モリモリキッズ

信州里山通信。自然写真家、郷土史研究家、男の料理、著書『信州の里山トレッキング東北信編』、村上春樹さんのブログも

春爛漫。上杉謙信の陣城跡・陣場平の貝母。堂平大塚古墳の紅梅。妻女山山系のダンコウバイ(妻女山里山通信)

2022-03-31 | アウトドア・ネイチャーフォト
 最高気温が20度。午前中はやわい南風。昼に突然北風に変わり突風が吹きましたが、すぐに穏やかになりました。妻女山山系も一気に春めいて来ました。しかし、週末はまた寒の戻り。三寒四温で暖かくなるでしょう。

 陣場平の貝母も、なごり雪でつぶされることもなくスクスクと育っています。なかなか広いので、その全貌を写すことは難しいのです。今回は東南の端から左から順に撮影して紹介します。次回は魚眼レンズを持って行きましょう。この左にもまだ群生地はあります。

 少し右へカメラを振って。奥に太いクマノミズキがあります。その向こうが上の入り口の丸太のベンチがある場所。右奥は現在貝母の中心的な群生地ですが、2014年頃はヨシとノイバラの群生地でした。

 更に少し右へ。更に右にも群生地があります。株と株の間には、種がこぼれて生えた貝母の実生がたくさん出ています。足を踏み入れないようにお願いします。陣場平は、川中島の戦いで上杉謙信が布陣したと伝わるところです。
斎場山から天狗山へ。上杉謙信斎場山布陣想像図。古書の虫干しで大発見(妻女山里山通信):『川中島謙信陳捕ノ圖 一鋪 寫本 』榎田良長とGHQが空撮した斎場山から陣場平のカット。

 毎年真っ先に咲き始める西斜面の貝母。葉の先が丸まって来ました。これを互いに絡み合わせて、この時期襲来する爆弾低気圧の突風から身を守ります。

 蕗の薹(とう)も、妻女山山系のあちこちで出始めました。雄花。雌しべがあるので両性花ですが自家受粉はできません。

 こちらが雌花。雌花の中にも両性花が混じりますが、やはり自家受粉はできません。なぜか雄花の方がたくさん見られます。味は、雌花の方が苦味が少ないと言われますが、混ぜて蕗味噌や天ぷらにするので分かりません。

 ノイバラを抜いたり、地下茎を掘り出したりの作業をして、昼は堂平大塚古墳のログハウスへ。左が爺ヶ岳で右が鹿島槍ヶ岳ですが、春霞にもやっています。シジュウカラが盛んに鳴いています。ヒオドシチョウが舞い、テングチョウがあちこちで見られます。

 紅梅が一気に咲きました。白梅より中国風な感じがするのはなぜでしょう。

 艶やかな花色ですが、香りはあまりありません。

 オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)は、明治初期にヨーロッパから伝わった帰化植物ですが、あまりに当たり前にありすぎて、そういう感じはしません。オオバコ科クワガタソウ属の越年草。日が当たるときだけ花を咲かせる一日花で、別名は星の瞳です。ホトケノザももうすぐ咲きそうです。
「犬ふぐり 星のまたたく 如くなり」高浜虚子

 タネツケバナ(種漬花)アブラナ科タネツケバナ属。オオイヌノフグリやホトケノザ、ヒメオドリコソウなどと共に、畑の雑草ですが、よく見ると可愛い。

 苔むした倒木の苔も、胞子嚢をつけています。別名を苔の花ともいいます。胞子嚢には、丸形、杯型、蓋付き、毛に覆われたものなどがあります。鳥の頭みたいでなかなか可愛いものです。
コケ・地衣類 [MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery]の写真図鑑

 これだけクローズアップにすると、逆に何の花なのか分からなくなりますが、ダンコウバイ(檀香梅)。クスノキ科クロモジ属の落葉小木の一種。別名でウコンバナ、シロヂシャ。花も芳香がありますが、小枝を折っても香ります。切っても旺盛に蘖(ひこばえ)が多数発生し、放っておくと森が葉で覆われて真っ暗になります。

国分寺・国立70sグラフィティ」ー村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティックー から、「春に似合うアルバム。私の一推しはこれ。『April in Paris』」の記事からの抜粋。
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 春は新生活が始まり希望の季節だが、同時に精神が不安定になり易い。寒暖の差が激しく自律神経が乱れるからだ。春眠暁を覚えずとか5月病とかいうが、気候変動の激しい春から初夏にかけては、体だけでなく心も疲れるものだ。その上、日本では春に新学期や入社、転居などを迎えるため、余計に精神のバランスを崩しやすい。そういう知識を持って、臨むといい。昔の人は、それを知っていて、「木の芽時」といって備えたものだ。そういう季節なんだと思えば、心も体も少しは軽くなる。肉や炭水化物の量を減らし、野菜や発酵食品を多めに摂る。砂糖や乳製品もできるだけ控えた方がいい。心も体もデトックスが必要な季節。蕗などの苦い山菜や抗酸化作用のつよいコシアブラなどの山菜やノビルやヨモギなどの野草を食べるのもいい。それが野生動物や先人の知恵だ。もちろん放射能汚 染されていないものを。
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 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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陣場平の貝母。上杉謙信の陣用水の湧き水。妻女山里山デザイン・プロジェクトの活動の歴史(妻女山里山通信)

2022-03-25 | アウトドア・ネイチャーフォト
 最高気温が18度の25日。所用があるので僅かな時間ですが陣場平へ。貝母は順調に成長しています。今回は、長坂峠へ登る林道の(法的には昔桑畑ばかりだったので農道)6番目のカーブの補修をしました。重機がないのでヤマグワ(山鍬)で30分ほど格闘。なんとかなりましたが、岩のように硬い土で腰が壊れました。
 今回は、陣場平の貝母の保全活動を中心として、里山の保全活動もしている「妻女山里山デザイン・プロジェクト(妻女山SDP)」の歴史を紹介したいと思います。

 妻女山駐車場から長坂峠を経て徒歩で約30〜40分で陣場平です。いつも載せている陣場平の標識がある入り口はこの80mほど上ですが、知っている人はこの下から入ります。矢印を緩く登ると50mほどで陣場平の広い台地に出ます。右のPは我々が山仕事をするときのために作った駐車スペースです。貝母を見たいけれど足が悪くて登れないという方は、車で登ってここに駐車してもかまいません。ただし林道が悪路なので、4WDの最低地上高の高い車でないと無理です。

 右向こうが上の入り口からの場所で、丸太のベンチが二つあります。貝母(編笠百合)は、大きさがまちまちです。種から生えたばかりのものは、3センチぐらいしかありません。この広い群生地が、林道からは見えないというのがミソです。知らないと通り過ぎてしまいます。初めて小道を歩いて満開の群生地を見た方は、皆歓声をあげます。陣場平とは、上杉謙信が川中島の戦いで陣城を構えたと伝わる広い台地です。

 堂平大塚古墳の先の谷にある湧き水。川中島の戦いの際に、上杉軍の陣用水になったと伝わっています。水量は豊富で、一年中枯れることはありません。蟹沢(がんざわ)といい、昔はサワガニがたくさんいました。ここは、麓でなにかあった時に非常用の水として使えます。他にも縄文の名水とか湧き水がいくつかあります。

■ここからは、妻女山里山デザイン・プロジェクト(妻女山SDP)の活動の歴史の一部を紹介したいと思います。

●2014年9月23日
 これは一番上のカットの場所からを矢印の方向へ少し登ったところです。現在は切り払われて清々としていますが、当時はカラコギカエデやダンコウバイ、山桜の立ち枯れなどがあり、ヤマフジなどのつるも絡んで鬱蒼とした藪でした。陣場平まで50mですが、ここを切り開くのは本当に大変でした。

●2016年4月2日
(左)藪を刈り払った場所に、ヨシが大繁殖して貝母に迫りました。ヨシの中にはノイバラも。(右)仲間を集めてヨシの除去です。根っこが少しでもあると出るので、地下茎も全て掘り出しました。加えてヨシだけでなくノイバラもたくさん混じっていて、その地下茎も掘り出しました。

●2016年5月8日
 陣場平の中心部。来たことがある方は、手前の捕虫網のある倒木で場所が分かると思います。現在は貝母の群生地ですが、当時はヨシとノイバラの群生地で、貝母の方に侵入してきていました。その除去作業を始めました。これが想像を絶するほど大変でした。ヨシは、3センチぐらい根があると発芽します。よって根を全て掘り出さないといけないのです。ノイバラの地下茎は、長いものは6m以上ありました。それも全部掘り起こしました。周囲の森も鬱蒼としています。風通しを良くするために、間伐や枝落としをしました。

●2016年5月22日
 左上が丸太のベンチがある入り口です。これだけの地面を全て掘り起こしました。落ちている根っこは全て拾い集めました。これは、人海戦術で地下茎を荒堀りした後です。これで終わりではありません。小さな根っこを全て掘り出します。基本のメンバーは5人ですが、多いときには、10人ぐらい集まってくれました。関わってくれた人は15人以上。現在は新型コロナの関係で、声をかけるのを遠慮しています。残念ですが仕方ありませんね。

●2016年5月22日
 掘り起こした根っこや茎を一箇所に積み上げました。結局、高さ2m以上になりました。現在見られないのは、腐って土に返ったからです。目のいい人は、周りに有害帰化植物のオオブタクサがあるのが見えるでしょう。

●2016年5月29日
 一列になって順番に掘り起こしていきます。根気作業です。5月末ですから暑いです。サンコウチョウが鳴いています。藪を切り開いたことで、ゼフィルスや鳥も集まるようになりました。ウスバシロチョウやオオムラサキも舞います。ニホンカモシカが満開の貝母の中に座っていることもありました。子熊と遭遇したことも。

