報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「稲生家の夜」

2018-05-31 21:36:27 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日18:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 宗一郎:「威吹君にイリーナ先生までお越しになるとは……!盆と正月が一緒に来たようですな!」

 役員車から急いで降りて来た宗一郎は、家の中に入ると驚嘆した様子だった。
 もちろん、威吹やイリーナが一泊することは既に伝え済みではあったのだが……。

 当然ながら、この2人の歓迎会が行われた。

 宗一郎:「威吹君には前々から渡したい物があったんだよ」
 威吹:「渡したい物?それは何でござるか?」

 宗一郎が出したのは、化粧箱に入った金時計だった。

 宗一郎:「昔は勇太の護衛だけでなく、魑魅魍魎迫り来る我が家を守ってもらう為の契約の品として銀時計を送らせてもらった。今回は金時計を送らせてもらう」
 稲生:(時計が2個あっても、あんまり嬉しくないんじゃ?)
 威吹:「御尊父殿。某(それがし)は既に銀時計を1つ頂戴した。如何に御尊父のお気持ちと言えど、某には無条件でこれを受け取る理由が見当たりませぬ。ここは1つ、お気持ちだけ頂くという……」
 宗一郎:「そうか。それは残念だ。時計の裏には明朝体でキミの名前を彫ってあるのだが」
 威吹:「如何に特注品と言えど、某には……」

 と、威吹が固辞していると……。

 宗一郎:「昔に渡した銀時計の色違いと言ってしまえばそれまでだ。だが、銀時計と全く一緒なんだ」
 威吹:「仰る意味が、よく……分かりかねまするが?」
 宗一郎:「勇太にも同じ物をプレゼントだ。まだ、誕生日プレゼントには早いがな」
 稲生:「えっ、僕にも!?」
 宗一郎:「勇太にも同じく、名前を彫ってある。威吹君とお揃いなのだが、実に残念だ。当の威吹君が要らないと言うのであれば……」
 威吹:「そういうことであれば、喜んで頂戴致しまする!」
 マリア:「『武士に二言はない』とか、昔言ってなかったか?」
 威吹:「オレは武士じゃねぇ!」

 威吹は人間より少し長い舌を出した。

 イリーナ:「あらあら。可愛いわねぇ……」

 イリーナは目を細めてワインを口に運んだ。

 宗一郎:「イリーナ先生にございましては、後ほど報酬の方をお支払い致しますので……」
 イリーナ:「契約満了まではまだ日がありますから、慌てなくて結構ですよ」

 そして、宗一郎はマリアにも何かを渡した。

 宗一郎:「女性に懐中時計というのは、いささかイメージが湧きませんでしたので、腕時計にしました。これでいかがでしょう?」

 化粧箱を開けると、中には女性用の腕時計が入っていた。

 マリア:「あ、ありがとうございます」

 色合いは稲生や威吹のもらった金時計と同じもの。
 だから、材質は同じなのだろう。
 こちらも文字盤の裏に、名前が彫られていた。
 但し、女性用腕時計は小さいので、フルネームは彫れない。
 マリアのイニシャルが彫られていた。

 イリーナ:「クロックワーカー(時を駆ける魔道師)の弟子として、相応しいものをもらえて良かったね」
 マリア:「え、ええ……」

 何故かマリアは複雑な顔をしていた。

[同日23:00.天候:晴 稲生家2F勇太の部屋]

