六文銭の里、松代町に行ってみました。
長野県内といっても諏訪からは100km以上あります。
高速を使っても一時間半ばかりかかりました。
松代町は昨年3月までは長野電鉄屋代線が通っていましたが現在は廃線です。
松代駅の駅舎はまだ残っていました。
松代城
武田信玄が築城。その後1622年真田信行が上田城から移封されて以来真田氏10代が城主として続きました。城門や石垣は写真のように復元されましたが中はただの広場になっています。
真田十万石の城下町。街路を歩くとゴミひとつ落ちていなくて清潔感あふれています。
どこからか金木犀の香りが漂ってきます。
空は真っ青、秋です。土曜というのに観光客もまばら。少し淋しい。
文武学校
辻は十字路ではなくてかぎ型に交わっています。
敵に攻め込まれないように城下町では多いですね。とくにここは清々しい。
真田邸(新御殿)
正門
中庭
中庭
真田邸は江戸時代末期に9代藩主真田幸教が建てたものです。
明治維新以降は真田邸の私邸として使用されていた御殿です。
お台場の億ションのほうが眺めもいいし冷暖房完備で使い勝手も良さそうです。ただしこの解放感と見事な庭は季節の移り変わりの素晴らしさが体感できて人間的かもしれません。
戸袋の中の雨戸を見ると10枚以上が収納されています。これが十なん部屋もあるのですから雨戸をあけるだけでも毎朝1時間以上かかるでしょう。我が家なんか1~2分で終わるので楽です。
貧乏人のひがみでしょうか。
松代象山地下壕
地下壕入口
地下壕内部
太平洋戦争末期、本土決戦の最後の拠点として大本営、政府機関などを移す目的で軍部が極秘で建設されたもの。総延長約10km。
約9か月間、終戦の時には約7割がた完成していたそうです。
朝鮮の人達や日本人(中等学校の生徒、児童も含む)の多数の犠牲者と莫大な費用がかかったまさに狂気の沙汰の建造物です。
暗くじっとりと湿った坑内から外に出ると秋の空が広がり単に平和な世の中に生まれてよかったと軽い気持ちで言えないほどの戦慄を覚えます。
澄み渡った高い青空と
金木犀の香りに包まれた一日でした。
ということで、気分は「君のひとみは10000ボルト」♪