●2016年5月29日
 地面に茎と根が混じって落ちています。茎はいいのですが、根は全て拾い集めます。更地にした場所には、貝母の球根を植えていきました。

●2016年8月7日
 真夏の作業は、ヨシの根塊を掘り起こす作業です。いわゆるヨシとは別の種類ですが、大きな根塊を作り繁殖するので掘り起こしました。これも大変な作業でした。

●2017年7月9日
 仕事が忙しく目を離していたら、なんとヨシなどを掘り起こした場所にハルジオンが大繁茂してしまいました。環境省の有害帰化植物100選にも入っているものです。根を残すと出るので、全て引き抜きました。現在ここは貝母の中心的な群生地となっています。今もハルジオンが出ることがあるので、全部引き抜いています。YOASOBIの「ハルジオン」とか松任谷由実の「ハルジョオン・ヒメジョオン」とかいい歌がありますが、ウスバシロチョウの貴重な吸蜜の花なんですが、結構厄介な有害帰化植物なんです。春紫菀、姫女菀と書くので、ハルジョオンは間違いですけどね。

●2018年7月16日
 帰化植物の抜き取りは、毎年梅雨明けの7月に行います。引き抜きがほぼ完了したので、草刈り機で除草しました。帰化植物がなくなると、地中の昔の在来の種が発芽するのです。アカネ(茜)も復活しました。そして、掘り起こした場所には、遠くに根付いた球根を掘り起こして植えることを毎年行いました。種から開花までは数年かかりますが、球根の場合は翌年に開花します。

●2019年7月15日
 妻女山SDPの作業は、陣場平だけでなく、そこまでの林道も保全します。これは立ち枯れの山桜を伐採しているところです。立ち枯れの樹木は、強風などでいつ倒れるか分かりません。ハイカーの安全のためにも危険な木は切ります。

●2020年4月25日
 突風で林道に三本の倒木が。これを伐採します。倒木はたいてい掛かり木になり、ヤマフジなどのつるが巻き付いているので、伐採は非常に危険を伴います。枯れ木は、伐採時にチェーンソーの振動で、上の太い枝が折れて落ちてくることもあります。事前に入念な打ち合わせが必要です。
 今回の写真は、貝母の開花期ではないため、ほとんどの方はご存じないでしょう。私の保全の話を聞いたことがある方でも、写真を見るのは初めてだと思います。里山保全というのは、毎年行わなければならないのです。そして、状況は変わります。ほとんどの場合、私が事前に調査して指示を出すことが多いのですが、皆の協力がなければ、とても現在のような貝母の大繁殖には繋がらなかったと思います。感謝です。そして、続きます。というとまるで苦行みたいですが、昼はバーベキューをして楽しみます。皆食いしん坊なので、和洋中華エスニックとごちそうが並びます。椎茸のホダ木栽培や味噌作り、米作り、大豆作り、いつできるか分からないワインぶどう作り、山菜採りやキノコ狩り、里山トレッキングや博物館・美術館めぐりとか楽しいことも満載です。平和でなければ、こういうことはできません。

●2021年4月11日
 昨年の満開の様子です。例年より一週間ほど早く満開になりました。今年は例年通りだと思います。4月10日頃から咲き始め、15日頃から25〜30日頃までが見頃でしょう。
 貝母を最初に発見したのは、2009年4月2日でしたが、その時は名前が分かりませんでした。そして、父に薬草じゃないか。川中島の薬草問屋が畑を借りて栽培していたと言われ。それから調べてやっと中国原産の貝母(和名:編笠百合)と分かり、4月29日に残花を撮影。とても貴重なものと分かり、世話役をしていた父に、集落の重鎮達に整備の許可を得てもらい藪の除去を始めました。そして3年目に、ログハウスのKさんや高校時代の友人達がやりたいと参加し、妻女山里山デザイン・プロジェクトの活動が始まりました。そんなわけで、現在の状態になるまで13年かかったのです。

 度々紹介している万葉集の一首。
 「時々の 花は咲けども 何すれぞ 母とふ花の 咲き出来ずけむ」丈部(はせつかべ・はせべ)真麻呂(万葉集) 「季節ごとに花は咲くのに、どうして母という花は今咲かないのだろうか(咲いていれば摘み取って共に行くのに)」。
 天平勝宝七年二月に、交替して筑紫に遣わされる諸国の防人たちの歌の中の一首です。これが貝母のことであるという説があります。貝母は球根の形から、母栗(ははくり)という古名があったそうです。丈部真麻呂は、遠江国山名郡(現在の静岡県袋井市)で徴兵され九州に派遣され国境警備にあたった兵士・防人(さきもり)でした。二月は現在の三月としてもまだ貝母が咲く前です。
 防人というのは、663年に朝鮮半島の百済救済のために出兵した倭軍が白村江の戦いにて唐・新羅の連合軍に大敗したことを契機に、唐が攻めてくるのではないかとの憂慮から九州沿岸の防衛のため設置されました。668年に唐により高句麗が滅びたことで危機感を強めたこともあったでしょう。防人は、21歳から60歳までの健康な男子が徴兵されました。任期は三年で、延長もされたそうです。食料・武器は自弁で帰郷は一人で帰るため、途中で野垂れ死ぬ者も少なくなかったとか。人民には重い負担になったようです。

妻女山陣馬平の貝母を発見してからの保全活動の歴史。今年も満開です(妻女山里山通信) :貝母を発見してからの陣場平の変遷の歴史が分かります。

MORI MORI KIDS Nature Photograph Gallery:目次の一番下の妻女山SDPの1〜15で、初期の活動が分かります。それ以降は当ブログに載せています。

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なごり雪の後のセリバオウレン、バイモ、セツブンソウ。杉山古墳群の積石塚古墳(妻女山里山通信)

2022-03-24 | アウトドア・ネイチャーフォト
 22日(火)は、上雪で東京も雪が降りました。軽井沢は積雪18センチでしたが、長野市南部の妻女山は2センチでした。少なくて済みましたが、湿雪なので貝母がつぶされていないか心配になりました。そして、晴れの木曜日に登ってみました。山仕事の道具を積んで車で上りましたが、道はひどい泥濘状態で車のコントロールが難しく非常に緊張しました。誰かが4番目のカーブの深い溝を埋めてくれていました。これは非常にありがたい。里山保全や林道の保全は、なかなか県や市からは予算がおりません。ボランティアでやるしかないのです。今後はNPOとかクラウドファウンディングとかも考えないといけないのかも知れません。

 なごり雪はほとんど解けていて、セリバオウレン(芹葉黄蓮)もつぶれずに可憐に咲いていて安心しました。この株はすべて雄花です。

 雄花。開いた雄しべには花粉がついています。雄しべの中に見える赤いものは、退化した雌しべです。周囲には、まだ芽吹いたばかりで咲いていないものもあります。

 両性花。なんだかガクと花びらの数が多いですね。以前、髻山でも花びらが14〜15枚のものとかを撮影したことがあります。ガクは5枚、花びらは10〜15枚ぐらいです。吸蜜しているのは、アシナガバエかケバエの仲間でしょうか。雌花もあるそうですが、髻山のセリバオウレンの幻の群生地を発見したのは、2017年でした。どこかで雌花を撮影しているかもと探しましたがありませんでした。

 貝母もつぶされず元気でした。2020年、2021年と春の湿雪でつぶされてしまったので心配していました。それで枯れることはありませんが、草丈が低くなります。見栄えが少し劣ります。

 陣場平中心部の株も蕾をつけ成長しています。種で芽生えたものは、まだ3〜6センチほど。足元をよく見て踏まないようにお願いします。

 観に来られた方が、ずいぶん増えましたねと言うので、ここ2、3年離れた林内の球根を掘り出して中央部に植えていることをお話しました。加えて種がこぼれて増えている分もあります。この日は、ヤマガシュウやノイバラ、ヤマフジの実生の駆除の作業をしました。4月の上旬にも妻女山里山デザイン・プロジェクトのメンバーを集めて作業をしますが、貝母は咲き始めているでしょう。7月には、オオブタクサやハルジオンなどの帰化植物を抜く作業もします。
 26日の土曜日は、午後から暴風雨になる予報です。風速6mというと瞬間最大風速は15mぐらいになるかも知れません。風倒木が出るかも知れません。被害が出ないといいのですが。強風の日は里山に登らないでください。非常に危険です。

 昼はログハウスを借りて。紅梅が咲き始めました。最高気温は14度でしたが、西風が少し冷たい。翌日は最高気温が18度の予報。4月中旬の気候です。

 妻女山展望台からの千曲川と飯縄山。なごり雪で冬景色に戻りましたが、里山や麓の雪はほとんど解けました。堤防のセイヨウアブラナも芽吹いているでしょう。白米がなくなったので、籾(もみ)を持って精米に行きます。そこが、節分草の群生地の近くなので行くことにしました。

 残雪はわずかにありましたが、セツブンソウの雪はすべて解けていました。今回は、一本の茎から二輪咲いているものを探しました。なんと三つ発見しました。これはそのひとつ。

 これも二輪咲いています。ニリンソウの生態については、ひとつ前の記事を御覧ください。

 だんご3兄弟ならぬセツブンソウ三兄弟。三姉妹かな。朝ドラの「カムカムエブリバディ」も大詰めですね。家族約百年の歴史ということで、私は三ヶ月かかって読んだガブリエル・ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を思い出すのですが。彼の『エレンディラ』は大好きでビデオも持っています。彼の小説はほとんど読んでいます。ブラジルやアマゾン、アンデスを放浪したために南米文学にはまりました。

 セリバオウレンもセツブンソウも極めて小さな山野草ですが、その群生はほんとうに見事で感嘆せずにはいられません。里山が健全かどうかが分かり、今後の指針も示してくれます。

