書評 BOOKREVIEW
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
福田恆存の手紙百通を収録、これは箴言集である
三島由紀夫への手紙は編集されず、江藤淳には言及がない
♪
福田逸・編著『福田恆存の手紙』(文藝春秋)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@
福田恆存没後三十年。いまも読まれ続け、とくに安保、国語問題での福田の発言は今日にも通用する。本書は初公開の百通の手紙を編集したものだが、生前の福田の思考と息づかいが文面から伝わる。
「日本語では照れくさいので英語で申します I miss you!」(ドナルド・キーン宛、昭和三十年九月二十三日)
「高飛車な言葉でお気に障るかもしれませんが、あなたは間違っておいでです」(杉村春子宛、昭和三十五年)
手紙は吉田健一・大岡昇平・Dキーンら文学者に、芥川比呂志・杉村春子ら演劇人に、教え子や友人に宛てたもので、福田恆存の次男で演出家の福田逸が二年かけて編集し、詳細に解説している。
この本で、福田恆存の和歌に初めて接した。四首残しているが、そのうちの二首
寂寞のきはみにありて御仏は なにみそなはすらむ今のうつつに
世も末か俺のためには死ねといふ 人もなければ死ぬ人もなし
何だか西行的である。ニヒリズムが色濃くでている。
杉村春子への手紙は、台本を中国に忖度して改悪したことに関してで、『戦争中にも同様のことを間近に見聞きしてきました。今では軍部の圧力などと言いますが、じつは当時の文化人が、軍部が何も言わないのに、或いは言ってもこちらがわは何も押さないで、むしろ言われぬ先に向こうの意に合うようなことして機嫌を取っておりました』。
第二に安保問題での演劇人達の軽率さを批判している。この手紙は、手紙と言うよりロジックをきちんと並べた小論文である。
黒田氏という教師の年賀状に、『生徒に対し今自衛隊があり、ベトナムで戦争がおこなわれている。どんなことがあっても自衛隊だけには入れたくない。自衛隊は軍隊だ、兵隊だ。兵隊は人殺しだ。殺人をさせてはいけない」などと書かれていた。
福田は筆をとって返信をした。
「ベトナム戦争についての貴方のお考えは、左翼の宣伝を一方的に信じ、何ら確実な資料に基づかず、アメリカだけを悪玉視しています。とてもお答えできるものではありません。次に戦争観も全く単純浅薄な戦後の風潮に影響されたものでこれまたお答えの仕様がありません。戦争も平和もひとしくくだらぬものですが、いづれのためにも命をすてる覚悟も信仰もあなたには無いようです。私は戦争より殺人より悪い最大の悪は弱さだと信じております。以上、十分なお答えになっていませんが、一人一人に納得して貰える様に、そのたびに書いている暇はありません。私の考え方を本当に知りたいなら私の本を読んでください」
てきぱきと要点を衝いて、ズバリ相手の肺腑を抉り、さっとまとめた文章だが、なるほどこのような短文は効果的である。
すると黒田教諭から返事が来た。
「一瞬三十五年の過去が真っ暗になりました。しかし次の瞬間私はぴかぴか光る大宇宙の空間に放り出された気持ちでおります。勇気が無かったのです。心入れ替えます」
それから福田恆存と黒田教諭の「本当のつきあい」がはじまり、二人の距離はどっと縮まり、信頼の絆が確固たるものになったという。
晩年に見舞いにきた黒田氏をみて、福田は懐かしそうに病床からおきて、晩餐に誘い、酒を一口飲んだあと、「のこりを呑んで」と、まるで別れの杯を分かち合ったのだと言う。評者は武田勝頼が長篠で敗れ、撤退する際の水盃の場面を思い出したのだった。
涙が出る最後の晩餐の様子がうかがえる。
(手紙の原文は歴史的仮名遣いです)
☆○◎☆み◎☆◎○や○☆◎○ざ☆○◎☆き☆◎○
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024年)11月11日(月曜日)
通巻第8498号 より
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます