箕面三中もと校長から〜教育関係者のつぶやき〜

2015年度から2018年度に大阪府の箕面三中の校長を務めました。おもに学校教育と子育てに関する情報をのせています。

人格の完成をめざす

2019年09月15日 10時48分00秒 | 教育・子育てあれこれ









みなさんは、過去の自分をふりかえって恥ずかしいと思うことはありませんか。

私は初任者として箕面五中に着任した頃、自分がやってきた失敗を思い出したら、「よくあんなことしていたな」と思わず恥ずかしく思うことがあります。

生徒に言った言葉、親御さんに投げかけた言葉で、自分がつまずいたこともありました。

あの時代だからこそ許されたような言動があったかもしれません。

かといって、今は完成した人になったかというとそうでもありません。

いまでも失敗をします。

人は一生完成途上にいるからこそ、改善したり、努力したり、頑張ったりできるのかもしれません。



「中学生は大人でないので、未熟なんです。失敗もします。失敗すれば『それは間違いですよ』と繰り返し、繰り返し教えていくのです。それが教育というものです」。

これはTVドラマ「3年B組金八先生」の中での金八先生のセリフです。

ほんとうにその通りだと思います。これが、教育の本質を言い当てていると、私は今でも思っています。

じっさい、戦後に公布された「教育基本法」の第1条には、「教育の目的は、人格の完成にある」と明記されています。

教育の目的は、社会に貢献できる人を育てることにあるとして、いまはAI時代の到来、変化の激しい社会で活躍できる子どもを育てるという路線に、国の教育政策は重きを置いています。

しかし、社会への貢献は、教育の一側面でしかありません。教育の第一義的な本質は、人格の完成にある。私はこう思います。

したがって、失敗することもあるでしょう。失敗するからこそ、そこから学び成長していけるのです。

とはいうものの、わたしのあの若い頃の失敗は、今思い出しても恥ずかしく穴に入りたい思いになることもあります。

ただ、前向きに考えると、「過去の自分を恥ずかしいと思うのは、今の自分が成長した証である」ととらえることもできると思います。

人は、一生人格の完成を目指して学習を重ねていく存在なのです。


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