 前の記事で、発芽して1年目のものは葉が丸いのですと書きましたが、これがそのカットです。すくすく育って増えてくれるといいのですが。

 このセツブンソウの群生地がある千曲市倉科の杉山は、すぐ近くに杉山古墳群があるのです。D号墳。積石塚古墳としては全国でも最古級クラスの方墳とあります。

 裏側へ行ってみると、方墳だなと分かります。陣場平にあるものと比べるとかなり大きい。高句麗からの帰化人の中でもかなり位の高い人でしょう。

 その下にある六角古墳。おそらく盗掘されていて、どこが六角なのか分かりません。これ以外にもたくさんあります。古代科野のクニから古墳時代にかけての遺跡がたくさんある歴史ある地域です。花巡りに加えて、古墳巡りや山城巡りも楽しいものです。

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千曲市倉科の節分草が満開。春の妖精、スプリング・エフェメラルの季節。ダンコウバイも開花(妻女山里山通信)

2022-03-21 | アウトドア・ネイチャーフォト
 3月の初め頃に、節分草を観に行ったけれども、一面雪で何もなかったと聞いていました。それで節分草のことはすっかり忘れていたのですが、突然思い出し千曲市のサイトを見ると、なんと17日に満開になったとか。午前中は陣場平で保全作業をして、お昼をログハウスで食べてから群生地に向かいました。

 早春に咲き、2、3ヵ月でその年の生活サイクルを終え消えてしまう植物は、スプリング・エフェメラル(Spring Ephemeral、春の妖精、春の儚い命)と呼ばれます。

 種子から開花まで3年以上かかるので、林床の環境が良い状態で続かないと生育できません。昔は雑木林に入って草刈りや灌木の除伐や薪拾いをしたので、明るい林床にセツブンソウがたくさん咲いたのです。カタクリと同様、人の暮らしと密接な関係にある植物です。ですから、盗掘や自生地の環境が破壊されると真っ先に消える植物です(絶滅危惧植物II類)。

 セツブンソウの種は、黄色い蜜と一緒にアリが巣に運んで発芽するアリ散布植物。カタクリなどと同じです。アリ散布植物は、セツブンソウ属やカタクリ属以外にスミレ属、イチリンソウ属、フクジュソウ属、ミスミソウ属、キケマン属、クサノオウ属、エンレイソウ属などがあり、自然界におけるアリの働きの重要さが分かります。日本には、アリが絶滅すると絶えてしまう植物が200種以上あるのです。

 花びらに見えるのは萼です。先が黄色く見えるのが退化して蜜腺になった花びらです。一つの茎から二輪の花が咲くものを探しましたが、今回は見つかりませんでした。2018年3月の記事では紹介しています。

 節分草は、万葉集には詠われていませんが、平安時代の「本草和名」や「倭名類聚鈔」に「以倍仁礼(いえにれ)」という古名で登場します。

 逆光に透ける純白のガクも美しい。

 赤紫、青、白、黄色の組み合わせは、なんとなく北欧とかアルプスの高山ぽいですね。清楚で可憐な感じが漂います。

 節分草は、発芽して1年目のものは葉が丸いのです。探すと必ず見つかります。左下にひとつ写っているのですが。分かるでしょうか。

 長野県の節分草の北限といわれる貴重な群生地です。

 入り口の看板。

 林道柴平樽滝線。ずっと登っていくと、あんずの里の森や鏡台山登山口のある沢山峠に続きます。和平高原や坂城にも抜けられます。途中に樽滝や縄文の名水があります。全面舗装ですが、ガードレールがほとんどないのと、落石が多いので注意が必要です。拙書ではその地図を掲載しています。

 天気予報で明日は雪と出ました。タイヤ交換をしてしまったので撮影には行けませんが、2011年3月26日の雪中の節分草を載せておきます。健気(けなげ)でなかなか風情があります。

 午前中は、妻女山陣場平の保全活動をしました。小さな女の子とお兄ちゃんを連れた家族が登ってきました。若い男性も。三連休では最も穏やかな日だったので、何人ものハイカーが登ってきました。ログハウスでは、Kさんが梅の消毒をしたそうです。紅梅もまもなく咲くでしょう。妻女山のあちこちでダンコウバイが咲き始めました。貝母も寒の戻りが終わる週末頃から一気に成長するでしょう。満開の様子は、昨年以前の4月のアーカイブを御覧ください。群生地が増えているのも分かると思います。

妻女山陣馬平の貝母を発見してからの保全活動の歴史。今年も満開です(妻女山里山通信) :貝母を発見してからの保全活動の歴史が分かります。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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寒風の中、椎茸のホダ木の再伐採。非常に難しい掛かり木を処理。陣場平のセリバオウレンと貝母。突然の停電!(妻女山里山通信)

2022-03-20 | アウトドア・ネイチャーフォト
 当ブログをご覧いただいている方はお分かりだと思いますが、以前椎茸栽培のホダ木として伐採し丸太にして積んでおいたクヌギが、泥棒に盗まれてしまいました。地獄に落とすべく大日如来に念紙を貼りました。というわけで、急遽クヌギの伐採をしました。寒の戻りで激寒。気温は3度ですが北風で体感気温は零下。大変な伐採となりました。

 間違いなく掛かり木になるので、今回もプロの長男に伐採を依頼。現在はフォレスターではなく、信州の森林を管理するデスクワーカーですが、技術はプロなので。まず受け口を作ります。

 受け口。広葉樹で重心が倒したい方向にないので、かなり厄介です。倒れてほしくない方向に倒れないようにロープで固定してあります。

 上の枝の動きを見ながら、慎重にチェーンソーを入れていきます。林業というのは、農業や建築業より危険なのです。充分すぎる知識と経験と慎重さが必要なのです。

 楔(くさび)を打って慎重に切り進めます。

 はい、見事に掛かり木になりました。それも最悪の状態で。ここから我々の実力が試されます。皆大卒で専門職を経験したツワモノぞろいなんですが、自然の前ではそんなものなんの役にも立ちません。どうすんのこれ。

 とりあえず、伐採木の高い位置にロープを結び、揺らしてみました。ぜんぜん駄目です。たった5センチほどでも生木は強いのです。どうしましょ。こんな寒い日なのに、鞍骨山や斎場山へ登るハイカーが結構来ました。忙しくて全員にお相手やご案内できませんでしたが、4月10日以降の貝母の満開の頃にはぜひ来てくださいと。

 根本を切り離し、シメラーという道具で根本を3mほど引っ張ってみました。掛かり木の先の枝が直角に下に向いていてどうにもなりません。

 元校長先生のA氏が俺が掛かっている木の枝を伐ると挑戦。非常に危険な作業です。まず切り落とす枝にロープをかけて跳ねないように固定。チェーンソーでは切れすぎて危険なので、ドイツ製の手ノコで慎重に切り始めます。三分の二ほどでメリメリッと落ちました。やれやれ。

 ホダ木にするために、1メートルに切ります。あっ、彼は生涯のパートナーを募集中です。自然とアウトドアが大好きな心優しい女性なら自薦他薦を問いません。湘南生まれの調布育ちのシティボーイですが、私の実家がある信州が大好きで大学も信州に。そして定住しました。赤ん坊の頃は、可愛いということで、私の仕事の関係もあり富士フィルムの広告や朝日新聞のPR誌、日テレのスッキリ!などマスコミにも登場。夫婦の考えで芸能界には入れませんでしたが。本当にいいやつです。東京で建築士をしている次男もイケメンで心優しいいい男です。

 乾燥させます。盗人予防に今回はロープで結びました。所有者の妻女山SDPのテープも。度々偵察に来るので大丈夫でしょう。センサーカメラもあるので付けるつもりです。

 11時前にやっと作業は終了。4月上旬の陣場平の作業について説明するために現地へ。積石塚古墳の説明も。

 メンバーで移植したセリバオウレン。皆もこれは増えるなと確信。薬草で毒草ですが、ニホンカモシカはこの葉を平気で食べるので、冬の対策が必要になるかも知れません。

 貝母の群生地。数年前から植え始めた球根が芽吹いて、群生地がかなり大きくなったことにメンバーも驚いていました。奈良時代に中国から入り、江戸時代に全国各地で栽培され、中国や朝鮮にも輸出されたという薬草(毒草)ですが、化学薬品の登場で衰退し、今や全国の里山でこれだけの群生地が残っているのはここだけです。4月の茶花なので茶道をやっている方には垂涎の花でしょう。満開は、4月10〜25日頃だと思います。開花情報はこのブログでアップします。

(左)クヌギの実生。あちこちに出ていましたが、夏を越せるものはほとんどありません。大木になれるのは、奇跡なぐらいに難しいことなのです。ですから里山に生えている木は、それだけで奇跡の木なのです。(右)ウスタビガの繭。その形から、別名吊りカマス。繭が枝に絡みついている糸が見えたので撮影しました。繭はすでに空です。息子が庭に植えたいと山蕗を三株掘っていきました。栄養過多の土だとアクが強くなるので貧土をとアドバイス。ついでに、彼は奥さん募集中です。自然やアウトドアが大好きな心優しい女性がいいなと。

(左)木曽に行ったという長男のお土産。すんき漬けは大好物です。発酵食品の漬物の王様といっていいでしょう。しかし、もうひとつの熊の油はいったい何? 古来より手荒れ・肌荒れ・乾燥肌・ひび割れ・アカギレ・火傷・すり傷・切り傷・乾燥肌・痔・虫さされ・水虫等の特効薬として珍重された民間薬だそうです。麻油とか馬油とか、自然のものはいいですね。(右)昼は篠ノ井消防署近くの紅日香(べにこう)へ。実は向かいの長崎亭でちゃんぽんを食べるつもりでしたが休み。観光客向けの店以外は休みのことが多いのです。ここのちゃんぽんは長崎出身のご主人なので本物。刺身定食は長崎直送なので、絶品です。

(左)長男は酸辣湯麺。(右)私はいつもは激辛味噌ラーメンなんですが、とろとろ豚バラ肉のあんかけラーメン。やさしい味で美味でした。私は温泉へ。やっと冷え切った体が温まりました。まだ里山保全の仕事が残っているので、明日以降も登らないといけません。

3月18日(金)の午後6時半から9時半にかけて、長野市南部の一部と千曲市東部で停電しました。非常に寒い日だったので大変でした。停電になると、オール電化など絶対にあり得ないと思います。エネルギー源は複数あるべきです。私は、電気、電池、プロパンガス、カセットガス、石油、灯油、薪、炭とありますが、その夜は車のエンジンをかけて暖を取り、スマホの充電もしました。車のシガーライターから三種類のアダプターを引いていて、一眼レフカメラ、コンデジ、iPhoneに充電できます。夕飯を食べ終えた後だったので炊事は不要だったのが幸いしました。ランタンの単一電池がほぼ終わりかけていたのが想定外でした。早速、たくさん持っている単三電池を単一で使える電池パックをセリアで買いました。
 炭をおこすカセットバーナーも持っていますが、キャンプ用品はこういう時に以外に役に立ちます。あとは水の確保ですが、水道が止まった時のために、井戸や泉があるといいですね。田舎なのでどちらもあります。非常食もある程度蓄えておくべきですね。ツナ缶とかを食べて、サラダオイルを入れ、プリンなどの透明な蓋に十字に切れ込みを入れ、タコ糸を油にひたして着火すると、簡易ローソクになります。炭があれば、七輪もあると便利です。信州では、お風呂や暖房に石油ファンヒーターを使う家が多く、大抵の家に200リットルぐらいの灯油タンクがあるのですが、どちらも電気を使うので停電時は使えません。昔ながらの石油ストーブもあるといいですね。薪ストーブや竈(かまど)があったら最高です。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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寒の戻りの前に妻女山陣場平へ。倒木処理。セリバオウレンの葉も茂る。貝母の様子とシロヤブケマン(妻女山里山通信)

2022-03-17 | アウトドア・ネイチャーフォト
 週末から寒気の戻りでみぞれや雪マークがついたので、その前に山仕事を終えてしまおうと車で陣場平へ。スタッドレスをノーマルタイヤに交換しました。泥濘状態の林道もこれなら平気です。登り始めると、掛かり木になっていた山桜が倒れて道を塞いでいました。なんとか一人で処理しましたが、痛めていた腰が更に悲惨なことに。

 陣場平の片隅にひっそりと咲く薬草のセリバオウレン。右は雄花。中央に退化した雌しべの赤紫が見えます。左は両性花です。直径が10ミリもありません。これを観るには虫眼鏡が必要です。大きなのは5枚の萼片で、その内側の少し黄ばんだ10枚ほどの小さなものが花びらです。

 右は両性花。生薬の「黄連」は根茎を乾燥したものでベルベリン(アルカロイド)などを含み、消炎、止血、精神不安に効く薬です。薬草ですが、貝母と同じく毒草でもあります。

 雨でベッタリとついた落ち葉をどけたら、鮮やかな緑の葉が顔を出しました。

 貝母(編笠百合)の群生。雨のおかげで成長も早くなりました。寒の戻りで少し足踏みするかもしれませんが、その後は順調に生育するでしょう。この時期は、大小の落枝があちこちで発生します。貝母の上にも落ちるので、それを全部片付けます。これが結構大変です。出てきたヤマガシュウやノイバラ、ヤマフジも切ります。

 落葉松と山桜の林内も年々増えています。この場所のものは、我々が球根を植えたのではなく、種が飛んで自然に増えたものです。右奥の積石塚古墳の左には群生がありますが、右手の灌木があったところはないので、7月に球根を植えようと思います。

 陣場平入り口西斜面の貝母。日に日に大きくなっていくのが分かります。

 山蕗を採りに行った際に天城山(てしろやま)登山道の手前で撮影した松代方面。松代PAの上りでは、産直の新鮮な野菜が買えます。今なら春掘りの長芋がおすすめ。4月になると山菜が並ぶでしょう。ロイヤルホテル長野は四つ星です。松代や善光寺観光の拠点には駐車場も広くおすすめです。松代や姨捨にはゲストハウスもあります。泉質がよく料理も評判の国民宿舎松代荘もおすすめです。温泉マニア絶賛の加賀井温泉一陽館はぜひ一度。

 堂平大塚古墳の福寿草も葉が茂り始めました。ヒオドシチョウ、ルリタテハ、テングチョウ、ミヤマセセリがあちこちで舞っています。

(左)貝母の隣に、シロヤブケマンも出てきました。これも毒草ですが、ウスバシロチョウの幼虫の食草です。(右)弁当は、野沢菜漬けのチャーハン。徳島のじゃこ天と自家製の地大根の酢辛子漬け。痛めた腰を養生に温泉へ向かいます。

 山蕗は、まだ小さなものが大半ですが、集めるとそこそこの量に。蕗味噌を作りました。材料は山蕗に本味醂とキビ糖、わずかな鰹出汁粉。山蕗はアクが出やすいので、刻む前にフライパンに油を入れて弱火に。山蕗を刻んだらすぐに炒めます。少し火が入ったところで調味料を入れ炒めます。水分が飛んだら出来上がり。炒めすぎないことが大事。熱々ご飯に、焼きおにぎりに、日本酒の肴に。パスタにも。春のデトックスの逸品。蕗の薹はこんな感じでいいのですが、キャラブキにする蕗の茎や蕨(わらび)、薇(ぜんまい)、茗荷(みょうが)は、発がん物質を含んでいます。必ずしっかりとアク抜きを。常食過食はおすすめしませんが、普段の食生活が野菜や海藻、発酵食品が中心ならまあ問題ないと思います。

 3月18日(金)。夜6時半から9時半まで、長野市南部と千曲市東部で停電がありました。寒の戻りで激しい雨。エネルギー源は複数ないとだめです。オール電化などもってのほか。私は、電気、プロパンガス、カセットガス、ミニソーラーパネル、薪、炭を持っていますが、それでも心もとない。まあ最大のエネルギー源は自分の体と心ですが。

 gooブログは300万以上あるのですが、当ブログはアクセスランキングでたいてい1000番代にいます。時に600番とか85番とか。3番になった時はぶっ飛びました。ボットが来たのでしょうね。たまにあります。当ブログは2005年の12月からもう17年もやっているので、検索で訪れる方が7割以上なのです。そこから、村上春樹さんのジャズ喫茶を綴ったブログとか、南米放浪のサイト、ネイチャーフォトのサイト、オリジナルレシピのサイト、水彩画イラストレータの亡き妻へのサイトへのアクセスもあります。管理が大変ですが、ご覧いただけることを本当に嬉しく思っています。今後ともよろしくお願いします。全てのサイトには、このブログの左のブックマークとホームページCAPINOのサイトから行けます。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

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 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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妻女山長坂峠に陣場平の標識を。テングチョウの日向ぼっこ。貝母とセリバオウレン。変なキノコ。初蕗味噌(妻女山里山通信)

2022-03-15 | アウトドア・ネイチャーフォト
 日曜から月曜の夜と、月曜から火曜の夜にかなりの春雨が降ったので、厚いところで5センチはある長坂峠へのアイスバーンも解けたかもと登りました。見事に解けていました。これで重い山仕事の道具や大きな望遠レンズを積んで登れます。ただ雨後なので泥濘状態の場所もあります。スタッドレスはどろんこに弱いのです。そろそろタイヤ交換をしなければ。

 春の暖かい日差しをいっぱいに浴びて日向ぼっこをするテングチョウ(天狗蝶)タテハチョウ科テングチョウ亜科。成虫の頭部が天狗の鼻のように前方に伸びることから。鼻ではではなく下唇ヒゲです。幼虫の食草はエノキで、成虫で越冬します。真夏と真冬以外はわりとよく目にします。越冬したヒオドシチョウやルリタテハも舞い始めました。

 長坂峠の分岐。右へ斎場山(旧妻女山・上杉謙信本陣)。左へ陣場平、天城山、鞍骨山。写真は斎場山。山頂は古代科野のクニの古墳です。以前、ここ長坂峠に陣場平の標識を作って欲しいといわれたので作りました。

 素朴というか、手作り感たっぷり。うん十年ぶりに溝引きというフリーハンドで直線を描く技法を使いました。油性マーカーで描き、防水ニスを塗りました。う〜ん下手くそ。出掛けにチャイチャイと作ったにしても、元一部上場企業のアートディレクターをしていた人の作品じゃない罠。ご容赦を。一応ハンディルーターとかも持ってるので、エンボスとかも作れるはず。もちっと頑張れよ私。

(左)峠から左へ300mほどで陣場平入り口の標識。手前の山桜に天狗巣病になった小枝のヤブがあり、看板を隠していたので切りました。(右)道を挟んだ反対側にあるトーテムポールの様な標識があります。左へあんずの里ハイキングコースで、天城山(てしろやま)経由で鞍骨山(鞍骨城跡)へ。鞍骨城跡までは約1時間。右下に300m下ると堂平大塚古墳。ログハウスもあります。私有地につき立入禁止とありますが、古墳の見学は可能です。もし持ち主がいたら許可をとってください。今は福寿草が満開ですが、GWの頃は色々なツツジが満開になります。

 陣場平入り口の貝母(編笠百合)。4月の茶花です。春雨で成長も早くなりました。

 もう蕾をつけています。このまま50センチ以上に伸びます。開花は4月初めでしょう。満開は、10〜25日頃でしょうか。寒の戻りとかで変わります。開花情報は当ブログで確認してください。

