
桜木紫乃さんの直木賞受賞作「ホテルローヤル」は小説を読んでいたので、ちょっと味気なかったけれど、いくつかの物語がオムニバスに並んでいるので、映像はすべての物語を網羅するわけではなく、主人公の雅代を中心に親子関係を軸に物語の筋を一本にまとめた感じだった。武正晴監督が実写化した作品『ホテルローヤル』はコロナ狂騒曲のはじまった2020年の11月13日から全国公開されている。昨今、映画館にはめったに行かないので分からなかった。小説の中で高校教師と女子高生の心中事件があったことは、忘れていた。僧侶の妻と檀家の有力者とのラブホテルでの物語など、記憶に残っていたが、それは映画には収録されていなかった。監督の解釈として、性(sexuality)
=生のエネルギーとしての肯定感がメッセ―ジに思えたが~。
ずらっと並んだ映画情報の中で、あの小説か、と思って観た。「女優の波瑠さん演じる本作の主人公・雅代は、ホテルローヤルの経営者のひとり娘であり、原作者の桜木さんと同じ境遇です。 」直木賞作家・桜木紫乃さん「実家のラブホテルで学んだ、人間の滑稽さと切なさ」 とこのサイトに書かれている。作家の桜木さんについて全く興味なかったので、どんな方か知らなかった。趣味がストリップ劇場とあるのが面白いと思った。思春期にラブホテルに住んでいた女性ゆえの特別な感性があるのだろうと、推測するだけだが、若い頃「ストリップ劇場」でステージを観た印象は、女性の身体は美しいという事だった。体形にかかわらず、女性の身体の曲線はキレイと思ったことは確かである。
「誰も守ってくれない」誰も守ってくれない - Wikipedia 「2008年に製作され、2009年1月24日に公開された日本映画。第32回モントリオール世界映画祭にて最優秀脚本賞受賞 」は万が一、家族が殺人を犯した時、犯罪を犯した当人だけではなく、他の家族が一生同じようにその罪を追跡される恐ろしい実態を描いている。被害者家族だけではなく、加害者家族を警察が保護するための細かい配慮をしている事実を知ったのは良かった。世間という鏡とマスコミの大きな目線にさらされる現在社会の残酷さが描かれている。
しかし、この映画では、加害者少年の母親のトイレでの自殺を防ぐことができなかった警察の落ち度も見せている。息子が殺人を犯した事実の前に成すすべもなく、絶望の淵に落とし込められる母親の姿は痛ましい。
キリスト教文化圏の場合、個人主義が慣習化されているゆえか、犯罪を犯した家族とその他の家族への対応は日本より緩やかに見える。
それは映画などで取り上げられる作品の中でも、例えば息子が犯罪者でもその親やほかの兄弟が糾弾されることはないのだと、解釈したのだが、実際のデータがどうなのか?
世間が束になってマスコミと共に加害者糾弾をする風潮を止める手立てはないのかもしれない。日本(社会)のハビトスが一斉に同じうねりで迫っていく。
被害者の味わう地獄、底なしの悲しみも癒しようがないように思える。悲しみは時間が和らげてくれる。しかし、失われた命は元には戻らない。
日常生活の中の加害・被害のもたらす感情の社会的沸騰を鑑みるに、戦争という集団的大量殺戮がいかに非情な悪魔的な行為かということが想像できる。それを有史以前から繰り返してきた人類である。理性や話し合いで解決できない人類の知恵は、進化しているのだろうか。
「鳩撃退法」鳩の撃退法 - Wikipedia は、佐藤正午による日本の長編小説。2014年に小学館から出版され、第6回(2015年度)山田風太郎賞を受賞 。映画では元直木賞作家の津田伸一を藤原竜也が演じて、藤原の演技の魅力で見せる。リアルとフィクションが重なっているが、筋立ては意外と分かりやすい。サスペンス小説の実写化。まぁー、面白かったけれど、ネット上では詳細に分析なり解釈しているサイトがいくつかある。裏社会の人間模様と言えようか。
何か、疲れていたり、気分転換で映画をネットで見たりしているが、今回、いずれもヘビーだった。映画の元になる物語を創作する作家の想像力と表現力に感銘を受ける。読ませるために、純粋な生きる輝きが必要なようだ。それに犯罪を含めたエログロや極端な事件が物語を読ませるリソースになっているのらしい。サスペンスには殺人などの犯罪が伴う。極端な事件に感情がまず揺さぶられる。そこがサスペンスの入り口か~?すぐれた小説は本質なりエキスを暗示させるものかもしれない。映画は何だろう。ビジュアルなイメージは音響効果も共に、感覚に訴える物理的な力は強い。一過性に終わるのか否かは作品のもつ芸術性によるのだろうか。
Art is long, life is short!である。普遍的な物語の持つ力は時間を超えるのだろう。