 威吹:「さーて、明日も早いし。そろそろ寝ようか」

 威吹は稲生のベッドの横に布団を敷いて、就寝の準備をしていた。
 既にいつもの着物は脱いで、単衣だけになっている。

 稲生:「ねぇ、威吹」
 威吹:「何だい?」
 稲生:「夕食の時なんだけど、父さんから時計をもらったじゃない?」
 威吹:「ああ。ボクはあまり恩着せがましいことをされるのは嫌いなんだけど、ユタ絡みであるのなら話は別だよ。もちろん、大事に使わせて頂く」
 稲生:「それはいいんだけど、マリアさんはあんまり嬉しそうじゃなかったね」
 威吹:「ああ、なんだ。そんなことか。あの魔女も演技が下手だな」
 稲生:「演技?」
 威吹:「上手く付き合えば支援者になってくれるのがユタの父上だろ?あの魔女達にとって。だからこそ、例え嬉しくないものでも、好意でもらったら、もう少し嬉しそうな顔をすればいいのにさ」
 稲生:「欧米人はそういうところ、シビアだからねぇ……。でも、どうしてマリアさんは気に入らなかったんだろ?確かに、クロックワーカーの弟子として、時計は結構シンボリックなアイテムなんだ。もちろん、シンボリックなだけで、僕はまだ先生が時計を魔法具として使う所を見たことが無いけど……」
 威吹:「簡単な話さ」
 稲生:「えっ?」
 威吹:「あの魔女も、ボク達と同じ物が欲しかったのさ。特に、ユタとお揃いの物がね。複雑な顔をしたのは、もちろん御父上に対する気遣いもあったのだろうけど、ボクの時計ともお揃いになってしまうから、それは嫌だったのだろう。でも……という所じゃないか」
 稲生:「さすが既婚者。……あ、でも父さんもなんだけどな……」
 威吹:「ユタの父上は、まだユタとマリアの関係について、そこまで深くは考えていないのかもしれないな。気づいていないのか、或いは気づいているのだが、気づかないフリをしているか……」
 稲生:「そんな……」
 威吹:「ま、いずれにせよ、この贈答品に関しては、悪意は無いようだがな。ま、いいじゃないか。そろそろ寝よう」
 稲生:「う、うん」

 稲生は室内を消灯した。

[同日同時刻 天候:晴 稲生家1F客間]

 イリーナ:「さーて、明日は上の階のコ達に起こされないようにしなくちゃね。そろそろ寝ようか」

 客間に設置されたエアーベッドに横たわるイリーナ。
 マリアは隣の折り畳み式ベッドの上にいた。

 マリア:「…………」
 イリーナ:「マリア、いつまで不貞腐れてるの?いいじゃない。貰える物は貰っておきなって」
 マリア:「私は……まだ公認じゃなかったんですね」
 イリーナ:「そりゃま、正式な挨拶をしたわけじゃないんだから、そりゃしょうがないでしょ」
 マリア:「だからって!……何度も勇太と一緒に、こちらにお邪魔してるというのに……」
 イリーナ:「勇太君の御両親にとって、あなたよりも威吹君の方が付き合いが長いからね。そして、実際に威吹君は彼らからの信用を勝ち取る活躍をした。その成果でしょ。マリアはまだその成果を出していないんだから、これから出して行けばいいのよ?」
 マリア:「…………」
 イリーナ:「そういう高価な時計がもらえただけでも、ある程度の信用は得ているという証拠よ。信用できない者に、何か高価なものをあげたりしないでしょ?」
 マリア:「……もう寝ます」
 イリーナ:「はいはい、お休み」

 マリアは掛布団を頭から被って、不貞寝するような感じになった。

 イリーナ:「……ってことは、電気は私が消さなきゃならないってことね。若い弟子を持つと大変だわ」

 2階の稲生の部屋は、リモコンで照明の明るさが調整できるのだが、客間は違う。
 イリーナは渋々ベッドから出ると、天井から吊り下げられた照明器具の紐を引っ張って消灯した。

 イリーナ:(私の占いでは、マリアと勇太君の仲は……)

 心の中で言い切らぬうちにイリーナはベッドの中に入り、すぐに寝入ったのである。
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“大魔道師の弟子” 「大宮に到着」

2018-05-31 14:08:29 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日15:22.天候:曇 JR大宮駅]

 稲生達を乗せた列車は、順調に東北新幹線の上り線を走行していた。
 利根川の橋は、さすがに新幹線であってもトラス橋である。
 それを越えたら、すぐ左手にラウンドワンのボウリングのピンが見えて来る。
 更に南下すると東北自動車道と立体交差するが、夜間は高速道路のオレンジ色の街灯が整然と並んでいて実に神秘的な感じである。
 昼間は、ただ単に立体交差しただけという感じだが。
 もっと進むと、上越新幹線と北陸新幹線の共用線路が並行してくる。
 それだけではなく、埼玉新都市交通ニューシャトルの軌道もその横に付く。
 そうなると、大宮はもうまもなくだ。

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。まもなく、大宮です。上越新幹線、長野新幹線、高崎線、埼京線、川越線、京浜東北線はお乗り換えです。お降りの際はお忘れ物の無いよう、お支度ください。大宮の次は、上野に止まります〕

 稲生:「何だか、あっという間だったなぁ……」
 威吹:「さようだな」

 ところで、随分と中途半端な時間に帰る稲生達だと思う。
 それには理由があった。

 マリア:「師匠が到着したらしい。やっぱり、私達の方が遅かった」

 マリアは水晶球を見ながら言った。

 稲生:「ありゃりゃ。やっぱりそうですか。“はやぶさ”は満席で取れなかったんですよ」
 威吹:「……というよりは、3人まとまった席が取れなかっただけの話では?」
 稲生:「はははは……。まあ、そうなんだけど」
 マリア:「まあ、師匠のことだ。どうせ、アイスクリームでも食べながら待っているさ」
 稲生:「それもそうですね」
 威吹:「本当にいいのか、それで?」

 威吹が呆れる中、列車はホームに滑り込んだ。

〔「ご乗車ありがとうございました。大宮ぁ、大宮です。車内にお忘れ物の無いよう、ご注意ください。14番線に到着の電車は……」〕

 稲生達はホームに降り立った。

 威吹:「この駅に来るのも、久方ぶりだ……」

 威吹は懐かしそうに言った。
 不老不死同然の妖狐からしてみれば、それほど長い時を経たというわけではないのに、妙に威吹には懐かしく思えたようだ。

 稲生:「そうだね。じゃ、取りあえずイリーナ先生と合流しよう」

 ホームからコンコースに下り、そこから新幹線改札口を出る。

 稲生:「先生はどこにいらっしゃるでしょう?」
 マリア:「向こうのカフェで、アイスでも食べてるさ」

 マリアは東口を指さした。
 そこで稲生達、在来線コンコースの人波をかき分けるようにして東口に近い改札口を出た。
 これで完全に、松島海岸駅で買ったキップは全て回収されたことになる。

 マリア:「多分、あの店だ……」
 稲生:「最近、リニューアルされたカフェですね。あそこで作者が紹介された女性と会う度にフラれるそうです」

 こら!

 マリア:「あー、いたいた。師匠〜!」
 威吹:「相変わらず、暢気な婆さんだ」

 イリーナは若作りの魔法で、見た目30代半ばほどの女性の姿をしているのだが、威吹の目には誤魔化せなかったようだ。
 もっとも、威吹とて齢400年以上は過ぎているのだが。

 イリーナ:「マリアは心の中で、威吹君は実際に声を出して私の悪口を言ったわね?」
 マリア:「ええっ?!」
 威吹:「は?オレが?いつ?……え?いや、あんた婆さんだろ」
 イリーナ:「

 ガッコーン!(何故か威吹の頭上に金ダライが落ちて来た)

 威吹:「……いってぇ……!おい、コラ!」
 稲生:「威吹。イリーナ先生に、年齢のことを言うのは大変失礼なことなんだよ?」
 威吹:「妖狐の世界じゃ、齢4桁は既に老翁の域なんだがな!」

 威吹は頭を押さえながら文句を言った。

[同日16:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 稲生達は大宮駅からタクシーに乗って稲生家に向かった。
 魔道師達はリアシートに座り、威吹は助手席に座った。
 シートベルトを忘れずに締める辺りは、人間界にそれだけ長く住んでいたことの証であろう(アルカディアシティの辻馬車にはシートベルトは無い)。

 稲生:「すいません、そこでお願いします」
 運転手:「ここでよろしいですか」

 稲生は財布の中から料金を出そうとした。

 イリーナ:「いや、いいよ。アタシのカード使って」
 稲生:「あっ、すいません……」

 マリアがイリーナから預かったゴールドカードを出す。

 威吹:「懐かしいな……」

 威吹が先に降りて、稲生家を眺めた。

 稲生:「威吹、多分母さんは中にいると思うから、一緒に行こう」
 威吹:「おお、そうか」

[同日17:00.天候:晴 稲生家]

 威吹が勇太の母親の佳子に挨拶すると、佳子はとても驚いていた。
 客間はイリーナとマリアの師弟が使う為、威吹は勇太の部屋に布団を敷いて寝ることにした。

 稲生:「布団なら余ってるからね」
 威吹:「ふっ。本当に、懐かしいな」
 稲生:「そうだねぇ……」
 威吹:「ユタが顕正会を辞めたことで仏の加護が無くなったことを知った悪い妖(あやかし)共の襲撃が激しくなり、ボクが泊まり込んで護衛したこともあったな」
 稲生:「そうだね」

 高等妖怪たる妖狐・威吹の睨みにより、多くの中・下等妖怪達は稲生勇太襲撃を躊躇したが、それでも威吹の監視の隙を突いて勇太を襲おうとした者は多かった。

 威吹:「おお。2階のシャワールームはまだ稼働させているのか?」
 稲生:「そうなんだ。マリアさんが気に入ったみたいでね」
 威吹:「おいおい。急ごしらえの設備で、脱衣所は無いのだぞ?ユタが部屋にいても使うのか?」
 稲生:「そうなんだ」
 威吹:「ユタ」

 威吹はポンと勇太の肩を叩いた。

 威吹:「『据え膳食わぬは男の恥』という言葉について、今一度勉強しようか。この場合、女が無防備な姿で湯浴みをしていることに端を発し……」
 マリア:「おい!

