新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

5月6日 その2 国際情勢と日本

2017-05-06 11:04:44 | コラム
USA対DPRKの対立の中で我が国が果たせる役割は:

最近の国際情勢は極めて複雑であり、何処かの国が一歩判断を誤ると、何もアメリカ対北朝鮮の間のことだけではなく、未だ嘗てなかったような混乱が訪れるのではないかと思わせる状態にあると思う。少し古くなったが、アメリカがイラクのフセインを倒してしまった結果でもある中近東に蔓延るISとその対策、フランスやドイツやUK等の諸国で起きたテロとそれへの対策、と言うかイスラム教とその国への対応の難しさが際立っている。

その他には*UKのEUからの離脱が浮き彫りにしたEUの危うさ、UKの新政権が如何にして正式にEUから離脱することと、その後に起きるかも知れない混乱、*フランスの大統領選挙がどう出るか、*韓国の大統領選挙の結果次第では、現在のアメリカ対北朝鮮の対立の最中に親北政権が出来てしまえば一体どういう事態になるか、と先行きが見えているようで不確実な時代がやってくるかも知れないのだ。

それどころではないことが、”unpredictable”の巨頭・トランプ大統領があそこまで持って行ってしまった北朝鮮退治の問題のみならず、アメリカの軍事、経済、外交、内政等々の面を如何に処理して政権を安定させ、世界を安心させて下さるかがモットモット重大な案件だと思っている。最も簡単なようで大きな問題だと見えるのが、就任後100日を経ても中央官庁の幹部の入れ替えが30%にも達していないような内向きの統治の手腕には、疑問を感じざるを得ない。

私は当面の問題として我が国にも、事と次第によっては重大な物理的な被害を生じかねないアメリカ対北朝鮮の対立と言うべきか、アメリカの「物心両面での圧力をかける作戦」対「何処まで実態を伴っているかが見えない点が怖い北朝鮮の大言壮語」の作戦が、どのように決着するかは大きな問題だと思っている。私は今日までのトランプ大統領対金正恩の遣り取りを見ていて痛感することは、我が国が果たせる役割が非常に限定されているのではないかという点だ。

即ち、私は厳密には我が国は当事者(当事国)ではない上に憲法上の制約もあって、先頃のアメリカの空母の航海を途中まで付き添って警護した行動が限界であるのだ。出来ることは「北朝鮮に対する経済制裁を段階的に強化していくことだったのだが、これでは親会社の中国やその系列会社的なロシアの対応次第では、全くと言って良いほど効果は上がっていなかったようだ。

我が国のマスコミは余り報じないが、UNの加盟国の中で北朝鮮と国交がないのはアメリカと我が国の他に数カ国あるだけで、100数十ヵ国以上は国交があるのだ。故に、我が国の経済制裁の効果は薄いと言えるのだそうだ。しかし、最早時代と事態は憲法云々で済ませていられない状態が迫っていると言えると思う。多くの専門家はアメリカにはその用意は整っているが、そう簡単には先手を打って攻撃をかけることはないだろうと言われるが、そうだからと言って安心はしていられない。金正恩の頭の中などは誰が読めるというのか。

それは多くの専門家は「もしもそういう事態が現実に発生すれば、少なくともソウルは北朝鮮が常日頃言っているように“火の海”と化す危険性は高いし、東京都は言わずに我が国にあるアメリカ軍の基地にはミサイルが飛んで来ないとは言えない」と言うのだ。問題はそのミサイルに核弾頭が装備されているか否かだとも専門家は解説する。極論を言えば、韓国は親北の大統領などを選んでいる場合ではないのではないか。

そういう時期にあって、総理が2020年には憲法に自衛隊の存在を明記するとの決意を表明された。そのこと自体を云々しても仕方がないのだが、私はこの時期に至っても、ヤレ籠池がどうしたの、財務省の官僚が国有地払い下げで何を言ったのとか、共謀罪を潰そうなどと言っている野党どもがいるのも恐ろしいのだと思っている。暢気なものだ。彼らは世界情勢を考える暇などない模様だ。

何でも反対の為の反対をするのだろうが、少しは目を開いて国際情勢を本気になって眺めてから行動して貰いたい。そうでないと、国難は内側から生じてしまいそうで始末に困る。


日本とアメリカの企業社会における違い

2017-05-06 08:25:23 | コラム
我が国の企業社会は平等で機会均等である;

一寸微妙な話題になるかも知れないが、目下、ヤマトホールディングスが諸般の事情に鑑みて、宅急便の運賃の今年9月からの値上げを慎重に検討中と報じられている。個人的には無理からぬ事態であると思って眺めている。その実務部門であるヤマト運輸の長尾社長がその考えをテレビで淡々と述べていた。

その画面には社長の出身大学が高崎経済大学と掲示され、入社後は現場を経験された上で、そこから昇進されてきたことも知った。

ヤマトホールディングスは資本金が1,272億円で、16年度の売上高が1兆4,000億円超の大企業である。その大企業の社長の山内氏は金沢大学の出身とあった。ここからが誤解を招くかと危惧する微妙なことになるかと危惧するが、この人事を見ると我が国の企業社会の人材の活かし方が如何に平等で機会均等であるかが解るのだ。

それは、アメリカのような資本主義社会におけるヤマトホールディングスの規模の会社でCEO乃至はexecutiveまたはsenior vice president陣は、ほとんどIvy leagueまたはそれに準じる私立大学のMBA等で固められていて、地方の州立大学出身者がそこまで上がってくることは極めて希である。即ち、ある程度以上の階層に属する良家(裕福なと言っても良いだろう)の子弟が圧倒的に多いのである。

この辺りを私は「良い家(アッパーミドル等)の子弟に生まれた時点で勝負が付いてしまう傾向がある」と指摘したものだった。より具体的に言えば、嘗ては年間500万円、現在は600万円に近くなったと言われる私立大学の授業料を含めた学費を難なく負担出来るような家庭に生まれた者が有利だという意味だ。

一方の我が国では多くの上場企業やそれに準ずる会社を見ていても、昇進して重要な地位にある方々にはアメリカのような学歴による差というか、アメリカのような「スピードトラック」のようなシステムもなく、懸命に努力され、よく勉強され実績を挙げられれば、それなりの報いがあると見えるような、アメリカと対比すれば平等で機会均等な人事が行われていると思って、アメリカ村から眺めてきたものだった。アメリカにも言わば立志伝中の人物のような異例の出世を成し遂げた例をみてきたが、全体に占める率は低かった。

私は日本とアメリカの何れの制度というか仕組みが良いかは断定する気もない。解りやすく大胆に言えば「向き・不向きの問題だ」と思うのだ。だが、出自や学歴(≠出身大学)を問わずに本人の努力と研鑽次第で昇進していける人事制度があればこそ、アメリカのような報われない中間層が不満を抱えながらおざなりな仕事しかしないような弊害をもたらしていないのではないのかと思うことすらあった。

私はアメリカのそのスピードトラックなどとは無縁の中年の事務職員がポツンと言ったことが忘れられない。それは若くして事業本部長に昇進した年下の者を指して「彼奴は好き好んで、成りたくてあの地位に登ったのだ。俺はそんなことは望んだこともない。その職責と収入に見合う仕事をする為に朝は早くから出勤して動き回り、世界中を飛び回り、土日を犠牲にしてまで働きたいなどと考えたこともない。自分の能力とそれに見合った収入が維持出来れば生活が成り立つのだから、それで十分」だったのだ。

トランプ大統領を支持する一票を投じたのは、彼のような階層に属する者たち及びそれ以下の白人層があったと聞くが、何となく良く分かる話だった。さて、貴方は我が国の企業社会の在り方にご不満な点があるでしょうか、それともアメリカ型を望まれますか。