新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

2023年9月の新宿区の人口

2023-10-25 08:00:15 | コラム
23年9月には対前月比825人も増加して348,809人になった:

昨24日の午後4時から、偶然にNHKのBSで「多国籍タウン新大久保」と題されたドキュメンタリーの部類に入るのかなと思う番組を見ていた。NHKは以前にも同じような内容でこの地区の、我我住民には見えてこないような、日本人の商店街の人たちと外国人との交流を報じていた。昨日はその続編のような性質だと解釈して見ていた。

番組では、この地区(何度も指摘してきたことで、ここには「新大久保」という地名はなく、この場組で取り上げられていたと思われる辺りの地名は「大久保」である。「新大久保」とは山手線の駅名だ)でベトナムとネパールの人たちの苦労振りを取り上げていたところが私には最も興味深くまた印象的だった。

私に「印象的」だったのが「彼らは『日本に来て努力すれば何とか良い生活が出来るし、祖国の家族に毎月5~7円の仕送りが出来る余裕が生じると期待していた。だが、日本の景気が悪くなり円安が続くと、仕送りを続けるだけの収入を得られないのが辛い』と嘆く箇所」なのだった。要するに、「自分の国では何ともならないので『日本に行けば何とかなるだろう』と見込んできている」という事。

その嘆き節を聞いて、我が国でも屡々聞く台詞で地方から東京を目指して出てくる若者たちが「東京に行けば何とかなる」という夢を抱いているのと同じ考え方なのであると解釈した。即ち、日本乃至は東京は経済的に繁栄が続いており、彼らの夢が実現可能である「理想郷」の如くに捉えられていたようなのである。だが、現実はそう甘くはなかったという事。

この他に「そういう考え方になるのか。危険ではないのか」と思わせられたことがあった。それは、同国人たちの為に百人町(大久保ではない、山手線の外側)の路地裏で苦労して新聞を発行している人に「日本を諦めてアメリカに渡り何とかしたいのでヴィザの取り方を」と電話をしてきた人がいたこと。余りに純真無垢で物を知らないので、無謀だなと思わずにはいられなかった。

ここまで述べてきたことは、私がズーッと指摘してきたことで、「彼らアジアやバングラデシュ等のイスラーム教国(ネパールはイスラーム教国ではないが、念のため)等の人たちは、自国よりもアジアの最先進国で治安も安定している日本に行けば何となる」と安易に考えて押しかけてくるのだろう。だが、現実には彼らは我が国を利用しているに過ぎず、その見込みが違ったからと言って悩み抜いている」ということではないのか。

私が見た限りでは、この番組で取り上げられたベトナムやネパールの人たちは「自分たちの国の人たちが経営する店か、何らかの組織に属するか、自営で働くのが主体なのある、彼らが日本人の店に雇われるのは極めて希のようだし、自分たちだけの言わば小コミュニティを形成しているだけのようなのだ。外国に行けば、そうなってしまうのは理解できるが、NHKはその辺りを衝いて欲しかった。

話題を変えよう。23年9月の新宿区の人口は875人の増加で348,809人となっていた。その内容を分析してみれば、日本人が161人の減少で305,972人となり、対前月比では△0.05%。外国人は986人も増えて42,837人となり、前月比で+2.3%になっていた。外国人が全体の人口に占める比率は12.2%と、前月の12.0%よりも上がっていた。NHKの番組では脱出を企てている者がいたにも拘わらず、実数は増加だったとは皮肉だ。

観光客は明らかに増えてきている。だが、百人町/大久保界隈では何処からどう見ても爆買いでもして外貨を落としてくれそうな人たちではなく、アジア系やイスラーム教圏内の人たちばかりのように感じられるのだ。特に百人町では日本語学校に通う者たちは急増した感が濃厚で、何時も彼らは放課後には貴重な労働力になるのかなと思って眺めている。

毎月同じことを言うが、是非一度山手線新大久保駅で改札口を通過して外に出て欲しいのだ。「ここはどこの外国か」と当惑させられる程の、身動きならないほどの異邦人が圧倒的に多いのだ。この状況は歓迎すべき事なのかどうか、お考え願いたいのだ。彼ら外国人は一体全体が何を求めて繁盛し続けているKorea townにやってくるのか、不思議に思えてならない。

