電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

J.S.バッハ「マタイ受難曲」を聴く

2013年08月16日 06時00分26秒 | -オペラ・声楽
7月は、なぜかメンデルスゾーン月間でした。大曲の交響曲第2番「讃歌」をはじめ、弦楽四重奏曲の第1番と第2番の実演に接するなど、メンデルスゾーンの音楽にひたることができました。これに関連して、ずっと通勤の音楽として聴いていたのが、若いメンデルスゾーンが蘇演したという、J.S.バッハの「マタイ受難曲」です。

この曲の録音は、手元には3種類あります。1つ目は、ミシェル・コルボ指揮のローザンヌ室内管弦楽団・同声楽アンサンブルによるLP三枚組(エラート)。ただし、LPでは通勤の音楽にはできませんし、全曲を聴き通すのも辛いものがありますので、今回はハイライト版を選択しました。それが、ペーター・シュライヤー指揮ドレスデン・シュターツカペレによる演奏で、Philips:PHCP-10600という型番のCDです。
三つめは、カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団による全曲版で、1958年、初のステレオ全曲録音です。これはすでにパブリックドメインになっており、いつでもダウンロードして聴くことができます。リヒターの演奏は厳しく、聴いて楽しむような性格のものではない、というような先入観がありました。これは、もちろん昔のレコード評論が与えたものであって、実際に聴いてみれば、決してそんなことはありませんでした。

今回、「マタイ受難曲」のハイライトを聴いてとくに感じたのは、バッハが書いたオーケストラ部の音楽の見事さです。合唱と独唱そしてテキストに注目がいきがちですが、若いメンデルスゾーンが傾倒したものは何だったのだろうという意識で聴くと、また別の聴き方ができるようです。

例えば第39曲のアルトのアリア「主よ、憐れみたまえ」。声楽と歌詞に頼るだけでなく、ヴァイオリンが切実な祈りを捧げます。この感情の真率さは、むしろ言葉のないヴァイオリンだからこそ、訴えるものがあるのかも。

Erbarme dich, mein Gott.
Um meiner Zaehren willen;
Schaue hier, Herz und Auge
Wein vor dir bitterlich.
Erbaume dich!

 憐れみたまえ、わが神よ。
 私のこの涙を。
 ごらんください。私の心と眼は、
 あなたのみ前でさめざめと泣いています。
 憐れみたまえ。
  (CD添付のリーフレットより。訳:服部幸三)

イエスが審問を受けているとき、中庭にいたペテロは、一人の女使用人に、「ナザレのイエスと一緒にいた」と言われ、三度これを否定します。最後の晩餐でのイエスの予言を思い出し、悔やむペテロの涙と後悔を、独奏ヴァイオリンが悲痛に歌う場面です。全能の神とは異なり、限りある人間だからこそ、後からわかったことにはげしく動揺し、後悔します。この感情は、ある程度の年齢を経た多くの人が体験していることでしょう。

バロック時代でもロマン派の時代でも、私たち人間の嘆きや悲しみが絶えることはありません。「主よ、憐れみたまえ」の音楽は、バロックの装いをこえて、ぱっくりと口をあけた、悲嘆と後悔と普遍的な祈りを表現したもののようです。

「マタイ受難曲」を通勤の音楽にしてみて、終曲の合唱のような、声楽の圧倒的な力を感じずにはいられません。そしてまた、自宅でも何度も繰り返して聴き、リヒターなど他の演奏なども耳にして、昔のレコード評論の事大主義的な決め付けからは自由になれたように思います。J.S.バッハの音楽の持つ活力やエネルギー、祈りの感情の真率さ、声楽やオーケストラの使い方の見事さなど、やっぱり圧倒的です。

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古典ブルーブラック・インクの長所を今更ながら再確認する

2013年08月15日 06時01分08秒 | 手帳文具書斎
プラチナ社の古典ブルーブラック・インクを試すべく、同社の廉価万年筆にコンバータまで導入して使ってみて、スリップシール機構を持つプレッピー万年筆のペン先が乾きにくく、いつでも使い始められる便利さに感心しましたが、もう一つ、同インクの長所に何度か言及してきました。それは、滲みやすく裏抜けしやすい紙に対しても、滲みにくく抜けにくいという特性です。

たとえば、百均ノートの紙でも裏抜けしないのは、私の手元にある万年筆用インクの中ではプラチナの古典ブルーブラックだけでしたし、システム手帳「ダ・ヴィンチ」に添付のチェックリスト用リフィルは、パイロットの色彩雫「紺碧」インクでは見事に裏抜けしてしまいます(写真下部)が、この古典BBインクでメモしてみたところ、滲みにくく裏抜けもなく(写真上部)、じゅうぶん実用の範囲内です。



おそらく、インクの成分の関係で表面張力などが違うのだろうと思いますが、プラチナ社は、耐水性・耐光性のほか、滲みにくさや裏抜けしにくさ等の古典ブルーブラック・インクの特性を評価し、販売を継続しているのでしょう。

ノートやメモ用紙に万年筆で書いていて、手帳に書き込むときだけ急にボールペンに持ち換えるのは不自然です。できれば、ボールペンでも万年筆でも、どちらでも可能な状態が望ましいものです。これまで、安定した信頼性を評価し、ずっとパイロット製品を使ってきた私ですが、プラチナのインク、万年筆の評価がぐっと高くなってきています。

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お盆における寺の役員の仕事~当番になった場合

2013年08月14日 06時07分31秒 | 季節と行事
今年のお盆は、寺の役員の一人として協力するだけにとどまらず、当番として終日寺に詰めて、受付をすることとなりました。これまで、お正月には担当したことがありますが、お盆は初めてです。備忘のために、仕事の内容を列記してみます。

(1) 本堂の正面入口に幕を張ります。
(2) 戸をガラリと開けて、風通しを良くします。
(3) 受付のテーブルをL字形に出し、座布団を並べます。
(4) ロウソクや線香を準備し、墓参の人たちの来寺に備えます。
(5) お茶とお酒を用意し、お盆礼をいただいた方にふるまう準備をします。
(6) お供え物を本尊前に供え、読経の準備をします。
(7) 住職と役員一同がそろって、9時半に読経を行います。
(8) 墓参りに来られた人たちを迎えます。これが、夜8時半頃まで続きます。
(9) 夜、一段落ついたところで戸を閉め、幕を外し、テーブル等を片付けます。
(10)最後にお盆礼やお賽銭の締めを行い、責任総代に引き継ぎ、解散します。

墓参の人数の分布を見ると、午前中~昼前には遠方からの人が多く、車で来る人が多いようです。昼食後に小ピークがあり、夕方から夜にかけてが最大のピークとなります。このときは、大部分が地元の人で、徒歩かつ家族連れというのが特徴です。それ以外は、ひたすら待っている時間となりますが、受付当番の人と世間話をしたり、壁に掲げられた

「人の悪口を言って相手を困らせ、徒に一日を過ごしてはならない」

などという言葉に、今更ながら、そういえばそうだなあ、などと思ったりします。ひたすら退屈するばかりかと思えばさにあらず。色々な役割を果たす中で、感じること、考えることがあります。自らを省みるという意味で、宗教的雰囲気の静けさの中に一日を過ごすのも悪くありません。

宗派や寺の歴史・環境により、当番の役割も様々でしょうが、当地の某寺の慣習は、長年このような形になっています。言わば、宗教的性格の農村自治組織のようなものです。いささか珍しい運営のあり方ではあると感じます。

