昨日、岩手日報の訃報欄を見て、わが目を疑いました。
元盛岡一高校長の高橋和雄先生がお亡くなりになったのです。
高橋和雄先生は昭和46年盛岡一高卒、私も驚くほどの盛岡一高ファンでした。
昭和63年夏には、盛岡一高昭和43年夏甲子園8強時のレギュラー選手だった三浦宗監督が率いる高田高校の野球部長として甲子園出場を成し遂げられておられます。
盛岡一高硬式野球部の練習試合に一高グランドに足を運ぶと、レフト後方で折りたたみ椅子に腰掛けて観戦している校長先生に何度もお会いしました。ハンドボール会場、テニス会場でもお姿を拝見し、声を掛けさせていただきました。また、お忍びで、松岡修造と錦織圭が一高グランドにやって来た時は、いち早く、メールを送っていただき、白堊スポーツで第1報をお知らせすることが出来ました。
たいへん気さくな方で、後輩がアポイントを取らずに校長室を訪ねた時も、嫌な顔も見せず部屋に招き入れてくれたこともありました。
2009年夏の高校野球決勝、盛岡一高VS花巻東、盛岡一高のサード高橋洵さんは息子さんです。野球部長として甲子園出場を果たした高橋和雄先生の「選手の親としての甲子園」の夢は惜しくも消えてしまいましたが、スタンドでともに声を枯らしたあの熱い夏の日がよみがえります。
まだ、まだ、今後のご活躍を期待していた矢先の訃報に、如何様に接すれば良いかわからず今日に至りました。
天国で、盛岡一高生の活躍を温かく見守ってください。
高橋和雄先生、長い間、お世話になりました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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