朝のうちは曇り空で庭木の伐採などもできたけれど、お昼近くになったら寒冷前線の通過で雷雨となり、ようやく雨が上がった頃、山形交響楽団の第304回定期演奏会にでかけました。本日のプログラムは、
というものです。小田実結子さんという人の作品は初めて接しますし、ドヴォルザークのピアノ協奏曲を取り上げるというのも滅多にない体験。それにすっかりおなじみになり過ぎた「新世界」を組み合わせるというのですから、どんなふうな演奏会になるのか、期待も高まります。
開演前のプレトークでは、指揮者の原田慶太楼さんが西濱事務局長を圧倒する勢いで名前に関する裏話を聞かせてくれました。某所の楽屋の名札が慶太「楼」ではなくて慶太「桜」になっていたそうで、それ以来、あだ名が「桜チャン」になったとのこと(^o^)/ いや、それは遊郭と間違われたり飴玉の本舗と間違われたりするよりも風情があって良いのではなかろうか(^o^)/ それよりも、日本人作曲家の作品を世界に紹介したいという意気込みに共感します。演奏前に、今回の小田実結子さんの作品に期待が高まります。
ステージ上には、協奏曲で使うピアノがすでにセットされた状態で、これは前日にピアノのセッティングに関連してトラブルがあったためだそうです。詳しくはわかりませんが、協奏曲でピアノのトラブルでは話になりませんので、念のためということで了解です。ピアノ以外の楽器編成と配置は、ステージ左側から、第1ヴァイオリン(10)、チェロ(6)、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)、左後方にコントラバス(4)の10-8-6-6-4 の対向配置。中央部後方に木管がフルート(2)、オーボエ(2)、その後方にクラリネット(2)、ファゴット(2)、木管の左後方にホルン(4)、右後方にトランペット(2)、最奥部には左からパーカッション、ティンパニ、トロンボーン(3)、テューバというもので、山形テルサのステージがぎっしりという感じです。
1曲め:小田実結子さんの委嘱作品。鈴がチリンと鳴って音楽が始まります。いわゆる「現代音楽」の不協和音満載ではなくて、もっとずっと純な響きで心に残ります。ちらりと民謡風なところがあったり和楽器の笙のようなところがあったりするのは、月山など出羽三山をイメージしての要素でしょうか。山響の規模を目一杯使って、実にパワフルな印象。これは機会があればぜひまた聴いてみたい音楽です!
楽団員と聴衆の拍手の中、作曲者の小田実結子さんが客席からステージに上がり、一層大きな拍手を受けました。見た感じあまり大柄には見えない、どちらかといえば小柄な女性ですが、どこにあれだけの音楽のエネルギーがあるのだろうと不思議に思える、作品と作曲者でした。
続いてドヴォルザークのピアノ協奏曲。プレトークでも触れていましたが、演奏会にこの曲が取り上げられることはごく少ないのだそうです。山響の団員でも、演奏したことがある人は二人だけだったそうで、同じドヴォルザークの作品でも、チェロ協奏曲やヴァイオリン協奏曲に比べてピアノ協奏曲は不遇な印象です。確かに、LPやCDなどのタイトルでも、過去に話題になった記憶があるのはリヒテルとクライバーの録音くらいではないかと思います。私の小規模なLP/CD/DVD等のライブラリでも、ドヴォルザークのピアノ協奏曲は後回しにされており、必要に応じてネットで検索して聴くくらいでしたから、ナマで聴けるチャンスはまことに貴重です。曲の冒頭部はオーケストラが演奏するだけで、他のヴィルトゥオーゾ・スタイルの協奏曲のようにど派手にぶちかますことはありません。ピアノは途中からそっと入ってくるのです。そして、オーケストラに寄り添いながら、オーケストラの一部になったようにピアノが歌います。この曲は、ソリストの阪口知樹さんのお気に入りなのでしょうか、心からの共感をこめて演奏しているように感じられました。
聴衆の大きな拍手を受けて、ソリスト・アンコールは、同じくドヴォルザークの歌曲から「わが母の教え給いし歌」を、阪口知樹さん自身の編曲で。これがまた絶品で、思わずため息が出るほどの素晴らしさでした。
15分の休憩の後、プログラムの後半はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」です。あまりにも有名になり、映画やドラマなどでもしばしば使われるため、音楽の印象よりもそのドラマ等の記憶のほうが強くなってしまい、通俗なセンチメンタリズムを連想してこの曲そのものを敬遠してしまうということがあるのかもしれません。ところが、原田慶太楼さんの「新世界から」はだいぶ違っていました。冒頭はだいぶ遅めに始まりましたが、ダイナミックかつHrnとTp,Tbなどがステージ上の楽器配置を活かして立体的に音が飛び出すように聞こえます。楽章間の移行も間を置かず、緊張感を保ったまま続けて演奏されますので、その分だけイングリッシュホルンの鄙びた音色と旋律が印象的です。弦楽の響きがたいへん魅力的ですし、弦楽のトップで室内楽のように演奏されるところも素晴らしい。第3楽章は軽やかに演奏されますが、ティンパニやトライアングルが実に効果的に響きます。アタッカで終楽章へ。余計なことを考える間もなくダイナミックな音楽に引き込まれます。曲が終わっても緊張感が持続する中、指揮棒が降りるまでずっと静寂が続き、緊張感が解放されてどっと拍手が沸き起こります。いや〜、しばらくぶりに「新世界から」を満喫したぞ!
そういえば、終楽章の例の「1回だけ登場するシンバルの一打ち」ですが、これは某映画?ドラマ?のように派手にジャーン!と鳴らすのではなく、ドラムセットの一部のように、スティックでジャン!でした。このあたり、ドヴォルザークがアメリカで接した音楽として、ディキシーランド・ジャズのようにドラムセットを一打ちする場面を想定したのかもしれません。
もちろん、ナマの演奏会ですから、完全に無傷というわけにはいかないわけですが、そんなことを感じさせない、たいへんパワフルでダイナミックで印象的な演奏会となりました。素人音楽愛好家としては、もう大満足です。
そうそう、終演後に退席するとき、高校生らしい一団を見かけました。もしかしたら、協賛企業が用意してくれている若い人向けのサポートシートだったのでしょうか。このあたりも、「地域に音楽を」との精神で創立され50周年を迎えている山形交響楽団が、真剣に地域の中での音楽の未来を考えていることの証明かもしれないと感じ、ちょいと嬉しくなりました。
- 小田実結子:生まれかわりの旅 〜出羽の山々に想いを馳せて〜 ※山響創立50周年記念委嘱作品(世界初演)
- ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲 ト短調 作品33 ピアノ:阪田 知樹
- ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調「新世界より」作品95
指揮:原田 慶太楼、山形交響楽団
というものです。小田実結子さんという人の作品は初めて接しますし、ドヴォルザークのピアノ協奏曲を取り上げるというのも滅多にない体験。それにすっかりおなじみになり過ぎた「新世界」を組み合わせるというのですから、どんなふうな演奏会になるのか、期待も高まります。
開演前のプレトークでは、指揮者の原田慶太楼さんが西濱事務局長を圧倒する勢いで名前に関する裏話を聞かせてくれました。某所の楽屋の名札が慶太「楼」ではなくて慶太「桜」になっていたそうで、それ以来、あだ名が「桜チャン」になったとのこと(^o^)/ いや、それは遊郭と間違われたり飴玉の本舗と間違われたりするよりも風情があって良いのではなかろうか(^o^)/ それよりも、日本人作曲家の作品を世界に紹介したいという意気込みに共感します。演奏前に、今回の小田実結子さんの作品に期待が高まります。
ステージ上には、協奏曲で使うピアノがすでにセットされた状態で、これは前日にピアノのセッティングに関連してトラブルがあったためだそうです。詳しくはわかりませんが、協奏曲でピアノのトラブルでは話になりませんので、念のためということで了解です。ピアノ以外の楽器編成と配置は、ステージ左側から、第1ヴァイオリン(10)、チェロ(6)、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)、左後方にコントラバス(4)の10-8-6-6-4 の対向配置。中央部後方に木管がフルート(2)、オーボエ(2)、その後方にクラリネット(2)、ファゴット(2)、木管の左後方にホルン(4)、右後方にトランペット(2)、最奥部には左からパーカッション、ティンパニ、トロンボーン(3)、テューバというもので、山形テルサのステージがぎっしりという感じです。
1曲め:小田実結子さんの委嘱作品。鈴がチリンと鳴って音楽が始まります。いわゆる「現代音楽」の不協和音満載ではなくて、もっとずっと純な響きで心に残ります。ちらりと民謡風なところがあったり和楽器の笙のようなところがあったりするのは、月山など出羽三山をイメージしての要素でしょうか。山響の規模を目一杯使って、実にパワフルな印象。これは機会があればぜひまた聴いてみたい音楽です!
