Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

にっぽん男優列伝(290)福士蒼汰

2015-08-11 05:34:52 | コラム
93年5月30日生まれ、22歳。
東京出身。

公式サイト

今年知り合った若い女子に「好みの男性は?」と聞くと、オーバーではなく、その8割が「福士蒼汰くん♪」と答えました。

福士蒼汰(ふくし・そうた)、おそるべし。
あんまり注目していなかったものだから、動揺し、どんなひとなんだろうといろいろ調べました。

「どこがいいの? 顔?」
「・・・も、そうだけど、優しそう」
「俺も、優しそうっていわれるけどね」
「それはそうかも、、、だけど、牧野さんの場合は、裏がありそうなんだもの」

あぁそうですか。

まぁ、確かに裏があるけどね。
ただ、裏があり過ぎて、裏の裏の裏の裏…だから、結果、表になるのかもしれないし。

すいません、チューネンの僻みです。
こんなイケメンと競い合ってもしょうがないですね。
ともかく福士くんは若い女子に大人気、ただ俳優としては、まだ22歳ですし、これからなのでしょうねぇ。。。




<経歴>

ファッション誌に載った1枚の写真を見たスカウトマンがコンタクトを取り、芸能事務所に所属する。

テレビドラマで俳優デビューを飾り、
2011年の9月に『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日)の主人公に抜擢されて注目株となる。



映画俳優デビュー作は、『劇場版 仮面ライダーオーズ WONDERFUL 将軍と21のコアメダル』(2011)。

以下、ライダーシリーズとして・・・
『仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGA MAX』(2011)、
『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』(2012)、
『仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!』(2012)
『仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム』(2012)、
『仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z』(2013)。

・・・さすがにすべては観ていませんが、「みんなで宇宙キターッ!」は面白かったです笑


『ぼくが処刑される未来』(2012)、『図書館戦争』(2013)、『江ノ島プリズム』(2013)、
どう観ていいのかさえ分からなかった『好きっていいなよ。』(2014)、ヒーロー映画をパロディに仕立てた快作『イン・ザ・ヒーロー』(2014)、『神さまの言うとおり』(2014)、
『ストロボ・エッジ』(2015)、
そして最新作が、10月公開の『図書館戦争 THE LAST MISSION』。


まぁ放っておいても売れるひとなので、とくにいうことがありません。

・・・って、べつに嫌いなわけじゃないですよ笑

…………………………………………

明日のコラムは・・・

『にっぽん男優列伝(291)福本清三』
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昔の話だ。いまは我々と同じく、小便するために深夜に目を覚ます。

2015-08-10 07:54:34 | コラム
A「誰か、この刑務所の構造に詳しいものは居ないのか」
B「・・・ひとり、心当たりが」
C「・・・あいつを出所させる? 二度も脱獄した、あいつを!?」
B「緊急事態じゃないか」
C「あのときも、そんなことをいって、まんまと逃げられた」
B「じゃあ、ほかに居るのか」
C「ともかく、あいつだけはダメだ。元スパイで、脱獄のプロだぞ」

B「昔の話だ。いまは我々と同じく、小便するために深夜に目を覚ます」

~映画『ザ・ロック』(96)より~

…………………………………………

元々が「やや」不眠症の気質なのだが、ここ最近、夜に何度も目を覚ます。

ビールばっかり呑んでいるからだろう、小便が近いというのもあるし、喉が異常に乾いているというのもあるし。

ふらふらの体で便座に座り、スマホをいじりながら小便をする。
(そう自分は、可能なかぎり座って小便をする)

冷蔵庫を開け、その前にしゃがみ込み、冷たい麦茶をごくごくと。
(ごめん、節電出来ていない)

で、再びベッドにごろん。

この繰り返しで、あっという間に朝を迎える。


この暑さのせいだ―と、カミュが創り出した主人公を真似てみたい気持ちもあるし、実際そうなのかもしれないが、
いやいやそれだけではなかろう、たぶんトシを取ったのだ、、、と。

その証拠に、べつに熱帯夜ではないとしても目が覚めるようになったし。

『ザ・ロック』で、「じじい」呼ばわりされるメイソン(ショーン・コネリー)と同じということか。

まぁ、あのキャラと同じと評されるのであれば名誉なことである。

彼は「初めて会った」娘に、こういう。

「―お前は、俺という人間が存在したことを証明する、唯一の存在なんだ」
「なによ、いまさら。遅過ぎるわ」
「・・・お前と会ったときの台詞を何遍も(獄中で)練習してきたのに、このザマだ」

「これだけは信じてくれ、俺は、悪い人間ではない」

マイケル・ベイが手がけたから雑な創りの映画だが、それでも見どころが多くて何度も観返したくなるのは、コネリーやエド・ハリスが演じたキャラクターに深みがあったから、、、なのではないかな。


話を戻す。


そういえば。
大食漢であることは未だ否定しないが、昔ほどは喰えなくなったことはたしか。

小便も精子もキレが悪い。
終わったと思った数秒後に、残り汁がタラリトロリと出来たりさ!