参考資料:新宿区広報10月25日号

大方の興味を引く話題ではないかも知れないが

2023-10-24 07:22:26 | コラム
我が方を襲う迷惑メールのその後:

あんなしょうもないものは放っておこうとは思っていたが、本日の急増振りを見て「矢張り取り上げて、世間様に承知して頂けれ有り難い」と思うに至った。

何の得か効用があるのだろうか:
それは、8月中は一時猛威を振るっていたヤマト運輸が急激にしぼんで、合計は200台で低位安定の如きだった。だが、残念ながら9月に入るや本命の?amazonが息を吹き返して他を圧倒する勢いとなり、21日からは合計で300台に乗せてきた。そのままアマゾン旋風が吹き荒んで、10月1日には一気に400台に突入した。しかしその後には300と200台を行き来していた。

ところが、昨23日辺りから「ETC利用サービス照会」という新手が参入してきた。その後発のETCは今朝の通告ではアマゾンをも凌ぐ勢いで急増し、総合計は過去最高に近いのではと思わせる433本を記録したのだった。彼ら送り手たちは総数が減ると何らかの新手を探し出すのか、あるいは予備軍を用意してあるのか、それまでに見かけなかった偽装先を送り込んでくる。

それが今回の「ETC利用サービス照会」である。当方ほどの迷惑メールの襲来を個人で経験しておられない方々には「何を言っているのか」と思われるだろうが、如何にOCNのブロッキングサービスを利用しているとは言え、400台に入ると、毎朝その内容をチェックして、真物のメールを元に戻す作業も煩わしくてウンザリなのだ。

と言うことで、彼ら迷惑メールの発送元どもは、アマゾンを中心にして常に新手の偽装先を探し出しては、200から300更には400台への増加を図っているようだと疑っている。送り手が複数なのか単独なのか知らないが、私は海外に元凶がいるものだと決めつけている。私はあのメールを開いて引っかかる事はないと自負しているが、被害を被った方はおられるのだろうか。

なお、超後期高齢者の当方は詐欺電話対策として、30年も近く前に「ナンバーディスプレイ方式」を採用してから何とかなっているし、迷惑メールはOCNのブロック方式で何とか切り抜けている。それにつけても思うことは「何ともイヤらしくて面倒な時代になったものだ」と痛感させられているのである。

近代の文明の利器の開発の裏側:
私は2003年にPCを導入して海外と交信を開始しなければ、迷惑メールがこれほどには襲来しなかったかも知れないと思っている。

一方では今朝ほどもSNSだかで知り合った15歳の女子高校生が殺害されたとのニュースがあったかと思えば、「ルフィ」とやらの一味も何度目かの再逮捕と報じられていた。便利で重宝な新たな文明の利器が登場すれば、必ず悪用して「全てのコインには裏側がある」とでも言いたくなるように悪用する輩が現れるのも、現代の特徴であろう。


10月23日の雑感

2023-10-23 14:32:05 | コラム
あれやこれやと:

「最高」って何だ:
タイガースの岡田彰布監督が「佐藤輝明他の選手たちがインタビューに答えて『最高です』とだけしか言わないのでは駄目だ。具体的に何が言いたいのか明らかになるように発言せよと注意した」と報じられていた。「よくぞ言って下さいました」と、私は快哉を叫びたい思いでその記事を読んだ。

何処の誰が言いだしたのか知らないが、確かにこういう言葉遣いをする者は多い。特にテレビに登場するタレントとやらがこの言い方を濫用する。特に目立つ(耳立つかな)のが「電動バイクの旅」で人気を博しているのだろう出川哲朗である。彼は殆どの場合に美しい景色を指して言っているようだが、「最高」と言うだけでは何がどう美しいのか判然としない。

私はこのような、ある意味では含蓄に富む言葉遣いを否定はしないが、何もかも「最高」だけで表していては、日本語としての表現力が養えないのではないかと懸念している。いや、もっと解りやすく言えば「国語による表現力の低下を示す現象ではないのか」と心配しているのだ。この言葉遣いには以前から疑問を呈してきたので、岡田彰布監督のような公人が指摘してくれて良かったと思う次第。

