私がしずおか地酒研究会を結成したのは、今から16年前の1996年春でした。きっかけは、前年95年11月に静岡市立南部図書館で企画した食文化講座『静岡の酒』だったことは、これまでもちょこちょこ紹介させてもらっています。その、大事な起点となった南部図書館食文化講座の受講生の中に、山本将夫さんがいらっしゃいました。
山本さんは96年春、しずおか地酒研究会の発足とほぼ同時期に、鷹匠町に『おい川』という居酒屋を開店させます。静岡の地酒と手作り惣菜を格安で楽しめる、庶民のための、アットホームな居酒屋さんです。店で扱う酒について少しでも理解を深めるため、酒販店を経営する弟の勧めで食文化講座『静岡の酒』も受講してくださったのでした。
弟の山本修輔さんは、藤枝で『酒のケント』という地酒専門店を経営しており、『おい川』は、『酒のケント』からとびきり“イキのいい”酒をきめ細かく仕入れます。
90年代前半、当時、私が地酒修業をしていた店は、扱う静岡酒といえばほとんどが大吟醸クラス。“修業”はホント、楽ではありませんでしたが(苦笑)、『おい川』では、特別本醸造や純米酒クラスでもコストパフォーマンスが高く、このクラスのレベルが高いのが静岡酒なんだ、というメッセージを存分に伝えられる品ぞろえ。『おい川』人気は口コミで広まり、いつも満席状態でした。
地酒ライターや地酒研究会の活動は、静岡のようなローカルでは珍しかったのか、いろいろ注目をしていただきましたが、『おい川』の繁盛ぶりをみると、「自分の活動は、お酒を実際に売る人・買う人・飲む人のアシストにすぎない」「地酒の普及には、やっぱり飲んで美味しいと思ってもらえる品ぞろえや店づくりが大事」としみじみ実感したものです。
そんな、私にとっても思い入れのある『おい川』が、今月いっぱいで、16年の歴史に幕を閉じることになりました。「古希を過ぎて、夫婦ともども疲れがとれなくなって・・・年にはかてません」と山本さん。先日、久しぶりに店を訪ねたら、野崎弘樹さんという若い後継者が、山本さんと一緒にカウンターに立っていました。3月以降は野崎さんが『おい川』を引き継いでいかれるそうです。
鷹匠には、2005年にやはり市の委託で開催した地酒講座を受講され、その後、しずおか地酒研究会にも入ってくださった長沢さち子さんが、昨年末に「佐千帆」という地酒バーを開店させました(こちらを参照)。
次世代の地酒伝道師が飛躍の場を広げることに、無上の喜びを感じると同時に、世代間のはざまに立つ自分に、これから何が出来るのだろうと真剣に考えさせられます。
今は、とりあえず、山本さんに感謝を込め、「この店の静岡酒普及の貢献度ははかりしれません」とお伝えしたいと思います。
こちらの記事は、『おい川』の開店2年目の1998年9月掲載の毎日新聞連載「しずおか酒と人」です。山本さん、本当におつかれさまでした&ありがとうございました。