電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

映画「生きる〜LIVING」を観る

2023年04月20日 06時00分45秒 | 映画TVドラマ
少し前になりますが、息子からの情報により、妻と息子と一緒にフォーラム山形で映画「生きる〜LIVING」を観てきました。題名のとおり、黒澤明監督作品「生きる」を、ノーベル賞作家カズオ・イシグロが1950年代の英国を舞台に脚本を書き、原作にかなり忠実にリメイクした作品です。

映画の冒頭、今は見慣れた横長の画面ではなく、4×3の昔ながらのスクリーンに走る列車のシーン、流れる音楽のノスタルジックな雰囲気にグッとやられました。加えて主人公ウィリアムズ(ビル・ナイ)が勤務する市役所の市民課の雰囲気、調度品や雑然と積み上がる書類の山、課に一台だけの黒電話、手回しの鉛筆削りやインクとつけペン等の文具類、陳情するご婦人たちが提出する書類の綴り方など、ああ、そうだった、情報化以前、いや、オフィスの事務革命以前の姿はこんなふうだったと、ストーリー外でも思わず感動してしまいました。特に、たらい回しをされながら別の課にねじ込む際に、新人のピーターをお供に10箱もの書類を持ち込む迫力、あれはアナログな手書き文書だから通用する手法でしょう。

ストーリーは原作同様で、妻の死後ずっとことなかれ主義に浸ってしまっている市民課長ウィリアムズが主治医からガンで余命半年、長くて9ヶ月との宣告を受け、自らの人生の意味を考えてしまいます。残り人生を楽しもうにも、楽しみ方がわからない。悩み逡巡し無断欠勤を続けますが、どうもロンドン市役所の勤怠管理はザルなようで、その間、同僚だった若い娘マーガレットと噂になるほどの「交際」をしますが、彼女の天真爛漫な明るさに救われる形で、陳情のあった公園を作る仕事に意味を見出し、没頭していきます。そして順次その過程を描くのではなく、ウィリアムズ課長の葬儀の後に故人の残したものが周囲の人たちに、特に若い職員ピーターにどんなふうに受け止められたかが描かれる、というお話です。

イギリス映画らしい重厚な雰囲気と俳優陣、中でも主人公ウィリアムズを演じるビル・ナイ氏の抑制された演技が素晴らしい。作中のさまざまな場面に挿入される音楽も見事でした。妻と共に、久々に良い映画を観たという充実感が残り、後味の良い経験となりました。

<予告>『生きるLIVING』【3/31公開】


ピンストライプの背広にネクタイをしめ、帽子と革靴、書類かばんとこうもり傘という当時の英国紳士のスタイルは、ある程度の財産を所有する中産階級のステイタスを表しますが、息子夫婦が皮算用する場面は、郊外に家と預貯金を持ち相続を前提とするから成り立つ場面です。ドライな嫁と寡黙な父親の間に挟まれ、遠慮しがちだった息子は、余命宣告を受けていたことを自分には知らせてくれなかった、自分は父親の話を聞いてこなかったと悔いています。噂になっていたマーガレットには話していたかどうかをたずねますが、マーガレットは自分も知らなかったと嘘をつきます。相手(息子)の心情を思いやる、マーガレットの優しさを感じさせる場面です。そのほか、魅力的なシーンが多数ありました。私はめったに他人様におすすめしたりすることは少ないのですが、これは「機会があればぜひに」とおすすめできる映画でした。できればカズオ・イシグロの脚本を書籍の形で読んでみたいものです。

(*1): 映画「生きる〜LIVING」公式サイト


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