杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

中日新聞富士山特集 岩槻先生インタビュー

2012-02-28 13:27:19 | アート・文化

 遅い報告になりましたが、2月23日(木)は富士山の日記念。グランシップで開催された富士山世界文化遺産フォーラムに行ってきました。パネリストのお一人だった岩槻邦男先生に、同日発刊の中日新聞富士山特集でインタビューした記事が掲載されました。フォーラムでの先生のご発言も、インタビュー内容に重なっている部分が多かったので、改めてご紹介します。

 

 

自然と文化を統合した「富士山学」の必要性<o:p></o:p>

 岩槻邦男氏(東京大学名誉教授)に聞く<o:p></o:p>

 

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2月1日、富士山の世界文化遺産推薦書がユネスコへ正式に提出された。日本の象徴・富士山が、世界共通の文化遺産になる日に向けて、カウントダウンが始まった。<o:p></o:p>

 223日は富士山の日。グランシップで開催される記念行事・富士山の日フェスタ2012の『富士山世界文化遺産フォーラム』にパネリストとして参加する岩槻邦男氏(東京大学名誉教授・元日本ユネスコ協会委員)に、信仰・芸術の源泉となった富士山の自然の価値、人と自然の共生について統合的に研究する「富士山学」の必要性についてうかがった。(取材・文/鈴木真弓)<o:p></o:p>

 

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―先生は自然科学を専門とし、環境省の「世界自然遺産候補に関する検討会」の座長も務められました。一般的な認識として、「富士山は自然遺産にはなれないから文化遺産登録を目指した」と受け取られていますが・・・?<o:p></o:p>

 

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 その認識は誤りです。2003年の検討会では、国内の世界自然遺産の候補地を19カ所選び出しました(表参照)。その中から知床半島、小笠原諸島、琉球諸島が登録に向けて動き出し、ご存じのように知床と小笠原の登録が叶い、現在、琉球諸島が2013年の暫定リスト入りを目指して準備をしているところです。富士山も19候補の中に入っており、今も自然遺産候補であることに変わりはありません。<o:p></o:p>

 

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―富士山イコール日本の象徴だと誰もが認識しているのに、知床、小笠原、琉球諸島に“遅れ”をとったのは、やはり問題があったのでは?<o:p></o:p>

 

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 確かに、先行した3カ所に比べると、富士山は「すぐにでも登録可能な有力候補」という状況ではありませんでした。しかし世界遺産候補という“表舞台”に上がったことで、し尿問題やゴミ問題はじめ、保全について不備な点が大きくクローズアップされ、問題解決のきっかけとなったのです。自然遺産候補として否定されたのではなく、むしろ世界遺産としてもふさわしい方向に一歩前進させたと理解してほしいですね。<o:p></o:p>

 

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―あらためて、富士山の自然の価値をどのように見ておられますか?<o:p></o:p>

 

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富士山をテーマにした信仰や芸術や、そこから得る感動は、まぎれもなくあの山の自然景観の美しさがもたらしたもの、と実感しています。<o:p></o:p>

 

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―専門家から見た富士山の自然の特徴とは?<o:p></o:p>

 

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生物学から見れば、中腹以下に特徴があるといえますが、人の生活圏に近くなれば問題が生じるのはやむをえません。しかしながら、日本人は、日本の自然に対し、自然科学で解析するだけでは評価し得ない、宗教的ともいえる価値を見出しています。山そのものをご神体として崇拝する精神文化を持ち、山の噴火を神の怒りと考え、神社を建て、身を律した。日本列島は平地・谷地が2割強です。8割近くを占める山岳・森林地帯のうち国土の2割程度を里山として切り拓き、残りの奥山は“神々の住まい”として、きちんと住み分けたのです。このゾーニングは見事と言ってよいでしょう。<o:p></o:p>

 

 伐り開いた人里に鎮守の森を置き、氏神様を祀っているのも、本来、ご神体である山や森の一部を使わせていただいている、という畏敬と感謝の念が信仰として表れたのです。<o:p></o:p>

 

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―日本人のそのような価値観を、世界は理解するでしょうか?<o:p></o:p>

 