いっつも痰がからんでいるような気もする。

専門とする映画の作品名や人名がサッと出てこなくなった。

トシといっても、まだ40代だぜコノヤロウ、衰え? が早いのは、あるいは食生活が原因かもしれない。酒が原因かもしれない。煙草が原因かもしれない。自慰のし過ぎも、ひょっとしたら・・・。

などと考えるも、それを改善しようとは(いまのところ)思わない。

これで完全に食欲が止まったり、酒を美味と感じなくなったり、それこそEDになってしまったら、急になんとかしようとするのだろうけれども。


とりあえずは、様子見ということで。

秋になっても冬になっても同じような症状であれば、少しは考えるようになるだろう。





…………………………………………

明日のコラムは・・・

『にっぽん男優列伝(290)福士蒼汰』

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏の映画の偏差値表

2015-08-09 05:24:58 | コラム
夏の映画が出揃ったので、偏差値でランキングをつけてみる。


<ランクA ~偏差値70~>

『野火』

大岡昇平の戦争文学を、インディーズの雄・塚本晋也が執念の映画化。



手加減なしの濃密な90分は、空虚な180分の大作以上に疲労困憊になる。

<ランクB ~偏差値60後半~>

『この国の空』

脚本家・荒井晴彦が久し振りにメガホンを持った力作。



戦後70年だからか、今夏は戦争を扱った日本映画が目立つが、兵士であったり市井の民であったり政治家であったりと、主人公が「かぶっていない」ので、それぞれ等しく観る価値がある、、、と思う。

<ランクC ~偏差値60前半~>

『ジュラシック・ワールド』

(少なくとも)スピルバーグが撮った第二弾よりも、出来がいい。
テクノロジーの進化ではなく、サービス精神の過剰さに感心した。

『バケモノの子』

前作には及ばぬが、なんとなく「ポスト宮崎駿」の立場になってしまった細田守という男の覚悟が感じられ、好感が持てる・・・というか、応援したくなってしまうのだ。

<ランクD 偏差値50>

『日本のいちばん長い日』

長さを感じさせない、緩急をつけた演出がよかった。
モックンの昭和天皇も、悪くない。

『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』

トム・クルーズの「ひとりサーカス」を見せられている気分だが、では凡庸かといえば、そんなこともない。



まったくもって、一流のサーカスなのである。

<ランクE 偏差値40>

『進撃の巨人』

公開前から「否」の目立った作品だが、原作と無縁の人間からすれば、まあまあ楽しめた。

大絶賛! というわけにはいかないが、特撮部分におおいに感心。









<ランクF 偏差値30前半>

『HERO』

チンカス。

いや、チンカス以下か。

とりあえず、コンジロームと評しておこう。
つまり性病と同じくらい厄介で、有害な映画であると。





…………………………………………

明日のコラムは・・・

『昔の話だ。いまは我々と同じく、小便するために深夜に目を覚ます。』

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シネマしりとり「薀蓄篇」(132)

2015-08-08 06:07:56 | コラム
くろさわあき「ら」→「ら」いくーだー(ライ・クーダー)

映画に関わる作曲家で、好きなひとを何人か挙げてみよう。

デヴィッド・リンチの映画には欠かせない、アンジェロ・バタラメンティ。




来日公演を控える、ティム・バートン組のダニー・エルフマン。



コーエン兄弟のスコアを担当しつづける、カーター・バーウェル。

大作に欠かせないエンニオ・モリコーネ、
ハリウッド産の半分はこのひとが手がけているのかも・・・と思わせるほど人気のあるハンズ・ジマーも嫌いじゃない。




もちろんジョン・ウィリアムスも、
坂本龍一も、
マイケル・ナイマンも、
ヴァンゲリスも、
久石譲も、
バーナード・ハーマンも・・・って、よい映画音楽を「ひとつでも」手がけたことがあるひとであれば、みんな好きだ。


専門ではないが、ときどき映画音楽を手がけるミュージシャンも居る。

意外だったのが「ナイン・インチ・ネイルズ」のボーカル、トレント・レズナーで、このひとは誰かの指揮下で仕事が出来ないような人間性なのでは・・・? と勝手に思っていたのだが、盟友デヴィッド・フィンチャーの作品でサウンドトラックを担当するようになった。

(そして、オスカーまで取っちゃった!!)

ギタリストのライ・クーダーも、そんなひとり。

現在68歳、義眼の名ギタリスト。
映画との関わりは、ヴィム・ヴェンダースとウォルター・ヒル作品におけるサウンドトラックで有名。

ヴェンダースは音楽への造詣が深いし、交流関係も多岐にわたる・・・から、納得。
しかし、THE男のヒルとの関係性がいまひとつピンとこない。

クラスメイトだったのかしら? と思ってしまうほどにヒルとの共通点が浮かばないのだが、それは作品にも反映されていて。

ヴェンダースとの相性はバツグンで、『パリ、テキサス』(84)なんて、クーダーの音楽がなければ星がひとつ減ってしまうくらいだと思う。





いっぽう、ヒルと組んだ『ラストマン・スタンディング』(96)なんて、音楽は崇高なのに内容がクソミソに過ぎて、クーダーの存在が浮きまくってしまっているのだ。


恋愛みたいなことをいうが・・・
これって、どっちのためにもなっていないような気がするのだけれど、クーダー自身は、それでいいのかな??