楽団員と聴衆の拍手の中、作曲者の小田実結子さんが客席からステージに上がり、一層大きな拍手を受けました。見た感じあまり大柄には見えない、どちらかといえば小柄な女性ですが、どこにあれだけの音楽のエネルギーがあるのだろうと不思議に思える、作品と作曲者でした。
続いてドヴォルザークのピアノ協奏曲。プレトークでも触れていましたが、演奏会にこの曲が取り上げられることはごく少ないのだそうです。山響の団員でも、演奏したことがある人は二人だけだったそうで、同じドヴォルザークの作品でも、チェロ協奏曲やヴァイオリン協奏曲に比べてピアノ協奏曲は不遇な印象です。確かに、LPやCDなどのタイトルでも、過去に話題になった記憶があるのはリヒテルとクライバーの録音くらいではないかと思います。私の小規模なLP/CD/DVD等のライブラリでも、ドヴォルザークのピアノ協奏曲は後回しにされており、必要に応じてネットで検索して聴くくらいでしたから、ナマで聴けるチャンスはまことに貴重です。曲の冒頭部はオーケストラが演奏するだけで、他のヴィルトゥオーゾ・スタイルの協奏曲のようにど派手にぶちかますことはありません。ピアノは途中からそっと入ってくるのです。そして、オーケストラに寄り添いながら、オーケストラの一部になったようにピアノが歌います。この曲は、ソリストの阪口知樹さんのお気に入りなのでしょうか、心からの共感をこめて演奏しているように感じられました。
聴衆の大きな拍手を受けて、ソリスト・アンコールは、同じくドヴォルザークの歌曲から「わが母の教え給いし歌」を、阪口知樹さん自身の編曲で。これがまた絶品で、思わずため息が出るほどの素晴らしさでした。
15分の休憩の後、プログラムの後半はドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」です。あまりにも有名になり、映画やドラマなどでもしばしば使われるため、音楽の印象よりもそのドラマ等の記憶のほうが強くなってしまい、通俗なセンチメンタリズムを連想してこの曲そのものを敬遠してしまうということがあるのかもしれません。ところが、原田慶太楼さんの「新世界から」はだいぶ違っていました。冒頭はだいぶ遅めに始まりましたが、ダイナミックかつHrnとTp,Tbなどがステージ上の楽器配置を活かして立体的に音が飛び出すように聞こえます。楽章間の移行も間を置かず、緊張感を保ったまま続けて演奏されますので、その分だけイングリッシュホルンの鄙びた音色と旋律が印象的です。弦楽の響きがたいへん魅力的ですし、弦楽のトップで室内楽のように演奏されるところも素晴らしい。第3楽章は軽やかに演奏されますが、ティンパニやトライアングルが実に効果的に響きます。アタッカで終楽章へ。余計なことを考える間もなくダイナミックな音楽に引き込まれます。曲が終わっても緊張感が持続する中、指揮棒が降りるまでずっと静寂が続き、緊張感が解放されてどっと拍手が沸き起こります。いや〜、しばらくぶりに「新世界から」を満喫したぞ!
そういえば、終楽章の例の「1回だけ登場するシンバルの一打ち」ですが、これは某映画?ドラマ?のように派手にジャーン!と鳴らすのではなく、ドラムセットの一部のように、スティックでジャン!でした。このあたり、ドヴォルザークがアメリカで接した音楽として、ディキシーランド・ジャズのようにドラムセットを一打ちする場面を想定したのかもしれません。
もちろん、ナマの演奏会ですから、完全に無傷というわけにはいかないわけですが、そんなことを感じさせない、たいへんパワフルでダイナミックで印象的な演奏会となりました。素人音楽愛好家としては、もう大満足です。
そうそう、終演後に退席するとき、高校生らしい一団を見かけました。もしかしたら、協賛企業が用意してくれている若い人向けのサポートシートだったのでしょうか。このあたりも、「地域に音楽を」との精神で創立され50周年を迎えている山形交響楽団が、真剣に地域の中での音楽の未来を考えていることの証明かもしれないと感じ、ちょいと嬉しくなりました。
ドボルザーク/ピアノ協奏曲を聴かれたとは羨ましい。2018.03nhk fmオーケストラジャパン(5)で聴くまで、まったく知りませんでした。伊藤恵さんのピアノが素晴らしくエアーチェックを何度も聴き直しておりました。その後、N響ザ・レジェンドでA・シフ/コシュラー/N響がA・シフによるオリジナルパート版で放送され、これは本場の演奏と聴き比べを楽しんでおります。