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今日2月23日(月)産経新聞「ウェブ立志篇」に
米ミューズ・アソシエイツ社長 梅田望夫氏が
「予測不能な未来 楽しめる強さを」と題する一文を掲載
されて居ますので紹介させていただきます。
「予測不能な未来 楽しめる強さを」
シリコンバレーにある日本語補習校に通う高校生たちと
話をする機会があった。高校生たちの国籍は皆、日本。
内訳は、幼稚園から小学校のときにアメリカに来た子が
7割、中学校のときに来た子が1割、アメリカ生まれが
2割。家庭では、日本人の両親と日本語で話し、学校では
英語を使うので、皆ほぼ完璧なバイリンガルだ。加えて、
日本語の読み書きを強化するために日本語補習校で勉強
している。ほぼ全員、日本には帰らず、アメリカの大学に
進学する。
34歳のとき渡米し、学生時代の留学経験もなく、「あと10年、
できれば15年早くこっちに来たかったな、そうすれば、もっと
大きなことができたかもしれない」といつも感じている私からすると、
10代で英語と日本語を完璧に身につけて社会に出ていける彼ら
彼女らがうらやましい。
しかし「アメリカ社会で活躍する日本人が少ない」という
理由から、自分の将来に漠然と不安を感じる子供たちもいる
そうで、アメリカに根付いて仕事をする日本人の大人と高校生
たちが話をする機会が定期的に用意されているのだ。
いろいろ考えて、私は高校生たちにこんな話をした。
「次の50年」は、「変化が常態」の時代になる。未来は
何が起きるか本当にわからない。そんな時代を生きる上で
いちばん大切なことは、未知を楽しめる心、未知を探究できる
強さを持つことだ。未来とは不確実で予測不能なものだからこそ
人生は面白いんだ、そう思って毎日を生き、わからないことの
面白さや混沌を楽しめるだけの自信をつけよう。
それが現代において何かを学ぶことのいちばん大きな意味だ。
そして何より大切なのは、「生活」を人生の目標にしないこと。
フロンティアヘの挑戦や冒険、研究や創造、知的興奮の追求、
パブリックな精神に基づいた活動、グローバルな難題の解決・・・、
没頭する対象は何でもいい。でも、おいしいものを食べるとか、
便利で快適で安全な暮らしとか、そういった「生活」レベルの
ことではなく、それよりも上位の価値を追い求めること。
それが、先進国の恵まれた環境に育ってよい教育を受けている
君たちの責任だ。「次の50年」って、人類の前に本当に解けるかどうか
わからないような難題が積み上げられている時代なのだから・・・。
私は相手が若ければ若いほど本気で話をするようにしているのだが、
さまざまな事例を入れながら以上のようなことを何とか伝えたいと
思ったのだった。あえて「生活」ということに言及したのは、彼ら
彼女らの親の世代の日本人が「安定した生活が担保される未来」の
ことばかりを言い、そのために勉強しろ(紋切り型で典型的な物言いは
「いい大学を出て大きな会社に入れ」)と子供を育てるケースが多く、
私はそういう姿勢にまったく賛成できないからである。
戦後生まれの日本人の多くは、「予測可能な未来」を前提に生きる
ことができた最後の幸福な人たちだったのだ。たとえば「終身雇用」
という「予測可能な未来」を象徴する言葉だって、会社がいつ
なくなってしまうかわからない時代には、何の意味もなくなる。
若いときから「生活」の質の向上や安定ばかりを求めれば、変化に弱
くなってしまう。次世代の日本人にいちぱん必要なのは「変化が常態」
となった「予測不能な未来」を楽しめる強さなのだ。
(うめだ もちお)