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お盆の朝は音楽も控えめに

2013年08月13日 06時01分27秒 | 季節と行事
お盆の朝、例によってコーヒータイムを楽しんでおります。本日は、寺の役員の割当てにより、私が寺にて受付をしなければなりません。朝八時から夜九時までの13時間勤務となります(^o^)/
もちろん、相棒と打ち合わせて、時間を見計らって適当に休憩はできるのですが、畳と座卓の一日で、腰が痛くなります(^o^)/
でも、近所の人たちと会話を交わすのも仕事のうちであり、楽しみでもあります。

そんなわけで、お盆の朝の音楽は音量も控えめに、J.S.バッハなのです。それも、よりによって「マタイ受難曲」をひっそりと(^o^)/
どこが「控えめ」なんじゃ、と言われそうですが(^o^)/

写真は、数日前に老母が干していた梅干しです。今年も色よく出来つつあります。
全景は、こんな感じ。


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山形交響楽団第231回定期演奏会でサリエリ、ディタースドルフ、ブルックナーを聴く

2013年08月12日 20時55分08秒 | -オーケストラ
お盆の日曜日、孫たちがまだ寝ている早朝のうちに果樹園の消毒を済ませ、30度を超える日中はぐったりとダウン、午後からエアコンのきいた車で出かけました。出かけた先は、もちろん山形テルサホール。本日は、山響こと山形交響楽団第231回定期演奏会、2日目のマチネで、「夢の街、おお、ウィーンよ!」と題する演奏会の曲目は次のとおりです。

(1) サリエリ:歌劇「ファルスタッフ」序曲
(2) ディタースドルフ:ハープ協奏曲 イ長調、ハープ:内田奈織
(3) ブルックナー:交響曲第1番 ハ短調 (ウィーン版)

恒例になっている、音楽監督・飯森範親さんのプレトークでは、ディタースドルフについては、ステージ上の配置変更の際に話すこととし、サリエリとブルックナーの曲について解説しました。また、東日本大震災に遭遇した東北の二つのオーケストラがどのように対応したかを描いた、工藤一郎著『つながれ心、つながれ力』(芸術現代社)についても紹介。この本は、前回の山響定期で購入しておりますが、たいへん興味深いものです。



第1曲、サリエリの歌劇「ファルスタッフ」序曲の楽器配置は、正面左から、第1ヴァイオリン(8)、チェロ(5)、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)、正面奥に、フルート(2)とオーボエ(2)、クラリネット(2)とファゴット(2)、ホルン(2)とトランペット(2)、一番奥にコントラバス(3)、金管の右にバロックティンパニ、というものです。男性楽員の皆さんは、いつものオーソドックスな服装ではなくて、黒のシャツで上着なしの「クールビズ」簡略スタイルです。でも音楽は簡略ではなく明瞭なもので、例えばファゴットを大きく鳴らし、これにオーケストラが答えるというように、ユーモラスな性格が感じられます。当ブログでもサリエリの「フルートとオーボエのための協奏曲」のCDを記事にしています(*1)が、わかりやすく、聴きやすいものでした。

ここで、ステージ上の配置が変更されます。指揮台の左隣にハープが置かれ、楽器編成も Ob(2),Hrn(2),弦楽は 6-6-4-3-2 の5部となります。
この間を利用した飯森さんの解説によれば、このハープ協奏曲は、もともと1779年に作曲されたチェンバロのための協奏曲だったのだそうで、これを K.H.Pillney(1896-1980) がハープの特性を充分に発揮出来るように編曲したものなのだそうです。

さて、そのハープ協奏曲ですが、スラリと長身の内田さんはピンクのドレスで、飯森さんは指揮棒なしで登場です。
第1楽章:アレグロ・モルトは、序奏の後にハープが始まります。典雅に見えて内容的には充実したアレンジです。ホルンに続き、オーボエにステキな旋律が。独奏ハープに寄り添う弦楽部は繊細に。第2楽章:ラルゲット。編成を小さくした効果が現れる、優しい緩徐楽章です。後半は、内田さんの見事なカデンツァに魅了されました。続けて第3楽章:アレグレットに移ります。典雅なロンド形式のフィナーレです。