 陣場平に入ってすぐ左の高句麗からの帰化人の積石塚古墳の周りにもかなりの群生地があります。高句麗からの帰化人と貝母が日本に入ったのは、ほぼ同じ頃です。本当に古墳にピッタリの花だと思います。万葉集については、前の記事を御覧ください。看板も設置する予定です。

 陣場平中央のメインの群生地。アントシアニンの赤紫が抜けて緑が濃くなってきました。まだ芽吹き前のものもあり、枯れ葉に隠れています。

 これも薬草のセリバオウレン。5株ほど咲いています。これからもっと咲くでしょう。

 雨露で光っています。

 ノビル(野蒜)もあちこちで。カルシウムをはじめ、マグネシウム、リン、鉄分などのミネラルも豊富な山菜です。抗ガン、抗菌、免疫力アップ、貧血予防、便秘解消、美肌効果、老化防止の効能も。これのおやきと餃子は絶品です。卵とじやパスタにも。醤油・本味醂・ゴマ油でノビルの醤油ダレも最高です。これに漬けて鶏の唐揚げを。在京時代は、調布市の野川へ息子と採りに行きました。乞食ネギなんていう失礼な俗名もありますが、古代から食べられていたので古事記ネギと言うべきでしょう。

 スギ花粉は樹冠にのみ付いています。量は多くはないですね。風速5mぐらいですが、まだ飛散していない様です。花粉症の私が痒くないので。ただ、数日中には飛び始めるでしょう。

 サンショウ(山椒)の実。ほとんどは弾けていますが、まだ残っているものもわずかにあります。新芽が出る頃には、すべて落ちるでしょう。春の山椒味噌が楽しみです。これを塗った焼きおにぎりは絶品です。鮎の塩焼きにも。

 リョウメンシダ(両面羊歯)オシダ科カナワラビ属。右は裏面で、胞子嚢群があり秋から冬に熟します。よく見ると胞子はすでに多くが飛んでいる様です。冬も緑色なので、ニホンカモシカの餌にもなります。胞子がついていないと、裏表が分からなくなります。それが名前の由来。

 タラの芽ではなく、これはハリギリの芽です。同じ様に食べられる山菜ですが、意外と知らない人が多い。亡き父はタラの芽より好きでした。天ぷらにしてあげると、すごく喜んでいました。味は、説明しにくいです。道の駅なので売られていることもあるので、ぜひ試してみてください。私も大好きです。タラの芽、ハリギリ、コシアブラが春の木の芽の三大王ですね。

 妻女山展望台からの北アルプスの爺ヶ岳。おそらく稜線部はもの凄い強風だと思います。

 妻女山展望台の説明看板。ここでいう妻女山は、ここ展望台のある赤坂山ではなく斎場山のことです。この文を英訳した人は、鞭声粛粛という意味を知らなかったのではないでしょうか。"making the sound of whips" では、ムチを振って音を立てるという意味になるので、鞭声粛粛ではないですね。自動翻訳したらむち打ち症と出ました(笑)。鞭声はムチを打つ、粛粛は相手に気付かれないように静かにの意味。Quietly whip the horse so that the other person does not notice. まあそういうことなんですが、これでは文学的な表現ではないですね。戦国時代の川中島の庶民の言葉に、「七度の飢饉より一度の戦(いくさ)」という言葉が残っています。七度の飢饉よりも一度の戦の方が嫌だと言っているわけです。戦争は絶対悪です。正しい戦争などありません。
■川中島(頼山陽:江戸後期の学者・漢詩人)
鞭声粛粛 夜河を過る
曉に見る千兵の 大牙を擁するを
遺恨なり十年 一剣を磨き
流星光底 長蛇を逸す


(左)菌糸束のツイートをリツイートしたら、RTとlikeが350以上もありました。「山姥の髪の毛」といわれるものは黒ですが、これは虫倉山で8月に撮影したもので白です。白の方がよく見ますね。南方熊楠が初めて菌類の菌糸と見抜いたものです。(右)これも珍しい、森の中で妖しく光る不思議なカビが生えたツエタケ。カビは、ケカビ科のタケハリカビの一種で、キシメジ科のクヌギタケ、チシオタケ、ツエタケなどに生えます。菌が菌につくという不思議。カビは6万種類もあるそうです。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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妻女山陣場平の春の妖精セリバオウレン。灌木の伐採終了。テングチョウとミヤマセセリ。(妻女山里山通信)

2022-03-12 | アウトドア・ネイチャーフォト
 週末も妻女山陣場平へ。積石塚古墳の周りの灌木(かんぼく)の伐採がやっと終わりました。アイスバーンでまだ車では登れません。作業を終えていつもの様に昼過ぎにログハウスへ行くと、Kさんがいました。選定した梅の枝を片付けに来たそうです。昼を食べながら久しぶりに色々な話をしました。

 セリバオウレンは、前回より開いていました。セリバオウレンは、キンポウゲ科オウレン属の多年草。葉はすべて根生し、2回3出複葉。雄花と両性花があります。これは雄花。花びらのように見えるのは5枚の萼片で,その内側の淡い黄色の9枚が花弁なのですが、遠目に肉眼で見るとほぼ純白です。

 セリバオウレンは薬草で消炎、止血、精神不安などの薬です。健胃(けんい)、健胃、整腸薬として消化不良や下痢止めにも用います。有効成分は、アルカロイド(ベルベリン)、パルマチン、コプチシンなどです。

 芹葉黄連という名前の由来は、古代には、カクマグサ、ヤマクサと呼んでいたそうですが、中国名の黄連と、カクマグサ、ヤマクサと同じ植物と間違って、黄連の名をあてたといいます。「本草和名」や「和名妙」に記述があります。また、江戸時代の貝原益軒は「大和本草(1708)」で、「日本の黄連性よし。故に中華、朝鮮にも日本より多く渡る。中華の書に日本産黄連を良とす」と記しています。

 積石塚古墳越しに見る貝母(ばいも・編笠百合)の群生地。間にあった灌木を100本以上伐採しました。その後、棘のあるヤマガシュウやノイバラを剪定ばさみで切りました。陣場平がすごく広くなった感じがします。伐採地には、7月に貝母の球根を植える予定です。

 陣場平入り口からの貝母の群生地。あちこちに芽吹いているので、踏まないように枯れ葉をどけて小道を作ってあります。

 陣場平中央の貝母の群生地。芽吹いたら成長は早いです。しかし、暖冬だった昨年と比べると、10日ほど遅れています。満開は、15〜25日頃になるかも知れません。開花情報は当ブログで逐一アップしていきます。

 日当たりの良いところの貝母は、緑色になってきました。枯れ葉が膨らんでいるところは、下に貝母が芽吹いています。

 陣場平入り口の西斜面の貝母。毎年最初に芽吹いて開花します。
 「時々の 花は咲けども 何すれぞ 母とふ花の 咲き出来ずけむ」丈部(はせつかべ・はせべ)真麻呂(万葉集) 「季節ごとに花は咲くのに、どうして母という花は咲かないのだろうか(咲くのだったら摘み取って共に行くのに)」。
 天平勝宝七年二月に、交替して筑紫に遣わされる諸国の防人たちの歌の中の一首です。これが貝母のことであるという説があります。貝母は球根の形から、母栗(ははくり)という古名があったそうです。丈部真麻呂は、遠江国山名郡(現在の静岡県袋井市)で徴兵され九州に派遣され国境警備にあたった兵士・防人(さきもり)でした。
 防人というのは、21歳から60歳までの健康な男子が徴兵されました。任期は三年で、延長もされたそうです。食料・武器は自弁で帰郷は一人で帰るため、途中で野垂れ死ぬ者も少なくなかったとか。人民には重い負担になったようです。

 ログハウスへ下る道すがら。日向ぼっこするテングチョウとミヤマセセリ。実はヒオドシチョウも初見したのですが、撮影できませんでした。

(左)長野市は、予報ではスギ花粉がやや多めと出ましたが、花粉がついていません。目も痒くありません。ちゃんと山に来て調べて予報を出して欲しいですね。むしろ今は黄砂の方が要注意です。(右)吊りカマスと呼ばれるウスタビガの繭。今シーズンは非常に少ない。鞍骨などの標高の高いところは多かった様です。昨夏の猛暑と関係あるのかも知れません。

 ログハウスでKさんとおしゃべりした後、下ります。長坂峠の手前。左側がナラ枯れ病が心配される森です。

 長坂峠から斎場山。川中島の戦いで最初に上杉謙信が本陣としたところで、山頂は円墳で平らです。用事を思い出したので駆け下りましたが、驚愕の事態が。なんと椎茸のホダ木が何者かによって盗まれていました。ひどいことをする輩がいるものです。目の前に大日如来の石仏があるのに。なんという罰当たり。この上のカーブに積まれた山桜の丸太もなくなっていました。犯人は薪ストーブを持つものか、薪として売る者でしょう。ごく一部ですが、粗大ごみを不法投棄したり、栽培椎茸を盗む輩もいるのです。しかし、たいてい特定できます。また、仲間を集めてクヌギの伐採をしなければなりません。やれやれです。
 翌日、新たに伐採するクヌギを探しに登りました。幸い前回のすぐ近くにいいクヌギを見つけました。苔や地衣類、木材腐朽菌などがついていないことが条件です。もちろん伐採が可能な地域です。伐採することで森が更新され、ギャップができて新たなニッチの鬩(せめ)ぎ合いが始まります。具体的には、草木や樹木の生存競争が始まるのです。伐採されたクヌギも、蘖(ひこばえ)が生まれて成長します。たくさん出た場合は、ある程度大きくなったら最も太いものだけ残して切ります。残ったものが主幹となりいずれ大木となります。