 いつの間にか、マリアが勇太の部屋の前にいた。

 稲生:「あっ、マリアさん!?」
 マリア:「ディナーの前に、シャワーを使わせてもらうよ。……そこのアホ狐は首輪付けて、リードで繋いでおけ」
 威吹:「オレは犬か!」

 まあ、確かに狐はイヌ科の動物である。
 が、生態行動については、どちらかというとネコに近い。

 稲生:「あ、そうだ。威吹、もうすぐ17時だよ」
 威吹:「ぬ?というと……」
 稲生:「ほら、例のアレを」
 威吹:「おお、そうだったな」

 威吹は着物の懐から篠笛を取り出した。
 そして、軽業師のようにヒョイと2階の屋根の上に上がる。

 稲生:「始まるぞ。威吹の笛の独奏」

 本来なら他の和楽器とも合わせれば最高なのだが、威吹の場合は篠笛だけでも、相当の聴き心地がある。
 ヒマさえあれば笛を吹いていたのだが、いつの間にか毎日17時ということになった。
 この時ばかりは、他の妖怪達も勇太に手を出すのを止めたほどである。
 奇しくもこの時間は、威吹が人喰いを開始する時の合図で吹いていた時刻と同じであった。
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“大魔道師の弟子” 「上りの旅」

2018-05-29 18:56:50 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日13:20.天候:晴 JR仙台駅・仙石線→東北新幹線]

 稲生達を乗せた4両編成の仙石線電車は、205系3100番台で運転される。
 元は山手線や埼京線で運転されていた車両を転用したものを、仙石線用に改造して運用しているものだ。
 中にはセミクロスシートに改造された車両もあるのだが、稲生達はあいにくと往復共にその編成に当たることは無かった。
 鉄ヲタの稲生でさえ狙うことを諦めたのは、全編成が共通運用だからである。
 ところが一部、“マンガッタンライナー”と呼ばれる編成だけは専用車として運転されることがある。
 どんな編成かは、【Webで確認!】

〔「まもなく仙台、仙台です。お出口は、右側です。新幹線、東北本線、常磐線、仙山線、仙台空港アクセス線はお乗り換えです。仙台市地下鉄南北線と東西線ご利用のお客様は、次のあおば通駅でのお乗り換えが便利です」〕

 電車が仙台市内に入り、市街地近くの地下区間(仙台トンネル)に入ると車内が混み始めた。
 これだけ見ると、4両編成ではなく、6両編成は欲しいところ。
 利用者数だけ見れば、東武野田線(あえてアーバンパークラインとは言わない)に匹敵するのではと思う。

 稲生:「着きました」

 電車が到着すると、あちこちのドアからドアチャイムが流れる。
 タイミングがバラバラなのは、乗客がドアボタンを押した際にドアチャイムが流れるからだ。
 仙石線では全区間で半自動ドア扱いとなるが、仙台市内では全自動でも良さげな感じはする(あおば通駅での折り返しは除く)。
 この駅でぞろぞろと乗客が降りて行く。
 もちろん、稲生達も後から続いた。
 このホームでは専用の発車メロディをあおば通駅に譲っている為、発車ベル(電子電鈴)が流れる。
 まずは地上に出る必要がある為、エスカレーターで他の在来線コンコースに向かう。

〔ピンポーン♪ まもなく10番線に、下り電車が到着致します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください〕

 あおば通駅発の電車と入れ違うのだろう。
 地下ホームに、今しがた出て行った電車と、これからやってくる電車が風を巻き起こす。
 エスカレーターで地上に向かう威吹と袴とマリアのスカートが靡いた。
 威吹は特段気にしなかったが、マリアだけはスカートを押さえた。

 在来線コンコースに出ると、その賑わい方は電車が到着した時に限っては大宮駅のそれと大して変わらない。
 だが、電車が到着していない時は至って静かだ。
 で、そのコンコースの途中に新幹線乗換改札口がある。
 ここだけは静かだ。
 新幹線が到着していないからなのか、はたまたそんなに実は需要が無いのか……。

 稲生:「今度は新幹線特急券も一緒に突っ込みましょう」
 威吹:「承知!」

 在来線改札口よりも大きな新幹線改札機に全てのキップを投入し、今度は新幹線のコンコースに移る。
 ここからホームに上がるには、またエスカレーターや階段を上がらなくてはならない。
 但し、途中にはロビーのような待合所や売店が並んでいて……。

