ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

乱能、勤めてまいりました!(その1)

2009-02-04 02:13:00 | 能楽
鎌倉能舞台四十周年記念特別公演「乱能」、無事に勤めて参りました。

え~、まず ぬえ自身のお役~乱能の初番の能『邯鄲』(シテ:観世元伯氏)の小鼓~に関して言いますと、ん~、やっぱり3カ所も間違いました。。といってもほかのお役に迷惑を掛けるような失敗はないはずですが、具体的には「ツヅケ」の手を打つべきはずのところ1カ所で間違って「三地」を打ち、同じく「ウケ」を打たなければならない場所で、やはり「三地」を打ってしまいまして。。あとは「長地」1カ所で余計な掛け声をひとつ掛けてしまった。。というところ。あれだけ一生懸命覚えたのに~~(×_×) 本職の方ではほとんど見掛けない間違いですから、やはり本職のプロはすごいなあ。。

そういえば。。ぬえは幸流の小鼓を穂高光晴先生に17年間ついて学びましたが、すでに師は物故。そこで今回の乱能に向けて同じ幸流の大先輩にお稽古をつけて頂きました。で、そのお稽古の日のちょっと前に、偶然ある楽屋でその大先輩のもとで内弟子修行を続けている若手の小鼓方と会いまして、もとより ぬえは暗記のために『邯鄲』の手付(囃子の楽譜)はずっと持って歩いていましたから、彼にお願いして、ぬえが穂高先生に教えて頂いたこの手付を見せて、不備がないか確認してもらいました。

いやはや、急にそんな事を言われた彼は迷惑だったろうと思いますが、彼は「ではちょっと拝借して。。」と手付を持ち去ると、その催しの終演後に ぬえを訪れて「だいたい合っていると思います。ただ。。穂高先生と私の師匠とでは打つ手組が違うところがあるんです。それはここと。。ここで。ここは私の師匠はこう打っておられます」と、こと細かに教えてくれました。へええっ!! 急に ぬえに問われたというのに、能1番の手組の細部まで暗記しているなんて。。「すごいね君。全部覚えているの??」と、今さらながら ぬえは驚いて尋ねましたが、彼は「あ。。いえ。。たまたま最近打たせて頂く機会がありましたから。。」と謙虚に答えていました。まあ、事実関係はその通りにしても、急に記憶を問われるような場面でキチンと対応できるのは心がけの問題だと思います。感心しました。

で、乱能前の稽古に伺ったとき。この時 当然書生である彼も同席してくれて、笛の唱歌を謡って ぬえの稽古のお手伝いをしてくれたのですが。このとき ぬえは彼に教わった通りの手組。。すなわち ぬえの師匠である故・穂高師の打つ手組ではなく、今日教えて頂く先生の手組で打ってみました。いろいろとご注意を頂いたあと、先生はひと言。「よくこの手を知っていたな。私は あなたが今打った、こちらの手を打っているんです。この手は穂高さんは知らないはずだが。。」 ぬえはニッコリと彼を指し示して「はい。彼に聞きました」。先生は苦笑しておられましたね。彼は恥ずかしそうに下を向いていましたが、なんだか3人の気持ちが通い合ったような気がしました。ああ、書生時代に貪欲に勉強していたあの時代が懐かしい。叱られながら、恥を掻きながら、ちょっとずつ、ちょっとずつ、能に近づいている実感があったあの頃。ぬえは鼓を打つと、あの頃の必死だった自分に戻れるんです。

さて『邯鄲』ですが、主催者の中森貫太氏の番組作り、配役への配慮が行き届いていたのではないかと思います。シテの観世元伯氏(太鼓方)や囃子方のメンバーも、いかにもそれぞれのお役。。本来それが本職ではないのに、そのお役が好きで、最大限の努力を傾注して本職に迫ろうとする人ばかり。この日のほかの能の番組が30分~40分なのに『邯鄲』だけ70分も時間が取ってあって、省略も「楽」の段数を除いて一切なし。これではガチ勝負になってしまうのは自明で、現にそうなったのですが、それでも本職のお役の芸にはかなうはずもなく、結果的にご覧になっておられるお客さまにとっては苦痛になってしまう可能性も。。そこで『邯鄲』は番組の初番に据えられ、子方にはわざと大柄な能楽師を配したり、舞台に楽しさを加える要素も盛り込まれていました。中森氏も多忙だと思うのに、配慮の行き届いた番組に敬服します。

『邯鄲』の囃子のメンバーはシテ方ばかりですが、どなたも腕自慢の方ばかりでした。出演の直前までもう一度「楽」のスピードを打ち合わせたり、もう開演前から本気モードで。。その上で ぬえが驚いたのは やはり大鼓を担当された関根祥人さんでしたね~。大鼓も余裕の芸で、ぬえはただそれについて行けばよかったのですが、それでも本番にだけ突然。。あれは「楽」の三段目になる直前のシカケのところで、ちょっと専門的な話で恐縮ですが、粒(打音)を半間に四つほど打ち込まれまして、これには ぬえもビックリしたけれど、今考えれば、あれはどう考えても失敗ではなく確信的なアドリブでしょう。ぬえはそれにつられて自分の間を外さないようにするのに もう一杯いっぱいだったですけれども。。