブレザーの制服姿の女子高生が、木刀を両手に握って待ち構えていた。確かあのコ、僕と同じお寺の……。前に御講の時に見たことがある。
「あ、あれは栗原江蓮ちゃん!彼女も来てたのか!」
藤谷班長が後ろから息を切らして言った。
「彼女ならやってくれるかもしれない!」
「えっ?」
「彼女は剣道段持ちで、埼玉県でも指折りの女子剣道部の猛者だ」
「ええっ!そんなに凄いの!?」
「もっとも、普段の素行は【お察しください】」
「はあ!?」
次々と返り討ちにされるケンショーレンジャー。
「ケンショー・ブルー・タイフーン!」
ガーン!(←木刀で頭を1発叩かれる音)
「いてぇよォ……グスン……」
レッド、ブルー、ピンクと倒されて行く。
「嗚呼、そこのカワイイJKのお嬢さん。その制服、10万円で売ってくれませんか?」
バキッ!(←木刀で【以下略】)
「せ、せめてスク水を15万円でぇ……ガクッ!」
「さあ、そこの黄色いオッサン!最後はアンタだよ!?」
凄い凄い!栗原さんってコ、1人で4人倒しちゃった!さすが剣道部の猛者!
「は、はわわわ……。し、しかーし!私にはまだ奥の手が残されているのであります!」
「なに?」
ケンショー・イエローはダ本と呼ばれる勧諌書の原稿をばら撒くと、その中に隠れて消えた。
「忍者か、あいつは!?」
「仲間見捨てて逃げやがった……」
すると遠くから、
「待てっ!待てーっ!」
「威吹!?」
ケンショー・イエローは遠くまで逃げたわけではなかったようだ。体力の回復した威吹に、逆に追われる立場になってしまった。
「威吹!」
僕も追おうとしたが、藤谷班長に手を掴まれた。
「稲生君、もうすぐ御開扉だ。あとは任務者の人達に任せよう」
「で、でも、威吹が……」
「どうせ残り1人だ。1対1なら、妖力が落ちた威吹君でも対応できるだろう」
「は、はあ……」
「栗原さん、大活躍だったね?」
藤谷班長が言うと、
「報酬はどこから出るの?」
だって。
「またまたぁ……」
苦笑いする藤谷班長。こういうコだったのか。
[13:30.日蓮正宗大石寺・三門前 威吹邪甲]
エセ妖怪退治屋め。残る1人になったのなら、オレが決着つけてやる!それにしても、木刀で倒したあの娘……どことなく、昔オレを封印した巫女に似てるな……。まあ、あいつは剣の心得は無かったけど。
「ああっ!私のマシンが何てこと……!」
三門前に止まっていた、あの白い車はほとんど原型が無くなっていた。
「どうやら万策尽きたようだな。本当はこの爪で引き裂いてやりたいところだが、この寺の境内にいるうちは妖力が回復しない。殴打でカンベンしてやる」
オレは右手だけでパキッと指の骨を鳴らした。
「は、はわわわ……」
「念仏……もとい、法華経を唱えるまで待ってやっても良いが?」
「そ、それでは五座三座の勤行をぉ……」
ザシャアアアッ!(←ポテンヒットさん、ごめんなさい)
「キサマ!会員には一座しかやらせないくせに、自分は五座三座かぁ!!」
そこへ黒い服を着た男が5人ほどやってきた。藤谷氏の着ている物と形は一緒だが、こちらはもっと威圧感がある。誰だ?
「う、うわっ!お前達は、妙観講……!」
あっという間に黄色い装束のエセ妖怪退治屋は、黒い服の男達……。妙観講っていうのか?その集団に連れて行かれてしまった。
「さんざん御山を荒らしやがって、覚悟しろ!」
「キミ、ケガは無いかい?」
「は?はあ……」
1人の黒服が話し掛けてくる。
「いつもはもっと静かなお寺なんだ。ああいうのは、本当に珍しいことだから。誤解しないでね」
どうやらボクを信徒ではない一般人だと思っているらしい。まあ、間違ってはいないけど……。
[17:15.民宿・日ノ出山荘前 稲生ユウタ]
御開扉に参加した後、また少し休憩して、今度は六壷の夕刻勤行に参加した。六壷とは大石寺でも最古の堂宇で、もちろん今の六壷は建て直されたものだけど、僕の生まれてくるずっと前……つまり、威吹が既に生きてた頃は、客殿と一緒だったらしい。だからなのか、今でも六壷と客殿が隣り合ってるのは……。
「おっ?妖力回復した?」
日ノ出山荘付近は今現在、大石寺の境内からは外れているからなのだろう。やっと威吹は元の妖狐の姿に戻った。
「これなら、あの5人ボク1人で倒せるのになぁ……」
「はははっ」
僕達がここにいる理由はタクシーを呼んだから。東京行きのバスは、もう大石寺の近くからは出ない。直接、バスの営業所まで行く必要があった。
「取りあえずタクシーで、バスの営業所の近くまで行こう。あの辺は結構食べる所があるから、そこで夕食を取ろう」
と、藤谷班長が言った。
「あっ、タクシー来ましたよ」
予約していたタクシーがやってくる。大柄な藤谷班長が助手席に座って、僕達は後ろに座った。すぐにタクシーが走り出す。
因みに1人大活躍の栗原さんは六壷の勤行には参加せず、御開扉が終わったらすぐ下山バスに乗って帰っていった。
「どうだった?初めての御登山は?」
藤谷班長が聞いてきた。
「あ、はい。とても充実した1日でした」
「はははは。まあ、今日はエラいイレギュラーがあったけど、いつもはあんなんじゃないから」
「はい」
「来月は支部登山があるから、今日みたいな添書登山とはまた違う雰囲気を味わえるよ」
「そうですか」
威吹にとっては苦行かもしれないけど、また是非来たいな。
「ん?」
タクシーは駐在所の前を通って、国道を左折した。すると三門の前に出るわけだが、そこで警察が現場検証みたいなことをしていた。何かあったのだろうか?あのケンショーレンジャー絡みかな?
[同時刻。富士急静岡バス“やきそばエクスプレス”16号車内 栗原江蓮]
全く。久しぶりに登山してみたら、何か変な連中が来たし……。うちのお寺大きいから、個人的に添書登山しても、誰かしらいるとは思ってたけど……。ま、イレギュラーな変態集団、あたし1人でブッ倒したわけだから、英雄扱いだよね。
「ん?」
その時、あたしは下半身に違和感を感じた。
「どうしたの?」
隣の席に座る班長が聞いてくる。
「い、いや……。ちょっとトイレ行ってくる」
あたしはバス車内にあるトイレに入った。そこで気づく。
「ああーっ!?」
スカートの下、何もはいてない!な、何で!?……はっ、まさか、あの緑のオヤジ……!あたしの前に倒れて、何かしてたけど……!?
あ、あいつ……!絶対コロス!!
[同時刻 アルカディア王国共和党本部トイレ 横田高明]
ハァハァ……。つ、ついにやりましたよ……。JKの生パンティ。魔界で修行した甲斐があるというものです。ハァァァァ……ッ!
***
それぞれの思いを胸に下山した人々。罪障を捨て、功徳を積むそのお寺は清浄にして白蓮華なる地である。折りに触れ機に触れ、どんどん御登山させて頂こうではないか。
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因みに、特盛くんとエリちゃんの動向ですが、エリちゃんは特盛くんの紹介で御受戒を無事に済ませたそうです。で、その日は御受戒した宿坊に宿泊。同じく登山していた同志達と、富士宮市街に繰り出して御受戒祝いのドンチャン騒ぎをしたとかしないとか。
ケンショーレンジャーと遭遇しなかったのは、幸か不幸か……。
ん?特別出演のポテンヒットさんとますぶちさん?【お察しください】。てか、大変申し訳ありませんでした。