クライマックスシリーズへの疑問:
岡田監督の言を良かったと評価して、その勢いで心ある野球愛好者の間で「現在の形式のCSに意味があるのか」と指摘されていた事にも触れていこう。その道に明るい元商社マンは「まかりか違ってもDeNA対ソフトバンクの日本シリーズになって欲しくはない」と懸念するというか、CSに疑問を表明していた。尤も至極である。彼はこの他にも両リーグを8球団制にすればとも提案していた。

私などは「首位から10ゲームも離されたような3位の球団には出場の権利を与えない事」と「勝率が5割を下回ったティームも出場を認めない」のような条件を設けておくべきだとも唱えていた。今季のように阪神もオリックスも3位を10ゲーム以上引き離しての優勝であるから、CSなどは無用でも良かったのだが、無事に両球団が勝ち上がったので、言わば一安心だった。

何で俺じゃないの:
以前にもテレビの番組で「街中で外国人に英語で道を尋ねられて答えられずに、恥ずかしい思いをした」と反省しておられたご婦人を見た。そこで、「それは貴女様が恥じ入られる必要など毛頭ないこと。思うことが話せるように教えていなかった学校教育が責任を負うべきことです」と述べたことがあった。

更にその頃に「頂門の一針」には「傲慢な奴だ」とも採られかねない言い方で「有り余る英語力を抱えていても、私はリタイア後23年経つ間に僅か3回だけ外国人に道を尋ねられただけ。何故俺に訊かないのだろう。つい先日JRの駅の通路で直ぐそばに私が立っているにも拘わらず、高齢のご婦人に尋ねて困惑させた白人がいた」と投稿した事があった。

先ほども高田馬場駅前のバス停のベンチに高齢のご婦人と並んで座っていると、矢張り若い外国の女性がそのご婦人に「JRの駅は何処ですか」と尋ねたのだ。かなり狼狽えておられたが、何とかJRは聞き取れたようで、後ろ側にある駅舎を指さして事なきを得た。

ここでもまた「何で俺に尋ねないのか。30年間で4回目にはしてくれないのか。俺はそんなに英語が解らないような老人に見えるのか」と僻んでいた。あの外国の人は私よりも同性を選んだのだろうと割り切ることにしたが、何となくモヤモヤを抱えて帰宅したのだった。


我が変遷の時代の回顧録

2023-10-22 13:24:06 | コラム
先進国が瞬く間に後進国になってしまう時代:

1972年に偶然の連続と運命に逆らわずに、アメリカの紙パルプ産業界に39歳にしてMead社に転進した。そこで見た事はといえば、世界の最先端を行っているとばかり思っていたアメリカの産業界が、後進国化に向かっていく様子だった。意外であり印象的だった現象だった。

戦後の復興期だった我が国ではアメリカの文化・文明を導入して「アメリカに学べ」の時代だったと思うが、追い抜こうと目指していたか否かは知らない。振り返ってみれば、あの頃にアメリカの生産現場を見学された方々の多くは「アメリカの工場は素晴らしいが特に印象的だった事があった。

それは、現場の作業員の為に作業の手順を説明するマニュアルが備えられている」と感心しておられた事。確かに誰にも解りやすく書かれていた。だが、誰もこのマニュアルが何の為に整備されていたかは知らなかった。

そして、我が国の産業界でも設備投資が進み近代化されて、アメリカの時代の先端を行く生産設備が導入されようになった。紙パルプ産業界でも紙類の加工業界でも、設備の合理化・近代化以外にアメリカからライセンスを取得して技術と品質の向上を図ったのは自然であり当然の流れで、徐々に先進国の仲間入りをしつつあった。

私は1975年に再度の転進でウエアーハウザーに入社した。その年に、我が国最大の印刷会社のアメリカの製紙と印刷・加工業界視察団のご案内役をする事になった。その行程の中で我が社は西海岸で最大の業容を誇るカリフォルニア州の紙器印刷加工会社の見学を組み込んだ。その工場見学では、ご一行様も私も予想もしていなかった意外な現象に出会った。

知らぬ間に先進国に:
それは、当時の日本では大手の印刷会社でなくても導入していたボブストチャンプレン社(Bobst Champlain)製の一般紙器の印刷から打ち抜きまでを一連の流れで仕上げる加工機が何処にも見当たらない事だった。即ち、全員がそこには最新鋭の「ボブチャン」が唸りを上げて稼働しているものと信じ切っていたのだ。だが、そこで稼働していたのは、古色蒼然たる印刷と打ち抜きの2台の機械が別々に動いていたのだった。一同我と我が目を疑ったが、誰も「何故、何で」とは質問せずに終わった。

見学が終わってからの夜の検討会で到達した推論乃至は結論と言えば「アメリカでは未だに古い形式のB社とC社の機器を使っているのであり、BCと言う一連の流れの機器が未だに導入されていなかったようだ。我が国はと言えば、後発なるが故に先端のボブストチャンプレンを導入できたのだろう」となった。換言すれば「知らぬ間に先進国の如くになっていた」のだった。現場での生産効率はどちらの機器が優れているかは言うまでもない事。

アメリカに見るべき物なし:
実は、我が国では1960年代末期から70年の始めにかけて、アメリカの産業界を見学してきた人たちから「最早アメリカに見るべき物がないのでは」という類いの疑問の声が上がっていた。それは「製造や加工の現場を見れば、このカリフォルニア州の紙器印刷加工工場の例が示すように、一時代前の製紙や印刷加工の設備が稼働している工場が多いのだから、設備面では最早学ぶべき点が少ないのだ」という印象になるのだろう。

これは確かにその通りなのであるが、アメリカが古き良き資本主義の理念に従って経営しているから、そういう事態が生じる事になる場合が多いのだ。

困らせるような質問はさせないから安心して:
次に「時代遅れの現場の設備」の例をもう一つ挙げておこう。我が事業部がアメリカ全土に牛乳パックの加工事業を展開していた1980台初期までの事。我が事業部はパック用の原紙を生産して加工工場に供給していたが、原紙の販売の面でも国内以外にも成長著しい日本市場向けの輸出にも注力するようになっていた。その販売促進の手法の一つで、牛乳パックの印刷加工では後発である日本市場の取引先の工場向けに、技術指導の説明会などを開いてお手伝いをしていた。

さらに、我が社の紙パック加工工場の見学を積極的に勧誘していた。だが、我が方は歴史ある先発の国の工場なので、現場の印刷・打ち抜き加工機の中には、既に我が国では何処も導入していない、言わば年代物も残っていた。それを見て疑問に思っていた地方の工場の技術者が、見学の後の工場長出席の質疑応答の場で「あのような我が社では導入を検討した事もないような機械を使っている事に、何かメリットか意義があるのか」と切り込んだのだった。

工場長はその瞬間に困惑した表情を見せたが、何とか無事に切り抜けた。通訳も大いに苦戦させられた。簡単に言えば「後発だった我が国の地方の工場の方が、アメリカには未だないような時代の先端を行く設備を導入していた」のだった。

この事件の後に最大の需要先である某製紙の現場の主任技師が2名この工場を訪問される運びになった。その引率者である本社の技術担当の課長代理には、先日の難問の件はそれ以前に出会った機会に偶然に語ってあった。

すると、アメリカに着いてからアメリカの事情に精通されている課長代理は「ご心配なく。彼ら二人には現場を見て工場長を苦しめるような質問はするなと言い渡してあるから」と言われた。正直なところ「ホッ」とした。

何故、我が社の設備投資が遅れているかを解説すれば、当時はトリプルA(AAA)の格付けで無借金の経営だったので、経営陣から科されている利益目標が非常に高く、またそれを達成できていないと新規の設備投資が許可されていなかったのである。牛乳パック市場は過当競争で十分な利益を上げられていなかったのだ。

「私にはもうそのような最新の抄紙機は理解できない」:
1997年の事だった。私は思いがけない幸運で、シンガポールに本拠を置く華僑財閥がインドネシアに展開している世界最新鋭の設備をしていると聞いた新興勢力の大規模な製紙工場を訪問する事になった。そこで事前に我が国最大の製紙会社の元研究所長だったI氏にその旨をお伝えした。