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 明治維新で西洋文明が入って来た時、神仏分離令などもあり,鎮守の森は3分の1に減りました。日本人は豊かな緑を神々からの授かりものと考え、西洋人は合理的に有効活用すべきものと考える。彼らにとって、自然を人為的にコントロールするのは正しいこと。だから戦争で敵の領域の森を焼き払うのは平気です。日本人は絶対にやりませんね。織田信長が比叡山を焼き撃ちにしたときも、お寺の周辺を焼いただけです。富士山が浅間大社のご神体であるという意味は、西洋人には解りづらいかもしれませんね。<o:p></o:p>

 

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―では、世界に向けてどのようなメッセージを送ればよいのでしょうか?<o:p></o:p>

 

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日本人は“純粋な雑種”です。古来、日本には大陸からさまざまな系統の人たちが流入してきて、大和王朝が成立した8世紀にも“混血化”は進展していました。にもかかわらず、日本語という統一言語を持ち、北から南まで統一した固有の文化を生み出しました。これは、日本列島の自然がそうさせたと言ってよいでしょう。自然と共生するためにゾーニングをし、四季に応じた暮らし方を発展させた。自然あっての暮らしであり文化です。<o:p></o:p>

 

富士山の文化的な価値を伝えるには、富士山の自然から語らなければ始まりません。その意味で、私は自然と文化を統合的に研究する「富士山学」というものを推進すべきだと考えます。日本人の自然観を理解してもらうためにも必要だと思います。<o:p></o:p>

 

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―現在、富士山世界遺産センター(仮称)構想も進んでいるようですが。<o:p></o:p>

 

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 富士山学の研究拠点になれば、と期待しています。世界中の研究家が参加できるような統括センターになってほしいですね。ユネスコに関わる施設となれば、『平和』というキーワードも重要になります。富士山と日本人の関係性は、世界平和の在り方や今後の環境問題にも示唆を与えるはず。まさに世界に誇る富士山らしい構想を発展させてほしいと思います。<o:p></o:p>

 

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―静岡県には県の顔となるような博物館施設がありません。世界遺産センターがその役割を担ってくれるのでは、と期待しているのですが。<o:p></o:p>

 

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 日本に既存の博物館的構想からは脱却した方がいいと思います。博物館は生涯学習の受け皿として長寿国日本に必要不可欠な存在になっており、そのためにも県内外の人に向けたシンクタンク機能と生涯学習支援機能を持ち合せる必要があります。<o:p></o:p>

 

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―先生が館長を務める『兵庫県立人と自然の博物館』は、その先進例として注目されています。

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博物館の資料や作品を「展示」するのではなく、「演示」しようと言っています。作品を一方的に飾って見せて終わりでは、イベント会社が催事場でやるのと変わりありません。その道の専門家やプロの研究者がいる施設なら、第一級の研究成果を見せる。しかも鑑賞者がともに学び、楽しめる見せ方をすべきだと。そうなると若い人からシニアまで、知識欲のある幅広い人々が集まってくるでしょう。<o:p></o:p>

 

博物館運営に携わる者として、学校の詰め込み教育では充足できない部分を博物館が補完することで、長寿社会の真の豊かさづくりに貢献したいとつくづく思います。富士山は世界中の老若男女を吸引できるテーマですから、日本を代表するような、新たな博物館モデルを創り上げてほしいと願っています。<o:p></o:p>

 

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―ありがとうございました。

 

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岩槻邦男氏プロフィール<o:p></o:p>

1934年兵庫県生まれ。京都大学理学部植物学科卒業。同大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学教授、東京大学教授、立教大学教授、放送大学教授等を経て、現在、東京大学名誉教授、兵庫県人と自然の博物館館長。専門は植物系統分類学。<o:p></o:p>

 

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『生命系―生物多様性の新しい考え』岩槻邦男著 岩波書店1999年発行<o:p></o:p>

 

生物は個体だけで生きているのではなく、他の生物とさまざまな関係をもって生物圏という広がりの中で生きている。また、生物は現在だけを生きているのではなく、すべての生命は30数億年の歴史を共有し、未来に向かって生きている。岩槻氏は、そのような空間と時間の広がりを持った生命活動を「生命系」と名付けた。環境創成の在り方やその本質を探る上で多くの示唆を与える名著。(こちらをぜひ)<o:p></o:p>