先月行われた米粉FOODコンテスト2008(静岡県、JA静岡中央会主催)で、プロ部門最高金賞(県知事賞)を受賞した『味噌まんじゅうde秀クリーム』。シュークリームの中に味噌まんを入れた、ありそでなさそな画期的なスイーツで、私も、「いちご大福」がデビューした頃の驚きを感じました。
先週末から始まった、静岡県商工会連合会うまいもの創生事業のフルーツゼリー開発業者(お菓子屋さん)の取材行脚。今日(9日)は、この事業でいちごの紅ほっぺゼリーを開発した扇子家(牧之原市・旧相良町)の高橋克壽さんを訪ねました。
彼こそ、味噌まんじゅうをシュークリームに入れて県知事賞をゲットした張本人。商工会さんには申し訳ないんですが、紅ほっぺゼリーはさておいて、味噌まんじゅうをシュークリームの中に入れるという発想の源泉は何かを聞きたくて訪問しました。
扇子家は大正6年、旧榛原町で創業し、城下町だった旧相良市街のほうが食通が多く、こだわり菓子のニーズもあるということで、現在の地に移転し、高橋さんで4代目。他に支店や卸はせず、単店だけで売上1億を越えたこともあるという榛南地区を代表する銘菓店です。
高橋さんは東京の製菓専門学校を経て、日本のフランス菓子に革命を起こしたといわれる名パティシエ弓田享さんと、千葉の「京山」の和菓子職人佐々木勝さんに師事し、和洋菓子双方の修業を経験しました。
修業期間はいずれも1年足らずと短かったものの、濃密で充実した時間だったようです。
「弓田さんは、見た目は大柄な人ですが、とてつもなくデリケートな感性の持ち主。菓子は主食にはならないからこそ、とことん繊細であるべきと言う。“菓子職人は土方の体力と詩人の心が必要だ”と教えられました」
「佐々木さんは当時30代の若さで弟子をとるのは初めてだった。朝6時から夜23時までぶっ通しで仕事して確かにキツかったけど、職人としての心構えを叩き込んでもらいました」と振り返ります。
祖父が急死し、実家に戻らなければならなくなりましたが、「東京であのまま修業を続けていたら、そこそこまとまった職人になって、新しいものにチャレンジするなんてこともなく、ありふれた菓子屋になっていたと思います」。
ひらめきやイメージを何より大切にするという高橋さん。これまでも、さまざまな創作菓子コンテストに出品し、最高賞の受賞歴も1つや2つじゃありません。味噌まんシューも、熟考したというよりも、ささいなひらめきだったそうです。
「うんうん考えても浮かばない。ひょんなきっかけや失敗の賜物だったりする。鈴木さんもコピーライターだからわかりますよね」。
そうそう、と応えながらも、ひらめきだって、そう都合よく浮かぶもんじゃないよなーと思って、ふだんの生活で何を心がけていますか?と訊いたところ。「若いころの、無鉄砲でも斬新でクリアなイメージを持ち続けること。キャリアが長くなれば長くなるほど、技術は上がるがイメージング能力は下がる。それが自分の課題」とのこと。心身が疲れていると、イライラして、新しい発想どころか、ふだんの仕事も雑になり、常連さんから「見た目は同じだけど味が変わったよね?」と言われたりしてしまうそうです。
「とにかく平常心でいること。菓子の修業は禅の世界に近い」。高橋さんの口から、禅という言葉が出てきて、心の中でおぉーっと唸ってしまいました。
「それと、大事なのは芯がブレないこと。芯がしっかりしていれば、雪だるまのようにあとは転がして大きくすればいい。消防団の訓練でホースを巻くとき、最初の5分の1ぐらいをしっかり巻かないと後が大変になる。それと同じ。自分にとっては弓田さんと佐々木さんという、芯になる人から、基礎を叩き込んでもらったことが大きい」。
若いころは学校の先生になるのが夢だったという高橋さんだけに、一つ一つていねいに説くように答えてくれます。仕事の合間には、地域の公民館に出向いて市民対象の菓子作り教室も開くそう。年間1億売り上げた年は、さすがに家族も従業員もヘトヘトで、この調子では老舗の暖簾が守れないと悟り、今はいたってマイペース。
創業当時からの看板銘菓「陣太鼓最中」「初代久八じいさんのみそまんじゅう」、戦後間もない頃から定番人気の「チョコレートまんじゅう」等、地元のお客さんにしっかり支えられたロングセラーに、「味噌まんじゅうde秀クリーム」という異色のヒットメニューが加わり、扇子家の暖簾は盤石になったようです。
「儲けるよりも、続けることが尊いということを、つくづく実感します」という高橋さん。今年、新酒鑑評会で県知事賞を受賞した青島酒造の青島孝さんと、よく似た感性の持ち主です。
味噌まんシューは、米粉入りの皮がそこそこの食感で、クドさのないまんじゅうの甘みに、クリームのなめらかさがほどよく調和します。県商工連フルーツゼリー事業委員会で試食したときは、全員大絶賛で、他の菓子業者さんも「この発想はすごい」と唸っていました。
まんじゅうをシュークリームの中に入れただけ、と言いますが、異質なものを組み合わせ、味・形状とも1個の菓子として完成させるだけでも大変だろうし、それを再現性をキープしながら大量に作るというのは、言うほどカンタンじゃないだろうと、素人ながら想像します。
今日はもちろんお土産に買いこんで実家に分け、帰宅後は夕食前に2個ぺろりとたいらげてしまいました。お店に行かないと買えないし、日持ちがしないので、とにかく買いに行ってくださいとしか言えませんが、わざわざ買いに行く価値は大いにあり!。
「ひらめき」で、遠来の客を引っ張ってくる新商品が出来ちゃうっていうのは、営業力じゃなくて、やっぱり職人力なんだなぁ。