・・・って、ここまでいうと、ヒルが可哀想か。

誤解なきように書いておけば、ヒルの映画は好きなのよ。


次回のしりとりは・・・
らいくー「だー」→「だー」れんあろのふすきー。

…………………………………………

明日のコラムは・・・

『夏の映画の偏差値表』

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シネマしりとり「薀蓄篇」(131)

2015-08-07 10:01:04 | コラム
まんぷ「く」→「く」ろさわあきら(黒澤明)

自宅でのブルーレイあるいはDVD鑑賞で、新作に触れることはない。

いつも決まって、すでに観たことのある作品ばかりを選ぶ。
つまり、2度目3度目の鑑賞に堪え得る作品だけを流していると。

スコセッシと黒澤とリンチとイマヘイと。
大体、この4人の監督たちで8割を占めている。

スコセッシなら『タクシードライバー』(76)と『グッドフェローズ』(90)、
リンチなら『ツイン・ピークス』(90~91)、
イマヘイなら『豚と軍艦』(61)と『復讐するは我にあり』(79)、
そして黒澤なら『酔いどれ天使』(48)と『悪い奴ほどよく眠る』(60)と『天国と地獄』(63)。

リンチとイマヘイに関していえば、何度観ても面白いから観ている―これに尽きる。

スコセッシと黒澤に関していえば、その技術に感心したり打ちのめされたり圧倒されるから観ている―もっといえば、羨望と畏怖の対象、、、みたいなところがあるのだと思う。

たとえばそれは、漱石の『それから』にも通ずるところがあって。
朝日新聞で「再」掲載中だが、まもなく最終回を迎える。

自分は1日の掲載分を繰り返し繰り返し読んでいるのだが、その度に、絶望にも似た深くて暗い感動を覚える。
漱石の表現が完璧に過ぎて、もうイヤになってしまうのである。
その感覚が、スコセッシと黒澤の映画にはある。

つまり自分にとっての優れた映画や小説というものは、自分のことを「ちっぽけ」で「しょーもない」凡人であることを気づかせてくれる「技巧を放つ」作品であるということ。




自分と黒澤の出会いは、『乱』(85)であった。
父親に連れられて、場末の劇場で鑑賞した。

小学生であったからか、物語はよく分からなかったが、なんけすげー! と思った。

つづく『夢』(90)と『八月の狂詩曲』(91)は、自分の意思で前橋の劇場まで観に行った。

『夢』はゴッホ役でスコセッシが出ているし、映像も美しく、飽きることはなかった。
しかし『八月の狂詩曲』は、リチャード・ギアがヘンな日本語を喋っているし、すでにビデオで中期の傑作『生きものの記録』(55)に触れていたこともあって、感心しなかった。

つまり自分が映画小僧になったとき、すでに黒澤は晩年のひとであった。

だから高校時代にレンタルビデオ店に通い、「黒澤が、熱かったころ」の作品に触れた。
ビデオでもそのすごさは感じられたが、上京後、ミニシアターで企画される黒澤特集で初めてフィルム版と対峙し、その熱さにやられ「運よく、絶望することが出来た」のであった。


黒澤がすごいと思うところは、ふたつ。

<映像のダイナミズム>

『天国と地獄』における、身代金「受け渡し」ではなく「放り投げ」のシーンだとか。
『蜘蛛巣城』(57)と『用心棒』(61)のクライマックスだとか。

<緻密な脚本>

井上ひさしがいうように、『悪い奴ほどよく眠る』は冒頭で人間関係を簡潔に紹介する構造を取っている。
のちの物語をスムーズに進行させるこの技術に感心したコッポラは、『ゴッドファーザー』(72)で同じスタイルを用いたのであった。

主人公が「前半で死んでしまう」意表をつく『生きる』(52)に顕著だが、黒澤の脚本至上主義は徹底していて、ひとりより複数の「ひらめき」に期待していた。
だからほとんどの脚本を、「ふたり以上」で仕上げた。


信用のおけるパートナーが、周りに居た―黒澤の絶頂期はだから熱く、逆にいえば思うように新作を撮れなかったり、自死を試みたりした晩年の不幸は、三船や菊島隆三の不在によるところが大きかったのかな・・・単なる黒澤信者の自分は、そんな風に思うのであった。


※アルトマンやヴァーホーベンが黒澤を語る





あすのしりとりは・・・
くろさわあき「ら」→「ら」いくーだー。

…………………………………………

明日のコラムは・・・

『シネマしりとり「薀蓄篇」(132)』

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする