かにばりず「む」→「む」らきよしろう(村木与四郎)
映画の内容ではなく、その技術を解説する―となった場合、自信がある順に挙げると・・・
(1)脚本
(2)演出
(3)撮影
(4)編集
(5)演技
(6)音響
その次に、やっと「美術」がくるかな。
つまり得意というわけではないが、専門学校時代には日本映画史に名を刻む名美術監督に教えを乞うていた。
低予算という縛りのなかでこそ輝く、木村威夫である。
鈴木清順のパートナーとして有名だが、木村先生による自分の採点は最も低い「C」、
「君は脚本ばかりに興味を注ぎ過ぎていて、リアリティというものがどう生まれるのか考えたことがないんだろう」
と評されたこともあるほどの落第生だった。
そんな自分でも、もちろん「あ、この映画の美術は凄いな」と思うことがあって、上位みっつを挙げるとするならば・・・
木村威夫が手がけた『ツィゴイネルワイゼン』(80)、
溝口健二の完璧主義が冴える『近松物語』(54)、
そして、ヒロインの部屋の造りに感心した『ゴーストワールド』(2001)となる。
黒澤信者ではあるものの、
脚本や演出、カメラばかりに興味がいく自分は、黒澤映画における美術について感心を持つことが「あまり」なかった、、、ような気がする。
それでも『赤ひげ』(65…トップ画像)や『どですかでん』(70)の美術は目を引き、
ただ美術監督がどうこうというより、画家も顔負けの絵コンテを描いていた黒澤が凄いだけなんじゃないか・・・などと思っていたものだった。
村木与四郎は、そんな黒澤組で美術を担当していたクリエイター。
そのキャリアの8割が黒澤印というのだから、そーとーな信頼関係で結ばれていたのだと思う。
リアリティというものがどう生まれるのか―木村先生のことばを理解出来たのは、学校を卒業してからのこと、、、だったかもしれない。
たとえば、何度も観返していたはずの傑作『アマデウス』(84)。
真の主人公サリエリが「神は自分を見放した」と感じ、部屋の十字架を外すシーンがある。
サリエリの自宅の壁に、くっきりと残る十字架の「痕」―この部分だけ壁の色がちがっているのだが、それだけでサリエリが敬虔な信者であることが「よく」分かる。
分かると書いたが、この何気ないショットに気づいたのは24歳くらいのことだった。
派手なセットや変わった小道具だけが映画美術じゃない、こういう細かいところに「こそ」リアリティが宿る、ということなんだろう。
『ダイ・ハード』(88)で非常階段に「巨乳のグラビアポスター」が貼ってあるのも、
『ターミネーター2』(91)で、T-1000がマネキンと対峙するのも、
美術監督の仕事というわけである。
自分のような美術「シロート」でもハッとする、村木与四郎の「どえらい」仕事。
54年、『七人の侍』の旗……まだ村木は監督「助手」だったけれど
57年、『蜘蛛巣城』の「おどろおどろしい」雰囲気創り……特撮シーンは、円谷英二が協力
57年、『どん底』の「おんぼろ」長屋
65年、『赤ひげ』の診療所
70年、『どですかでん』のすべて
85年、『乱』のすべて
たまには「そういう観かた」をしても、いいと思いません?
あすのしりとりは、
むらきよしろ「う」→「う」らじみーる・なぼこふ。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(8)』
映画の内容ではなく、その技術を解説する―となった場合、自信がある順に挙げると・・・
(1)脚本
(2)演出
(3)撮影
(4)編集
(5)演技
(6)音響
その次に、やっと「美術」がくるかな。
つまり得意というわけではないが、専門学校時代には日本映画史に名を刻む名美術監督に教えを乞うていた。
低予算という縛りのなかでこそ輝く、木村威夫である。
鈴木清順のパートナーとして有名だが、木村先生による自分の採点は最も低い「C」、
「君は脚本ばかりに興味を注ぎ過ぎていて、リアリティというものがどう生まれるのか考えたことがないんだろう」
と評されたこともあるほどの落第生だった。
そんな自分でも、もちろん「あ、この映画の美術は凄いな」と思うことがあって、上位みっつを挙げるとするならば・・・
木村威夫が手がけた『ツィゴイネルワイゼン』(80)、
溝口健二の完璧主義が冴える『近松物語』(54)、
そして、ヒロインの部屋の造りに感心した『ゴーストワールド』(2001)となる。
黒澤信者ではあるものの、
脚本や演出、カメラばかりに興味がいく自分は、黒澤映画における美術について感心を持つことが「あまり」なかった、、、ような気がする。
それでも『赤ひげ』(65…トップ画像)や『どですかでん』(70)の美術は目を引き、
ただ美術監督がどうこうというより、画家も顔負けの絵コンテを描いていた黒澤が凄いだけなんじゃないか・・・などと思っていたものだった。
村木与四郎は、そんな黒澤組で美術を担当していたクリエイター。
そのキャリアの8割が黒澤印というのだから、そーとーな信頼関係で結ばれていたのだと思う。
リアリティというものがどう生まれるのか―木村先生のことばを理解出来たのは、学校を卒業してからのこと、、、だったかもしれない。
たとえば、何度も観返していたはずの傑作『アマデウス』(84)。
真の主人公サリエリが「神は自分を見放した」と感じ、部屋の十字架を外すシーンがある。
サリエリの自宅の壁に、くっきりと残る十字架の「痕」―この部分だけ壁の色がちがっているのだが、それだけでサリエリが敬虔な信者であることが「よく」分かる。
分かると書いたが、この何気ないショットに気づいたのは24歳くらいのことだった。
派手なセットや変わった小道具だけが映画美術じゃない、こういう細かいところに「こそ」リアリティが宿る、ということなんだろう。
『ダイ・ハード』(88)で非常階段に「巨乳のグラビアポスター」が貼ってあるのも、
『ターミネーター2』(91)で、T-1000がマネキンと対峙するのも、
美術監督の仕事というわけである。
自分のような美術「シロート」でもハッとする、村木与四郎の「どえらい」仕事。
54年、『七人の侍』の旗……まだ村木は監督「助手」だったけれど
57年、『蜘蛛巣城』の「おどろおどろしい」雰囲気創り……特撮シーンは、円谷英二が協力
57年、『どん底』の「おんぼろ」長屋
65年、『赤ひげ』の診療所
70年、『どですかでん』のすべて
85年、『乱』のすべて
たまには「そういう観かた」をしても、いいと思いません?
あすのしりとりは、
むらきよしろ「う」→「う」らじみーる・なぼこふ。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『シネマしりとり「薀蓄篇」(8)』