ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

翁の異式~父尉延命冠者(その11)

2009-02-08 00:47:24 | 能楽
「父尉延命冠者」の申合のあとに行われた装束合わせに ぬえはやや遅れてお手伝いに参加しましたが、装束蔵の前の間に行ってみると、案の定 白地の指貫がすでに出されていて、おおっ、これで数十年ぶりに上演される「父尉延命冠者」がそのまま昭和三年の高輪能楽堂の舞台披キの再現になるぞ! と喜んだのでした。

昭和三年の「父尉延命冠者」の際に大夫が着ておられる翁狩衣は現存するとは思うのですが、当時の上演写真を見る限り、師家にはこれと似ている翁狩衣が二~三あって、どうも自信を持って断言することができません。そのうえ厳密に言えば『亀堂閑話』に記されている「父尉延命冠者」の翁狩衣の定め「銀地に錦の狩衣」というのは存在しません。「銀地。。」ではなくて、正確には「地色よりも蜀江錦の銀が勝った(翁)狩衣」というニュアンスでしょう。

この意味によれば今回の「父尉延命冠者」にあたって師匠が用意された翁狩衣もまさしく、地色は茶なのですが、遠目にはそれよりも銀の蜀江文様のまぶしさがより勝っていて、まるで銀地に見える狩衣でした。ちなみに書生さんと「白地の指貫が出たね。よかったよかった」「??なぜです??」のような会話があってから銀の翁狩衣に話題が移って、そのときその書生さんが言うには「先生は“全身真っ白にしたい”とおっしゃっておられました」ということでした。

なるほど。。これはある種の「白式」であるかもしれません。「白式」というのは装束を白色に統一してまとめることなのですが、さてその意義は? と問われると、その答えは単純ではありませんが。。

本三番目物の能、あるいは『翁』でシテが白の襟を二枚重ねて着るのは有名で、その説明にはしばしば「白色は能では最も神聖・清純な色で、その色の襟を二枚掛けるのは本三番目能と『翁』に限られる」とは言われていて、まさにその通りなのではありますが。さりとて、それらの能が装束まで白式になるかと言われれば、決してそんなことはありません。

一方、「白式」という名称が付けられた小書、あるいはその小書によって装束が白式になる小書には『融・白式舞働之伝』『三輪・白式神神楽』『船弁慶・重キ前後之替』などがあろうかと思います。がしかし、これらを見ても「神聖・清純」という言葉が当てはまる曲は『三輪』ぐらいのもので、『船弁慶』に至っては、シテは平家の公達という品の良さはあっても、やっぱりこの曲では知盛は怨霊ですし。。

そういうわけで、「白式」が即ち「神聖・清純」とは言えないわけなのですが、それでも「白式」になった場合、その能は常の演出よりも重く扱われる事は暗黙の了解事項でもあります。今回の「父尉延命冠者」も、ぬえが拝見している限りでは常の『翁』よりも全体的にシッカリとした位で演じられておりました。

もとより神聖である『翁』の「白式」。。kろえはどう捉えたらよいのでしょうか。「父尉延命冠者」の型附は見たことがない ぬえにとっては そこにどのような記述がされているのかは未知の世界で、これ以上の考察は不可能ではありますが。。それでもたとえば金春流の『翁』では、しばしば「白式」で演じられていますね。この場合は直面になる事が多いように思いますし、この例との関係も含めて観世流の「父尉延命冠者」について。。否、やはりいろいろな面で謎が多い『翁』についての考察は学究による解明を待つほかないのかもしれません。

次回は装束を離れて、「父尉延命冠者」に使われる面について考えてみたいと思います。