少し遅くなりましたが、こちらでお知らせしたとおり、2月21日(火)夜、(社)静岡県ニュービジネス協議会西部部会のトップセミナーで、NEC航空宇宙システムシニアエキスパートの小笠原雅弘さんの講演会がありました。小笠原さんは1985年に初めてハレーすい星へ旅した「さきがけ」、スイングバイ技術を修得した「ひてん」、月のハイビジョン映像を地球に送り届けた「かぐや」、そしてチーム「はやぶさ」のメンバーとして、感動の地球帰還を成功させた、日本の太陽系探査衛星のスペシャリストです。
理系エンジニアの人の話を聴くのはとても好きなんですが、物理や科学や生物の成績がまるでダメ子だった自分には、小笠原さんのお話をコンパクトに取材記事にまとめるなんて今から受験勉強をしろと言われるようなもの・・・ 講演会場へ向かう前に、浜松駅近くのシネコンで上映中の映画『はやぶさ~遥かなる帰還』を観て、なんとなく予習した気分になって、自分の気持ちを、理解しきれずともせめて前向きにお話を楽しんで聴けるような状態に持って行って、会場入りしました(苦手な分野の取材の時は、「せめて気持ちを作って臨む」だけでも違うんです・・・)。
会場入りして小笠原さんに「今、映画を観てきたばかりです~」とご挨拶したとき、小笠原さんの上司が、映画ではピエール瀧さんが演じた人で、本人は似ても似つかぬ容姿(笑)で、「渡辺謙さんはじめ、映画に登場する役者さんはモデルの人物とは見た目にギャップのある人を敢えて選んだみたいですねえ」と愉快そうに話してくれました。
「ピエール瀧さんは静岡出身ですよ」と応えたら、「それはいいことを聞いた、今日の講演のネタに使わせてもらいます」とクイック返答。こういう切り返しのよさが、理系の人と話すときの楽しみなんですね。
小笠原さんの講演は、さすがNECだけあって映像やパワーポイントを活かして大変解りやすく、また、航空エンジニアという職人さんは、宇宙少年のように夢や冒険心を熱く持っているんだ・・・と伝わってくる素敵な講演でした。詳しい内容は(専門用語とかいっぱい出てくるので)、小笠原さんに原稿を校正チェックをしていただいた後に紹介するとして、これから映画『はやぶさ』をご覧になる方にも参考になりそうな点だけ(ちょっとネタバレも含みますが)書きますね。
はやぶさの形は、太陽電池パネルが|‐○‐|とアルファベットのHのように連結されています。パネルの端から端までの長さが5.7メートル、総重量は510kgで、軽自動車よりも軽いんです。それまでの人工衛星はゆうに600kgを超えていたんですが、これでは3億キロ彼方のイトカワまで飛ぶのにメタボ過ぎるということで、ネジの材質やら板の厚みやらまでトコトン軽量化しました。おぉ、これぞ日本の技術だ~と聴いていてワクワクしました。ちなみに、はやぶさの形って当初の設計ではー○ーだったそうで、少しでもストロークを短くしたほうが飛行中のバランスが取りやすいということで、H型にしたようです。
映画を観ていてわかりにくかった「スイングバイ」という技術。はやぶさは2003年5月に打ち上がって、太陽の軌道を1周回って2004年5月にもう一度地球の近くまで戻ってきているんですね。地球自身が太陽の周りを1秒間に34kmの速度で回っているので、その軌道速度に乗っかると、+4㎞/秒速くなるそうです。歩いている人が途中から走行中の電車に飛び乗ったような感じでしょうか。少しでもエネルギーロスの少ない飛行を目指して開発されたんですね。
映画でも面白いなあと思ったのは、イトカワに落とすターゲットマーカーを「お手玉」から発想したというところ。小笠原さんはこの部分の開発にも関わっておられ、詳しく解説してくれました。
