初夏の週末の休日、午前中に寒河江川のほとりに出かけ、清流庵の豆腐を購入し、知人にも送ってもらうことにしました。家に戻り、老父母と共にできたての厚揚げで昼食をすませ、バナナ・ヨーグルトでひと休み。
午後のひととき、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を聞きました。いずれもアンドレ・プレヴィンのピアノで、LPはアンドレ・コステラネッツの指揮する彼のオーケストラによる1960年のCBS録音CBS 13AC-294)、CDの方はプレヴィン自身の指揮するロンドン交響楽団の演奏で、1971年のEMI録音(HCD01149、新・世界の名曲シリーズ49)です。
1960年といえば、アンドレ・プレヴィンが「ヘ調のピアノ協奏曲」でピアニストとしてデビューした年だといいます。アンドレ・コステラネッツが指揮するニューヨーク・フィルがその舞台だったとか。坂清也氏の解説によれば、アンドレ・プレヴィンは、ウェストコーストのジャズ・ピアニスト、映画音楽の作編曲者としてすでに名声を得ていたそうです。優れたジャズ・ピアニストがガーシュインを演奏するのは、小沢征爾がしばしば共演するマーカス・ロバーツのように、よくあることなのでしょう。
このLPは、「ヘ調のピアノ協奏曲」がメインのようで、「ラプソディ・イン・ブルー」はB面に併録されています。では、その演奏は?
コステラネッツ流というのでしょうか、快速テンポで緩急をはっきりさせ、リズムが実に生き生きとしています。歌舞伎みたいに、大きく見えをきるような演奏です。プレヴィンのピアノも、「達者な」という範疇をこえて、30代はじめの覇気が感じられるバリバリの演奏です。
40代になり、クラシック音楽の指揮者としてキャリアを重ねていたプレヴィンは、ロンドン交響楽団と組み、同じガーシュインの音楽を録音します。それがこのCDに収録された「ラプソディ・イン・ブルー」などです。
最も大きな違いはテンポにあると感じます。自分で弾き振りした40代の演奏は、比較的ゆっくりと、管弦楽の響きも優しくスマートです。これは英国の聴衆の趣味に合わせたわけではないでしょう。本当は彼もこう演奏したかったのだろうと思います。けれども、若いジャズ・ピアニストがガーシュインを演奏するとなれば、それなりの気負いもあったでしょうし、当時絶大な人気を持っていたコステラネッツの解釈という基本があったのでしょう。演奏家でも、年齢を重ね、キャリアを積み重ねてはじめて本音を言える立場になるということもあるのかもしれません。
■プレヴィン(Pf)、コステラネッツ指揮コステラネッツ管(1960) 13'52"
■プレヴィン(Pf、指揮)、ロンドン響(1971) 14'45"
写真の本は、イーアン・ウッド著、別宮貞徳訳『ガーシュイン』。ジョージ・ガーシュイン生誕100周年記念にヤマハ・ミュージックメディアから1998年に刊行されたもの。こちらもなかなか興味深いものでした。
午後のひととき、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を聞きました。いずれもアンドレ・プレヴィンのピアノで、LPはアンドレ・コステラネッツの指揮する彼のオーケストラによる1960年のCBS録音CBS 13AC-294)、CDの方はプレヴィン自身の指揮するロンドン交響楽団の演奏で、1971年のEMI録音(HCD01149、新・世界の名曲シリーズ49)です。
1960年といえば、アンドレ・プレヴィンが「ヘ調のピアノ協奏曲」でピアニストとしてデビューした年だといいます。アンドレ・コステラネッツが指揮するニューヨーク・フィルがその舞台だったとか。坂清也氏の解説によれば、アンドレ・プレヴィンは、ウェストコーストのジャズ・ピアニスト、映画音楽の作編曲者としてすでに名声を得ていたそうです。優れたジャズ・ピアニストがガーシュインを演奏するのは、小沢征爾がしばしば共演するマーカス・ロバーツのように、よくあることなのでしょう。
このLPは、「ヘ調のピアノ協奏曲」がメインのようで、「ラプソディ・イン・ブルー」はB面に併録されています。では、その演奏は?
コステラネッツ流というのでしょうか、快速テンポで緩急をはっきりさせ、リズムが実に生き生きとしています。歌舞伎みたいに、大きく見えをきるような演奏です。プレヴィンのピアノも、「達者な」という範疇をこえて、30代はじめの覇気が感じられるバリバリの演奏です。
40代になり、クラシック音楽の指揮者としてキャリアを重ねていたプレヴィンは、ロンドン交響楽団と組み、同じガーシュインの音楽を録音します。それがこのCDに収録された「ラプソディ・イン・ブルー」などです。
最も大きな違いはテンポにあると感じます。自分で弾き振りした40代の演奏は、比較的ゆっくりと、管弦楽の響きも優しくスマートです。これは英国の聴衆の趣味に合わせたわけではないでしょう。本当は彼もこう演奏したかったのだろうと思います。けれども、若いジャズ・ピアニストがガーシュインを演奏するとなれば、それなりの気負いもあったでしょうし、当時絶大な人気を持っていたコステラネッツの解釈という基本があったのでしょう。演奏家でも、年齢を重ね、キャリアを積み重ねてはじめて本音を言える立場になるということもあるのかもしれません。
■プレヴィン(Pf)、コステラネッツ指揮コステラネッツ管(1960) 13'52"
■プレヴィン(Pf、指揮)、ロンドン響(1971) 14'45"
写真の本は、イーアン・ウッド著、別宮貞徳訳『ガーシュイン』。ジョージ・ガーシュイン生誕100周年記念にヤマハ・ミュージックメディアから1998年に刊行されたもの。こちらもなかなか興味深いものでした。