15分の休憩の後、いよいよブルックナーの交響曲第1番です。楽器の配置は、第1ヴァイオリン(10)、コントラバス(4)に増強され、10-8-6-6-4 の弦楽5部に、Fl(3),Ob(2),Cl(2),Fg(2),Hrn(5),Tp(2),Tb(3),Timp という編成。Tbのうち1本は大型のバス・トロンボーンみたい。飯森さんは再び指揮棒を持ち、第1楽章:アレグロを開始します。山形テルサホールのすみずみまで、山響のブルックナー・サウンドが響き渡ります。第3番、第4番、第5番、第6番、そして第7番と演奏してきた経験が生きて、後年の作品と比較するとナマの旋律が露出する第1番の、はじめての演奏会体験です。第2楽章:低弦とホルンにより開始されるアダージョ。ブルックナーらしい神秘的な厳粛さは、この作品でもじゅうぶんに聴くことができます。第3楽章:スケルツォ(活発に)~トリオ(ゆっくりと)。全休止に続く展開もすでに出来上がっている、ブルックナーのスケルツォです。第4楽章:フィナーレ、動きを持って、火のように激しく。全休止の後に、フルートとオーボエなど管楽器の響きが、コントラバス等の低弦と対比されます。このへんの透明感や音色感は、ちょっとオルガンを思わせます。全体の響きの中で、少しずつ和声が変化していく様子が、実にブルックナーです!

本日は、客演コンサートマスターの田尻順さんやハープの内田奈織さん、ほか客演で演奏していただいた皆さんのおかげもあって、素晴らしいブルックナーの生の演奏を聴くことができました。本当に幸せな時間でした。

(*1):サリエリ「フルートとオーボエのための協奏曲」を聴く~「電網郊外散歩道」2009年10月

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緊急勧告:ただちに避難せよ!

2013年08月11日 06時04分18秒 | アホ猫やんちゃ猫
緊急勧告が発令されました。narkejp 家には、昨夜から二人の孫ちゃんたちが帰省しております。「どうぶつ」が大好きな幼稚園児と小学生低学年ですが、東京の家では猫が飼えず、目が覚めれば、おそらく半端ではない可愛がり方が予想されます。10歳以上の猫たちは、ただちに避難してください!



娘猫「え~、なんか言った?」



母猫「10歳以上の猫は、避難勧告だって。」



娘猫「あたし、そんなに年寄りじゃないもの。ムニャムニャ。」


というわけで、山響定期は本日の午後に持ち越しとなりました。ウルトラスーパー超絶ハイテンション・エネルギッシュ・ジャリンコな孫たちの「おじいちゃ~ん!遊んで!」攻撃から一時避難し、エネルギーを回復するためにも、重要な予定変更となっております(^o^)/

ちなみに、我が家のアホ猫は、母猫15歳、娘猫14歳です。彼らはクルミの脳味噌ですので、数の認識は、1、2、3、たくさん、なのでありまする(^o^)/

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ダイソーの廉価リングノートで裏抜け・裏写りテスト

2013年08月10日 06時04分20秒 | 手帳文具書斎
寝床用の備忘録雑記帳ノートとして、ダイソーの廉価なリングノートを使うことにしたことは、すでに記事にしました(*1)。このときの、各種筆記具を使った裏抜け・裏写りテストの結果を、まとめてみました。

使用したのは、次のものです。

プラチナ:プレッピー (0.3mm) ブルーブラック
パイロット:プレラ (M) 「朝顔」
パイロット:プレラ (F) 「紺碧」
パイロット:カスタム (M) 「紺碧」
パイロット:コクーン (M) ブラック
ウォーターマン:(M) パーカーQuink ブルーブラック
三菱:Jetstream (1.0mm) 黒
三菱:PowerTank (1.0mm) 黒

その結果、次のようになりました。





(1) 紙が薄いために、どれも裏写りする。両面使用には適さず、片面だけ使用すべき。
(2) 万年筆では、唯一プラチナの古典ブルーブラックだけが裏抜けしない。他は程度の差はあるが、裏抜けする。特に、細字よりも中字のものが甚だしい。
(3) ボールペンは裏抜けしない。ボールペンや鉛筆を想定したノートのようだ。

(*1):寝床用備忘録雑記帳を更新、やっぱりパワータンクで~「電網郊外散歩道」2013年8月


さて、本日と明日は、山響定期です。飯森範親さんの指揮で、ブルックナーの交響曲第1番などが予定されています。当方は、週末の土曜日にもかかわらず某行事のために出勤の予定。なんとか、演奏会には間に合うようにしたいものです。

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古いネクタイを処分する

2013年08月09日 06時02分36秒 | 季節と行事
なかなか処分できないものを、思い切って少しずつ処分しています。例えば古いネクタイ。亡父と一緒に某デパートに行き、スーツと一緒に初めて買ってもらった、斜めストライプのネクタイ。結婚したばかりの頃に、梅雨時のネクタイ用にと妻がプレゼントしてくれた水玉のもの。当時、着ることが多かったトラディショナルな紺系のブレザーに合わせた、チェックと無地の赤系のネクタイ、あるいは叔父にもらったカシミヤの細身のネクタイなど。



いずれも懐かしいものですが、それだけに何度も締めているうちにあちこち汚れ、傷んでしまい、もう二度と使うことはないでしょう。これは、記念に写真を撮って処分することにしましょう。必要ならば、いつでも懐かしがることができます。個人的な思い出のために捨てられないという障壁を乗り越えるために、案外ブログは貢献できるのかもしれません。

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昔の事務所の様子はたしかにこんな風だった~高度成長以前のオフィス

2013年08月08日 06時04分03秒 | 手帳文具書斎
当ブログには、「手帳文具書斎」というカテゴリーがあり、パーソナルな事務を中心とした記事を連ねておりますが、事務用機器やツール類が参考になるという理由で、オフィスの歴史にも興味を持っております。その点では、昔の事務所の様子~腕カバーをした事務員とそろばんとペンと帳簿~の再現展示は、たいへん興味深いものです。

山形県郷土館・文翔館は、国指定重要文化財であり、大正初期の石造建築としても貴重なものです。昭和末に修復されたものですが、室内の飾り天井の漆喰の見事さなど、思わず感嘆してしまいます。何度訪問しても見飽きることのない素晴らしいものですが、今回は少々違う角度から、常設展示の中でも特に興味深い、「昔の事務所」風景をご紹介しましょう。



事務所の一角では、主任らしい男性事務員が黒い腕カバーをしてソロバンに向かっています。課長と思われる年配の男性が、万年筆を手に、和服の女性事務員から話を聞いている、という情景です。昔と言っても、課長が真ん丸眼鏡をかけ、女性事務員が和服を着ているのですから、おそらくは大正~昭和初期くらいかと思われます。





机上には、赤とブルーブラックらしいインクびんと吸い取り紙があり、ペン立てには数本の鉛筆と付けペンが入っていて、鍵のかかる印箱がのっています。机上には帳簿が広げられ、本立てには関係帳簿一式が並んでおり、木製の未決箱と既決箱には、文書が入っている、という風景です。



現実には、通帳や印鑑などが入っていたと思われる、革製の出納バッグが机上に放置されることはあるまいと思われますが、幼い頃に眼にした農協や役所の風景が、ちょうどこんなものでした。小学生の頃、同級生のお母さんが農協の事務員で、鉄ペンやガラスペンにいちいちインクを付けて書かねばならない煩わしさを嘆き、万年筆の便利さを話していた記憶があります。昭和30年代、まだ元気だった祖父が、万年筆で日記や葉書を書いているのを、羨ましく眺めていた、そんな時代でした。

さすがに昭和30年代には、女性事務員も洋服を着て働いていましたので、この風景とはいささか違いますが、でもどこか懐かしさを感じるものです。

ちなみに、これは旧知事室。



そして、こちらが旧山形県庁・文翔館のサイドビューです。



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寝床用備忘録雑記帳を更新、やっぱりパワータンクで

2013年08月07日 06時08分03秒 | 手帳文具書斎
ようやく梅雨があけたようで、連日の暑さがこたえます。早朝、寝床の中で、小型の備忘録雑記帳を取り上げました。2011年8月に使い始め、2013年8月まで、ほぼ二年間で使い切ったことになります。

この間、万年筆で試し書きもしてみましたが、どうにも紙質が万年筆には適さないようで、結局はパワータンク Power Tank ボールペンに落ちつきました。リングノートですので、リングにクリップを引っ掛けておくと、太軸のボールペンも失くす心配がありません。

今度の新しい寝床用備忘録雑記帳は、写真右側ですが、手持ちのノートの中から「B6判の横罫多頁らせん綴じ」という条件で探してみて、以前子どもが買っておいたらしいダイソーの百均ノートを使ってみることにしました。やや薄手の紙質は、もちろん盛大に裏抜け・裏写りしますので、片面使用とせざるをえません。これも、ふだんのスタイルの変更で、ちょいと新鮮な気分です。

そういえば、写真左側、前の寝床用も子どものお下がりの方眼ノートでした。どうも寝床用の雑記帳の場合は、どうせ寝ぼけて書くのだからと、吟味せずに選ぶ傾向があるようです。いつも携帯する備忘録ノートですと、万年筆の使用を前提に、キャンパス・ハイグレードとかツバメノートとか、紙質の良いA5判横罫ノートを選ぶようにしているのですが。

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縁側の書棚を整理する

2013年08月06日 06時05分41秒 | 手帳文具書斎
先日、妻と二人がかりで、縁側の書棚の中身を整理しました。この書棚は、亡父がだいぶ前に購入したもので、古い本や全集など、雑多な本がぎっしり詰まっておりました。思い立って、中身を吟味し、処分するものは処分しようと、整理を始めたところ、40年前のガイドブックや旅行本、昭和30年代の農業技術書など、どうにもならないものがたくさん出て来ました。1冊1冊、考えながら本を吟味し、残すものと処分するものとをカゴに選り分けます。妻はサイズごとに仕分けをし、処分するものをひもでくくります。

引き出しや引き戸の棚にかかると、中から古い文書の束が出て来ました。見ると、新島譲と八重夫妻の…ではなくて、黒崎幸吉、政池仁氏ら、無教会派のクリスチャンの人たちの刊行物の類でした。祖父の元に届いていたものを、没後に整理し、亡父が保存していたものと思われます。こういうものの歴史的価値は不明ですので、とりあえず処分せずにそのままの形で保存することとしました。

こんなふうにしておよそ半日。書棚を引っくり返して掃除をして、震災であちこち破損していた箇所を補修して、空いたスペースには孫たちが読めるような子どもの本を収め、ようやく一段落。これで、お盆の来客があっても安心です。

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メンデルスゾーンとバッハ

2013年08月05日 06時04分50秒 | クラシック音楽
 フェリックス・メンデルスゾーンと姉ファニー・メンデルスゾーンたち兄弟姉妹の父親アブラハム・メンデルスゾーンは、祖父モーゼスの反対をおして、ユダヤ教からキリスト教に改宗し、ルーテル派プロテスタントとして子供たちに洗礼を受けさせ、地名を取ってバルトルディと名乗ります。祖父モーゼスは、哲学者らしく本質を重視し、「ユダヤ教の孔子がいないように、クリスチャンのメンデルスゾーンも存在しない」と、迫害や偏見が止むことはないことを指摘しますが、産業革命が進む時代の進展に合わせて、銀行家として事業を拡大しようとするアブラハムは、現実の状況の改善に賭けようとしたのかもしれません。