なにせ、イトカワは宇宙空間をプカプカ浮いている直径500mぐらいの岩石で、表面は直径20mもある岩石がゴロゴロしている。なんとか平べったいところを見つけて球を落として、パッと飛び散った表面のチリや破片をパッとつかまえて持ち帰る=サンプルリターンというのが、はやぶさの最重要ミッションです。でもイトカワの重力は地球の10万分の1でほぼ無重力状態。表面でハネ返らず、ある程度留まってサンプルキャッチできるターゲットマーカーを、どうやって作るのか、無重力下での物体の動きを地球上では想像し切れず、おもちゃのスライムみたいなもので実験したりして、「我々は“井の中の蛙というか、“1Gの中の蛙”でした」と小笠原さんは振り返ります。
技術者の直感で「お手玉」を思い付き、江東区の町工場(映画では山崎努さんの工場がモデル)にファックスを送って、薄いアルミ製の球体を試作品に作ってもらいました。「本当にハネ返らないのか?」という疑問を払拭するために、飛行機を急降下させて無重力に近い状態でのべ12回、3年にわたって実証実験を重ねたそうです。小笠原さんは「技術者には、妄想でもいいから“直感”が大事」と強調されていました。・・・なんだかこのエピソードだけでも1本の映画になりそうですね。
その後、さまざまなトラブルに見舞われながらも、プロダクトマネージャー川口さんの「はやぶさの目的地は地球」「地球へ帰そう」の一言でチームは団結しました。小笠原さんは、「いろんな人がいろんなことを言ったが、プロマネのあの一言は今でも忘れられない」そうです。「リーダーは、たった一言、心に残る言葉があればいい」と実感を込めておられました。
最後にイオンエンジン全停止という最大の危機を迎え、映画では政府(JAXA)と民間(NEC)出身の2人の技術者が対立したような描き方でした。ま、そこで最終的に渡辺謙さんが主役らしく「全責任は私が取る」とカッコよくおさめるんですが、実際は技術者2人が最後まであきらめずに食らいついて、周囲が引っ張られたそうです。
「抵抗するのが一人で残り全員があきらめモードだったら無理だったと思う。2人だったから前進できた」と小笠原さん。・・・うん、すごく現実味があるなあ。いろんなことで四面楚歌になるとき、1人ならくじけちゃいそうなところ、誰か1人でも賛成してくれると馬力が出るし、反対する人も一応聞いてみるか、という気になってくれそうですよね。映画的に見せ場を作りたかったのかもしれないけど、あそこはあまりいじらずに、2人の団結力を見せてほしかったと、まあ後から実際の裏話を聞いて思った次第です・・・。
はやぶさの技術的な功績は、①イオンエンジンの性能の凄さ、②ハイレベルな自律航法、③小さな球を打ちこんで採集に成功したこと、④サンプルを守り切ったカプセルの性能の凄さーだそうですが、やはり映画のキャッチコピーにもあるとおり、「あきらめないこと」に尽きると思います。
現在、金星探査機「あかつき」が、金星の軌道突入時にエンジン全停止というアクシデントに見舞われ、姿勢制御用エンジンで再チャレンジしているところで、あかつきのスタッフは、はやぶさの功績を間近に見ているだけに、小笠原さんは「彼らはまったくあきらめていない」と頼もしそうに語ります。
2014年には「はやぶさ2」が、小惑星1999JUSという水や炭素系有機物がありそうな惑星を目指して出発する予定だそうです。事業仕分けで予算が削られ、そっちの面で苦労されているそうですが、日本人の技術力とあきらめない強靭な精神力を最大限に発揮させるこういう舞台を縮小させないでほしいと、切に感じますね。
歴史好きの私は、未来を考えたり研究したりする人とはあまり縁がないけど、歴史を創ってきた人は間違いなく現状で縮こまらず、未来を志向し、壁を打ち破ってきた人だということぐらいは理解できる、と実感した講演会でした。