カンヌ国際映画祭で、脚本賞受賞ほか全4冠。アカデミー賞にノミネートされた村上春樹原作の「ドライブ・マイ・カー」を観に長野相生座・ロキシーへ出かけました。3時間に渡る大作でしたが、想像以上の面白さ。深い作品でした。正直言って、まだ自分の中で咀嚼しきれていません。原作の村上春樹さんの短編集『女のいない男たち」の「ドライブ・マイ・カー」に「シェラザード」と「木野」を加えて極めて緻密に濃密に構成されたストーリー。劇中劇のチェーホフの「ワーニャ伯父さん」が、もうひとつの原作といっていいほど重要な要素となっていて、最後の20分間は圧巻です。とにかく素晴らしい。
私のブログの読者の方はご存知でしょうけど、学生時代に国分寺の村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットでアルバイトをしていたことを綴ったフォトエッセイ
「国分寺・国立70Sグラフィティ」 村上春樹さんのピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクル があります。世界中からアクセスがあります。今回は事前に「ドライブ・マイ・カー」が収録された短編集「女のいない男たち」を買い求めましたが、あえて読みませんでした。全く同じでないことは分かっていましたし、先入観を刷り込みたくなかったからです。気が向いたら、これからゆっくりと読みます。映画は、村上ワールドの空気がそのままに漂っていたと思います。濱口監督の深く厚い力量に感服します。
長野相生座・ロキシーは、長野市中心街の繁華街、権堂というところにあります。車で行くと時間が読めないので、久しぶりにしなの鉄道で行きました。何十両と連なった石油の貨物列車。上越市のタンクで積載し、坂城駅に向かいます。長野県は全国一、二を争うほどガソリン価格が高いのです。ガソリン税を減税するべきです。元売りに補助金など何の効果もない。2、3歳の頃、両親が畑仕事で忙しい時に、女子高生だった叔母の自転車の後ろに乗って線路近くの女子校へ。体育館でバトミントンをする女子高生には目もくれず、蒸気機関車や長い貨物列車を見ていました。今なら女子高生を見るでしょうけれど(笑)。これは、実は映画の伏線です。
長野駅には、4月から始まる予定の善光寺御開帳の大きな提灯が。底に大きなQRコードがあるのが可笑しい。あれ使う人いるのでしょうか。映画館までは北へ15分歩きます。東急デパート横の鄙びた道を歩きました。権堂に近づくとキャバクラとかスナックとか居酒屋とか。私は来たことありませんが。長野で最初にコロナ感染者が出たのは、この辺りのキャバクラでした。田舎は狭いので、すぐにどこの娘だとか特定されてしまって、それは可愛そうでした。彼女に責任はないですから。一日も早くおさまることを祈ります。
権堂のアーケード街。この先に映画館があります。平日とはいえ昼の時間なのに人通りが少ないです。松本に比べると中心街の空洞化が目立ちます。長野は、長野駅と善光寺の間が2キロほどあります。しかも上り坂。昔は中程に丸光と丸善がありました。それがなくなり、丸善は東急と提携し駅前に。中央の空洞化が顕著になりました。かといって駅前もバブルの頃にチャンスはあったと思うのですが再開発が進まず、県庁所在地とは思えないほどの寂れた状況になっています。今後、20年をかけて再開発をする計画があるそうですが、どうなるのでしょう。唯一、いいのは高層ビルがないことです。長野に高層ビルは不要です。周りの里山やアルプス、志賀高原を借景とすべきです。全ての世代が歩きたくなる街、集いたくなる街。新交通システムも考えていいでしょう。街の活性化には、若者、馬鹿者、よそ者の声を聴けという話があります。善光寺だけではない長野。その構築が求められています。
長野相生座・ロキシーの入り口。燦然と輝く受賞とノミネートの表示。
昭和レトロの映画館。明治25年(1892年)に現在地に芝居小屋「千歳座」として建てられ、30年(1897年)に活動写真を初上映しました。 大正8年4月(1919年) 相生座が千歳座を買収し相生座と改称。 活動写真の営業を始めたという国内最古級の映画館です。これは長野市民ならず日本の有形文化財です。小津安二郎の映画の街、鎌倉に映画館が一つもなくなってしまったという事実を考えると、この映画館の貴重さが分かると思います。
上映はロキシー1で。ご覧の通り客席に段差がありません。私がよく行く上田の東宝シネマズ上田は、最新ですので階段状で椅子も広く、音響も最新です。久しぶりですこういう映画館。東京でもなかなかありません。思い出すのは、国立スカラ座ですね。スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛」とか、デヴィッド・リーン監督の「ドクトル・ジバゴ」などを観ました。右のスチーム暖房が、お湯が通るとチンチンと小さな音を立てるのです。この後、観客が大勢入ってきました。凄く若い人からけっこうな高齢者までと、年齢層がもの凄く幅広いのに驚きました。ただ、3時間と長いのでトイレに行っておくことと、事前に飲み物は控えたほうがいいですね。フィルムの頃は、半分でフィルムの取替があって休憩時間があったのですが、これはありません。途中でトイレに行く人が年配者に多くいましたが、これはもったいない。途中でコーラを飲んだりポップコーンを食べるような映画でもありません。体調を整えて万全の態勢で鑑賞しましょう(笑)。
スタッフ手作りの掲示板。いいですね。劇中劇は、サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」とアントン・チェーホフの「ワーニャ伯父さん」。撮影の殆どは広島県で行われ、ロケ地巡りも人気の様です。主人公たちが広島から北海道へ向かうシーンでは、よく知っている国道8号の親不知の洞門が出てきて思わずハッとなりました。俳優については、ネタバレになるので記しませんが、日本人俳優だけでなく韓国や台湾の俳優が非常に印象的でした。手話も非常に効果的で心に残りました。私は若い頃から英国やフランス、ノルウェー、ブラジルやボリビアを長いこと放浪して、外国の友人も多いのですが、違いもありますが、相似律というものも多くあるのです。濱口監督は、それをよく分かっている方だと思いました。
上映が終わった濱口監督の作品。ドストエフスキー。偶然とは人間が計り知れない必然のことをいう。と私は思う。一枚の枯れ葉が落ちる場所も、実は計り知れない必然の重なりでできている。それを因果という。物事には必ず原因と結果がある。その連続。その偶然を受け入れるか拒絶するかで、人生はドラスティックに変わる。諸行無常。会者定離。どんな幸せな人生も、ほんの小さな事件や潜在的なトラウマで崩壊する危うさを持っている。諦めと再生する愛。
3時間はあっという間でした。北陸で春一番が吹いたというツイートが流れてきました。重厚な最後の20分で、ラストはどうおさめるのだろうと思いました。フフッという感じで終わりました。濱口監督の緊張感と弛緩の組み合わせが、最高に心地よいと思いました。弛緩の時間に観客に安堵と考える時間を与えてくれるのです。絶妙です。
1956年のイタリア映画「鉄道員」というモノクロの映画を思い出します。悲しくも美しく愛に溢れた映画でした。なんでこんな殺伐とした世界になってしまったのでしょう。効率と金。異常なほどの科学信仰とまかり通る嘘。
で、「ドライブ・マイ・カー」ですが、ネタバレを避けて感想を言うのはとても難しい。抽象的に。真っ赤なサーブ900ターボの美しさ。劇中劇のベケットとチェーホフ。生きることに真っ直ぐに向き合うことと、演じてしまう人生。物語を必要とするということ(メタ・フィクション)。物語と自己再生の旅。ソシュール言語学でいうところのシニフィアン(意味しているもの)とシニフィエ(意味されているもの)。ドラマツルギー(戯曲の創作や構成についての技法。作劇法。戯曲作法。演劇に関する理論・法則・批評などの総称。演劇論。)など。
「生き残った者は、死んだ者のことを考えつづける… ぼくや君はそうやって生きて行かなくてはいけない」「生きていくほかないの」という人生にレーゾンデートル(存在理由)はあるのか。そもそも必要なのか。どんなに愛し合った夫婦でも元は他人。全てを知りたいとか全てを理解したいと思うのは性か業か。ありのままの全てを受け入れることこそが…。なんのアクションもスリルもサスペンスもないけれど、静かな緊張感に溢れた時間が過ぎていく。そういう作品でした。亡き妻を想う。
■ 映画『ドライブ・マイ・カー』公式サイト
■DRIVE MY CAR - Trailer
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■『ドライブ・マイ・カー』三浦透子インタビュー「運転に人柄が集約される」
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ネタバレになるので、映画を観てからご覧になった方がいいと思います。素晴らしいレビューです。「メタ・フィクション」
●Drive My Carドライブマイカー Movie Review 解説・映画レビュー Oscar to Ryusuke Hamaguchi? アカデミー賞なるか?
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■ 「70年代は、ニューシネマ。そして私はシネマフリークになった」 :70年代の美大生時代と80年代のデザイナー時代に観た映画についてのフォトエッセイ。『
国分寺・国立70sグラフィティ 』ー村上春樹さんのジャズ喫茶、ピーター・キャットを中心とした70年代のクロニクルまたはスラップスティックー(海外からのアクセスも多い32本のフォトエッセイ)
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