子どもも大人も、生活したり、生きていくのに悩みはつきないものです。
もっと勉強ができるようになりたい。
サッカー部でレギュラー選手になりたい。
もっと収入を増やしたい。
なぜうまく話せないのか。もっと話がうまくなりたい。
ほんとうに、人の悩みはつきません。
悩まないで暮らせたらどんなにいいだろうか。
中学生も同じです。
とくに思春期の子は悩むことが多いものです。
だだ、そんなとき教師ができることは、悩む生徒が自分で納得して決めるようサポートすることです。
「こういう方法があるよ」
「いつでもいいから、相談してください」と声をかけたら、ひたすら待つことに徹することと思います。
あくまで決めるのは本人なのです。
そもそも、悩んでいる人は、悩まなくてもいいようになりたいと思っていることが多いのではないでしょうか。
そして、悩むことはよいことでないと考えている人が多いのです。
しかし、考えようによっては、裏返しで悩むことはよくなりたいと欲しているのだから、その点では前向きな意識や態度なのです。
はじめから自分は完全、パーフェクトと考えている人は、もともと悩まないのですから。
悩みがあるから、人は変化、成長していくのです。
私は高校生のとき、授業中に指名され発表すると、顔が真っ赤になり赤面するのが悩みの種でした。
それが、教師になり生徒の前で話すことになり、校長の時には全校生徒600人の前で何度も話しました。
もうこの段階では、緊張するどころか、対面する若い生徒たちのエネルギーを吸収して自分がみるみる元気になるのを自覚するほどでした。
これほど極端ではないにしても、人は以前に悩んでいたことに、今も同程度に苦しんでいるでしょうか。
また、人は20年前に悩んでいたしても、何に悩んでいたか現在思い出せない場合もあるのではないでしょうか。
だから悩みはいつのまにか少しずつ変化していたり、消えていたりするのです。
つまり、人はそのときどきで問題を解決していたり、境遇や状況を変化させ、成長しているのです。
このように考えると、悩みは人を成長させる糧になると言えるのです。
今の時代、結果がすべてととらえる成果主義で覆われています。
この状況下では、人は自分を追い込み、自分を他者と比べて、悩むことも増えてきます。
でも、悩んでも、なんとかやっている自分を自己評価すればいいと思います。