 威吹:「ユタ。まだ少し、時間あるかな?」
 稲生:「えっ?あー、まあ……。13時44分発だからね。トイレにでも行くの?」
 威吹:「いや、そうじゃない。ちょっと、欲しい物がある」
 稲生:「いいよ。ここでは全部Suicaが使えるから」

 稲生は自分のSuicaを威吹に渡した。

 威吹:「かたじけない」

 威吹はそう言って、ある売店に立ち寄った。
 そこで買ってきたものは……。

 マリア:「また食べる気か!?」

 マリアが目を丸くした。
 威吹が買って来たのは、牛タン弁当。
 これは仙台駅の駅弁でも特によく売れているものである為、いくつかのメーカーから色々な種類が出ている。
 で、そのうち威吹が買った物は、紐を引っ張ると温かくなるタイプのものだった。
 これ、実は仙台駅だけでなく、大宮駅でも売っていたりする。
 場所は【お察しください】。
 作者は確認していないが、どうも車販でも売っているらしい。
 威吹が目ざとく見つけて買って来るくらいなのだから、よほど人気なのだろう。

 威吹:「オマエも食べるか?」
 マリア:「いや、いいよ。ランチしたばっかりだし」
 稲生:「まあまあ。僕達の乗る列車、車販があるので、そこで何か買ってもいいですしね」

 と、稲生が言うと、マリアのローブのポケットの中からピョコッとミク人形とハク人形が顔を出した。

 威吹:「こ、こいつらは!?」
 稲生:「あー、そうか。いたんだな。すっかり忘れてたよ。いや、このコ達、車内販売と高速道路のサービスエリアで売ってるアイスが好きなんだ」
 威吹:「人形のくせに食べ物をねだるだと?生意気な人形だな」
 ミク人形:「
 ハク人形:「

 すると、ミク人形とハク人形は威吹に飛び掛かった。

 威吹:「うわなにをするやめr」
 稲生:「まあまあ、まあまあ」

 稲生がすぐに止めに入った。

 稲生:「ちゃんと後で買ってあげるから。威吹もここは1つ、黙ってて」
 威吹:「しょうがないな……」

 尚、特別編“ユタと森の魔女”(マリアとイリーナが初登場する物語)において、マリアの屋敷に進入した際、威吹が最初に蹴飛ばした人形というのがミク人形である。

 威吹:「はい、ありがとう」

 威吹は稲生にSuicaを返した。
 威吹としては目当ての物が買えたのだから、それで満足なのだろう。

 3人はエスカレーターで新幹線ホームに上がった。

[同日13:44.天候:晴 JR東北新幹線“やまびこ”142号10号車内]

〔14番線から、“やまびこ”142号、東京行きが発車致します。次は、白石蔵王に止まります。黄色い線まで、お下がりください〕

 ホームにオリジナルの発車メロディが鳴り響く。
 本当にオーケストラを録音したもので、“青葉城恋唄”をモチーフにしたものである。
 客終合図のブザーと共に、客用扉が閉められ、列車は定刻に発車した。

 稲生:「あ、そうだ。威吹」
 威吹:「何だい?」

 威吹は弁当の紐を引っ張っていた。
 すぐに弁当内部から、まるで電気ポットのお湯が沸くような音が聞こえてくる。
 それでも弁当容器には、紐を引っ張ってから7〜8分は待つようにという注意書きが添えられている。

 稲生:「キミ、目がいいだろ。反対側の窓から、保壽寺の霊園が見えないかな?もし見えたら、有紗の墓がどうなっているのか見て欲しいんだ」
 威吹:「何だ、そんなことか。お安い御用でござるよ」

 威吹は席を立つと、デッキに向かった。
 進行方向右側に例の霊園はあるのだが、稲生達が座っている3人席は反対側だ。
 しかし、2人席は何だかんだ言って窓側席は全て埋まっている。
 だから威吹はデッキに向かったのだろう。
 乗降ドアの窓から見るつもりだ。

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は、“やまびこ”号、東京行きです。途中の福島で、後ろに山形新幹線“つばさ”号を連結致します。次は、白石蔵王に止まります。……〕

 自動放送が流れている間、列車は件の霊園の横を通る。
 だが……。

 威吹:「ユタ、ダメだ。申し訳無い。ここからでは見えない」

 と、戻って来た威吹が申し訳無さそうに言った。

 稲生:「そうか。下り列車の左側窓からでないとダメか」
 マリア:「そんなに気になるんだったら、後で私が水晶球で見るよ?」
 稲生:「その手がありましたか。いえ、ちゃんとあの骨壺が警察に回収されたかなぁと思いまして」
 威吹:「回収されてなかったら、どうするつもりだ?」
 稲生:「そりゃ、僕が回収して青葉園に戻してあげたいよ。1番いいのは、日蓮正宗の墓地に埋葬してあげることなんだけどね」
 威吹:「それは却って火に油を注ぐことになるだろう。有紗殿は顕正会員として死んだ。生きてる人間なら諭して伏させることも可能だろうが、亡霊には無駄なことだ。だからこそ、回向というものが存在するのだろう」
 マリア:「それでもダメだったんだ。諦めな」