 父母は、子供たちに最高の教育を与えるように心を配ったようで、音楽教育も優れた教師たちに師事していたようです。その一人、カール・フリードリッヒ・ツェルターは、ベルリン・ジング・アカデミーの会長となった人で、ヨハン・セバスチャン・バッハの自筆稿を収集していました。また、母方の叔父が選び、父も使わせようとしたバルトルディという姓を嫌ったファニーとフェリックスは、大叔母のサラ・レヴィの影響を受けて、J.S.バッハに親しむようになります。サラは、大バッハの息子ウィルヘルム・フリーデマン・バッハの教え子であり、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハのパトロンでもあり、優れた鍵盤楽器奏者で、ベルリン・ジング・アカデミーのオーケストラと共演もしていた女性だったそうです。そのサラ大叔母さんが、1823年のクリスマスに、14歳のフェリックスに、J.S.バッハの「マタイ受難曲」の自筆稿の写本をプレゼントします。すでに天才と呼ばれていたフェリックスは、この曲を研究し、その価値を確信し、バッハの音楽にどっぷりとつかりながら、ツェルターによる対位法の指導を身に着けていったのでしょう。

 若いメンデルスゾーンの作品が持つ対位法的な性格、たとえば弦楽四重奏曲第1番や第2番などを耳にするたびに、ロマン的な響きの中にあるがっちりとした構築感の由来は、おそらくこのあたりにあるのではないかと思います。

(*):フェリックス・メンデルスゾーン~Wikipediaの記述より

【追記】
大叔母からマタイ受難曲の自筆稿の写本を贈られた年齢を訂正しました。

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週末農業は草刈りに追われて

2013年08月04日 06時03分57秒 | 週末農業・定年農業
サクランボや梅、スモモなどの収穫シーズンが終わり、プルーンや柿の収穫まではだいぶ間があります。この期間、週末農業はお休み?いえいえ、そんなことはありません。

この間、夏場の農作業は、

(1) 草刈り
(2) 夏の施肥(堆肥中心)
(3) 剪定枝の焼却
(4) 褐色せん孔病からサクランボの葉を守る消毒(ボルドー)
(5) 秋の施肥

など、まだまだ続きます。

まずは、草刈りから。



妻は自走式の草刈り機で、私は動力刈払い機で、梅雨の雨で伸び放題の草をどんどん刈っていきます。これが手刈りだったらと思うと、とてもじゃないがやってられません。機械のありがたさです。



草刈り作業が終わってから、時間の合間をみて、放置しているリンゴの摘果を行いました。これも、ちゃんと剪定して消毒してやれば、亡父が収穫できていたような見事なリンゴ(*1)が食べられるのでしょうが、週末農業ではなかなか難しく、工夫が必要です。せめて昨年のように、自家消費分だけでも収穫できればと願っているところです。

(*1):「ふじ」リンゴの収穫~「電網郊外散歩道」2007年11月

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映画「風立ちぬ」を観る

2013年08月03日 06時04分54秒 | 映画TVドラマ
 先の週末に、スタジオ・ジブリの映画「風立ちぬ」を観てきました。宮崎駿監督のアニメ映画で、ゼロ戦の設計者の堀越二郎を主人公に、堀辰雄の小説『風立ちぬ』や『菜穂子』などを取り入れて一本の映画としたらしい、話題作です。

 近眼のために、飛行機乗りにはなれない二郎の夢は、飛行機の設計者になることでした。大空への夢を叶えるべく成長した二郎は、東京への旅の途中、列車のデッキで帽子を飛ばされ、少女にキャッチしてもらいます。そして突然に大きな地震に遭遇し、少女と使用人の女性を助けて、関東大震災の混乱の中を、少女の自宅まで送り届けます。これが、二人の出会いです。

