ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

翁の異式~父尉延命冠者(その15)

2009-02-20 01:03:12 | 能楽
こういった能楽の中の、主に流儀による「決マリ」は多岐に渡りますから、ぬえはある時からそれを知るたびにメモを取ることにしました。それは自分が勤める能の中に、たとえ ぬえ自身にはそれを知らないでも影響のない「決マリ」であっても、やはりおシテを勤める以上、心構えとして知っておいて舞台に臨みたいと思うからなのですが、それでも ぬえが知った情報を勝手に開陳することは控えています。

上記の『小鍛冶』『鉄輪』のおワキの演技の違いは「目に見える差異」で、注意深く観察すればその違いも発見できるでしょう。しかし「決マリ」の中には「呼吸」とか「タイミング」といった「目に見えない決マリ」もあって、こういう事は得てして口伝に属するものですので、ぬえがそれを知ったからといって勝手にブログに書き込むわけにもいきません。

ところが現代では、能楽雑誌などに掲載される寄稿や対談などで、時折 重要な事。。ときには かつて秘伝とされてきた「決マリ」事が能楽師自身によって公開される事も増えてきました。一噌流のお笛では『道成寺』の「乱拍子」のところで「翁之舞」の譜を吹いておられる。。などはその1例で、これは ぬえは以前から知っていて、最初にそれを聞いたときは本当に驚きました。最も邪悪な魂が現れる能の中に、お笛方は最も聖なる曲の譜を吹いておられたとは。。この「決マリ」はお客さまにとっても印象的だと思うけれど、『道成寺』という重い習いの曲の伝承を、ぬえは勝手に公開するわけにはいきません。。ところが数年前だと思いますが、能楽雑誌の中でお笛方ご自身からこの「決マリ」について言及があって、ぬえもようやく、このようにブログに書き込みをすることができるようになりました。

申し訳ありませんが、重要な流儀の「決マリ」などについての ぬえの書き込みは、このブログを含めて、すでにどこかで情報が開陳された事を ぬえが確認したうえで書き込みをしている事をご了承ください~

さて「延命冠者」が「増」の面を掛けることがある、という事に戻りまして。ぬえも確かにその情報に接した記憶はあるのですが、それは まだまだ ぬえが未熟だった頃のようで、詳しいメモも、その出典も、残念ながら記録されていません。

この情報に接したときも、「ええっ『鷺』に「増」。。女面!!??」と驚いた記憶だけはがあるんですが。。さて今となってよく考えると。。「増」を掛けて『鷺』を舞うのは無理。。とは言わないまでも大変に難しいでしょうね。考えてみれば『鷺』は、なんとなく直面を前提として舞台面を想像してしまうので、「増」と言われると、なんというか予期せぬところから伏兵が現れた。。という感じです。

でもしかし、この鷺は能『鷺』には「ともになさるる五位の鷺」と帝から官職を受けたと記され、能の本説たる『平家物語』巻五の中の「朝敵揃」では延喜帝によって「鷺の中の王たるべし」と位置づけられた点から見ても、どうも当時の常識としてはオスの鷺と見るのが自然ではないかと思います。いや神泉苑に行幸した一行が、羽を垂れて宣旨に従った鷺の性別まで確認したかどうかは知りませんが。。

鳥類である鷺に女面を使うのは、『鶴亀』のツレが鶴は女性、亀は男性として描かれることと通底しているのか、もしくは『鶴亀』の影響を受けているのかもしれません。

話はますます脱線しましたが、次回は「父尉延命冠者」の上演史について述べたいと思います。