 マリアは少し苛立ったように言った。

 威吹:「そこの魔女の言う通りにしておいた方がいい。ボクからも忠告しておこう」
 稲生:「う、うん。分かったよ」

 列車は昼の日差しを浴びて、グングンと速度を上げて行った。
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“大魔道師の弟子” 「お侍さん」

2018-05-29 11:14:23 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日11:30.天候:晴 宮城県宮城郡松島町 観瀾亭→牛たん炭焼 利久]

 この時、稲生のツイッターにこんなことが書かれていたという。

『縁側でお茶とお菓子を頂く連れが、どう見てもお侍さんな件』

 画像には、縁台で茶を啜りながら茶菓子を手にする威吹がアップされていた。
 着物に袴、草履、そして脇に立て掛けている刀が……。

 稲生:「威吹、後で刀隠しておけよ」
 威吹:「スマン、すっかり忘れてた」
 外国人観光客A:「なあ、キミ。あのSAMURAIはキミの知り合いかい?
 マリア:「まあ、一応……
 外国人観光客B:「そりゃ凄い!是非、写真を撮らせてくれ!
 マリア:「どうぞご勝手に
 威吹:「何だ何だ?何だか、やたら南蛮人が増えて来たぞ!?」
 稲生:「キミがだいぶ目立ってるみたいだねぇ……」

 というわけで、威吹のティータイムはここで終了。

 マリア:「船であれだけゲーゲー吐いてたのに、よく食べれるなぁ……」
 威吹:「おかげで胃の中が空になった。妖狐にとって、胃が空のまま長時間放置しておくことは、イコール次は人喰いをするということだ。それを防止する為だ」
 稲生:「怖い怖い」
 マリア:「取って付けたような理由付けやがって……」

 因みに刀は再び扇子に変化させた。

 威吹:「ユタ。甘い物を食べたら、早速胃が元気になったでござる。早いとこ、例のあれを……」
 稲生:「はいはい」
 マリア:「普通、逆だろ?食事をたらふくしてから、『甘い物は別腹』だろ?」
 威吹:「一流の魔法使いは、小さなことに拘らないものでござるよ」
 マリア:「師匠と同じこと言うなァ……」
 威吹:「その師匠殿がオレにも言ったんだ」
 マリア:「あ、そう。あの師匠ならやりかねない」

 目当ての店は、すぐ近くにあった。

 稲生:「はい、牛タン専門店」
 威吹:「おおっ!」

 早速、店内に入る。

 稲生:「威吹は1番高いの頼んでいいよ。持ち合わせ、あったかな……
 威吹:「さようか!」

 威吹は1番牛タンの量が多い定食を注文し、稲生はぐるなびでオススメとなっているものをチョイスし、マリアは牛タンシチューにした。

 稲生:「これで威吹への御礼も済んだし、後は帰るだけだ」
 マリア:「最後に観光をすることになるとは、さすが勇太だね」
 威吹:「まあまあ。これも、前の女を忘れる為だ。オマエにとっても、けして悪い話ではないはずだ」
 マリア:「!」
 威吹:「ユタから聞いた話だが、今回の件は、あくまで河合有紗殿の亡霊がユタに襲い掛かって来たことが発端だろう?そして調べて行くうちに、有紗殿の遺骨が盗掘されたと。その遺骨は発見したし、その犯人と思しき者も、今は警察の手に掛かっている。有紗殿にあっては冥界側からの仕置きで、しばらく亜空間内にいることになった。これでもう2度と、有紗殿の悪霊がユタに襲い掛かることは無いはずだ。その後で少々物見遊山しても、罰は当たるまい?」
 稲生:「100パー、消化したわけじゃないけどね」
 威吹:「というと?」
 稲生:「マリアさんが警察に突き出した人って、本当に有紗のお姉さんだったのかなぁ……なんて」
 マリア:「私が指摘したら、特に否定はしていなかったぞ?」
 威吹:「うむ。『返答無きは認むるに同じ』と言うからな」
 稲生:「それにしても、100メートル先から狙撃してくるなんてねぇ……」
 威吹:「銃弾など、妖狐と魔女には効かぬということを知らなかった。その時点で、向こうの負けだ」