 やがて、二郎は三菱の航空機会社に就職し、軍の発注によって、飛行機の設計に携わるようになります。彼の才能を見込んで、会社はドイツのユンカース社の視察団の一員として同行を命じますが、オール金属製の飛行機技術に、二郎らは日独の技術レベルの10年あるいは20年の立ち遅れを痛感して帰ってきます。遅れを取り戻すべく、勇んで試作機の設計に従事するものの、テスト飛行で機体の強度不足のために墜落事故を起こし、二郎は失意を抱えて軽井沢で夏を過ごします。

 そこで出会ったのが、関東大震災の際に、混乱の中を自宅まで送り届けた菜穂子さんでした。彼女は、肺結核によって母を失い、父親と共に静養に来ていたのでした。二人が仲好くなり、愛し合うようになって、二郎は気力を回復し、新たな試作機に挑戦することになります。そして生まれたのが、美しい逆ガル型の翼を持つ九試単座飛行機でした。機関銃を積まなければもっと速く飛べるという二郎の発言に、スタッフは笑います。このあたりのユーモアは、救いがあります。



 封切り直後の映画のあらすじをたどるのはここまでとしますが、夏の軽井沢の美しさは本当に「絵に描いた」ようです。ヒトラーを軽蔑し、行く末を案じる外国人カストルプは、リヒャルト・ゾルゲ(*1)あたりを想定しているのでしょうか。大正時代から昭和初期の世情を経て軍国主義日本の敗戦までの歴史を縦糸に、若い二人の男女の愛を横糸に、詩的に織り上げた物語です。1941年生まれの監督にとっては、堀越二郎・菜穂子の世代は同世代というわけではありません。宮崎航空興学という会社を経営する父母や親族(*2)、従業員たちの年齢に重なるはずです。年を取って、亡くなった親の年齢に近づくにつれて、親たちの心情が理解できるようになり、悼む気持ちが強まることを思えば、航空機と大空へのあこがれを事業としていた世代へのレクイエムとみてよいのではないかと思います。

(*1):ロバート・ワイマント『ゾルゲ~引き裂かれたスパイ』(新潮文庫)など
(*2):宮崎駿~Wikipediaの解説より


【追記】
窓辺で聞こえる「冬の旅」が良かった。蓄音機上のSP盤から流れる音楽が、時代を表しているようです。主題歌の「ひこうき雲」、荒井由実といえばユーミンですね。若い頃にも、この歌のことはぜんぜん意識したことがありませんでした。良く聴くと、なかなかいい歌です。

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スモモのフームサが野鳥にやられる

2013年08月02日 06時01分21秒 | 週末農業・定年農業
七月下旬に収穫適期となるスモモのフームサ種は、今年は出来がよさそうと喜び楽しみにしておりました。ところが、連日の雨降りで週末に収穫できなかったため、ほとんどみな、ムクドリ等の野鳥の群れが来襲してやられてしまいました。

野郎どもは、赤く色づいた美味しそうな実ばかりを選んでクチバシを突き立て、果肉と果汁を堪能していった模様で、後に残されたのは、日陰で見つけにくい未熟果がほとんどというありさまでした。ええい、腹が立つ!

とは言うものの、これは少しの晴れ間も惜しんでエサを探す勤勉な野鳥たちと、濡れるのはイヤと横着を決め込んだ人間の勝負で、勤勉なほうが勝っただけの話。やれやれです。



それでも、わずかに残った果実を収穫したら、コンテナ一個分はありましたので、近所におすそ分けして、わが家でも皮をむいて食べました。甘酸っぱく、たいへん美味しくなっておりました。残りは妻がジャムにしてくれて、一ビンくらいはできたようです。

教訓:収穫適期を逃すな。敵は生存がかかっている(^o^)/

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