杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

名古屋・広島・京都たび(その1)~平清盛展

2012-05-25 14:14:37 | 歴史

 5月21~23日と名古屋・広島・京都を回りました。ふだんは小さな町をブラブラじっくり歩くのが好きですが、たまには大都市間をはしごしてみるのも楽しいですね。交通費を節約するため、ローカル線と夜行バスを使っての“長距離はしご”です。

 

 

 名古屋は、広島行きの夜行高速バスに乗るために立ち寄りました。静岡から豊橋まで東海道線でゴトゴト。豊橋から名鉄でゴトゴト。鉄女というほどではありませんが、ローカル列車の旅が好きな自分にとっては、車窓の風景や珍しい駅名や乗客の言葉や服装を見聞きするだけで楽しめます。本も新書版一冊はゆうに読めますしね。

 

 

 

 せっかく名古屋で下車するなら、バスの時間まで映画でも観ようと、劇場をチェックし、静岡ではまだ未公開の裏切りのサーカスを観に行きました。クセモノ俳優ゲイリー・オールドマンが、渋~い英国老スパイに扮し、サーカスと呼ばれる英国諜報部の中に潜むKGBの隠れスパイを探り出すというサスペンス。スパイ物ですが007やボーンシリーズみたいな派手なドンパチやカーアクションは一切なくて、渋いおじさん俳優ばかりのゾクゾクするような頭脳戦。いやぁ、好きですわ~こういうテイスト。一応結果(犯人)はわかって、ラストにも爽快感がありますが、もう一度観直さないと気が済まないところもあって、何度も観たくなる。この、何度もお金払ってでも観たくなるっていうのがいい映画の条件ですよね。早く静岡でも上映されないかなあ。

 

 

 

 

 22時に栄のバスセンターを出発し、翌朝7時すぎに広島駅新幹線口に到着しました。夜行高速バスの事故があってから、運転手さんが疲れていないか多少は気になるようになりましたが、JRバスの場合はちゃんと交替制をとっているし途中の休憩も多いので、運転手さんには心の中で「安全運転ありがとうございます」と手を合わせながらの約9時間のバス移動でした。

 

 

 

 

 旅先では、居酒屋を見つけるのと同じくらい楽しみにしているのがコーヒーの美味しい喫茶店を見つけること。チェーン店やコンビニなんかでよくある、マシンで淹れるインスタントに毛が生えたようなコーヒーにはうんざり。店主がていねいにハンドドリップで淹れてくれる珈琲専門店がある町って、それだけで文化を大切にしている市民が居る気がします。

 今回のお目当ては広島で老舗の「てらにし珈琲」。路面電車を乗り継いで最寄り駅までたどり着いたはいいけど、コピーしてきた住宅地図が狭いエリアすぎて、方角がまったく判らず、通りがかりの女性をつかまえて訊ねたら、ていねいに途中まで案内してくれました。・・・うん、これだけで広島市民の文化度の高さにナットクです

 

 

 

 てらにし珈琲は、熟年のマスターと若い男性店員さんの実に折り目正しいサービスが素晴らしかった。モーニングは山切りトーストと千切りキャベツ大もりのサラダにコーヒー。服が汚れないようにと布のひざかけを貸してくれたり、マスターは「コーヒーは薄くなかったですか?遠慮なく言ってくださいね」と声をかけてくれたり。一見の客にこういう言葉をさりげなく掛けられるって、マニュアル通りの接客しかできないチェーン店やセルフの店のスタッフじゃ出来ないでしょうね・・・。老舗として長年愛される理由、いろいろあると思いますが、ホスピタリティの基本を大事にしているってのが大前提だと改めて実感します。

 

 

 

 

 

 

 さて、この日は13時から東広島市民文化センターで開かれる第48回(独)酒類総合研究所講演会を聴講するのが目的でした。まだ時間があったので、広島県立美術館で開催中のNHK大河ドラマ50年特別展・平清盛を観に行きました。

 低視聴率が話題にされている今年の大河ドラマ、私は世間が批判するほど悪いとは思わないけどなあ・・・。確かに序盤、清盛が漫画チックに「海賊王になる~!」とわめくなど、治世者となる片鱗がなかなか見えず、大河の主役にしては小っちぇえ器だなあと白けさせられた演出もありましたが、複雑な時代を人間ドラマとして魅せようとする脚本の力は信頼できると思います。

 

 

 

 それはさておき、清盛前後の時代背景や人物相関図、やたら似た名前が多くてイマイチわかりにくいのは確かです。この清盛展では、まずは平氏一門が厳島神社に奉納した美しく芸術的な法華経が印象的で、平家ってすごい文化レベルが高いんだなあと素直に感動しました。平家納経って阿弥陀仏の絵や、絵の中に文字が組み合わさった今で言うイラスト解説画が経文の冒頭に描かれているんですね。保存の状態も見事で、実に華やかです。

 

 

 どうして神社に経文が奉納されたんだろうと不思議に思いましたが、平安末期のこの頃というのは、仏教が伝来して500年ちょっと経った頃で、日本古来の神道と融合し、日本の神々は仏教の神様が姿を変えたものと考えられていたのですね。観音菩薩はすべての衆生を救うため相手に合わせて33の姿に変身するといわれたことから、平家納経も33巻作られました。

 

 

 

 

 展示物では清盛が切り開いた国際貿易の功績も印象的でした。中国・宗の白磁は、焼物好きならその価値がよく解ると思いますが、白くて優雅で美しく硬い白磁は、日本では江戸時代になるまで焼くことができなかった先端芸術です。これを手にした当時の貴族たちは、清盛の財力や外交能力に恐れをなしたんだろうなあと想像できます。外海の世界に無知な島国で、いち早く外海の知識や文物を手に入れた人間が先走りし過ぎて叩かれて、結局短命に終わってしまうって例は歴史の上でしばしばあることです。政治とは、保守的な人間と革新的な人間の嫉妬と憎悪とその果ての抗争の繰り返しなんですね・・・。

 

 

 

 清盛が遺した“お宝”と、彼の前に立ちはだかった源氏や後白河法皇の肖像を同時に観比べると、ある意味この時代の面白さを一層深く感じます。やたら「頼」「経」「盛」「法皇」「上皇」など似たような名前で混乱しそうなところはドラマの役者の顔をあてはめてみると判りやすいですね。こういうややこしい時代こそ、ドラマにして伝える意義は大きいんじゃないかと思います。(つづく)