私たちは往々にして、他者が完全であることを求めますが、自分自身の欠点を正そうとはしないものです。自分の欠点に気がついていないことさえあります。
学校では、ときどき先生が児童生徒に「こうするべきでしょう」「なぜそうしないのだ」と「指導」している場面があります。
「職員室に入るときは、何の用件か言いなさいと言っているだろう。黙っておらず言いなさい!(怒)」
生徒がそのようにできていない点を正そうとするのにやっきになり、言っているほうは、「これが子どものためだ」と思って、熱心に言っていることがうかがえます。
しかし、そんなとき、わたしはふと考えることがあります。
「では、あなたは同僚に必要な用件ちゃんと伝えていますか」と思うのです。
とくに、指導するのが仕事であり、教師としての使命だという思い込みの強い人は、自己反省が必要です。
「生徒にそれを言うなら、自分がやっていることをいうべきです。
自分ができていないことを生徒に求めてはだめだ。
それができている人かそうでないかは、中学生になるとちゃんと見抜きますよ」。
他者に説諭したりアドバイスしたりすることが相手のこころに届くのは、その言葉に話す人の生き方や所作など、リアリティが反映されているからでしょう。
べつにこれは、教師と児童生徒の関係でなくても、親子関係、また一般社会の人間関係ても同様だと思います。
まず、自分自身をよく見つめ、できていることとできていないことを自分で認知しておくことが必要だと思います。
他者に説諭したりアドバイスしたりすることが相手のこころに届くのは、その言葉に話す人の生き方や所作など、リアリティが反映されているからでしょう。
べつにこれは、教師と児童生徒の関係でなくても、親子関係、また一般社会の人間関係ても同様だと思います。
まず、自分自身をよく見つめ、できていることとできていないことを自分で認知しておくことが必要だと思います。
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