乃木坂トンネルの脇を通って南青山一丁目の住宅密集地の中を散策していきます。この道路は外苑東通りから乃木坂トンネルの上に通っている行き止まりの道路です。
行き止まりの道路なので交通量は皆無に近く、車道の上を散策しても全く危なくはありませんでした。
道路の周辺は低中層マンションの建物が密集していて、狭い路地となっている道路が周辺に広がっています。この路地裏からは正面に「ミッドタウン・タワー」が綺麗に見えました。
外苑東通りの「乃木坂陸橋」に到着しました。この陸橋の真下に乃木坂トンネルの東側坑口があり、また東京地下鉄千代田線乃木坂駅も同じくこの真下に位置しています。
乃木坂陸橋の周辺も中低層マンションが集まっています。
乃木坂陸橋の真下に乃木坂トンネルの赤坂側の入口があります。外苑東通りから階段を下りることによって乃木坂トンネルの脇に出ることができました。
「乃木坂陸橋交差点」。東京都道319赤坂杉並線と外苑東通りが交差しています。一度野木坂陸橋の上に戻り、外苑東通りに面した乃木希典の邸宅である「乃木公園」へ向かいます。
乃木坂陸橋の北側、外苑東通りの大通りに面した場所に乃木希典将軍の邸宅跡に整備された「乃木公園」と、隣接して「乃木神社」の敷地が広がっています。
敷地内に入ると目の前に明治35年築の旧乃木希典亭の質素な雰囲気の一軒家が建っています。乃木夫妻の命日である毎年9月12・13日に内部の無料一般公開が行われています。
母屋から少し離れた場所には古い赤レンガ作りの馬屋の建物も綺麗に保存されていました。明治時代に造られた赤レンガも約100年経つとこれくらい赤黒く変色してしまうのですね。
明治時代の軍人であった乃木希典は大正元年(1912年)9月13日、明治天皇大葬が行われた日の午後8時ころにこの邸宅の一室で妻・静子とともに自刃して亡くなりました。その後、日本全国で乃木希典を祀る乃木神社が建立されることになります。
それだけ乃木希典には多くの人望があったということでしょう。死後も彼の活躍や影響について、多くの議論をわき起こしたそうです。
散策当時は人はおらず、閑散としていました。
質素な作りの建物と比較すると敷地の面積は大変広く、日本庭園が造営されています。
現在でも維持管理が行き届いているように感じました。午後の西日が庭園内に降り注いでいました。
隣接している「乃木神社」の敷地内を通って再び乃木坂陸橋の真下に降りることができました。再び赤坂へ向かって散策を続けます。
乃木坂陸橋から赤坂まであと少しです。