学歴が重要なビジネスの世界だった:
私はこれまでに何度か「アメリカの会社に外国人で、MBAでもなく、40歳に近い年齢で転進したのは誤りだった。事前にあのような世界だと承知する機会があれば、転進はしなかっただろう」と回顧した事があった。その高学歴、即ち大学院の課程を修了して「マスター」の学位を持っている事が、1972年頃でも既に昇進と昇給への必要条件であり、21世紀の現在では必要最低限の条件となっているようなのだ。
中央研究所の研究員たちと交流するようになって驚かされた事があった。それはごく普通の会社員風の若手たちが皆博士号(Ph.D.)を持っていて、専門の担当分野の研究に没頭しているのだ。だが、私が思い描いていた数学・化学・物理・生物等を集中的に勉強していた言わば一風変わった浮世離れした人たちではなく、ごく常識的なサラリーマンばかりだった事。
換言すれば、4年制の大学を卒業した後で最短でも4年の実務の世界での経験を経て初めてビジネススクールへの進学に挑戦する条件が整うのである。その4年生の大学では今や私立であれば最低でも年間2,000万円に近い学費を要するし、2年間のビジネススクールでも費用の点では同じだろう。それだけの経済力がある家庭の子弟でなければ(奨学金を取れれば別だが)大学院に進みMBAの取得は容易ではないのだ。
私が所属した事業部内でも、ニューヨーク州の名家の出身だった本部の営業担当マネージャーだった者は同時に息子と娘を有名私立大学進学させたので、1980年代での年間の教育は軽く1,000万円を超えていたが、副社長によれば「彼にとって痛くも痒くもない出費」と言っていたが、その後間もなく、彼も長男と長女を事も無げにIvy Leagueの大学に送り込んでいた。これがアメリカの支配階級の人たちの裕福さを示していると思うのだ。
私の知る例でも四大卒業後の4年間の実務社会での間に学費を蓄えた上で車を売ってハーバードのビジネススクールに入学したという豊かな家庭の長男がいた。アメリカでは親たちは大学院の学費までは負担しない事が多いのだそうだ。仮に最低の年間1,500万円の学位がかかったとすれば6年間には9,000万円に達するのだから、大きな負担になるが、それをものともしない家柄の者たちが出世街道(スピードトラック)に乗って出世していくのがアメリカの企業社会なのだ。
ここで自分の事で恐縮だが、私が大学を出た1955年頃の事を振り返ってみれば「そう言えば大学院などにも進学する勉強家もいたな」程度の認識で、修士号の取得など考えた事すらなかった。高校の同期会の名簿を見て大学院に進んだ者は極めて少数だったし、皆が一路就職を目指していた世界だった。但し、私は英文学科だった為に、かなり多くの同期生たちが大学院に進学して、方々の大学の文学の教授にはなっていたが。
私はこれまでに繰り返して「アメリカでは最大限に見積もっても精々全アメリカの人口の5%の人たちが政治・経済の面を支配している」と論じてきた。また、その支配階層にいる人たちは、先ずIvy Leagueに代表されるような東海岸の私立大学のビジネススクールの出身で、MBAかそれ以上の学位であるPh.D.即ち博士号を持つ最高の格歴の保持者なのである。
しかも、そこに至るまでの学費ともなれば、今日では5~7万ドルの授業料に加えて諸々の費用を合算すれば、優に年間に2,000万円近くに達してしまうのだ。そのような費用を厭わない階層に属する家柄に育ち、しかも頭脳明晰な者たちが政財界官界に進出して能力を発揮している世界なのだ。
一方の我が国では、必ずしもそのような経済的にも富有層に属するわけでもなく名家でもない家柄でもない家庭環境で育ってきた若者でも、学業成績が優秀であれば、政界、財界、官界でも最高の地位にまで上がっていけるような、アメリカと比較すれば「極めて機会均等で、平等な世界」と見えるのだ。
実は、我ながら「そういう事だったか」と思わせられた事があった。それは、丁度昨年の同じ頃に本稿と同じような考えを述べていたので、そこからも引用した上に多少手を加えて継続していこうと思う次第だ。
私がこれまで繰り返して指摘した事は「アメリカの企業社会では年功序列で昇進も昇給も決まるではないので、名門私立大学のMBA乃至はPh.D.との学歴の一流企業での職歴があり能力と実力が備わっていれば、スピードトラックと言われている出世街道に乗る訳だし、仮令本部長に昇進出来ていなくとも、実績次第で年齢などには一切関係なく年俸は実績に見合って上がって行く仕組みになっている。
その年俸は直接の上司との話し合いによって決まって行くのであり、我が国のように同僚や同期入社の者との比較などあり得ないし、そもそも事業部長が人事・勤労の面での権限を持っているのだから、人事部の介入などがある訳もなく、実力と実績次第で昇給も減俸も馘首までがあるのだ。極論かも知れないが「個人と事業部の実績が上がっていれば、会社全体の利益とは関係なく昇給する契約になっている世界」と考えていても良いだろう。
我が国ではこのアメリカのような仕組みになっていないので、会社の成績が振るわなければ優れた技術者でも給料が安いことになるのだとの批判がある。この点について大前研一氏だったと記憶するが「我が国の人事の在り方だとどれほど優れた技術者でも年功序列型賃金に巻き込まれて、毎年少ししか昇給しないので、高給で韓国でも中国にでも誘われれば出ていってしまうのだ」と、その至らなさを寧ろ嘲笑うように指摘していた。
ここで、忘れてはならない事がある。それはアメリカの企業は「四大の出身者を定期的に、試験をして採用するような制度も習慣も無く、事業本部長が必要に応じてその局面で必要な即戦力となる人材を社内と社外から募集して行くかあるいは他社から引き抜くという最近言い出された「job型雇用」という中途採用の世界なので、同学年の同期入社などいる訳もなく、全員が学歴・経歴・実績に基づいて年俸が決まるのだから、技術系だからどうのという考え方は当たらないと思う。
より具体的に言えば、同じ事業部内でも、隣のオフィスにいる者とは転進するまでの全て条件が異なるのだから、その者との年俸の高低を比較して意味がないという事。
我が友YM氏は早くから「韓国で我が電器や半導体メーカーの優秀な技術者たちを超高級で引き抜くか、土日祝日勤務で勧誘し働かせて、彼らの技術を吸い上げて生長して来た」と指摘していた。この事を某社の元副社長に尋ねてみれば、我が社からも行っていたようだと承知していました」と敢えて否定されなかった。我が国の仕組みでは「能力ある者を別格に優遇できないので、他国にこういう隙を与えている」と痛感した。
ここで、近頃言われ始めた日本型雇用と「ジャブ型雇用」を考えて見よう。私は何れの方式が良いかという議論よりも「その何れが自分に合っているか」と見極めを付けるのが先決ではないのかと見ている。私は正直に言えば、知らずしてそのアメリカ式の中に身を投じて22年も過ごしてきたので、如何なる事かは認識出来ている。
アメリカの大手企業の中で生き長らえる為の条件の一つが「上司に評価されていることが絶対的である上に、気に入っていてもらわねば何にもならないということ」なのである。「何だ。そんな事は当たり前だろう」と思われるだろうが、アメリカでは事業本部長が製造・営業・経理・総務・人事等々全ての権限を与えられているのだから、何らかの事で嫌われてしまえば、如何に努力していても、一寸した失態を演じれば、“Your job was terminated yesterday.”のような宣告が待っているかも知れない世界なのである。
しかしながら、四大の出身者でも道を切り広げる事は出来るという例がある。我が社のミネソタ州出身の技術サービスマネージャーだった同僚は州立のワシントン大学で原子工学を専攻してから、その分野の会社で経験を積んだ後に転進を図り、ワシントン州の我が社の製紙工場の技術職に現地採用された。だが、大学で紙パルプ学を専攻していなかったので管理職になれないと知り、コミュニティ・カレッジの夜間に通って単位を取得して管理職への昇進を果たした。その後に能力を認められて抜擢され、本部の技術サービスマネージャーに引き上げられたのだった。
アメリカでは地方採用は本社とは全く別な組織での採用であり、その身分から本社機構に上がってきたのは、私が知る限りでは彼と我が副社長だけだった。彼らは4年制の大学だけの出身者であり、当然修士号は持っていないのだから、極めて例外的な出世だったのだ。アメリカが超学歴社会だとは言うが、このように努力をすれば本社機構に入れるという例も、例外的には存在するのだ。
上記のようなアメリカは我が国とは比較にならないほどの学歴社会であること、更に名家というか資産家の子弟ではないと簡単には支配階層には入っていけないのであるという点を、実体験に基づいて語って見た次第だ。ここまでで我が国が彼らの国よりも遙かに機会均等で平等な国であるとお解り願えれば、ここまで縷々述べてきた甲斐があったと思う。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます