[7月22日11:44.天候:曇 埼玉県さいたま市中央区 西武バス上落合八丁目バス停]
稲生は白いワイシャツにスーツのズボンを履いて、同窓会の会場に向かった。
家の近くのバス停で、まずは大宮駅に向かう。
高校生だった頃は1時間に1本くらいあったバスも、今では1日3便という免許維持路線になってしまった。
そんなバスがやってくる。
中型のノンステップバスが当たり前になっているが、高校生の頃は中型のツーステップバスもよく走っていたし、大型のワンステップバスもいてバラエティに富んでいた。
バスに乗り込んで、中扉の後ろに座る。
車内は本数に相応しいほどのガラ空きぶりだった。
〔次は日赤入口、日赤入口。……〕
妖狐の威吹が護衛として付いていた頃は、1番後ろの席に座っていたものだ。
彼は稲生の霊力があまりにも強いが為に、現代でも潜む他の妖怪達に狙われないようにという理由で護衛に学校まで付いてきていた。
もちろんその理由は本当だろう。
だが他の理由が大きいと感じていたし、後に威吹は白状している。
他の妖怪に“獲物”を横取りされない為の防衛と、いつ稲生が心変わりして威吹の所から逃げ出すかと心配が故の監視が実際のところだったと。
今はその盟約は解除されている。
妖狐族の掟で、“獲物”の二重盟約は禁止されているからだ。
最初に盟約を交わした巫女のさくらが生きており、つまりはその盟約が未だ有効であったことが判明した為、稲生との盟約は強制解除となった。
それでも友人関係は続いており、時折手紙のやり取りをしていたり、稲生が魔界に行く機会があったら、今の威吹の住まいを訪問したりしている。
高校時代の半数以上は顕正会活動に費やされてしまった為、他の楽しい思い出は、専ら学校生活よりも威吹との思い出が大きかった。
それでも残りの3分の1、つまり3年生になってからは顕正会も脱会し(実際は化石化)、法華講に入るまでの間の短い無宗教生活を送っている。
[同日13:30.東京都台東区 学校法人東京中央学園上野高校]
現役生達の終業式が終わる頃、同窓生達は校内の学食に集まって、そこで立食形式の同窓会が行われる。
「よぉっ!ユタじゃないか!」
「えっ!?」
稲生を『ユタ』と呼ぶ者は限られている。
多くは妖怪達がそう呼ぶのだが、人間の中にもそう呼ぶ者が一部いる。
稲生が振り向くと、そこにいたのは、
「大河内君!」
短く刈った金髪に両耳ピアス、そして薄いサングラスに派手にスーツを着ていたのは大河内と呼ばれた男。
「覚えててたかー」
「忘れるわけが無いよ」
稲生は大河内と握手を交わした。
大河内は今はバンドユニットを組んで、ロックを中心としたライブ活動を行っている。
高校時代から既にそういったことをやっていたものだから、言ってみれば不良……ヤンキーに近かったかもしれない。
しかし今ではプロデビューして、ライブハウスなどでよく歌っているということだから、そこそこ売れているのかもしれない。
まだテレビとかで見たことは無いし、タワレコなどでCDが発売されているというのも見たことは無い。
大河内と稲生、全く性質の違う2人が友人同士になった経緯は……追々語るとしよう。
「イブキは来てねーのか?」
「だって威吹は、そもそもうちの卒業生でもないし」
「ハハハッ!似たようなもんだろ。イケメンが通ってるっつー噂が立って、イブキの入り待ちなんかあったくらいだったろ?」
「あー、そういうこともあったねぇ……」
威吹の顔立ちは美しい。
女性と間違えるくらい。
威吹としては、稲生を学校まで送ってからどこかで時間を潰すはずだったのだが、何故か女子生徒に取り囲まれる事態になった。
“獲物”以外の人間には興味の無かった威吹にとっては、とても煩わしいことであったという。
「今、威吹は結婚して魔界にいるよ」
「なにっ!?……そうか。そうかそうか」
大河内はポンポンと稲生の肩を叩いた。
「なに?」
「オトコにもフられてしもたからっちゅうて、落ち込む必要は無いけんね」
「大河内君、お国言葉出てる。ってか、フられたわけじゃないし。今でも友達だし。しかも、『も』って何?『も』って?」
そんな同窓会も終わりに近づいた頃、大河内がこんなことを言った。
「なあ、ユタ。アレのことは覚えてるか?」
「なに?」
大河内は稲生を学食の外に連れ出した。
そして、そこの窓から見えるある物を見ながら言う。
窓の外には、何故か近代的な造りの校舎には不釣合いなほどに古めかしい木造建築物があった。
「アレや、アレ。旧校舎が取り壊されてしまうからってんで、学校にまつわる七不思議の発表をしようって新聞部から持ち掛けられたやろ?あれのことや」
「ああ!」
稲生や大河内が2年生だった頃、木造の旧校舎が夏休み中に取り壊されることが決定した。
色々と怖い噂のあるこの学校、七不思議どころの騒ぎじゃないほどの数の怪談話があった。
そこで当時の新聞部が、その中でも飛びっきり怖い話を納涼企画として特集をしようということになった。
しかし当時の担当者がまだ1年生だということもあり、その話に詳しい7人が集まって、その新聞部員に語ってあげるという形式で行われた。
稲生は顕正会活動にまつわる話を語り部としてした記憶がある。
稲生が入学する前にも顕正会員が校内で下種活動をしており、当時も問題になったという話だ。
どういうわけだかその顕正会員に怨嫉した生徒や教師に、次々と不幸が起きたという話だったが、思いっ切りドン引きされた。
怖い話の候補は他にもあったのだが、それを話さずにはいられなかったのだ。
「結局7人目が来なくて、新聞には『諸事情により、6話分のみ掲載致します』ってなってたよね?」
「そうだな。それでな、あの集まりをもう1度やろうという話があるんだ」
「ええっ?!」
「要はもう1つの同窓会だな。あの時の語り部連中がもう1度集まって、あの時話せなかった別の怖い話をしてみようってヤツだ。な?どや?出るやろ?」
1:出る
2:出ない
3:考えさせてほしい
「……出るよ」
「そうこなくっちゃな!実はあの時の新聞部員……えー、何て言ったけん?坂……坂……何やったっか……」
「坂下君?」
「そう!坂下や!あいつもあの時と同じように、司会進行役で来てくれるって話だぞ!」
「そうなんだ」
「ん?何か、乗り気じゃなさそうだな?」
「あ、いや、その……」
「まあ、オマエも怖がりやったもんな。あの時もオマエ、随分と震えちょったけんね。まあ、心配せんでも、いざとなったらイブキが……って、今はおらんか。ま、とにかく、もう心配は無いってことはオマエも知ってるだろ?魔界の穴はもう塞いだんだからさ」
「う、うん……まあね」
どうして大河内がそんなことを知っているのか。
もちろん大河内もまた霊感が強い人間であり、しかもそれを力として攻撃できる技も併せ持っていた為、稲生や威吹などと組んで魔界の穴を塞いだことがある。
それからパタリと校内における怪奇現象は全て無くなってしまった。
七不思議どころでは済まない東京中央学園のミステリーも、全ては魔界の穴のせいであると、今の稲生なら全て信じることができる。
だから本来は、七不思議の企画をまた行っても何の危険も無いはずなのだが、稲生にとってはイリーナ達の言葉で、とても不安だったのである。
だが、何故か不思議と逃げる気もまた起きなかったのだ。
稲生は白いワイシャツにスーツのズボンを履いて、同窓会の会場に向かった。
家の近くのバス停で、まずは大宮駅に向かう。
高校生だった頃は1時間に1本くらいあったバスも、今では1日3便という免許維持路線になってしまった。
そんなバスがやってくる。
中型のノンステップバスが当たり前になっているが、高校生の頃は中型のツーステップバスもよく走っていたし、大型のワンステップバスもいてバラエティに富んでいた。
バスに乗り込んで、中扉の後ろに座る。
車内は本数に相応しいほどのガラ空きぶりだった。
〔次は日赤入口、日赤入口。……〕
妖狐の威吹が護衛として付いていた頃は、1番後ろの席に座っていたものだ。
彼は稲生の霊力があまりにも強いが為に、現代でも潜む他の妖怪達に狙われないようにという理由で護衛に学校まで付いてきていた。
もちろんその理由は本当だろう。
だが他の理由が大きいと感じていたし、後に威吹は白状している。
他の妖怪に“獲物”を横取りされない為の防衛と、いつ稲生が心変わりして威吹の所から逃げ出すかと心配が故の監視が実際のところだったと。
今はその盟約は解除されている。
妖狐族の掟で、“獲物”の二重盟約は禁止されているからだ。
最初に盟約を交わした巫女のさくらが生きており、つまりはその盟約が未だ有効であったことが判明した為、稲生との盟約は強制解除となった。
それでも友人関係は続いており、時折手紙のやり取りをしていたり、稲生が魔界に行く機会があったら、今の威吹の住まいを訪問したりしている。
高校時代の半数以上は顕正会活動に費やされてしまった為、他の楽しい思い出は、専ら学校生活よりも威吹との思い出が大きかった。
それでも残りの3分の1、つまり3年生になってからは顕正会も脱会し(実際は化石化)、法華講に入るまでの間の短い無宗教生活を送っている。
[同日13:30.東京都台東区 学校法人東京中央学園上野高校]
現役生達の終業式が終わる頃、同窓生達は校内の学食に集まって、そこで立食形式の同窓会が行われる。
「よぉっ!ユタじゃないか!」
「えっ!?」
稲生を『ユタ』と呼ぶ者は限られている。
多くは妖怪達がそう呼ぶのだが、人間の中にもそう呼ぶ者が一部いる。
稲生が振り向くと、そこにいたのは、
「大河内君!」
短く刈った金髪に両耳ピアス、そして薄いサングラスに派手にスーツを着ていたのは大河内と呼ばれた男。
「覚えててたかー」
「忘れるわけが無いよ」
稲生は大河内と握手を交わした。
大河内は今はバンドユニットを組んで、ロックを中心としたライブ活動を行っている。
高校時代から既にそういったことをやっていたものだから、言ってみれば不良……ヤンキーに近かったかもしれない。
しかし今ではプロデビューして、ライブハウスなどでよく歌っているということだから、そこそこ売れているのかもしれない。
まだテレビとかで見たことは無いし、タワレコなどでCDが発売されているというのも見たことは無い。
大河内と稲生、全く性質の違う2人が友人同士になった経緯は……追々語るとしよう。
「イブキは来てねーのか?」
「だって威吹は、そもそもうちの卒業生でもないし」
「ハハハッ!似たようなもんだろ。イケメンが通ってるっつー噂が立って、イブキの入り待ちなんかあったくらいだったろ?」
「あー、そういうこともあったねぇ……」
威吹の顔立ちは美しい。
女性と間違えるくらい。
威吹としては、稲生を学校まで送ってからどこかで時間を潰すはずだったのだが、何故か女子生徒に取り囲まれる事態になった。
“獲物”以外の人間には興味の無かった威吹にとっては、とても煩わしいことであったという。
「今、威吹は結婚して魔界にいるよ」
「なにっ!?……そうか。そうかそうか」
大河内はポンポンと稲生の肩を叩いた。
「なに?」
「オトコにもフられてしもたからっちゅうて、落ち込む必要は無いけんね」
「大河内君、お国言葉出てる。ってか、フられたわけじゃないし。今でも友達だし。しかも、『も』って何?『も』って?」
そんな同窓会も終わりに近づいた頃、大河内がこんなことを言った。
「なあ、ユタ。アレのことは覚えてるか?」
「なに?」
大河内は稲生を学食の外に連れ出した。
そして、そこの窓から見えるある物を見ながら言う。
窓の外には、何故か近代的な造りの校舎には不釣合いなほどに古めかしい木造建築物があった。
「アレや、アレ。旧校舎が取り壊されてしまうからってんで、学校にまつわる七不思議の発表をしようって新聞部から持ち掛けられたやろ?あれのことや」
「ああ!」
稲生や大河内が2年生だった頃、木造の旧校舎が夏休み中に取り壊されることが決定した。
色々と怖い噂のあるこの学校、七不思議どころの騒ぎじゃないほどの数の怪談話があった。
そこで当時の新聞部が、その中でも飛びっきり怖い話を納涼企画として特集をしようということになった。
しかし当時の担当者がまだ1年生だということもあり、その話に詳しい7人が集まって、その新聞部員に語ってあげるという形式で行われた。
稲生は顕正会活動にまつわる話を語り部としてした記憶がある。
稲生が入学する前にも顕正会員が校内で下種活動をしており、当時も問題になったという話だ。
どういうわけだかその顕正会員に怨嫉した生徒や教師に、次々と不幸が起きたという話だったが、思いっ切りドン引きされた。
怖い話の候補は他にもあったのだが、それを話さずにはいられなかったのだ。
「結局7人目が来なくて、新聞には『諸事情により、6話分のみ掲載致します』ってなってたよね?」
「そうだな。それでな、あの集まりをもう1度やろうという話があるんだ」
「ええっ?!」
「要はもう1つの同窓会だな。あの時の語り部連中がもう1度集まって、あの時話せなかった別の怖い話をしてみようってヤツだ。な?どや?出るやろ?」
1:出る
2:出ない
3:考えさせてほしい
「……出るよ」
「そうこなくっちゃな!実はあの時の新聞部員……えー、何て言ったけん?坂……坂……何やったっか……」
「坂下君?」
「そう!坂下や!あいつもあの時と同じように、司会進行役で来てくれるって話だぞ!」
「そうなんだ」
「ん?何か、乗り気じゃなさそうだな?」
「あ、いや、その……」
「まあ、オマエも怖がりやったもんな。あの時もオマエ、随分と震えちょったけんね。まあ、心配せんでも、いざとなったらイブキが……って、今はおらんか。ま、とにかく、もう心配は無いってことはオマエも知ってるだろ?魔界の穴はもう塞いだんだからさ」
「う、うん……まあね」
どうして大河内がそんなことを知っているのか。
もちろん大河内もまた霊感が強い人間であり、しかもそれを力として攻撃できる技も併せ持っていた為、稲生や威吹などと組んで魔界の穴を塞いだことがある。
それからパタリと校内における怪奇現象は全て無くなってしまった。
七不思議どころでは済まない東京中央学園のミステリーも、全ては魔界の穴のせいであると、今の稲生なら全て信じることができる。
だから本来は、七不思議の企画をまた行っても何の危険も無いはずなのだが、稲生にとってはイリーナ達の言葉で、とても不安だったのである。
だが、何故か不思議と逃げる気もまた起きなかったのだ。