 今年初物の山蕗。信州人のソウルフード、スギヨのビタミン竹輪とのかき揚げです。今回は、四国の物産展で買ったじゃこ天も入れた絶品かき揚げ。米は仲間と作ったコシヒカリ。カブの自家製千枚漬け。地大根の酢辛子漬けも手作り。今回はすべて自家製です。春のデトックスプレート。

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妻女山陣場平の貝母は順調に成長。なんとセリバオウレンが開花。ミヤマセセリの春の舞(妻女山里山通信)

2022-03-10 | アウトドア・ネイチャーフォト
 山仕事の続きで貝母の群生地の妻女山陣場平へ。前々回の作業で重い倒木を動かして腰を痛めてしまったので、前回はほとんどできませんでした。今回は、積石塚古墳の周りの灌木を伐採しました。

 毎回撮影している陣場平入り口の西面の最も成長が早い貝母。毎日10ミリぐらい成長しますが、春雨が降って気温が上昇すると15〜20ミリぐらいの成長になります。

 随分と雪が消えました。山蕗もあちこちで芽吹き始めました。もしやと思い、森の中を貝母を踏まないように遠回りして行ってみると。

 なんとセリバオウレンが咲いていました。小さい! 髻山の群生地のものは、花の直径が10ミリぐらいなのですが、これは5ミリほど。可憐すぎます。

 どれも雄花です。私は知っているので分かりましたが、小さすぎて目に入らないと思います。月末にかけてもっと咲き始めるでしょう。

 今回の作業です。手前が積石塚古墳。向こうが貝母の群生地。その間に灌木がたくさん生えています。今回はこれを全部切ります。数が多いのと切る際にかがまないといけないので、腰への負担が半端ないのです。

 伐採の理由は、前回伐採したら古墳の周囲にも貝母がたくさんあることに気がついたからです。そして貴重な古墳を皆さんに見ていただくために灌木を伐採することにしました。樹種は、ミヤマウグイスカグラ、ウツギ、クサギ、ヤマフジ、サンショウなど。周囲の森にたくさんあるものなので、伐採しても問題はないと判断しました。

 そんな伐採した灌木にスカシダワラ。クスサン(樟蚕/楠蚕)。ヤママユガ科のガの一種です。昔は繭をつくるために出す糸は、釣糸用のテグスの代用品にしたこともありました。繭は非常に固く堅牢です。幼虫はクリ、クヌギ、コナラ、サクラ、ウメ、イチョウ、クスノキなどの葉を食べます。

 林道から陣場平入り口の斜面の雪はすべて消えました。作業を終えてログハウスへ下ります。正午に長野市からは子鹿のバンビが、千曲市からはふるさとが流れてきます。

 途中で羽化したミヤマセセリ(深山挵)がたくさん日向ぼっこをしていました。成虫は早春にのみ見られます。5月に幼虫となり、食樹の葉を折り返して巣を作り、幼虫のまま越冬して早春に羽化します。ですから今しか見られないセセリチョウなのです。

 ログハウスのKさんが植えた梅の木も花芽が膨らんできました。これは紅梅。咲くのが待ち遠しい。

 福寿草もずいぶんと増えていました。おっ!来ましたね。

 今年もセイヨウミツバチがやって来ました。福寿草に蜜はないので花粉を集めに来たのです。後ろ足に花粉の塊が。

 千曲市が松枯れ病の空中散布をネオニコチノイド系農薬に変えるまでは、ニホンミツバチも見られました。私が働きかけて空中散布は中止になりましたが、ニホンミツバチは戻ってきていません。農薬や殺虫剤、放射能や電磁波は、取り返しのつかない被害をもたらします。知らなかったでは済まないのです。5Gなどもってのほか。生物には人工電磁波への耐性がありません。インドは5Gのアンテナをすべて撤去しました。必ず多大な被害が出ます。しかし、それで病気になっても死んでも、気づかないか気づいても因果関係は証明できないでしょう。無知は死を招く。利益優先の科学技術に殺される。そういう時代に私達は生きているのです。

 所要で松代パーキングエリアに立ち寄りました。国道403号から入れます。上の上りパーキングエリアから見る斎場山山系。上りでは産直の新鮮な野菜が買えます。

 上りと下りは階段でつながっています。ここのとろろご飯や蕎麦は安くて美味いので人気です。松代方面の山座同定をしてみました。ここから新潟方面は、ガソリンスタンドが長い間無いので、ここで給油をおすすめします。403号からの駐車場がいつも満杯なので、広げてほしいですね。

 奇妙山のアップです。拙書では、矢印の30mの崖を登るコースも載せています。非常にスリリングで眺めもいい面白いコースです。長野では有名な天外ダルマ。この近くには松代焼きで有名な松代陶苑もあります。
 明日は3.11から11年。人心は風化して忘れても放射能は風化しません。政府が言う福一のデブリの処理は不可能です。一日10キロ回収してもすべてを終えるのに200年以上かかります。汚染水の海洋投棄の問題点は、トリチウムだけではありません。DNAを傷つける炭素14が含まれています。廃炉は不可能です。最終的には石化しかないでしょう。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

本の概要は、こちらの記事を御覧ください

お問い合せや、仕事やインタビューなどのご依頼は、コメント欄ではなく、左のブックマークのお問い合わせか、メッセージからメールでお願い致します。コメント欄は頻繁にチェックしていないため、迅速な対応ができかねます。
 インタープリターやインストラクターのお申込みもお待ちしています。好評だったスライドを使用した自然と歴史を語る里山講座や講演も承ります。市民大学などのフィールドワークを含んだ複数回の講座も可能です。左上のメッセージを送るからお問い合わせください。
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雪解けで妻女山陣場平の貝母が大量に芽吹き始めました。銀色に輝く種。北信州にもやっと遅い春が(妻女山里山通信)

2022-03-08 | アウトドア・ネイチャーフォト
 3日ぶりの陣場平へ里山整備と貝母(編笠百合)の観察と撮影に登りました。最高気温は8度でしたが、昼からは北東の寒風が吹き付け、体感温度は0度。腰痛になりました。チェルノブイリがロシアに占拠され、世界第三位の発電出力のザポロジエ原発が攻撃されたことで、久しぶりにガイガーカウンターを持って行きました。ちなみに世界一は東電の柏崎刈羽原子力発電所です。どこかの国のミサイルの射程距離圏内なんですけど…。

 陣場平中央の雪が解けたところに芽吹いた貝母。最低気温がマイナス4度なので、アントシアニンで赤紫ですが、成長したさきっぽは緑です。線から上の膨らみが葉で、10センチぐらいになると、その葉が開きます。

 雪もかなり解けました。今週は週末にかけて気温が上昇するので、週末にはほとんど消えるでしょう。北面の林道のアイスバーンも、来週には春雨がある予報なので、それで消えるでしょう。北信州にも遅い春がやっと訪れそうです。豪雪地帯の飯山とかはまだ雪の下ですが。

 そこら中にこんな風に芽吹いているので、なるべく踏まないようにゆっくりと歩いてください。ロープを張ったほうがいいのではとも言われたこともあるのですが、なるべく自然な形でお見せしたいのです。貝母は強い植物なので、一度踏まれたくらいでは枯れません。せいぜい気をつけて歩いてください。

 西側の落葉松とクヌギ、山桜や山椒の雑木林の中もかなり芽吹いています。左手前の丸太のベンチの周りも貝母だらけです。雑木林の中は棘だらけの山椒の木もたくさんあるので入らないほうがいいですね。枯れ枝で目を突くと大怪我になります。なので私は藪山を歩く時は、必ずポリカーボネートのゴーグルをします。

 山蕗もやっと出始めました。暖冬のときよりひと月は遅いですね。3月下旬には山のあちこちで大発生します。畑の蕗と違いアクが少ないので、採ってすぐ蕗味噌にすると鮮やかな緑のままです。信州人のソウルフードのスギヨのビタミンちくわとかき揚げにすると馬鹿旨です。石川県七尾市の会社なのですが、ここの竹輪はほとんど信州人が食べています。

 陣場平入り口の西向きの斜面の貝母。前の記事で紹介していた場所の貝母です。葉が開き始めています。これから内側から新芽がどんどん大きく伸びて行くのです。帰りに拙書の読者でもあるSさんと邂逅。鞍骨山まで登ってきたというので、現状を聞きました。陣場平へ行ったけど貝母なかったと言うので、あの赤紫のが貝母の新芽ですよと。来週末ご夫婦でまた来ますと。来週末辺りから、貝母目当てのハイカーがポツポツ登って来るでしょう。
 例年だとそろそろ鏡台山から月の輪熊の親子が、餌を求めて下りてくる頃なのですが、今年は半月ほど遅れるかも知れません。この時期の子熊は、4.5キロほどしかないので、熊鈴では逃げません。というか子熊が小さすぎて逃げられないと母熊が思うと、待ち伏せして襲います。そこで、向こうが見えない曲がり角や尾根を乗っ超す時は、ずっと手前からホイッスルを激しく吹いて、これから行くことを伝えます。逃げる時間を与えるのです。妻女山山系には、鏡台山に餌がない時に下りてきます。たいてい3月上旬、5月中旬から6月中旬の淡竹の筍が出る頃、そしてクリスマスの頃です。通る経路や行く場所もだいたい決まっています。私は何度も遭遇したりニアミスしていて、そのことを拙書の『猫にマタタビ、月の輪熊に石油』というエッセイでも紹介しています。昨年は、5月12日に、堂平大塚古墳のログハウスで、すぐ近くにいる親子連れの熊を確認しました。

 灌木の伐採や落枝を片付けたり撮影をしていたら、午後1時半になってしまいました。休憩のために堂平大塚古墳の横にあるログハウスへ。ここなら寒風もしのげます。杉の木はまだ花粉を付けていません。しかし、今週末ぐらいからは危ない。PM2.5黄砂も危ない。やれやれ。

