[5月11日18:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]
宗一郎:「威吹君にイリーナ先生までお越しになるとは……!盆と正月が一緒に来たようですな!」
役員車から急いで降りて来た宗一郎は、家の中に入ると驚嘆した様子だった。
もちろん、威吹やイリーナが一泊することは既に伝え済みではあったのだが……。
当然ながら、この2人の歓迎会が行われた。
宗一郎:「威吹君には前々から渡したい物があったんだよ」
威吹:「渡したい物?それは何でござるか?」
宗一郎が出したのは、化粧箱に入った金時計だった。
宗一郎:「昔は勇太の護衛だけでなく、魑魅魍魎迫り来る我が家を守ってもらう為の契約の品として銀時計を送らせてもらった。今回は金時計を送らせてもらう」
稲生:(時計が2個あっても、あんまり嬉しくないんじゃ?)
威吹:「御尊父殿。某(それがし)は既に銀時計を1つ頂戴した。如何に御尊父のお気持ちと言えど、某には無条件でこれを受け取る理由が見当たりませぬ。ここは1つ、お気持ちだけ頂くという……」
宗一郎:「そうか。それは残念だ。時計の裏には明朝体でキミの名前を彫ってあるのだが」
威吹:「如何に特注品と言えど、某には……」
と、威吹が固辞していると……。
宗一郎:「昔に渡した銀時計の色違いと言ってしまえばそれまでだ。だが、銀時計と全く一緒なんだ」
威吹:「仰る意味が、よく……分かりかねまするが?」
宗一郎:「勇太にも同じ物をプレゼントだ。まだ、誕生日プレゼントには早いがな」
稲生:「えっ、僕にも!?」
宗一郎:「勇太にも同じく、名前を彫ってある。威吹君とお揃いなのだが、実に残念だ。当の威吹君が要らないと言うのであれば……」
威吹:「そういうことであれば、喜んで頂戴致しまする!」
マリア:「『武士に二言はない』とか、昔言ってなかったか?」
威吹:「オレは武士じゃねぇ!」
威吹は人間より少し長い舌を出した。
イリーナ:「あらあら。可愛いわねぇ……」
イリーナは目を細めてワインを口に運んだ。
宗一郎:「イリーナ先生にございましては、後ほど報酬の方をお支払い致しますので……」
イリーナ:「契約満了まではまだ日がありますから、慌てなくて結構ですよ」
そして、宗一郎はマリアにも何かを渡した。
宗一郎:「女性に懐中時計というのは、いささかイメージが湧きませんでしたので、腕時計にしました。これでいかがでしょう?」
化粧箱を開けると、中には女性用の腕時計が入っていた。
マリア:「あ、ありがとうございます」
色合いは稲生や威吹のもらった金時計と同じもの。
だから、材質は同じなのだろう。
こちらも文字盤の裏に、名前が彫られていた。
但し、女性用腕時計は小さいので、フルネームは彫れない。
マリアのイニシャルが彫られていた。
イリーナ:「クロックワーカー(時を駆ける魔道師)の弟子として、相応しいものをもらえて良かったね」
マリア:「え、ええ……」
何故かマリアは複雑な顔をしていた。
[同日23:00.天候:晴 稲生家2F勇太の部屋]
威吹:「さーて、明日も早いし。そろそろ寝ようか」
威吹は稲生のベッドの横に布団を敷いて、就寝の準備をしていた。
既にいつもの着物は脱いで、単衣だけになっている。
稲生:「ねぇ、威吹」
威吹:「何だい?」
稲生:「夕食の時なんだけど、父さんから時計をもらったじゃない?」
威吹:「ああ。ボクはあまり恩着せがましいことをされるのは嫌いなんだけど、ユタ絡みであるのなら話は別だよ。もちろん、大事に使わせて頂く」
稲生:「それはいいんだけど、マリアさんはあんまり嬉しそうじゃなかったね」
威吹:「ああ、なんだ。そんなことか。あの魔女も演技が下手だな」
稲生:「演技?」
威吹:「上手く付き合えば支援者になってくれるのがユタの父上だろ?あの魔女達にとって。だからこそ、例え嬉しくないものでも、好意でもらったら、もう少し嬉しそうな顔をすればいいのにさ」
稲生:「欧米人はそういうところ、シビアだからねぇ……。でも、どうしてマリアさんは気に入らなかったんだろ?確かに、クロックワーカーの弟子として、時計は結構シンボリックなアイテムなんだ。もちろん、シンボリックなだけで、僕はまだ先生が時計を魔法具として使う所を見たことが無いけど……」
威吹:「簡単な話さ」
稲生:「えっ?」
威吹:「あの魔女も、ボク達と同じ物が欲しかったのさ。特に、ユタとお揃いの物がね。複雑な顔をしたのは、もちろん御父上に対する気遣いもあったのだろうけど、ボクの時計ともお揃いになってしまうから、それは嫌だったのだろう。でも……という所じゃないか」
稲生:「さすが既婚者。……あ、でも父さんもなんだけどな……」
威吹:「ユタの父上は、まだユタとマリアの関係について、そこまで深くは考えていないのかもしれないな。気づいていないのか、或いは気づいているのだが、気づかないフリをしているか……」
稲生:「そんな……」
威吹:「ま、いずれにせよ、この贈答品に関しては、悪意は無いようだがな。ま、いいじゃないか。そろそろ寝よう」
稲生:「う、うん」
稲生は室内を消灯した。
[同日同時刻 天候:晴 稲生家1F客間]
イリーナ:「さーて、明日は上の階のコ達に起こされないようにしなくちゃね。そろそろ寝ようか」
客間に設置されたエアーベッドに横たわるイリーナ。
マリアは隣の折り畳み式ベッドの上にいた。
マリア:「…………」
イリーナ:「マリア、いつまで不貞腐れてるの?いいじゃない。貰える物は貰っておきなって」
マリア:「私は……まだ公認じゃなかったんですね」
イリーナ:「そりゃま、正式な挨拶をしたわけじゃないんだから、そりゃしょうがないでしょ」
マリア:「だからって!……何度も勇太と一緒に、こちらにお邪魔してるというのに……」
イリーナ:「勇太君の御両親にとって、あなたよりも威吹君の方が付き合いが長いからね。そして、実際に威吹君は彼らからの信用を勝ち取る活躍をした。その成果でしょ。マリアはまだその成果を出していないんだから、これから出して行けばいいのよ?」
マリア:「…………」
イリーナ:「そういう高価な時計がもらえただけでも、ある程度の信用は得ているという証拠よ。信用できない者に、何か高価なものをあげたりしないでしょ?」
マリア:「……もう寝ます」
イリーナ:「はいはい、お休み」
マリアは掛布団を頭から被って、不貞寝するような感じになった。
イリーナ:「……ってことは、電気は私が消さなきゃならないってことね。若い弟子を持つと大変だわ」
2階の稲生の部屋は、リモコンで照明の明るさが調整できるのだが、客間は違う。
イリーナは渋々ベッドから出ると、天井から吊り下げられた照明器具の紐を引っ張って消灯した。
イリーナ:(私の占いでは、マリアと勇太君の仲は……)
心の中で言い切らぬうちにイリーナはベッドの中に入り、すぐに寝入ったのである。
宗一郎:「威吹君にイリーナ先生までお越しになるとは……!盆と正月が一緒に来たようですな!」
役員車から急いで降りて来た宗一郎は、家の中に入ると驚嘆した様子だった。
もちろん、威吹やイリーナが一泊することは既に伝え済みではあったのだが……。
当然ながら、この2人の歓迎会が行われた。
宗一郎:「威吹君には前々から渡したい物があったんだよ」
威吹:「渡したい物?それは何でござるか?」
宗一郎が出したのは、化粧箱に入った金時計だった。
宗一郎:「昔は勇太の護衛だけでなく、魑魅魍魎迫り来る我が家を守ってもらう為の契約の品として銀時計を送らせてもらった。今回は金時計を送らせてもらう」
稲生:(時計が2個あっても、あんまり嬉しくないんじゃ?)
威吹:「御尊父殿。某(それがし)は既に銀時計を1つ頂戴した。如何に御尊父のお気持ちと言えど、某には無条件でこれを受け取る理由が見当たりませぬ。ここは1つ、お気持ちだけ頂くという……」
宗一郎:「そうか。それは残念だ。時計の裏には明朝体でキミの名前を彫ってあるのだが」
威吹:「如何に特注品と言えど、某には……」
と、威吹が固辞していると……。
宗一郎:「昔に渡した銀時計の色違いと言ってしまえばそれまでだ。だが、銀時計と全く一緒なんだ」
威吹:「仰る意味が、よく……分かりかねまするが?」
宗一郎:「勇太にも同じ物をプレゼントだ。まだ、誕生日プレゼントには早いがな」
稲生:「えっ、僕にも!?」
宗一郎:「勇太にも同じく、名前を彫ってある。威吹君とお揃いなのだが、実に残念だ。当の威吹君が要らないと言うのであれば……」
威吹:「そういうことであれば、喜んで頂戴致しまする!」
マリア:「『武士に二言はない』とか、昔言ってなかったか?」
威吹:「オレは武士じゃねぇ!」
威吹は人間より少し長い舌を出した。
イリーナ:「あらあら。可愛いわねぇ……」
イリーナは目を細めてワインを口に運んだ。
宗一郎:「イリーナ先生にございましては、後ほど報酬の方をお支払い致しますので……」
イリーナ:「契約満了まではまだ日がありますから、慌てなくて結構ですよ」
そして、宗一郎はマリアにも何かを渡した。
宗一郎:「女性に懐中時計というのは、いささかイメージが湧きませんでしたので、腕時計にしました。これでいかがでしょう?」
化粧箱を開けると、中には女性用の腕時計が入っていた。
マリア:「あ、ありがとうございます」
色合いは稲生や威吹のもらった金時計と同じもの。
だから、材質は同じなのだろう。
こちらも文字盤の裏に、名前が彫られていた。
但し、女性用腕時計は小さいので、フルネームは彫れない。
マリアのイニシャルが彫られていた。
イリーナ:「クロックワーカー(時を駆ける魔道師)の弟子として、相応しいものをもらえて良かったね」
マリア:「え、ええ……」
何故かマリアは複雑な顔をしていた。
[同日23:00.天候:晴 稲生家2F勇太の部屋]
威吹:「さーて、明日も早いし。そろそろ寝ようか」
威吹は稲生のベッドの横に布団を敷いて、就寝の準備をしていた。
既にいつもの着物は脱いで、単衣だけになっている。
稲生:「ねぇ、威吹」
威吹:「何だい?」
稲生:「夕食の時なんだけど、父さんから時計をもらったじゃない?」
威吹:「ああ。ボクはあまり恩着せがましいことをされるのは嫌いなんだけど、ユタ絡みであるのなら話は別だよ。もちろん、大事に使わせて頂く」
稲生:「それはいいんだけど、マリアさんはあんまり嬉しそうじゃなかったね」
威吹:「ああ、なんだ。そんなことか。あの魔女も演技が下手だな」
稲生:「演技?」
威吹:「上手く付き合えば支援者になってくれるのがユタの父上だろ?あの魔女達にとって。だからこそ、例え嬉しくないものでも、好意でもらったら、もう少し嬉しそうな顔をすればいいのにさ」
稲生:「欧米人はそういうところ、シビアだからねぇ……。でも、どうしてマリアさんは気に入らなかったんだろ?確かに、クロックワーカーの弟子として、時計は結構シンボリックなアイテムなんだ。もちろん、シンボリックなだけで、僕はまだ先生が時計を魔法具として使う所を見たことが無いけど……」
威吹:「簡単な話さ」
稲生:「えっ?」
威吹:「あの魔女も、ボク達と同じ物が欲しかったのさ。特に、ユタとお揃いの物がね。複雑な顔をしたのは、もちろん御父上に対する気遣いもあったのだろうけど、ボクの時計ともお揃いになってしまうから、それは嫌だったのだろう。でも……という所じゃないか」
稲生:「さすが既婚者。……あ、でも父さんもなんだけどな……」
威吹:「ユタの父上は、まだユタとマリアの関係について、そこまで深くは考えていないのかもしれないな。気づいていないのか、或いは気づいているのだが、気づかないフリをしているか……」
稲生:「そんな……」
威吹:「ま、いずれにせよ、この贈答品に関しては、悪意は無いようだがな。ま、いいじゃないか。そろそろ寝よう」
稲生:「う、うん」
稲生は室内を消灯した。
[同日同時刻 天候:晴 稲生家1F客間]
イリーナ:「さーて、明日は上の階のコ達に起こされないようにしなくちゃね。そろそろ寝ようか」
客間に設置されたエアーベッドに横たわるイリーナ。
マリアは隣の折り畳み式ベッドの上にいた。
マリア:「…………」
イリーナ:「マリア、いつまで不貞腐れてるの?いいじゃない。貰える物は貰っておきなって」
マリア:「私は……まだ公認じゃなかったんですね」
イリーナ:「そりゃま、正式な挨拶をしたわけじゃないんだから、そりゃしょうがないでしょ」
マリア:「だからって!……何度も勇太と一緒に、こちらにお邪魔してるというのに……」
イリーナ:「勇太君の御両親にとって、あなたよりも威吹君の方が付き合いが長いからね。そして、実際に威吹君は彼らからの信用を勝ち取る活躍をした。その成果でしょ。マリアはまだその成果を出していないんだから、これから出して行けばいいのよ?」
マリア:「…………」
イリーナ:「そういう高価な時計がもらえただけでも、ある程度の信用は得ているという証拠よ。信用できない者に、何か高価なものをあげたりしないでしょ?」
マリア:「……もう寝ます」
イリーナ:「はいはい、お休み」
マリアは掛布団を頭から被って、不貞寝するような感じになった。
イリーナ:「……ってことは、電気は私が消さなきゃならないってことね。若い弟子を持つと大変だわ」
2階の稲生の部屋は、リモコンで照明の明るさが調整できるのだが、客間は違う。
イリーナは渋々ベッドから出ると、天井から吊り下げられた照明器具の紐を引っ張って消灯した。
イリーナ:(私の占いでは、マリアと勇太君の仲は……)
心の中で言い切らぬうちにイリーナはベッドの中に入り、すぐに寝入ったのである。