I氏からは「可能だったら、その最新鋭の抄紙機の写真を撮ってきて見せて欲しい」と依頼された。勿論、I氏は通常はそういうことは承認されないのはご承知だった。

私は新興勢力の最新の抄紙機とはどれ程凄いのかと期待して場内に入った。大袈裟でも何でもなく、その最新鋭の三菱重工製の抄紙機を見た瞬間に言葉を失った。余りに驚愕的だったので。1972年8月にMead社のアラバマ州の段ボール原紙工場の超高速の抄紙機を見たときの驚きなどとは次元が違っていて比較にならなかった。

その規模の大きさにも圧倒されたが、日産の量などは「そういう機械もあり得るか」と言われていた領域を超えていたし、その機械の速度でも安定した品質の紙が製造されているのだった。しかも、場内には見渡す限り人がいないし、抄紙機に言わば並行して設けられている試験室の設備も理想的だったのも凄いと、感心させられたのだった。

フィンランド人の工場長に撮影の許可を申し入れてみると、いともアッサリと「この機械は市販品だから、何の問題もない。ご随意に」と言われてしまった。持ち帰った写真を直ちにI氏にお目にかけて、その仕様と能力を説明した。すると、何とも言えない悲しそうな表情を浮かべられて「もう私の時代とは全てが変わった。私の製紙の知識と経験からはこの抄紙機は解らないので、論評する事は不可能だ」と言われたのだった。

華僑資本の中国の製紙会社はその資金力を存分に活かして、世界最新鋭にして最大級の能力の(アメリカでは何処にも導入されていない)抄紙機を導入して、経済的なコストで大量生産して競争力がある価格で世界の市場を席巻しようとしているところだった。

即ち、世界最大の製紙国だったアメリカも第2位だった我が国も、その後間もなく中国の後塵を拝するようになっていくのだった。換言すれば、瞬時にして先進国だったはずの上位2ヶ国は後進国の如くになってしまったという事。中国やインドネシアや韓国やブラジルなどは後発なるが故に、世界で最も進歩した最新鋭の機械設備の導入が可能なので、需要が停滞気味で、利益も上がらずに設備の近代化や合理化の投資もままならないアメリカやヨーロッパやアジアの我が国等を置き去りにして、先進国の地位を占めている時代になったと解釈できるのだ。

私は不勉強にしてこういう現象が何処まで他の産業界に起きているのかは知らない。だが、自動車やEVの生産量では中国が世界を主導しているとの報道もあった。後発国が先進国を瞬時にして凌駕する時代が来ていると考えて、必ずしも誤りではないように、インドネシアの製紙工場を見て考えさせられた。それは26年も前の事だった。


アメリカの紙パルプ産業界の再編成に思うこと

2023-10-21 08:37:26 | コラム
世界最大のスマーフィット・ウエストロックが誕生した:

昨20日にはこのアメリカに製紙産業界の新会社の誕生を取り上げた。だが、私は決してその世界最大の会社が形成されたことを賞賛もしないし、凄いことだとも思っていない。

それと言うのも、21世紀に入ってからの世界の急激な変化とそれに伴う製造業ではない分野の急成長を見ていると「世の中が変わったのだ」と痛感させられていたからだ。スマーフィット・ウエストロックの誕生には物品の輸送の段ボール箱の需要が安定した成長を見せている時代が到来した事が示されている。

1972年8月に「行きたい」とも「行こうか」とも「行けるかな」とも考えたことがなかったアメリカの大手の紙パルプメーカーに転身してから22年以上もの間、この産業界とアメリカの経済界というものを日本の会社で17年も育てて頂いた経験を活かして、相互の文化の違いを観察する事も出来たのは、今にして思えば非常に有り難い事だった。

1972年にアメリカの紙パルプ産業界に身を投じてから、紙パルプ産業界とその関連業界である、彼らが“customer industry”と呼ぶ「印刷・加工業界」にも接する機会を得た。当然のことで、これらの業界の生産・加工の現場にも入っていく機会を得た。私の期待感は「世界最新鋭で最高の製造・加工設備に接することが出来る」という点にあった。

ところが、現場に入って「あれ、これは何だろう?」と当惑させられたのだった。先ずは、我が社の抄紙の現場に入った時のことから。それまでに日本の製紙工場で普通に見てきた機械設備の数十年前の形式のものが稼働していたのだった。不思議に思って当時の技術サービスマネージャーに「何かこの機械を使う価値があるのか」と訊いてしまった。

彼は憤然とした表情で「馬鹿な事を訊くな。会社の方針は所定の利益を上げない限り合理化の為の新規投資はしないと決まっているのだ」と答えた。「理路整然としてはいるが、世界の合理化の流れに遅れてどうなるのかな」と考えた。

次に、アメリカ西海岸のカリフォルニア州で最大の規模であると聞いた「紙器の印刷・加工企業」の工場見学の機会を得た。ここでも、我が国では見られないような最新鋭の最大の規模の「印刷から打抜き加工までが出来る設備」を期待していた。工場で動いていたのは古色蒼然たる印刷機と、別ラインの打ち抜き設備だった。「何故、このような古くて非効率的な設備で」とは訊かなかった。いや、訊けなかった。

何故、こうなってしまったかには二通りの理由がある。それは「アメリカは未だに古き良き経営理念の下で動いているのである。即ち、予め定めてあった利益が出て初めて設備の合理化・近代化と新規の設備投資を行う」のであるから、そこまでの利益が上がらなければ、古物化した設備を小まめに手直しでもして騙し騙しして使う事しかできないのである。尤も、アメリカの製造業が掲げる利益目標は(我が国と比較しても)非常に高いのも事実だ。

次は「生産設備が豪快・近代化されているか」である。この古き良き経営理念の下で運営されているアメリカの産業界よりも、我が国をも含めて言わば後発である新興国の方が世界で最新鋭の能力が高い設備を導入できたのだった。であるから、単純に言えば「アメリカ我が国に追い抜かれたのは当然だった」と言える。事実、1975年に我が社の製紙工場に入って、そこにある抄紙機が1951年(昭和26年)に導入されたと知って、それこそ驚愕した。

後発の企業の方が有利であるという例を挙げてみよう。1997年に今や世界最大規模の製紙会社となっている華僑資本のAsia Pulp & Paper(APP)のインドネシアの新鋭の製紙工場で三菱重工製のコンピュータ制御された最新式の抄紙機の速さと大きさと生産能力の高さには本当に言葉を失った。英語で言う”apple to apple”の比較にはならないが、我が社の機械の4倍か5倍の能力で、人の手が介入せず安定した品質の紙が出来上がるのだ。

先に取り上げたカリフォルニア州の紙器印刷加工工場では、別々のラインになっていた機器は、あの頃よりも前に一つの流れに纏めた加工機が発売されていた。後発だった我が国では既にその最新鋭の印刷・加工機が方々で導入されていたのだった。そういう事情を弁えないでアメリカを視察すると、あの頃には「アメリカには最早見るべきものなし」という類いのアメリカ視察後の報告が上がっていたものだった。

今や、中国が世界最大規模の生産設備を保有する世界最大の紙・板紙の生産国であり、アメリカがその70%程の規模で第2位、我が国は中国の30%にも満たないかも知れない生産量の第3位である。上記のAPPの例が示すように、中国の設備は最新鋭であり最大の能力がある事にもよるが、経済発展の度合いと人口の大きさも発展の大きな要因であろう。

アメリカは設備近代化と合理化の遅れがあったが、今やGAFAMで世界を席巻した。中国は後発なるが故に優れた設備に投資して導入して急速に発展したと言えると思う。私如きに先行きは見通せないが、私の育った頃のような「製造業が経済を牽引する時代」はとっくに終わっていて、GAFAMが肩で風切るときが来た。だが、彼らも何時かは新しい時代の流れに置いて行かれるのかも知れない。

再びアメリカの業界再編成に話を戻せば、段ボール原紙と製函の会社が世界第1位になるなどとは夢想すらしたことがなかった。印刷用紙と新聞用紙の時代が終わりを告げているのだ。即ち、Amazonを始めとする通販業界が製紙産業界を変えるだけの影響力を見せたという事か。