 もっとも、直接体に被弾したら大ダメージは避けられない。
 あくまで、鎧代わりの着物やローブを着ていたおかげだ。

[同日12:30〜12:42.天候:晴 JR松島海岸駅→JR仙石線先頭車内]

 昼食を終えた稲生達は、足早に松島海岸駅に向かった。
 もっとも、それとて徒歩圏内である。
 結構、徒歩圏内のみ移動したと言える。
 この松島海岸駅には、みどりの窓口がある。
 そこで稲生は帰りの乗車券だけでなく、新幹線の特急券も購入した。

 稲生:「良かった。指定席空いてた。仙台始発だからかな」
 威吹:「狙うねぇ……」

 威吹は笑みを浮かべた。
 これにはマリアも同意する。

 稲生:「乗車券だけ入れてね」
 威吹:「了解」

 こういう地方の駅でも、今や自動改札機導入の時代。
 改札口を通ると、すぐに階段を昇った。

 マリア:「あの海鳥、お土産に……」
 威吹:「まだ言うか」
 稲生:(ぬいぐるみだけでも買っておけば良かったかな……?)

〔ピンポーン♪ まもなく2番線に、上り電車が到着します。危ないですから、黄色い線の内側まで、お下がりください〕

 電車がやってくる。
 往路と同じ205系3100番台。
 しかし、この路線もやはり冥鉄電車の運行区域になっているという。
 もしかしたら、旧・宮城電鉄時代の車両も運行されているかもしれない。

 稲生:「山手線時代は、こんな海の見える所を走ることになろうとは思わなかったでしょうねぇ……」

 稲生はドアボタンを押しながら言った。
 1面2線の島式ホームで行き違い設備のある駅だが、特段対向電車の待ち合わせなどは無く、すぐに発車した。

〔「次は陸前浜田、陸前浜田です」〕

 緑色の座席に腰掛けながら、マリアは後ろを振り向いた。
 と、すぐにトンネルに入る。
 この辺りは短いながらも、断続的にトンネルの続く所なのである。

 稲生:「どうでした?海は……」
 マリア:「凄く新鮮だった。山ばかり見ていたから……。たまには、海もいい」

 マリアは笑みを浮かべて頷いた。
 そして、続けた。

 マリア:「さっき言ってた、あの……イブキと一緒に船に乗ったっていう話……」
 稲生:「東京湾フェリーですか?」
 マリア:「そう、それ。私も、そのルートで移動してみたい」
 稲生:「いいですよ。今度行きましょう」
 威吹:「いいのか?湾内が荒れてると、大変な目に遭うぞ?」
 マリア:「魔道師をナメるな。ちゃんと天気の良い日を選んで行くさ」
 稲生:「ハハハ……」

 電車は沿岸部の線路を突き進む。
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“大魔道師の弟子” 「日本三景」

2018-05-27 19:13:14 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日10:00.天候:晴 宮城県宮城郡松島町 松島観光遊覧船]

 稲生:「これからまた内陸暮らしになりますのでね、せっかくだから海の上を堪能しようかと」
 マリア:「それはいいプランだなー」

 だが、威吹だけは何故か青い顔をしていた。

 威吹:「ユタ……鉄道愛好者のキミが、どうしてこんなことを……?」
 稲生:「え?なに?どうしたの?」
 マリア:「もう出港だぞ。早く乗ろう」

 稲生はマリアに促され、威吹を引っ張って遊覧船に乗せた。
 どうやら10時の便は、稲生達が最後の乗船客らしい。
 稲生達を乗せると、すぐに出港した。

 稲生:「今日は天気がいいから、眺めもいいですよ」
 マリア:「ホントだ。なかなかこういうことは滅多に無い」

 大型船での運航ということだが、遊覧船にしては大型という意味で、定員は大体300人強といったところか。
 2層構造になっていて、より眺めの良い2階席は『グリーン席』として追加料金を徴収される。

 稲生:「昔はウミネコに餌付けできたらしいですね」
 マリア:「あの海鳥のことか。可愛いからお土産に持って帰りたいなー」
 稲生:「そうですねぇ……って、ええ!?」

 外国人観光客は、たまに突拍子も無い考えをすると稲生は思った。
 と……。

 稲生:「あれ?威吹は?」
 マリア:「向こうに行ったみたいだけど?」

 稲生とマリアは船尾甲板にいるが、マリアが指さした先は船室の方だった。

 稲生:「わざわざ中に入らなくても……。今日は天気がいいから、海風も気持ちいいのに……」

 その海風がバタバタとマリアのボブヘアを揺らす。
 稲生は船室の中に入った。
 2階席はテーブルを挟んで向かい合わせのソファ席となっているが、1階席は進行方向を向いたロングシートである。