(左)昼食は自家製の野沢菜漬けで作ったチャーハンと、地大根の酢辛子漬けに昨晩の骨付き鶏の唐揚げ。そしてルイボスティー。遠くの里山や北アルプスを眺めながらまったりと。食後は、ツイッターの確認。(右)福島第一原発の大事故の後で買った放射能測定器。久しぶりに計測しました。当時は、0.003マイクロシーベルトとかもありましたが、今回はログハウスも陣場平も0でした。放射性プルームは、四阿山がブロックしてくれましたが、北部の低山を超えて犀川を遡りました。クリタケが100ベクレルとか。マイクロホットスポットが各地にできました。当時は、あちこちの山に登って計測しまくりました。2011年のこのブログ記事をご覧いただくと概要が分かると思います。私が作った、福一の面積を各都市に重ね合わせた画像のツイートは、何千何万のRTやlikeがありました。キノコの除染方法もスライドショーで紹介しています。放射能は10万年でやっと半減とかいう物質です。汚染状況は、あの時とほとんど何も変わっていません。

 ログハウスで見つけた種。センニンソウ(仙人草)かボタンヅル(牡丹蔓)でしょう。美しい。今週末には、そろそろニホンカモシカの冬毛も落ちるでしょう。子連れの熊が鏡台山から山菜を食べに下りてくる頃でもあります。

 寒風で冷え切ってしまいました。腰痛も。体がガッチガチです。慌てて下山して温泉へ。駐車場から松代方面。山座同定を入れました。今春は、セツブンソウもセリバオウレンも開花が遅くなりそうです。逆に急に暖かくなるとの予報なので、梅、杏、桜がほぼ同時に満開になるかも知れません。

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『ドライブ・マイ・カー』Drive My Car 濱口竜介監督 村上春樹原作 Trailer & Review(妻女山里山通信)

2022-03-05 | シネマ・アニメ・テレビ
Drive my car | Tráiler en español | Estreno en cines el 4 de febrero

 スペイン語の吹き替え人は、皆声が低い。それだけでこれほど印象が変わるものか。

Drive My Car Trailer #1 (2021) | Movieclips Indie

 不思議だが、映画を見た後で小説を一冊読み終えた様な満足感があった。映画であって映画でない様な作品。見せるのではなく聞かせる作品。3時間が不思議な緊張感と弛緩の繰り返しで、あっという間に過ぎ去る。この映画は、観衆に想像力と創造力を求める、あるいは喚起する。映像ですべて分かる説明的な映画になれている人は、分からないとか何が良いのかと言うかもしれない。濱口竜介監督の手法は、全く同じではないけれど、小津安二郎監督を思い起こさせる。激しいアクションや実際にはあまりあり得ない激しい感情の表現の羅列にうんざりしているのは、日本人だけではないようだ。昔の映画は、欧州もアメリカもそうではなかった。話題の『ひまわり』や『道』、『ドクトル・ジバゴ』。アメリカ映画でも『ペーパー・ムーン』、『マンハッタン』とか。
70年代は、ニューシネマ。そして私はシネマフリークになった『国分寺・国立70sグラフィティ』村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティック :この記事を読んで頂くと分かると思いますが、シネマフリークでした。日本の監督では、小津安二郎、鈴木清順、藤田敏八、小栗康平とか。海外だと、フェリーニ、ヴィスコンティ、スタンリー・キューブリック、ウッディ・アレン、イングマル・ベルイマン、タルコフスキー等々。チャップリンやバスター・キートンも好き。南米では、ヴェルナー・ヘルツォーク、グラウベル・ローシャなど。

【8/20(金)公開】「第74回カンヌ国際映画祭」コンペ部門出品 映画『ドライブ・マイ・カー』(PG-12)90秒予告

「生き残った者は、死んだ者のことを考えつづける… ぼくや君はそうやって生きて行かなくてはいけない」「生きていくほかないの」という人生にレーゾンデートル(存在理由)はあるのか。そもそも必要なのか。どんなに愛し合った夫婦でも元は他人。全てを知りたいとか全てを理解したいと思うのは性か業か。ありのままの全てを受け入れることこそが…。なんのアクションもスリルもサスペンスもないけれど、静かな緊張感に溢れた時間が過ぎていく。そういう作品だった。亡き妻を想う。

【邦画初の作品賞候補】映画「ドライブ・マイ・カー」ロケ地での撮影秘話


【急遽広島が舞台】映画「ドライブ・マイ・カー」Gグローブ賞獲得に歓喜


『ドライブ・マイ・カー』三浦透子インタビュー「運転に人柄が集約される」


西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、濱口竜介監督が登場『ドライブ・マイ・カー』壮行会イベント【トークノーカット】


石橋英子 | Eiko Ishibashi | Drive My Car (Kafuku) (Official Audio)

 ピアノのアルペジオが心地よくドラマチック。

『ドライブ・マイ・カー』村上春樹ブックガイド 短編篇⑭


『濱口竜介vsジェーン・カンピオン 演技について』「ドライブ・マイ・カー」と「パワー・オブ・ザ・ドッグ」でアカデミー賞にノミネートの監督を比べます。映画考察 ネタバレなし


Drive My Carドライブマイカー Movie Review 解説・映画レビュー Oscar to Ryusuke Hamaguchi? アカデミー賞なるか?


[1hour] 🚗 Drive My Car Movie OST / Various versions of song "Drive My Car"


アカデミー賞ノミネート、村上春樹原作「ドライブ・マイ・カー」を観に長野相生座・ロキシーへ。感動の大作!(妻女山里山通信):トレイラー・壮行会イベント・舞台挨拶・三浦透子インタビュー・レビュー

村上春樹さんの国分寺ピーター・キャットを中心とした70年台のクロニクルまたはスラップスティック - 『国分寺・国立70Sグラフィティ』 :32本の私のフォトエッセイ

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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雪解けが進む上杉謙信の妻女山陣場平。高句麗からの帰化人の積石塚古墳の整備を(妻女山里山通信)

2022-03-04 | アウトドア・ネイチャーフォト
 金曜日は最高気温が9度と前日より1度低いのですが、寒風がないために体感気温は高めです。今回は、上杉謙信が陣城を構えたと伝わる陣場平にある積石塚古墳の灌木の伐採のために登りました。明日5日(土)は、昼ごろから春一番並みの強い南風が吹きます。落枝や倒木の危険があるので、山登りや山歩きは控えましょう。

(左)午前中、陣場平へ登る北側の林道はカチカチに凍っています。スタッドレスではとても登れません。ビブラムソールの靴でも厳しい。午後になれば解けてシャーベット状になります。(右)フユヅタ(アイビー)に絡みつかれたクヌギ(椚)かエンジュ(槐)の木。ここまで絡まれると葉に日が当たらず枯れてしまうかもしれません。

 長坂峠手前の林道の上のクヌギの枯れ木。穴があいています。森林病害虫のカシノナガキクイムシによる「ナラ枯れ病」かもしれません。ナラ類やシイ・カシ類などの樹幹にカシノナガキクイムシが潜入し、ナラ菌を樹体に感染させ、菌が増殖し、感染木は7月梅雨明け直後から枯れ始めます。この木もいつ崩壊してもおかしくないので、伐採しないといけません。長坂峠から陣場平までの西斜面のクヌギが異常に枯れ始めたので、専門家に見てもらうつもりです。早急に対策をしないと大変なことになります。

 長坂峠から、拙書でも掲載の三峯山。山頂には展望台と麻績村のスキー場があります。山頂の下には聖湖があり、へらぶな釣りのメッカとして人気があります。子供には山頂からのスライダーがおすすめ。このブログでも何度も登って紹介しています。

 陣場平は、少しずつですが確実に雪が解けています。貝母も二日前よりずっとたくさん芽吹いていました。枯れ葉が膨らんでいるところは、その下で芽吹いています。

 上のカットの右手前の枯れ葉をどけると、芽吹始めの貝母がたくさん現れました。日があたっていなかったので、モヤシみたいに白いのですが、太陽ですぐに緑になります。

 陣場平の貝母もあちこちで芽吹き始めました。雪の下でもすでに芽吹いています。見学する時は、足元に注意して入ってください。踏まれたぐらいで枯れるほどやわではありませんが。

 高句麗からの帰化人の積石塚古墳。前の記事のカットと比べていただけると伐採の状況が分かると思います。30本以上伐採しました。鋭いトゲのある山椒が多いので、革手袋をはめての作業です。右の立ち枯れの木に絡みついた山藤も切りました。2時間半ぐらいの作業でしたが、けっこう疲れました。ハイキング途中のご夫婦が立ち寄ったので、説明をしました。貝母は見に来たことがあるそうです。
 高句麗は、紀元前100年ぐらいから唐・新羅の挟撃によって668年に滅びるまで続いた国です。現在の韓国北部と北朝鮮から満州ぐらいにあったツングース系の騎馬民族で、日本に馬産を伝えました。石の文化を持ち、現在の半島の人とは異なります。積石塚古墳は、日本全体では1%ですが、信州ではなんと25%にもなります。つまり、それだけ多くの人が高句麗から帰化したのです。埼玉の狛川や東京の狛江市もその系統です。茶臼山の麓の篠ノ井は、高句麗の王族、前部秋足(ぜんぶのあきたり)が延暦18年(799)に篠井性を下賜(かし)されています。それが現在の篠ノ井(旧篠ノ井市)の名称の元です。縄文人や春秋戦国時代の越に滅ぼされた呉や、その後に滅びて帰化した越の人々などの倭人や、秦の始皇帝を欺いて帰化した徐福一族などと共に、信州人の祖先といえるでしょう。

 上の写真の後方、雪がある部分は半円形に野面積みの石垣があります。古墳時代のものか、その後に作られたものかは分かりません。山城や古墳に樹木が生えて大きくなると、根で壊してしまうので伐採が必要です。いずれ古墳上の枯れ葉も注意して除去します。

 クヌギの落枝にタコウキン科タマチョレイタケ属のハチノスタケ(蜂巣茸)。傘の裏が蜂の巣状になっています。食べられませんが、出汁はとれるらしいのですが、試したことはありません。独特な出汁? やってみましょうか。

 疲れたのでログハウスへ休憩に。福寿草はまた増えていました。まだつぼみのものも多いので、もっと増えるでしょう。かなり強い毒草なので、扱いには注意が必要です。

 ログハウスから見る鹿島槍ヶ岳と千曲川。少しずつ春めいています。

 ログハウス入口付近にニホンカモシカの足跡。何度も通った跡があります。食餌歩行のルートはだいたい決まっているので、いつ頃通るかを知っていれば出会うことはそう難しくはありません。拙書でもニホンカモシカのカットを載せていますが、あの頃はニホンカモシカの家族を追いかけていました。母親と子供がいつどこで集うかを知っていたので、観察や撮影は簡単でした。今は塒(ねぐら)も移動してしまい、追いかけられていません。それでもたまに遭遇します。

 陣場平から長坂峠へ下る途中の御天上という平坦なところで、マウンテンバイクの男性と邂逅。拙書を見せて、色々なルートが有ることを説明しました。真冬でもファットバイクで来る人もいますが、これから暖かくなるとハイカーだけでなくマウンテンバイクの人も増えます。自転車はバイクや車と違って野生動物を驚かすことも少ないのでおすすめです。若い頃は、プジョーのロードレーサーやビアンキのクロモリのマウンテンバイクに乗っていたのですが、今は長男のところに預けて、私はもっぱら車と歩きです。

 長坂峠から見る斎場山(旧妻女山)。手前中央の細めの木はエノキ(榎)で、国蝶のオオムラサキの幼虫の食草です。冬は樹下の枯れ葉の下にいますが、葉が出ると登って食べ始めます。昨年は発生が極めて少なかったので、今年は大発生を期待しています。

 妻女山松代招魂社。左手前の軒が腐っていた様で、瓦が落ちてしまいました。修理が必要です。奉賛会も高齢化している様ですし、氏子が多い神社ではないので保全は大変です。松代藩の重要な神社なので公費が使えるといいのですが。どうなんでしょう。

 松代方面の眺め。左にこれも拙書で掲載の奇妙山の大きな山塊。歴史がある非常に面白い里山です。山頂は古い時代の山城で、麓には古墳がたくさんあります。右奥の根子岳と四阿山も拙書に載せていますが、ゴールデンウィーク過ぎまで残雪があります。それなりの装備が必要です。
 ブログでは、政治的なことは発信しません。Twitterではつぶやいたりリツイートしたりします。ひとことで言うと「戦争反対」。それだけです。亡父は第九師団にいましたが、沖縄から台湾に移り、一度も戦闘をすることなく終戦を迎えました。そのまま沖縄にいたら私は生まれていないでしょう。

 『信州の里山トレッキング 東北信編』川辺書林(税込1728円)が好評発売中です。郷土史研究家でもあるので、その山の歴史も記しています。地形図掲載は本書だけ。立ち寄り温泉も。詳細は、『信州の里山トレッキング 東北信編』は、こんな楽しい本です(妻女山里山通信)をご覧ください。Amazonでも買えます。でも、できれば地元の書店さんを元気にして欲しいです。パノラマ写真、マクロ写真など668点の豊富な写真と自然、歴史、雑学がテンコ盛り。分かりやすいと評判のガイドマップも自作です。『真田丸』関連の山もたくさん収録。

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上杉謙信の妻女山陣場平。枯れ葉を押しのけて突き破って、雪を解かして芽吹く貝母(妻女山里山通信)

2022-03-02 | アウトドア・ネイチャーフォト
 2月26日(土)に陣場平の貝母(編笠百合)の芽吹きを確認しました。ここのところ最高気温が10ぐらいの日が続いたので、3月2日(水)、再び陣場平へ。前日に雨が降ったので、日陰の雪も解け始めたと思いました。ひと雨ごとに日陰や北面の雪も消えてゆきます。オフロードバイクで登ってきた男性と邂逅。拙書やブログを紹介して、信州のあちこちの林道の話などをしました。ハイカーだけでなく、マウンテンバイクの人達もこれから訪れるでしょう。

 前回、芽吹きを確認した陣場平入り口の西斜面の貝母。ほぼ同じカットです。たった4日ですが、ずいぶん大きくなっています。一日1センチぐらい成長している感じです。

 陣場平中心部へ。前回は、菱形基線測点の周囲以外は全部雪原でしたが、かなり地面が見えてきました。茎の太いものは、大きな球根なのです。小さなものは小さな球根。昨年移植した球根は、今年もう花が咲きます。種で増えるものは、開花まで数年かかります。

 こんな風に、枯れ葉をどけたり、突き破って芽吹いてきます。枯れ葉は微生物などにより分解されて腐葉土になります。

 貝母は、その体温で雪を解かして芽吹きます。雪を解かすのは、太陽や春雨だけではないのです。樹木や草本もその体温で解かすのです。また、ニホンカモシカやイノシシが通る獣道は、その踏まれた足跡で早く解けます。

 陣場平の北西の角に一基だけある帰化した高句麗人の積石塚古墳。前回は、この周りの灌木を切ったのですが、まだ終わっていません。非常に貴重な遺跡なので、整備して案内看板を立てようと思います。

 林道から陣場平の入り口。前回のカットと比べると雪解けが進んでいるのが分かります。山蕗が盛んに出てくるのは半月ぐらい先です。暖かくなってきて活動が活発になったのか、ニホンカモシカの足跡もあちこちにたくさん見られます。

 そこから見る天城山と鞍骨山(鞍骨城跡)方面と、堂平大塚古墳へ下る道。西面は雪が消えました。ログハウスで休憩します。

 ログハウス前の樹木。よく見ると芽が膨らみ始めています。その向こうは杉林。忌々しいスギ花粉が飛び始めるのは、3月中旬から4月上旬です。その後はヒノキの花粉に変わります。飛び始めたら薬を飲みましょう。

 古墳の南斜面と向かいの斜面に咲く福寿草。ずいぶんと増えて華やかになりました。まだまだ増えます。啓蟄(けいちつ)を過ぎて、最高気温が15度とかになると、ヒオドシチョウやルリタテハ、テングチョウやセイヨウミツバチなどが舞い始めます。下る途中で、登ってきた男性と邂逅。遅い時間なのでどこまで行けるかなと言うので、拙書を見せて鞍骨山(鞍骨城跡)を勧めました。落葉期なので見晴らしもいいですしね。

 国道403号の妻女山入り口から見上げる妻女山展望台(411m)。手前は上信越自動車道。展望台は、比高100mもありませんが、北アルプス、戸隠連峰、飯縄山、高社山、志賀高原、根子岳や四阿山まで一望できる稀有な展望台です。
 現在はここが妻女山と呼ばれていますが、正しくは赤坂山です。上杉謙信が本陣としたと伝わる妻女山は、ここより100mほど高い本名を斎場山という山で、山頂は古代科野国の古墳(円墳)です。Googleマップでは、陣場平と斎場山について、私が写真を投稿しコメントも記しています。ぜひご覧ください。
 ここは川中島八景のひとつ。妻女山秋月に挙げられています。あと七つは、茶臼山暮雪、猫ケ瀬落雁、千曲川帰帆、八幡原夕照、勘助塚夜雨、典厩寺晩鐘、海津城晴嵐。またここは、「信州サンセットポイント百選」に選ばれており、美しい夕焼けが見られます。

■「川中島八景」とは。
●妻女山秋月。現在は夕焼けのビューポイントとして有名で、カップルがよく訪れますが、江戸時代は観月の名所だったようです。
●茶臼山暮雪。茶臼山は北東の北風が吹き付けるので、妻女山になくても茶臼山が真っ白ということはよくあります。西日に映えて逆光に光る茶臼山は美しいものです。江戸時代はまだ南峰が崩壊していなかったので、おっぱい型の美しい双耳峰が見られたはずです。
●猫ヶ瀬落雁。猫ヶ瀬は、現在の松代SA辺りにあった猫でも渡れるほどの浅い瀬。浅いので雁もたくさん集まったのでしょう。
●八幡原夕照。有名な川中島合戦の古戦場です。八幡社があり、史跡公園になっていて市立博物館があります。松林越しに見る北アルプスに沈む夕日は一見の価値があります。敷地の東の千曲川の堤防上を歩くのがおすすめです。
●勘助塚夜雨。その対岸の堤防を下りたところに山本勘助の墓があります。勘助塚夜雨といいますが、雨の夜に訪れるのは、ちょっとおすすめできません。勘助の亡霊が出るかも・・。
●典厩寺晩鐘。八幡原から35号線を少し南下し、釜飯のおぎのやの交差点を右折すると典厩寺入り口。武田信玄の弟、信繁が八幡原で討死したことに因み、合戦から60年後、元和八年(1622)、松代藩主真田信之が信繁の官職「左馬助」の唐名「典厩(てんきゅう)」から寺号を典厩寺と改めて菩提を弔ったものです。閻魔堂には東洋一大きいといわれる閻魔大王像があります。小学校低学年の頃に遠足で訪れて閻魔像を見たために、夜幾晩も夢に見てうなされました。
●海津城晴嵐。現在の松代城のこと。昔から桜の名所だったので、晴嵐とは満開の桜が春風で舞い散る様をいうのでしょう。元々村上の筋である土豪、清野氏の館を山本勘助が築城したということです。現在は松代城と言いますが、近年改修されるまでは、海津城と言ってました。


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