「ブルースはロックの親父やけん(会場爆笑)、、リズム&ブルースは叔父さんや。」
マコちゃん(鮎川誠)の独特のMCは外見とのギャップもあって、いつも観客をなごませた。
あれはシーナが産休中のライブだったから、1983年のことだ。下北沢の本多劇場で開催された下北沢音楽祭での一コマだ。
ギター、ベース、ドラムスのトリオで持ち歌を数曲演奏した後、京都出身のウエストロード・ブルース・バンドのボーカルで、当時はR&B色の強いブルー・ヘブンを率いていたホトケこと永井隆をゲストに、マディ・ウォータースの「マニッシュ・ボーイ」やリトル・リチャードの「ルシール」を披露した。ホトケはそれまでもシナロケのステージに招かれることがあったが、彼もマコちゃんも、好きなブルースを信頼できる相手とセッションできて、観ているほうが幸せになるほど、毎回楽しそうだった。
「今日6月9日はロックの日やろ?明日10日はブルースの日や。」
翌日、ブルースのフェスティバルが日比谷公会堂で開催されるとの告知だったが、行った記憶がないは、苦学生だった僕は土日に多摩動物公園のバイトが入っていたか何かで断念したのだろう。
ちょうど40年がたったとは。
このオムニバス・ライブは行った。会場はたしか池袋東映(映画館)だった。とにかく暑かった。
今日は6月6日、なごみの日だ。
8004番の活動車が連なった一大パレードを見送ったやまねこデイサービスの利用者様がたが、楽しそうに廊下を歩いて行く。
「ああ、面白かったわね。国歌斉唱なんて久しぶりよ。でも、なんで今日が「なごみの日」なの?」
「この日がなければ、当法人の今はなかったくらいの、大事な日なのです。」
「ふーん、なんだかよくわからないけど、そうなのね、、♪千代にい、八千代にい、と」
鼻歌まじりの上機嫌のまま去って行った。
自分ひとりでできたことなど一つもない。そのことを謙虚に心へ刻みながら、私は毎年この日を祝うのだ。
譲受した事業所の活動車に、ぽらんのロゴを入れました。
白地に水色のロゴが映えて、きれいですね。
利用者様・ご家族様の要望があるので、送迎車全車にというわけにはいきませんが、
とりあえずこれで島内での認知度がさらに上がれば幸いです。