 稲生:「威吹?何かあった?」

 平日なので乗客数は少なかった。
 そのロングシートを1つ占領するように、威吹が横になっていた。

 稲生:「威吹?」
 威吹:「ゆ、揺らすな……」
 稲生:「ど、どうしたの!?」
 威吹:「気持ち悪い……」
 マリア:「Motion sickness!?(乗り物酔い!?)」
 稲生:「ええっ!?」
 威吹:「ユタ……忘れたのか……?オレは……うっ!」

 威吹は口を押さえてトイレに走り込んだ。
 船橋から船室に入る途中にトイレがあり、ちゃんとそこはチェックしていたらしい。

 稲生:「あっちゃー……」
 マリア:「列車やバスは全く平気だったのに……」
 稲生:「悪いことしちゃったなー……。マリアさん、船酔いを治す魔法って無いですか?」
 マリア:「聞いたこと無いなぁ……。薬ならあるんだろうけど、今は持ってない」

 もちろん、酔い止めの薬は市販薬として実在する。

 マリア:「師匠のドラゴンに乗っても平気だったのに、船がダメなんて初めて聞いた」
 稲生:「ぼ、僕もです」

 稲生は基本的に乗り物は全てOKである。
 もちろん、作者の私もだ。
 但し、作者の同級生には鉄ヲタであるにも関わらず、自動車全般がダメで、必ずダウンするヤツがいた。
 作者はおかげでバスファンを兼業できることになったが、彼は未だに鉄専門である。

 威吹:「ユタ……ひどいよ……。これが初めてじゃなかったのに……」
 稲生:「ご、ゴメン!……初めてじゃない?」
 威吹:「うう……。昔、東京湾を横断する船に乗ったじゃないか……」
 稲生:「え……?あ……ああーっ!」

 稲生はその時思い出した。
 乗り鉄の一環として、南関東を一周したことがある。
 その際、千葉県から神奈川県に渡る時に東京湾アクアラインではなく、東京湾フェリーに乗ってみた。
 たまには違う交通機関に乗ってみるのもまた余興と思ったのだ。
 ところがその時、天候不順で湾内が荒れていた。
 フェリー自体は運航していたのだが、何しろ船内放送でなるべく船室にいるようにという注意が流れていたほどだ。
 稲生はそんな大揺れの船内でも酔うことは無かったが、威吹が思いっきりダウンしていた。
 その為、本来なら江ノ島も散策するつもりでいたのに、そのまま横須賀線で帰った記憶が蘇って来た。

 稲生:「ご、ゴメンよ!牛タン食べ放題でお詫びするからっ!」
 威吹:「だ、ダメだ……!今、食べ物の話をされると……うっ!」

 第2波が来たのか、再び威吹はトイレに駆け込んでしまった。

 マリア:「私は平気なんだけどな」
 稲生:「素晴らしいです」

[同日10:50.天候:晴 同町内 遊覧船乗降場]

 遊覧船自体は何事も無く無事に帰港した。

 稲生:「だ、大丈夫かい?威吹……」

 稲生は威吹に肩を貸しながら下船した。

 威吹:「とんだ拷問だ……。塩責めならぬ、潮責めか……」
 マリア:「あそこにレストハウスがある。そこで休もう」

 マリアが指さした所は観光協会のある建物だったが、レストハウスにもなっている。
 取りあえずそこに入って……。

 稲生:「はい、威吹。取りあえず、水」

 自販機で水のペットボトルを買って来た。

 威吹:「ありがとう……」
 マリア:「しょうがない。エーテルで良かったら1つやるよ」
 威吹:「かたじけない」

 エーテルはMPを全回復させるアイテムだったが、乗り物酔いにも効くのか?

 威吹:「ふう……。少し元気出たかな」
 マリア:「それは良かった。ポーションより高い薬だからな」
 稲生:「大丈夫かい?無理しなくていいんだよ?」
 威吹:「いや、大丈夫。それよりせっかく来たのだから、散策を楽しもうよ。まだ、昼餉には早いし」
 稲生:「そ、そうだね」

 ここは観光協会である。
 稲生は様々な案内の中から、適当に見繕うことにした。
 尚、お土産用の笹かまぼこだが、あれは何も仙台市内だけでの専売特許ではなく、この松島界隈でも焼きたてを食べることはできる。
 が、稲生の見繕いの中には入っていなかったようだ。

 稲生:「取りあえず、あと1ヶ所くらい回るか……」
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